【番外編①】セレモニー

――これは、あたしが高校に入学して最初のゴールデンウィークにあった出来事のお話。



「まさか洋一と、ちゃんと別れてないって知らなくて、ごめんなさい」

「うんん、こちらこそ、洋一が別れたつもりになってるなんて、考えもしなくてごめん。電話でも良かったと、後から思ったもの」


 あたしこと庄子しょうじ咲依さよりは今、観覧車のとあるゴンドラに乗り合わせていた。同乗しているのは、あたしの元カレの今カノな春宮はるみや小町こまちで、あたしの目の前に座っている。そしてもう一人、たまたま共通の友人な琴平ことひら雛菊ひなぎくが春宮の隣に腰を下ろしていた。


 春宮がヒナチャンと呼ぶ雛菊は、あたしの中学時代の親友で、春宮の小学時代の悪友だったという。小学校は春宮と同じ第二小学校。けれど中学に進学するタイミングで引っ越して、あたしの進学先だった第一中学校の学区内の人となった。そんな希有な友人だから、今回のまどろっこしい儀式の見届け人に指名されてしまった。


「面倒な友人たちだわ。元を正せば、悪いのは洋一って男の子じゃないのさ」


 だから、こうして愚図られるのもしょうがない。雛菊の言うとおり、あたしの元恋人であり春宮の今の恋人、棚橋たなはし洋一よういちがはっきりさせていなかったのが原因のひとつだから。おかげ春宮とあたしは仲を違え、進学先の高校で奇遇にも出会ってしまい、教室内にギクシャクした空気を持ち込んでしまった。だから春宮と二人協議の末に、手打ちの儀式を行うことに決めたんだ。


 春宮とあたしは、そろって苦笑いを浮かべる。その様子に雛菊は嘆息をし、再び口を開いた。


「ともかく、これで手打ち。二人とも、両手を出して――――ハイ!」


――パン!!!


 三人そろって手のひらを打ちあわせた。今日までの教室での春宮とのギクシャクはお終い。今からの春宮とあたし、それに雛菊も含めて、三人は仲の良い友達。洋一のことも、あたしはキレイさっぱりに忘れ、春宮の彼氏と認める。そんな儀式を行っていた。


 たしかに洋一アイツへの想いは、あたしの中から消えてると思う。でも居座る何かをお腹のあたりに感じて……しまう。そんな表情を見たのだろうか、雛菊は心配そうにあたしを見つめてきていた。


 視線をそらし、春宮を見れば、もう気が抜けていたのか、スマホを取りだして眼下に広がる風景を撮り始めていた。そして春宮が見つけたのは――


「ねねっ、ヒナチャン。あれって、駅だよね?」

「ああー、たぶん、新幹線のホームだと思うわ。ほら、ちょうど、新幹線が走りだしたわね」


 いつかは、あの新幹線に乗って、あたしが生まれ育った都市まちを出る……それまでに、たまにお腹に感じるは消えるんだろうか。それとも……


 春宮と雛菊のおしゃべりを余所に、観覧車を降車するまでの時間、あたしは物思いにふけっていた……


   ◆◇◆◇◆


 うちは琴平雛菊。今、隣町のアウトレットショッピングモールに来ているわ。同じ高校に入学できた古くからの友人二人、そのたっての願いとあって、面倒な役柄を引き受けざるをえなかったの。ホントーにメンドクサイ友人たちじゃないかしら。どうして手打ち式なんて考えつくのか、うちには理解しがたいわ。でも――頼られたら断れないじゃん?


 手打ち式を見られるのは恥ずかしい――そんな意見から、観覧車のゴンドラの中でやったのよね。でもね、段取りの打ち合わせを教室のみんなにこっそりやったなら、その時に手打ちしておいてもらえない、かしら? 恋愛のいざこざに巻き込まれてあげるほど、お暇じゃないんよ?


「ヒナチャン、何飲むー?」


 観覧車を降りて早々、遊園地エリア内のパーラーに、小町は突進してるし。


「あっ、ちょっと待ちなさいよ! ほら、サヨリも遅れずついて来てちょーだい」

「あ、うん」


 足取りの遅れがちなサヨリを急かしながら、小町の後を追う。行きついたパーラーで、パラソルテーブルを一つ占領して場所を取り――


「「「カンパーイ!」」」


 どこの酒盛りよ?――そう思うのだけど、飲み物片手にコップを打ち合わせたわ。小町はメロンソーダ、サヨリはコーラ、うちはサイダーがコップの中味。


「プハ―、おいしい!」

「ちょっと、小町! 女子高生がおじさんクサイ言葉はやめてよう!」


 小学生時代にもどったような小町の羽の伸ばし方に、ついつい説教クサくなっちゃうじゃん。サヨリは……小町の知らない一面にあんぐり口を開けてるし。ああ、もう仕方ないわ、イニシアティブを取ってしまいましょ。


「で、洋一ってどんな顔? うちは会ったこともないじゃん? 写真ある?」

「ん-とね――カワイイやつ探すから、ちょっと待ってねー」


 小町はスマホを取りだして操作をしだしたわ。たくさんの写真をスクロールして、バえてる写真を探してるわね。その間にサヨリの様子を見てみてたけど、目をそらしちゃってさ。好意はなくても割り切れない気持ちは残したまま、かしら。前からそうだけど、難儀な子よね。


「これ!」

「ほー、結構ハンサムじゃん。もっと、ナヨっとしてると思ってたわ」

「ひっどーい!」


 スマホをこちらに向けて、小町が見せてきた写真はサッカーの試合に出てる少年の姿のものだったわ。脂肪の少ないスラっとした体形に、やや小顔気味の優男、そんな印象かしら。でも、背の高さは平均的ね。小町と並べばちょうど良い感じ、かしら。でもサヨリだと……身長差が縮まるだけに、頼りなさが出そうだわ。


 しばらく小町の持つ写真でおしゃべりの花を咲かせたわ。そうなれば、お話は小町と洋一の出会いにかわってもしょうがないじゃん? 小町はサッカー部で活躍する洋一に恋したものの、彼女がいるとの風のうわさを聞いて一度はあきらめていた、らしいじゃん? けれど――


「中二の三学期にさ、放課後の教室でね、アンニュイな表情をしてた洋くんと出会ったから、お話聞いてみたの。そしたら彼女にフラれたみたいって話を聞いて、すぐ立候補したのよねー」

「ちょ、ちょっと小町!」

「あっ! サヨリ、ごっめーん」


 小町と洋一の付きあい始めたきっかけ話を不用意にこぼしてしまう小町に、うちは慌てて止めに入った。小町は顔の前に両手を持ってきてすぐに拝む仕草をした。でもさ――それじゃ略奪愛じゃん! 奪われる側だったサヨリの前で事実を話したら、気を悪くして手打ちの意味がなくなるかもじゃん。あちゃーっと頭を抱え、サヨリを見た。けれども――


「うんん、大丈夫、気にしてないよ。事態を放っておいた、あたしも良くないから」


 能面気味の顔つきで平たいトーンの声音で返答しないで! 怖いじゃん! めっちゃ気にしてるじゃないのよ! しょーがない、話題転換、話題転換!!!


「コ、コホン。まー、それはさておき――」

「あっ、さておかれた」

「小町はだまらっしゃい!」


 コントをさせるんじゃないわよ! とにかく黙ってて!


「えー、そ、そう。サヨリはバイト始めたじゃない? たしかファミレスだったわよね? 大変かしら?」


 このゴールデンウィークの少し前から、学校が推すアルバイトの一つ、ファミレスでのアルバイトをサヨリは始めたわ。洋一とは無関係のバイトの話なら、この状況をなんとかできると思ったのよ。その効果は――


「うん。結構、たいへん。お盆に料理の入ったお皿を載せて歩き回るなんて、やったことなかったから。注文取りは電子化してるから問題ないんだけど、どんな料理か時どき聞かれるから、覚えないといけなくて……」


――うん、効果抜群じゃん? サヨリの表情もいつものように和らいでるし。はああああ、疲れたわ。


「そうなのね。確か場所は――」

「駅前よ。ちょっと路地に入るから、分かり難いところにあるけれど。今度、来店してくれるの?」

「――ん-ん、うちの教室で、ファミレスバイト希望の子がいるわ。男子だけどね。隣町から電車通学だっていうじゃん? 駅前なのがちょうど良いみたいなんだよね」

「そっか。人手はまだ足りてないし、力仕事ができる人が増えるなら、なおさら歓迎するよ」


 歓迎してくれそうなんじゃん。それならくんに、そう伝えてあげよっと。


「あー、でもね。バイト先には、無理して来なくていいわよ」

「なんでよ?」

「仕事してる姿見られるの、恥ずかしいじゃない?」

「そう言われたら、行くしかないじゃーん!」


 そう言って恥ずかしげに笑うサヨリに、じゃれつく小町。どうやらこの二人も、普段付き合いをうまくやっていけそうだわ。何度目か分からない内心の吐息は、ホッとしたものになった。


 そしておしゃべりの内容はバイトの苦労から収入に変わり、いつしか洋服やアクセサリー選びへと移りかわってて、そしていつの間にかサヨリと小町の視線はうちへと集まっていた。


「ところで、ヒナチャン」

「何かしら、小町?」

「そのカッコウ、ダサくない?」


――ブッ!!!


 小町の問いかけに、うちはお代わりしたサイダーを吹き出した。


「うん。中学時代、おしゃれリーダーだった雛菊はどこに行ったのかと思ってた」


 そしてサヨリには中学時代の黒歴史をほじくり返さる。少しづつワナワナ震えだすうちの体に、二人とも息をのんだ。


「別におしゃれを止めたわけじゃないわよ! JKになるからって、JC時代のおしゃれ服を捨てて、JKらしい服を買い込んでみたものの、上手くコーディネートできなかった、だから仕方なくファストファッションで何とかしてみた、そんな訳じゃないわよ!!!」


――ハァ、ハァ、ハァ……


 しまったぁ! せっかく誰も触れてこなかったのに、自分でバラシてどーするのよ~~~~!


 サヨリはスキニーなパンツルックスのくせに、上半身はワーキングシャツにネクタイで仕事のできる女性観を、小町は小町で淡いクリーム色の無地シャツとパステルブルーのパーカーを組み合わせ、下半身は白色のフレアスカートに黒の二―ソックスはいたキュート系の出立ち…………

 それに引きかえ、よれたジーンズと厚手の黒生地に赤文字で英単語がでかでかのインナーシャツ、極めつけはブカブカの黒色ナイロンジャンパーなうち…………


 うちが黙りこくってる様子を見た二人はニヤッとイヤな笑みを浮かべ――


「いやー、ついつい長居しちゃったね、サヨリ?」

「うん、そうだね。お昼時になってしばらく経つから、小町もご飯食べにレストランへ向かわない?」

「さんせー!! じゃ、レストラン探しながら、ちょっと洋服も見ちゃおうか?」

「それもイイね。そういうことでモール街へ行ってみようか」


 二人の会話を聞きながら、ダラダラ汗をかくうちの両脇に、二人は腕を差しいれてきた。とっさに振りほどこうとしたけど、二対一ではうちに勝ち目はなく――


「ヒナチャンもあきらめ悪いな~」

「雛菊も、もう少しおしゃれしようか」


 それぞれに言葉をぶつけながら、うちを連行していく二人。その笑顔は悪魔のようで、うちを着せ替え人形にするつもりだろう。そして似合うか似合わないか、揶揄い交じりの服を着せられた姿を想像したうちは、音にならない叫びを上げた――


――イィヤァァァァァァァァァー!


 こうして、今日のもう一つのお題だった”仲良しに見える写真の撮影”を三人かしましく行いながら、今朝まで反目状態にあったサヨリと小町は仲良くなった。うちという、とおとーーーーい犠牲を払いながら…………



――これが、うちが高校二年の夏に、再び引き受ける羽目になったメンドクサイお話の前日譚だったわ。







 えっ! 語り口に一貫性を感じないって? しょーがないじゃない?! 高校入学デビューに、イケてるJK風の語り口を目指したけど、慣れきる前に入学の日がやってきちゃって、中途半端になっちゃっただけじゃん。放っておいてよね!

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