第3/5話 敵と味方
ハンバーガーを食べ終わり、残りのポテトをもぐもぐする。
「ねえ、登君」
そういえば、最初から登君だったな、とふと思う。
普通多くの子は名字で呼ぶから。
なんだか、変に距離感が近い。というかどこかバグッているような違和感がある。
「なぁに?」
「ずっと味方だからね……約束だよ?」
「うん。俺の方から破るつもりはないよ。愛想つかされた場合は分からないけど」
「そうだね。見方でいてくれるなら、ね」
「おう」
「私の全部、あれも、これも、何もかも、あなたにあげる」
「んっっげほげほ」
俺はポテトをのどに詰まらせて、咳き込む。
その発言はあまりにも魅力的で、無防備で、どこか危険な香りがした。
「私の全部だよ。受け取ってくれる?」
それは甘い蜜であると同時に猛毒だ。
彼女のすべてを受け入れろ、と言われているに等しい。
「結構、情熱的なんだね」
「うん。そうじゃなきゃ、恋人なんかいらない」
「そ、そうか」
「疑似なんて無理。私は必ず、恋をしちゃうから」
過去にどんな恋人がいたのだろうか。
いないという可能性もあるが、あれだけモテているのに考えづらいところではあった。
しかし、彼女の瞳はどこまでも真剣で、まっすぐで、清楚な雰囲気をまとっている。
いつもそうだけど、今はよりいっそうそう感じる。
彼女の心に触れて、余計彼女が清い存在であると理解できる。
「自分に嘘はつけない、か」
「そうそう、そういう意味」
「私のすべてを受け止めてくれるなら、私はすべてを差し出すよ」
まるで世界の半分をくれる魔王のように囁いてくる。
その高く小さな声が、ぞくぞくとする。
「あんなことも、こんなことも、なんでもしていいんだよ」
さすがに恥ずかしいのか、ちょっと頬を赤くする。
こんな顔をみせられたら、余計かわいいと思ってしまう。
その魔術にハマって、抜け出せなくなりそうだ。
「とまあ、そういうことで、これからよろしくね」
つとめてわざと明るく言ってくれているのだろう。
その本質はすごく重い内容だが、暗くなりたくはない。
なんたって今、恋人契約の話をしているのだから。
「う、うん。よろしくお願いします」
「お腹いっぱい。今日はもういいかな」
「俺はまだ、夕ご飯食べるつもりだけど」
「え、そうなの? すごいね」
「そうかな」
「ふふ。でも私も十時くらいにお腹すいちゃうかも。夜食はよくないもんね」
「そうだな」
あのミリアちゃんとハンバーガー店で話しているだけでも、とんでもないことなのに、俺たちは恋人役だってんだから、世の中おかしい。
「じゃあ帰えろっか」
「俺、西側なんだけど、どっち?」
「私は東側だよ。もちろん知ってるよね?」
「え、あ、はい。存じております」
「ストーカーみたいだよね。なるべく秘密にしてるのに」
「まあ、でも毎日帰ってるんだから、家はバレるよな」
「そうね。しょうがないのよね、ふぅ」
ミリアちゃんが、さらっと髪の毛を直す。
そういう仕草一つ一つがとても様になっていて、かわいいのだ。
「えっと、誤解してそうだから言うけども」
「なに、姫」
「私と一緒に家に帰るんだよね?」
「なんでそうなる!」
「だって、恋人って同棲するんでしょ」
「んなばかな」
「私は全部見せるって言ったもの」
「そういう意味なのか」
「うん」
「じゃ、じゃあ、東側だったな」
「そうだよ」
ハンバーガー店をあとにする。
また手をつなぐ。
西日がまぶしい。
太陽を背にして、東側へと進んでいく。
彼女の家は、広い平屋の豪邸だった。
まず家の前に門がある。
インターフォンを押すと自動で開く。
「おじゃまします……」
「ふふふ、大丈夫。とって食べたりしないから」
「そう、願います。よろしくお願いします」
「ママ、ただいま~。こっちは私の彼氏に決まった、山口登君だよ」
ママだという若い女性が俺たちを見て微笑ましそうにしている。
そのまま奥へ入っていく。
「トイレ、こっちにあるから」
「あ、うん」
「私の部屋はここ」
扉を開くと広い部屋があった。
大きなベッドに綺麗なテーブルと椅子、テレビ。
勉強机と椅子が別にある。
椅子をすすめられたので、座る。
「私、着替えちゃうから、後ろ向いててね。ごめんね」
「あ、ああ……」
衣擦れの音がする。とても艶めかしいというか、イケないことをしているような気分になってくる。
気になってしょうがないが、そちらを向くことはできない。
というか、普通は部屋から出すのでは。
「いいよ。終わり」
「お、おう」
彼女は簡単な洋服に着替えていた。
下はピンクのミニスカートだ。生の太ももがまぶしい。
「ハンバーガー食べちゃったけど、夕ご飯食べるんだよね。ちょっとママに言ってくる」
そういうと部屋から出ていってしまう。
改めて部屋を眺める。
だいたいは綺麗に片付いているが、勉強机の上にはいくつかの本が置いてある。
毎日勉強しているのだろうか。
俺はほとんど家で勉強しないので、よく分からない。
そして、わずかに女の子のいい匂いがする。
「ごくり……」
改めて考えると、あのミリアちゃんの部屋に俺がいるのだ。
ぞぞぞと変な感覚が下から頭の先へ抜けていく。
ミリアちゃんが帰ってくるまでにしばらく時間を要した。
対する俺はその間の緊張からへろへろになっていた。
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