第3話:埋められない溝

前回までのあらすじ:

 家を飛び出し(追い出され)、美咲と遥輝の家に居候する桜良だが、通常通り学校に通う生活は続けていた。空からは「あいつの前で言ったこと、本気だから」と言われたものの自分の気持ちがわからず、それを美咲たちに相談する。「自分の気持ちはちゃんと伝えた方がいいよ」と伝える遥輝。しかし、思いとどまる桜良。その理由は、Ifにあった。シェルターの件を断って以来、Ifからの返信が冷たくなっていたのだ。「しっかり代償は払ってもらう」という意味深な言葉を残して。

 翌日、いつも通り学校に行くと廊下に人だかりが。そこには、「空が薬の過剰摂取をしている」という旨の校内新聞が。空の姿を見かけるものの、真っ青な顔をして逃げ出してしまう。「僕と会ってくれればすべて話す」そう告げたIfと会うことを決意した桜良であったが、そのIfの正体は、空との共通の友人である西丘 優日にしおか ゆうひであったーーー。


**********


 優日くんが、If……?


 いや、そんなわけない……。


 優日くんは空が紹介してくれて、紅仁くんとも友達で……。


 どこから、どこまでが嘘だったの……?


「桜良ちゃん……?大丈夫……?」


 ドア越しに、美咲先輩の声が聞こえてきた。申し訳ないと思いながらも、ベッドの上から動けなかった。


 帰ってきてから、ずっと頭の中がぐるぐるしている。ずっと部屋にこもって、意味もなくいろいろ考えてるけど、何もわからない。今私がいる真っ暗な部屋と同じように、私の頭の中も真っ暗だった。電気すらつけずに、ずっと考えてた。


 なんで空に優日くんが恨みをもっているのか……。そこが特に、ずっとひっかかっていた。友達なはずなのに、なんでなんだろう……。もしずっと恨みを持っていたなら、優日くんはずっとそれを隠してきた、ってこと……?


「あ、桜良ちゃん、無事だった……」


 ふと明るい光が差し込んできて、その方向を見ると、美咲先輩が覗き込んできていた。


「先輩……」


「返答がなかったから、また倒れちゃってるんじゃないかと思って…。急に入ってごめんね」


「いえ…こちらこそすみません……」


 首を横に振りながら、私の横に座って、背中を優しく、リズムよく叩いてくれた。


「……何か、悩み事?」


「…友達が……大事な人が傷ついたら、どうすればいいんですか……?」


「…え?」


 目を丸くして驚く美咲先輩だったけど、一番驚いたのは私だった。考えてもいなかったはずの言葉が、ぽろっと口からこぼれ出たから。でも、私は実はそう考えてたんだ……ふと、そう思った。


「…大事な人って…空くん?」


 私は、静かにうなずいた。「そっか…」と小さくつぶやく先輩の声が横から聞こえた。それに続けて、私は言葉を続けた。


「空がオーバードーズしてるっていう、きっと偽物の記事が、学校に貼られてたんです…。空がそれ見ちゃって、顔真っ青にして逃げちゃって……。呼び止めようとしても、振り向いてすらくれなくて……」


 途中から視界がぼやけて、頬に温かいものが流れた。あふれ出したら止まらなくなって、急いで袖で拭った。こすってしまったせいか、目元がひりひりと痛む。


「そうだなぁ…」


「私だったらだけどね、もし私が桜良ちゃんだったら、空くんに会いに行くかな」


「…え?」


「ほら、空くんって、少し物静かなところがあるじゃん?自分のことあまり語らないところっていうか…ミステリアスっていうか……。だけど、桜良ちゃんには心を開いてると思うの」


「そう、なんですかね……」


「絶対そうだよ!桜良ちゃんのことが好きだって言ってくれた空くんなら、絶対に」


 ふと美咲先輩の顔を見ると、強くて優しい目をしていた。私に、「信じて」というような目。「大丈夫」という言葉が聞こえてくるんじゃないかというくらいに、優しい目。



―――そんな目に背中を押されて次の日、空の住んでいる部屋の前に来ていた。


 空も私も、中学生の時によく空の家で遊んだな……と思い返す。高校生になってから、忙しくなったのもあって遊ばなくなってしまったけど……。そんなことを考えながら、見慣れたインターホンを押す。


「……はい」


 小さく、男の人の声が聞こえた。いつもより低くて一瞬耳を疑ったけど、すぐに空だとわかった。


「…わたしっ!…桜良、だけど…」


「…さくら、か……。待って。今出る」


 ブツッと切れて、ガチャッとすぐに鍵が開く音が聞こえた。ドアが少しだけ開いて、空が顔だけのぞかせた。


「……いらっしゃい、桜良」


「そら……」


 空を見ると、笑ってはいるけど目の下にはクマができていて、とても元気そうには見えなかった。こんな空、これまで全く見たことがないくらいに……。


「空、大丈夫………?」


「………まあ…ね」


「あのね、空…。今回のことは、Ifって人のせいで、それでっ…」


「知ってる。優日だろ」


「?!!」


 慌てる私の言葉を遮るように、冷たくそう言った。


「なん、で……」


「なんでも何も、俺のところにも来たから。If……いや、優日から、メッセージ」


「………」


「清水 桜良に従え、ってね」


「え……?私に、従う…?」


「そう。桜良こそ、何か言われてんじゃねぇの?あいつから」


「…私はただ、2日後に空を連れてくるように言われただけで…」


「…そう。だけど俺は、あいつに会う気なんかない。俺を裏切った、あいつなんかに」


 空は、光のない目を私の足元に向けた。いつもの生き生きしてる目とは裏腹の、怖いくらいの目だった。


「…ねぇ、空」


「…なに」


「If…優日くんに会わないと、従わないと、空もこれ以上何されちゃうかわからないんだよ…?だから、私も、一緒に行くから、いっしょに…優日くんに会お…?」


「黙れ!桜良に俺の何がわかる!!」


 私は思わず、体をこわばらせた。一瞬、他の誰かが叫んだのかと思ったけど、目の前の空を見て、空の発した声だと気づいた。空は敵を見るかのような目で私をにらみつけて、バタンとドアを閉めた。


「そ、ら……?」


 呆気に取られて、その場でしばらく動けなかったけど、頭が真っ白のままその場を後にした。


**********


 空が、あそこまで声を荒げることなんてあるんだ……。


 それが、いちばん最初に思ったことだった。


 これまで空は、私に元気よく、明るく話しかけてくれた。いつもキラキラとした目をしていて、私の真っ暗な心を照らしてくれるような……。


 なのに、今日の空は……まるで、前の私みたいだった。


『一生懸命生きようとしてる桜良に惚れたんだよ!』


 紅仁くんから守ってくれた時の、空の言葉が頭に響く。


「どうしちゃったの……?そら……」


 自然と、途中にあった公園に入って、ベンチに座り込んでしまった。




「あら?」


 嫌ってほど聞きなれた声が聞こえた気がして、私は反射的に顔を上げた。嫌な予感がしたけど、その予感は当たってしまった。


 そこには、腕を組んだお母さんとケントさんが私を見下すように立っていた。


「おか、あさん……」


 一瞬気後れしたけど、すぐにこの人たちにかまってる暇なんかないと思って、立ち上がった。今は、空のことで精いっぱいだった。早く帰って、空を救う方法を考えたかった。


「ちょっと待ちなよ」


 ケントさんはそう言って、私の腕をぐっとつかんだ。そのあまりの強さに、「いたっ」と小さく声が出る。


「…放して、ください」


「今どこにいるのか、聞くまで帰さないよ。お母さんに迷惑かけちゃダメ、って習わなかったっけ?」


「……っ…」


 「ほら、帰るよ」と声がして、家の方向に引っ張られる。だんだんさっきいた公園が遠くの景色になっていく。進行方向を見たくなくて、ギュッと目をつぶりながら引っ張られていくーーー。




パシッ


 乾いた音が、急に聞こえた。


 あの時と同じような感覚に、目を開けて顔を上げる。


「はるきさんっ……?」


「桜良ちゃん、大丈夫?」


 急な出来事に、私は急いでうなずいた。その様子を見て、遥輝さんは「よかった」と目を細めて笑う。


「あんた誰よ!!」


 ケントさんの手が叩かれたらしく、お母さんはその手を優しくさすりながら、遥輝さんをにらみつけていた。


「あなたこそ、何してるんですか」


「あたしたちは何もしてないわよ!!」


「ほんとにそうですかね?これを聞いても同じことが言えますか?」


 そう言って遥輝さんがポケットから取り出したのはスマホだった。少しだけ画面を操作してから、ある音声がそこから流れる。そこからは、私があの日…美咲先輩や遥輝さんに、お母さんたちに何をされたかを、涙ながらに話した内容が流れた。


「え、録音、してたんですか……?」


「ごめんね、こっそりとさせてもらってたよ」


 小声で聞くと、小声で答えてきてくれた。お母さんたちを見ると、目を見開いて、信じられないものを聞くような顔でじっとスマホを見つめていた。


「…帰るわよ、ケントくん」


「…うん」


 私を一瞬にらみつけてから、お母さんたちは去っていった。


「帰ろっか。桜良ちゃん」


「あ、あのっ!」


「どうしたの?」


「あの、なんで……なんで、助けに来てくれたんですか……?」


「助けに来ただなんて、そんなかっこいいことじゃないよ」


 照れくさそうに、頭を掻きながら言う。


「ちょうど仕事が終わって歩いてたら、向かいに見たことある人影が見えて、よーく見てみたら桜良ちゃんだっただけ」


 「だから、何も心配しなくて大丈夫だよ」そう言って、遥輝さんは家の方向に歩きだした。その背中はとても大きく見えて、少しだけ、心が痛む感覚がした。


 空を、ふと思い出してしまった。通学路でいつも通り会って、私の前を歩いていく空。途中でふりかえって、無邪気な笑顔を向けてくれる。だけど、今日はその正反対。光のない目で、私をにらみつけて…。


 結局何もできず、私は公園まで来て…。ばったりとお母さんに会って…。挙句の果て、遥輝さんに助けられて……。




 その時、私は気付いてしまった。


 自分のに。


 私はいつも、助けてもらってばかりだった。なにが、「空を救う方法」だ……。空に助けてもらってばかりの私が、空を救えるはずなんて、ないのに……。


「どうかした?」


 後ろを振りかった遥輝さんに、「なんでもないです」と、可能な限りの笑顔で返す。少しばかりの胸の中の罪悪感を、隠して。


**********


 夕日が差し込む部屋。俺……西丘 優日の部屋。窓の外を見て、まぶしいオレンジ色の光に目を細める。すぐに目を逸らして、壁に目を向ける。


 雑にテープで貼ってある、手紙。


 だが、飾りも何もない、ただの真っ白な紙。……無造作に破かれた、何かの、切れ端。


『優日へ 夕日みたいに、優しい子に育ってね。 お母さんより』


 綺麗な文字。だけど、文末は丸い液体がこぼれた跡と共に滲んでいた。



「………母さん…ごめん」



 誰もいない空間に、自分の声だけが響いた。






















*****【ちょっとしたお知らせ】*****


こんにちは。「君の心を満たすもの」作者、暁 夜星です。


ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。


まだまだ慣れない小説ですが、楽しく書かせていただいています。


さて、そんな「君の心を満たすもの」ですが、


あと3です!


構成を考えていたら、つい最近あと3話しか作れないということに気が付きました。


引き続き、桜良と空、そして優日の物語を読み続けていただけると、非常に嬉しいです。よろしくお願いいたします。


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