第2/5話 帰り道とハンバーガー

 廊下を進んで下駄箱で靴に履き替える。


「登君、手、つないでいい?」

「いいよ」

「まだ、ちょっとなんていうか、不安で」

「そっか、我慢とかしなくていいからな」

「ありがとう、優しいんだね」

「まあな」


 そっと手をつなぐ。

 彼女の手は小さくて柔らかい。女の子の手だ。

 そして体からは微かにいい匂いがする。

 俺はそのフェロモンに集まっているオスバチドローンみたいだ。

 なんだかクラクラする。


 あのミリアちゃんと放課後手をつないで帰ってるなんて。


「あのね、私、信者味方も多いけどアンチも多いのね」

「あ、うん。知ってる」

「あなたは、正直どっちなのかなって」

「え、そんなの」

「味方でいてくれる? 私のこと、世界の全員が敵になっても、たった一人でも味方になってくれるかな?」

「もちろんですとも、姫様。私はナイトですので」

「ふふふ、ごめんね。試すようなこと言って」

「いいや、そりゃ敵だったら怖いよな」

「うん……でも、登君が、信者の一人だって知ってるから」

「あははは」


 ミリア教徒なのは前からなので、バレバレであった。

 本人に知られているのはちょっと意外ではある。

 なんたって俺は信者No.3だしな。


「ナンバースリー」

「なになに?」

「俺は信者ナンバースリーなんだ。上から三番目」

「へぇ、そういうのあるんだ、キモ」

「ぐへぇ、とにかく俺は初期メンバーだから、安心安全よ」

「安全なの?」

「まあ、一応。イエス信者、ノータッチ」

「なにそれ」

「俺たちの標語」

「どういう意味?」

「俺たちは姫を決して、触らない。傷つけてはならない」

「触っちゃった」


 つないでいる手を上げて、ぶんぶん振る。かわいい。


「まぁこれは不可抗力なので」

「そっか、寛容なんだ」

「まあ一応。姫の意志はそれ以上に絶対なので。姫の嫌がることはしない」

「ふんふん」


 そのまま手をつないで歩いていく。

 まるで恋人だな。恋人実習だけど。

 商店街を抜けて、隅にあるバグバグバーガーへと到着した。


「ビーフハンバーガー、ポテト、アイスコーヒー、セットで」


 先に並んだミリアちゃんは颯爽と注文をしていく。


「お、おおおお、おんなじもので、あ、はい、えっと支払いはバーコード決済で、あ、スマホ、今だします」


 俺はおろおろと慣れない作業をこなす。

 なんとか注文できた。冷や汗ものだ。

 ちなみに今は手をつないでいない。


 注文を終えて、横の列にずれる。

 するとすかさず彼女が横に並び、手をつんつんしてくる。

 また手をつなぎたいらしい。甘えんぼさんかな。

 俺は緊張しつつ手をつないだ。

 なんだか、微笑ましいものを見る目でレジのお姉さんに見られていた。

 俺は顔に冷や汗が出てくる。


「くぅ」

「ふふ、なんだか登君、慣れてないみたいでかわいい」

「かわいいですかね、ありがとうございます」

「大丈夫、大丈夫」

「ありがと」


 俺のほうが最初、余裕だと思っていた。

 彼女は手も震えていたし不安そうだった。

 しかしバーガー店にきたころには復活していて、俺のほうがたじたじだ。

 こういう店にほいほい入ったりしたことがないのだ。

 陰キャというかコミュ障というか、そういうのなので。

 友達とも学校ではつるむが、放課後学校を出た後はほとんど一緒に遊んだりしたことがない。


 ポテトのアラームの音楽が鳴り、用意が完了する。

 俺たちの番号が別々で呼び出されて、それぞれ受け取った。


 二階へ上っていく。


「あ、お、おう」


 彼女はセーラー服なので当然ミニスカートだった。

 あのね、階段を上ると、パンツが見えそうなのだ。

 もちろんスカートの長さは絶妙に調整されているので、見えそうで見えない。

 しかしその生の太ももがすでになんというか、俺を誘ってるようで、とてもイケない。


 そんな気も知らないというか、余裕の表情で先に進んでいってしまう。

 俺は階段下で呆然とそれを眺めた後、すぐに追いかける。


「なに、下から何かいいものでも見えた? うふふ」

「いえ、滅相もございません」

「わかってるわよ。何見ようとしていたかくらい。私だって女の子だし」

「そうですか。申し訳ございませんでした」

「でも見ちゃうよね、男の子だし」

「ははあ、お許しください。姫様。出来心だったんです」

「別に触ったわけでもないし、いいよ。大丈夫になってるから平気」

「なるほど」


 ちょっと意味が分からないが、もしかしたら下にブルマなどを普通に穿いているのかもしれない。

 それとも俺には見られても平気という意味なのか。


 ハンバーガーを食べる。

 彼女は綺麗に包み紙を折ってパンを口に運んでいる。

 その口は小さくて、なんだか小動物みたいでかわいらしい。

 ポテトもちょいちょいとつまむ。


「あっ、登君」

「え、なになに?」

「片っぽナゲットにして、ポテトと共有にすればよかったね」

「あ、え、うん。姫がそれでいいなら」

「姫、姫ね。まあいいけどね」

「はい、姫」


 俺たちの中では「プリンセス」なのだ。

 なんか面と向かって御名を呼ぶとか恥ずかしいし。


 それにしても一緒にポテトを食べるか。

 なんだかそれも恥ずかしいな。俺が恥ずかしがる側ではないが。

 姫はそういうことも平気なのだろうか。


「姫、ポテトの共有とか、男としても平気なのですか?」

「ううん。全然。なんとなく登君なら、いいかなって。直感」

「さようですか」


 ちょっと目が泳いで顔が赤くなっている。

 今更改めて言われて、恥ずかしいのだろうか。

 なかなかにして、かわいい。


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