第28話 お弁当

「……あれ?」


 ある日の早朝。

 俺はできあがった生姜焼きの量を見て、首を傾げた。

 買っておいた豚肉の期限がギリギリだったため、弁当でも作って持っていこうと思ったのだが、予想よりも多くできてしまった。

 

「あ、そうだ」


 今日は確か、しずくも学校に来られる日だった気がする。

 いつも昼は購買などで済ませているようだし、彼女の分まで弁当を用意すれば、食べてくれるんじゃなかろうか。

 

 一応確認しておこう。

 俺はアプリから、今日は学校に来るかどうかの確認と、お昼に俺の弁当を食べてほしいというメッセージを送った。

 すると、すぐに返事がきた。


『今日は行けるよ。お弁当めちゃくちゃありがたいです』


 という文のあとに、可愛らしいクマがお辞儀をしているスタンプが送られてきた。

 俺は安心して、二つの弁当箱におかずと米を詰めていく。自分で作ったものだから、純粋な評価というのは難しいけれど、味は多分普通だ。特別なことはしていないし、キャラクター弁当みたいな、開けてびっくりするような要素もない。

 あまり期待されすぎないことを祈りながら、俺は弁当箱を閉じた。



 学校につくと、すでにしずくは教室にいた。

 相変わらずクラスメイトに囲まれているが、話題の内容は彼女にまつわることではなく、普通の世間話だった。 

 ドラマの話は、特に聞こえてこない。


 真面目に授業を受けながら、俺はちらりとしずくのほうを見る。

 彼女は誰も見ていないと思っているのか、目をギンギンにかっ開きながら黒板を見つめていた。その様子は、傍から見ると少し怖い。

 おそらく、そうしていないと眠ってしまうのだろう。

 頭を揉んでみたり、頬をつねってみたり、あらゆる手段を用いて、彼女は眠気を遠ざけようと必死になっていた。

 彼女の体調を心配する気持ちはもちろん強いが、それ以上にあの端正な顔が面白おかしくグニグニと揉みくちゃにされているせいで、目が逸らせなくなった。

 

「……っ!」


 そして、ついにしずくと目が合ってしまった。しずくは顔を赤らめながら、すぐに視線を逸らす。

 思わず夢中になって見てしまったが、これ以上は親しき仲でも失礼だろう。正気に戻った俺は、授業に集中すべく、教師の言葉に意識を向けた。



 昼休み。

 俺は二つの弁当が入ったカバンを持って、教室を出た。

 しずくと俺は、人目につくところで会話することを避けていた。男女の関係というわけじゃないし、人目についたところでやましいことなど一つもないのだが、なんとなくこうしている。

 男女の仲じゃないと主張しても、小さな噂が拡大してしずくの将来を奪う可能性がある以上、間違ってはいない判断だと思う。


 教室を出た足で、真っ直ぐ宿直室へ。

 もはや、職員室で借りる必要もない。

「どうせ誰も使っていないから」と、真宮先生が予備の鍵を預けてくれたのだ。

 真宮先生がいないときに宿直室の鍵を借りるというのは、中々リスクが高いし、こうして自分たちだけで自由に出入りできるようになったのは、本当にありがたい。


「……あれ」


 宿直室の鍵を開けようとした俺は、鍵を差し込んだ後に手を止めた。

 すでに鍵が開いている。

 この前使ったときにかけ忘れたのかと思ったが、中からわずかにタバコの香りがしたことで、すぐに状況を理解した。


「こんにちは、真宮先生」


「アキラちゃんと呼べ」


 中に入ると、真宮先生が窓辺でタバコを吸っていた。

 相変わらず教師とは思えない態度だが、親しみやすくはある。


「あとで神坂も来るのか?」


「はい」


「そっか」


「……あ、コーヒー飲みます? すぐに淹れますけど」


「サンキュー、助かる」


 ――――何か、雰囲気が違うな。


 漠然とそんな違和感を抱きながら、俺はアイスコーヒーを用意する。

 おかしく感じたのは、真宮先生の言葉だ。

 いつもはもっとダラダラ話すというか、無駄話も多いのだが、何故か今は受け答えが簡素だ。不機嫌そうな様子もなく、何か俺の態度に気に入らない部分があったというわけでもなさそうだが。


「……なあ、御影」


「はい」


「お前さ、最近の神坂をどう思う?」


「どう思うって……」


 問いがかなり難しい。

 こういった話題は、俺の心を大きく揺さぶる。

 

「いつも通り……頑張ってると思います」


「他には?」


「ほ、他に?」


「体調のこととかだよ。なんか変化ないか?」


「あ、ああ……」


 しずくとの関係性について聞かれているのかと思ったが、そういうことではなかったのか。


「体調は……すごく心配です。連日の撮影と学校で、疲れが溜まっているように見えます」


「お前がちゃんと見れてるやつでよかったよ。……慣れねぇ生活してるからか、疲労が溜まってるのは間違いねぇ。なんとかしてやりてぇが、これ以上教師側ができることはなくてな」


 芸能活動によって欠席しなければならない日が多いしずくは、様々な条件のもと、最低限の出席日数を確保されている。

 学校側の配慮はすでに最大限であり、公平さを保つためにも、これ以上しずくを特別扱いすることはできないようだ。


「教師として情けないことこの上ねぇが、今は何も助けてやれねぇ。学校の中にいるときくらいは、気にかけることもできるが……悪いが、学校の外は、お前に任せる」


 真宮先生は、珍しく真剣な様子で、俺に頼み込んできた。

 もうふざけていられる段階じゃないということか。

 もとより俺は、しずくの体調をずっと気にかけていた。

 言われるまでもない。俺は力強く頷いた。

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