【番外編②】4年4か月ぶり

「おはようございます」


 今日は5月半ばの週末日曜日。あたしはバイト先のファミレスへとやって来た。もちろんバイトのために。繁忙日のバイト時給が良いせいなのもあって、日曜日のシフトを多めにしてもらってる。でも、それがちょっとした裏目となるなんて、思ってなくて――


 女子更衣室で制服へと着替え、従業員控室へ抜けるドアを開けると、出勤したばかりの生島いくしまとおるがタイムカードを押していた。そして、おもむろに顔を上げた生島はあたしを見つけ――


「よっ! 庄子は早いな。バイト、気合いはいってるんだな」

「ま、まあね」


 気さくに声を掛けてきた。あたしは視線をそらし、適当にあいづちを打つことしかできなくて――――逃げた。


「ごめん。メイク崩れたみたいだから、直して来るね」


 そう言葉をにごしてドレスルームへと駆け込んだ。生島が次の言葉を口にする前に――


   ◇◆◇


「お疲れさまでした」


 あたしは従業員控室から店長室をのぞき込み、中の人へと終業のあいさつをした。そしてある人物を避けるように、急いで従業員出入口のドアをくぐり抜け、ファミレス裏手の公園へとおどりでた。足早に公園を通りぬけようとしたのだけど――


「庄司! ちょ、待てよ!」


 あたしを引き止める声が背後から掛けられた。振りかえれば、声の主が生島と分かる。足を止めたあたしに生島は駆け寄り――


「露骨に避けるの、止めないか?」


 ストレートな問いに思わず顔を背けた。あたしは顔の向きを変えた勢いのままに、駅へ向かって歩き始める。生島は出遅れながらも、あたしの横にすぐさま並び、一緒に歩き始めた。


「俺、何かしたか?」

「…………何も」

「なら、どうして避けるんだ?」


 生島はあたしのバイト中の態度を質してきた。それは当然だと思う。ただの仕事上の連絡でさえ、寄り付こうとする生島に気づいたら、すぐに逃げていたから。他のバイトメンバーも不思議に思っただろう。けど、その理由を正直に伝える気持ちにはならなくて――


「……別に、理由なんてない」


 顔をうつ向かせ、あたしは誤魔化してしまった。だから生島にを呼び起こさせてしまったのか――生島はあたしの腕をとり、言葉で押してくる。


「どうすれば――俺はどうすれば、庄司に謝れる?」


 あたしは後悔に足を止め、生島の顔に視線を再びむけた。けれど、生島の顔はにじんで見えて――


「生島のせいじゃない」

「えっ?」


 弱々しく答えるあたしの声は、生島に届かなかったのか?――だから、声を大にして答え直した。


「生島のせいじゃない! あたしが弱いから。弱かったから!」


 答えた直後、感情の極まったあたしは走ってその場から逃げだした。生島はあたしの大声に驚いたのか、追いかけてくることもなかった。


「…………庄司、どういう…………意味だよ?」


 ただ力なくつぶやいた生島の言葉は、あたしに届きはしなかった。


   ◆◇◆◇◆


 うちが見届け役をしたゴールデンウィークのあの日。それから二度の週末をはさんでの明け火曜日の昼休み。今日もサヨリと小町のいる教室へと足を運んでいた。仲良し三人組のイメージ戦略は、まーーだ続いている。定着するまでやる、らしい。


 三人で囲むのはサヨリの席。ちょうどサヨリの周りの席の生徒たちは学食を利用してるらしく、席を利用してイイとお言葉をちょーだいしてる。


「サヨリの弁当、今日も美味しそうだねー」


 小町がサヨリの弁当の中をのぞき見て感想を言う。サヨリの弁当は生野菜も入っていて彩りが良く、栄養バランスも良さそうに見える。


「家の朝食の、おかずの余りだよ? それに冷食を足しただけだし」

「小町みたいに菓子パンじゃないのは評価できるわ」


 小町の使う机の上にはコンビニでも売ってる菓子パンが二つ。必ずイチゴジャムが使われてるのが一つ、もう一つは気分で変わるらしく今日はピザパンだ。どんな理由の組み合わせなんだって思う。


「いいじゃん、いいじゃん! あまーいのは心の栄養だよー」

「ピザは甘くないじゃん?」


 甘いものを食べたらハッピー気分は否定しない。けどさ、ピザパンの理由にはなっちゃいない。だから突っこんでみたら、小町はほほを膨らませ、ブー垂れてしまう。


「まあまあ。美味しいからいいじゃない? ほら、小町。ついでに牛乳も飲んでね、あげるから」


 サヨリの手回しの良さは恐れ入る。携帯ポットで牛乳を持ってくるし、紙コップも常備してるし。おっと、こうしちゃいられない、頼まれごとがあったっけ。


「ところでサヨリ――放課後は、ひま?」

「急にどうしたの?」


 うちの問いかけに不審そうな表情をサヨリは見せる。まー、突然ひまかと聞かれたら構えちゃうよね。


「あんたへの呼びだしよ。小学校時代の知り合いだってヤツがさ、サヨリと話をしたいって、うちに頼ってきちゃったのよ」

「…………どいつ?」


 事情を説明したものの、かえってサヨリは表情を強ばらせた。んん?――どういうこと?


「うちの教室の生島享ってヤツ。うちがサヨリの友人だと知っちゃったらしくてね」

「…………そ、そう」


 明らかに見せる動揺に――サヨリは生島を知ってる――うちはそう確信した。サヨリとは中学からの付きあいだから、サヨリの小学校時代を知らない。小五の途中で転校してきたことは聞いちゃってたけど。


「なに、何~? 告白、こ・く・は・く、なの?」

「そうじゃないみたい」


 呼び出しが男子からと知ったとたんに絡んでくる小町。告白だったらうちは協力せんよ?――呼び出しから自分の力で立ち向かうことっしょ。うちは生島との会話の印象から告白目的と感じなかった。だから、その説を否定しておく。


 小町に答えながら、横目にサヨリを見たのだけど――会うか決めかねてる、そんな表情をしていた。だから――


「ああ、生島にはさ、『必ず呼び出しに応じるかなんて分かんないよ』って、予防線は張っちゃってる。だから、うちに気をつかわなくても構わないからね」


 断ってみる?――そんな空気を漂わせてみた。けど、サヨリの決断は――


「…………うんん、一応会うよ。雛菊に手間を掛けさせたから」


 面会に応じた。うちに義理立てすることもないんだけどさ。そんなことより、心配を掛けさせないで欲しいわ。


「ホントにいいの?」

「……うん」


 念のため決意を確かめた。でもサヨリの意思は変わることがなくて。


「分かった。会うって伝えちゃう。場所は南校舎の裏、だってさ」


 こうして、ちょっとだけ気が重かった任務が終わった…………で、終わらせて良いものか、うちは悩みに悩んだ末にとある決断をした――――


   ◆◇◆◇◆


 放課後になり、あたしは指定の場所を訪れていた。南校舎の裏にはプールがある。校舎とプールの間、そのわずかな空間にベンチがいくつか置かれていて、その一つに生島は腰かけていた。


「庄司か! 来てくれてありがとう」

「……で、何?」


 生島は歩みよるあたしを見つけて立ち上がり、来訪の礼を告げてくる。でも、あたしは礼を受けとらず――用件を言え――そんな空気で言葉を投げかけた。


「……あー、一昨日は済まなかった。困らせちまったな」

「……うんん、気にしないで。それで、本題は?」


 少し困ったように、一昨日のバイト終わりの決別について謝罪してくる生島。でも、それは本題じゃないハズ。だからにべもなく、あたしは本題を切り出すよう促した。


「顔見知りぐらいの感覚で話せると思ってたんだが、やっぱり俺、庄司に何かしてたか?」

「してない。話は、それだけね?」


 あたしの素っ気ない態度に困惑した生島は、不興を買ったと思ったのかと尋ねてきた。あたしも冷たく接したいと思ってはいない。でも、親し気に話をすれば、封じてきた想いも飛び出して来そうで。だから――要は済んだ――言葉と、態度で表して。そしてあたしは半身を振りかえり、教室へと帰ろうとした。


「待てよ! まだ本題にもなってない」


 でも、生島は強い言葉で引き止めてくる。確かに本題に入っていないことは分かってる。分かっていてはぐらかしていた。だから冷たく――


「なら、あいさつはいらないから。それで?」


 前置き不要、さっさと続きを――そんな突き放した思いを見せつつ、もう一度促してみた。


「前から謝りたかったんだ」

「何のこと? 前からと言われても分からないわ」


 生島があたしに謝りたいこと――それはきっとあの言葉、そしてあの言葉が生んだとある集団行動、そしてアイツに至る道の始まり――うんん、生島はアイツを知らないハズ。とにかくアイツに係わることだから、なおさらとぼけてしまう。でも生島は言葉を止めることもなくて――


「……小学生の時、庄司に掛けた言葉のことだ」

「言葉? 何時の言葉よ?」


 少しずつ、少しずつ――的を絞るようにあたしを追い込んでいく。分かっているのだろうか生島は。あたしの苦しみの始まりを。


「小五の秋の……身体能力テストの後の時のだよ」


 何者にも触れてほしくない、けれど触れて欲しい記憶。触れて良いのは……生島だけ。でも、それは今なのだろうか? 今必要なのだろうか? あたしは、まだ、触れてほしくない、のに……


「あれから庄子への当たりが強くなった。それを後悔してたんだ」

「過ぎたことよ。もう気にしなくていいよ」


 生島は小五のとき、教室の女子の中心人物に特に好かれていた。だから、教室で無視されていたあたしに、生島が声を掛ける――それは、あってはならないことで、その女子たちには面白くない出来事だった。そしてあたしへ始まる心ない言葉でのパンチ。それは生島も見ていたハズ。その状況を導いてしまったのは、自分の過ちだと謝りたいのだろう。でもね、今のあたしは、それがあって存在してる。あの時より強くなれたはずの、庄司咲依が。そう思っているから『なんでもない』と強がった。でも――


「いや、それじゃ俺の気がすまない。今更だけど、発言を取り消したい」


 どうして、どうしてよ、どうして無かったことにしようとするの?――教室の人気者で、どんな子にも分け隔てなく、優しくて気さくだった生島との記憶は、これ一つだけ……なのに……


「今更よ。取り消しなんてできるわけないじゃない」


 それにアイツへ至る道の始まりを取り上げられたら、今のあたしの拠り所が消えてしまう。アイツと過ごし、アイツがもたらした別れ、その経験という記憶さえも。そう思って、あたしは取り上げられたくなくて、生島の希望を否定する。


「ダメか?」


 でも、生島は自分の希望を重ねる。そのことが、とても悲しくて……


「…………ダメ、だよ。ダメ、なんだよ!」


 はじめは弱く。続きは強く、強く! 生島の言葉を否定して、その場を逃げた。生島は目撃しただろう――あたしが大粒の涙をこらえ切れず、ほほに光る水にぬれたような筋を作りながら、走り去る姿を…………


   ◆◇◆◇◆


「さより、逃げたね~~」


 もしも生島がサヨリに力づくで何かをしようとしたら、止めに入ろうと小町と二人で物陰からのぞき見ていた。けど、心配は取り越し苦労に終わちゃったし。それ以上に面倒な話を聞いちゃったなってだけになって、うちも思考を放棄しちゃってた。まさか生島が、サヨリに少しだけ聞かされてた、サヨリが初めて気にした男の子だったなんてさ。


「ヒナチャン、これからどうする~?」

「どうするって言われちゃってもさあ…………」


 うちたちに出来ることは――――ない。生島の依頼は達成しちゃったし、サヨリも生島との面会を受け入れちゃった上でのほころびだし。それでも複雑にしちゃったのは、たぶんサヨリのあり様――それに係わる小町の彼氏のせいなんだろうし。とにかく、放心してる生島をどうにかしよう。


「小町はサヨリをお願い。あ、彼氏の名前、出しちゃったらだめよ」

「え~~、どうして~~?」


 小町、あんたねー! サヨリが何にで動揺しちゃったか、見てたでしょうに……


「とにかく、出しちゃダメ!!」

「ぶぅ~~」


 ぶぅたれる小町を送り出し、たそがれる生島へうちも近寄って行った――――



――これは協力したにも係わらず、うちの居ない場所で一年後に仲直りする、とってもはためーわくな…………言っちゃっていいよね?…………未来でバカッッップルになる二人が、再会した時のお話。






 えっ! 語り口が前回と違うって? しょーがないじゃない?! 親友二人にさんざんダメ出しされちゃったんだから、中学時代にもどしちゃったのよ! 放っておいてよね!

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