第27話 好みのタイプ
「それじゃ、コーヒーごちそうさま。すごく美味しかったわ」
そう言い残して、稲盛玲子は店をあとにした。
なんというか、不思議な雰囲気の女性だった。
掴みどころがないというか、すべてが演技に感じるというか。
これが女優のあるべき姿と言われたら、俺は納得してしまうだろう。
「ごめんね、純太郎。玲子さんがダル絡みして」
「別にいいさ。優しい人だったし」
後半、やたらと質問攻めにあったが、特に不快な感じはしなかった。
しずくに関わる話が多かったからかもしれない。
あのときの態度は、まるでしずくの本当の姉のようだった。
しずくが大事にされていることが分かって、俺としてはむしろ嬉しく思う。
いつもの時間になったため、俺はしずくの対面に腰掛ける。
稲盛さんはともかくとして、今日はやたらと声をかけられる一日だった。
特に女性二人組の客が大変で、歌原さんが助けに来てくれなかったら、言わなくていいことまで言わされていたかもしれない。
なにはともあれ、ドッと疲れてしまった。
俺は歌原さんの淹れてくれたアイスコーヒーに口をつけ、ふぅと息を吐く。
「あれ、やっぱりちょっとお疲れ?」
「……申し訳ないけど、お客さんに絡まれるのって、あんまり得意じゃないんだよ」
特に今日みたいな絡まれ方は、とてもやりにくい。
自分に興味を持ってもらえるだけありがたいと思ったほうがいいのかもしれないけど、そんな風に考えられるほど、俺はまだ割り切ることができる人間にはなれていなかった。
「ああやって声かけられること、結構あるの?」
「うん、まあ……」
何が目的なのかは知らないが、声をかけられるのは珍しい話じゃない。
そのたびに俺は困惑させられるのだ。
「辟易しちゃうのは、私もよく分かるよ。知らない人から質問攻めされたら困っちゃうよね」
そう言いながら、しずくは苦笑いを浮かべた。
職業柄、彼女は俺とは比べものにならないほど、いろんな人から声をかけられているのだろう。
「最初は人気になったって感じがして嬉しかったけど、慣れてくると大変なだけっていうか……贅沢な悩みなんだけどね」
「相変わらず苦労してそうだな……」
しずくはたははと笑った。
その笑いに含まれた複雑な感情を読み取った俺は、これ以上この話を広げることはなかった。
「……でもさ、さっきの女の人たち、結構美人じゃなかった?」
「え? あ、ああ、確かに?」
思い返してみると、確かに綺麗な女性だった気がする。
正直、なんとかやり過ごすことばかり考えていたため、あまり顔は覚えていなかった。
「なんかこう……グラっとくるみたいな? 男の子として揺らいだりはしない?」
「うーん……そういうのはないと思うけど」
自分でも、その辺りの感覚はよく分からない。
彼女たちに魅力を感じないなんてことは、さすがにありえない。
しかし、たとえあの人たちに嫌われようが、きっと俺は何も気にならないだろう。お客様としては大切にするべきだが、関係を深めるつもりはないというか。
「じゃ、じゃあ……純太郎の好みのタイプってどんな人?」
「好みのタイプ?」
――――考えたこともなかった。
恋愛に興味がないと言ったら、嘘になる。
ただ、自分には縁の遠い話だと思っていたし、今までほとんどそういうことについて考えてこなかったものだから、とても返答に困る。
「答えづらい?」
「……あんまりピンとこないな」
「一個ずつ確認する? 髪の長さとか」
髪の長さ、か。
「あんまり長くないほうが好きかな……」
「ふ、ふーん……じゃあ背の高さは?」
「自分より低いと嬉しいけど」
「顔の感じは⁉︎」
「綺麗系……」
「年齢は⁉︎」
「自分の年齢プラマイ五歳までなら」
「性格は⁉︎」
「一緒にいて落ち着く人……?」
「む、胸の大きさは⁉︎」
「大きいほうが――――っ」
反射的に答えてしまって、頬に熱がこもる。
引かれてしまっただろうか? 恐る恐るしずくの顔を見る。
しかし、俺の心配とは裏腹に、何故かしずくの頬はびっくりするほど緩んでいた。
「ど、どうしたんだ?」
「ううん、なんでもないよ」
しずくがにんまりと微笑む。
少なくとも引かれてはいないようで、俺はホッと胸をなでおろした。
「そうだ……しずくの好みのタイプは?」
「え?」
「俺は答えたんだし、しずくも答えてくれよ」
俺がそういうと、しずくは考え込む様子を見せた。
「……改めて聞かれると、ちょっと難しいね」
「まあ、そうだよな」
「んー……強いて言うなら……優しくて、真面目で、真っ直ぐな目をしてる人?」
「抽象的だな」
「正直、見た目はそこまで大事じゃないんだよね。ほら、私って結構美人でしょ?」
俺は素直に頷いた。
しずくはツッコミを入れてほしそうにしているが、事実なのだから、否定する理由がない。
「……だから外見だけで釣り合う人を探すほうが難しいっていうか……だったら中身に魅力を求めたほうがいいなって」
続けてしずくは、冗談めかして言った。
理由はともかく、中身のよさを求めているのは事実なのだろう。
俺は、果たして彼女のお眼鏡にかなうだろうか。
わずかな不安が、俺の心に靄をはった。
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