第3話 雨なくば

 ほの明りの綺麗な寝所にて、Ayaは寝付けなかった。

 いつもホテルで泊まってもソファーで横になるだけのKouが、二つのベッドとはいえ同じ部屋に居る。


「Kou、ねえ、もう寝ちゃった?」

「ああ、もう寝た」


 Ayaは起きていると態々伝えたKouの考えが読めない。


「私のことが嫌い?」

「ああ、子どもの頃から一緒に仕事をして来ただろう? 好きとか嫌いとかあるの?」


 何その過去問とAyaは心で呟いた。


「今日のターキーも美味しかったよ」

「てへ」

「よしよしをぐりぐりしてあげよう」


 Ayaのベッドに腰掛けに来た。


「え……。本気なの? Kou」


 驚きつつも自然と胸で鼓動を確かめる。

 本当に髪がもしゃもしゃとするまでやられてしまった。


「ん……。これでも嬉しい」

「な! 泣くなよ」


 Kouはベッドに戻って背中を向ける。


「キスなんて、子どもの遊びだよ。それよりも共に危ない橋を渡って来て得た絆ってないのかい?」

「そうね。でも、問題のある私達でなかったのならば通れた道があると思うの」


 二人の心が近く遠くへ寄せる波の如くざわめいた。

 Kouが秘匿としていた事実を渚で打ち明けられたのはつい先程のこと。


「問題と言うのは、異母――」

「それ以上は言わないで!」


 起き上がったAyaの髪を今度はKouが抱いた。


「Kou、ん……」

「抱っこまでだぞ」

「どうして赤ちゃん扱いなのよ」


 Ayaの魂とも言える銃、シュヴァルツ・ドラッヘを取り出した。

 勿論撃つ為ではない。


「ほら、いい香りでしょう」

「そうだな。分かったら寝なさいね」


 文句を言っていたがKouとの楽しい夢を見る為か寝息に変わった。

 翌朝のことだ。


「お早う、Kou」


 膨らんだ布団を叩く。

 がんばって起こしているのにおかしい。

 してやられた。

 Kouの布団の中には布団が入っていた。


「何処? 今日は雨が降っていないからって……」


 Ayaは広い建物の隅から隅まで捜し、庭も分け入った。

 ショックなまま、朝食も喉を通らずに牛乳だけいただき、玄関の鍵を閉めた。

 キーは二人分だけだから帰ってくれば分かる。


「むく様の家は心当たりがある。先に行っているのかも知れない」


 Ayaは走る。

 サクレクール寺院近くにむくの家が見付かった。


「やはりモンマルトルにいらっしゃると思ったわ」


 呼び鈴を鳴らすと、むくが現れて直ぐに涙を沢山零した。

 何かあっても神友のむくだからきっと許せる。


「今朝、Kouが訪ねてそのまま去ったですって?」


 Ayaには信じ難い行動だ。


「雨のない日は俺はAyaの元にいてはいけないと仰っていました」

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