第5話:差し込む光の先
前回までのあらすじ:
家を追い出されるまで、納得できないまま2週間の猶予を与えられた桜良。暗い気持ちのまま桜良は、紅仁に誘われるまま軽音楽部の激励会に誘われ、足を運ぶ。想像していなかったほどの歓迎をされ、その中で桜良は空との昔過ごした楽しい日々を思い出す。しかし、「自分は空の幼馴染だということ以外の何者でもない」と、自分の中で否定するのであった。
激励会が終わった翌日、所持していた薬の在庫がなくなり、ドラッグストアに出かける桜良。しかし、急なシャッター音が聞こえる。その主は、まさかの紅仁であった。紅仁は、「自分と付き合わないと、薬を手に持つ桜良の写真をみんなにばらす」と、冷たく言い放つ。戸惑う桜良に、紅仁は1週間の猶予を渡し、仕事に戻っていったのだったーーー。
**********
目が覚めて窓の外を見て、すぐにため息が出た。嫌だったけど、学校があった。不登校になりたくても、私の中の優等生な自分が、それを邪魔してきていた。今日も学校から帰ってきたらお母さんに会うのかな。紅仁くんに何か言われるのかな。そう考えていたら、自然といつもよりゆっくりなペースで着替えていた。昨日の夜と同じくらいか、少し多いくらいの薬を飲んで、外に出る。
相変わらず、風は私を攻撃するように向かい風だ。
いつもよりも階段を下りる足が重いような気がした。だらだらと続く階段を見て、「ここから転がり落ちれば死ねるのかな」と考えてしまう。もちろん、そんなことは少し怖いからしないけど…。
「桜良―!」
そんなことを考えていたら後ろを振り返らなくても、声の主は空しかいなかった。
「おはよ、桜良」
メガネの下の目がなくなる笑顔。前はその笑顔がまぶしくて、朝の太陽より明るく見えて好きだったはずなのに。今は…なんでだろう。今はうざいとしか思えなくて、返事もできなかった。
「どうした…?なんかいつもと違わない?」
心配そうに、私の顔を覗き込んで来ようとする。見られたくもなくて、速足でどんどん歩いていく。気がついたら、階段を降り切っていたみたいだ。
「あ、そうだ、これ」
空は、私に四角い、ある物を差し出してきていた。私が口を開く前に、空が口を開く。
「これ、俺のバイト先のCDショップで流れてたアルバムでさ。めっちゃ元気が出るような曲だったから、桜良にも聞いてほしいなと思って」
「……」
なんで、空までもわかってくれないんだろう。
私は今、1人でいたい。ずっと1人でもいいくらいに。
だから、今の空の存在は、邪魔。
「……いらない」
「…え?」
「いらないっ!!そんなの!!」
気がついたら、心のままそう叫んでいた。ハッとして空を見ると、目を見開いて、口の形だけ私の名前に合わせて動いていた。すぐに私は空に背を向けて、走った。空に追い付かれないように全力で走った。
「桜良!!」
そう叫んでいる声が聞こえた気がしたけど、その方向を向くことはなかった。
**********
学校に着いても、優等生のふりをしつつも、どこか心が痛かった。初めて感じる痛みだった。いつも通り私の隣に座っていた咲樹が私の表情を少し見て声をかけてくれた気がしたけど、よく覚えていない。避けるように、いつもの逃げ場所に来て、時がたって、今に至る。
「ほんと、何やってるんだろう、私……」
背もたれに背中を預けて、雲がどんよりとしている空を見る。
……昔から、天気と自分の感情は変なほどマッチしている。自分の気持ちが明るければ晴れているし、気持ちが暗ければ、曇っているか雨が降っているかのどっちか。もし気持ちが明るかったとしても、天気が急にどんよりして、その後悪いことが起こるっていうこともあった。
それにしても、今日は人を避けてばかりだ。咲樹のこともだけど、空にあんなこと言うなんて、初めてだった。だけど、1人でいたいって思っていたことも事実だ。
あとは……紅仁くんが、もう誰かに私の秘密をばらしたんじゃないかと思うと、人と接するのが怖くなってしまった。もしかしたら、態度に出していなかっただけで、咲樹や空も、もう知っているんじゃないかとさえ思ってしまう。
「やーっぱりここにいた」
「?!」
急に目の前に紅仁くんが立っていて、声が出なくなった。
「安心しなよ。誰にも言ってねぇから」
私の思考を読んだかのように、真剣そうなまなざしでそう言う。だけど、信用はできなかった。……人は、簡単に嘘をつくから。人を騙すから。
そう思うくらいに、私の中で人への信用はできなくなっていた。紅仁くんだって、最初は私のことを頼りにしてくれていた。なのに、結局はただ利用してただけだった。自分のことを好きだというのも、きっと嘘だ。
結局、誰かを信用した私が間違いだったんだ。
「…桜良ちゃん?」
考え事をしていたら、紅仁くんの手が私の頭の上にあることに気づいた。急いで振り払って、家に向かって速足で歩きだした。後ろから名前を呼ぶ声が聞こえたけど、また無視してきた。…空と同じように。
家に着いても、部屋はカーテンが閉められたままのせいで暗くなっていた。そういや朝、カーテンも空けずに外に出たっけ…と思い返す。手を洗うのもめんどくさくて、バッグの中から薬のポーチを出して、40錠ほど手に出す。手の上が最近、白い粒で真っ白になるのを、私は口角を上げながら見ることが増えた。
そして、その後はすぐに部屋にこもって、ただのんびりと過ごす。何かするわけでもなく、ただ「薬が殺してくれないかな」ってことだけを考えて過ごす。だけど、少しの物音が聞こえる度に体がびくっとなるようになった。あの人たちが帰ってくるんじゃないかと思うと、怖い思いでいっぱいになって、叫びたくなった。
宿題だってあったのに、全く手を付けられなかった。その代わりに、スマホのSNSに目を向ける。優等生でいなきゃいけないはずなのに、宿題すらできない自分が、嫌になっていた。でも最近、こうやって過ごすことしかできなかった。
「もう少しで追い出されるんだから…今更頑張っても意味なんてないよね……」
誰もいない部屋の中に、そんな言葉を投げてみる。返事が返ってこない当たり前の虚しさには、もう慣れてしまった。
そんな感じでSNSに目を向けていると、IFさんから個別メッセージが来ていることに気が付いた。メッセージの内容は想像できていたから、すぐにタップして画面を開く。
**********
それは、数日前にさかのぼる。
『最近浮上してないみたいですけど大丈夫ですか?何かあったなら、話聞きますよ』
IFさんからのメッセージが、久しぶりに届いていた。最後には優しい笑顔の絵文字がついていて、私はすがるように、薬の副作用で震える手でメッセージをゆっくりと打った。
母が愛人を連れてきて、オーバードーズをしていることがばれてしまったこと、あと2週間以内には家を追い出されてしまうこと……。
メッセージを打って、30分以内に返信が返ってきた。すがる思いでメッセージを打ったけど、特にこれといった期待はしていなかったから、正直驚いた。「なんで返してくれるんだろう……」とも思ったけど、読まないのは迷惑かなとも思って、急いで目を通した。
『え、それ、めちゃくちゃ大変じゃないですか!』
これだけ送られてきていて、気持ちはものすごくうれしかった。だけど、何かをしてくれるわけではないんだ……と思って、スマホをそっと閉じた。だけどまたすぐにスマホの画面がパッと明るくなって、メッセージが追加で送られてきた。
『僕にいい案があるんです!』
このメッセージに、思わず首をかしげてしまった。まだ半信半疑だったけど、返信を待つことしかできなかった。意外とすぐにまた送られてきて、頭がぼんやりとする中で見た。
『僕の友人がシェルター的なところを経営しているんです。手配までに何週間かかかるかもしれないんですけど、僕からその友人に連絡してみましょうか?』
そのメッセージを見て、初めて光が差し込んできた気がした。期待をものすごくしていた、というわけでもなかったけど、わずかに光が差し込んできた気がして、お願いした。
**********
届いていたメッセージを見ると、友人さんからOKをもらえたこと、ただし手配までには2週間ほどはかかってしまうことが書かれていた。
「そこに住めれば、もうなんだっていい」
そう呟いて、すぐに了承のメッセージを打ち込んだ。それを送ってから、お礼を言っていなかったと思って、追加で急いでお礼を言った。
『困っている人を助ける人が好きなだけですよ』
IFさんは唯一信用できる人かもしれないな…と思って、ゆっくりと窓辺に立つ。まぶしくて明るい夕日が、窓から差し込んで、私を照らしてきた。
**********
オレンジ色の夕日が差し込む部屋。愛用しているパソコンが、その光でオレンジ色に輝く。
「もう少しだね、ーーー」
<桜良が家を追い出されるまで、残り6日>
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