第22話 嫉妬?
「聞いてよ、純太郎」
席について早々、しずくは上機嫌な様子でそう言った。
その頼みに対する俺の返答は決まっていたのだが、しずくは余程聞いてほしかったのか、返事を待たずに話し始める。
「今日の撮影、スタッフの人たちにすごく褒められたんだ。監督もね、いつもは無口なんだけど、初めて『いい演技だった』って言ってくれてさ」
「……! すごいじゃないか!」
監督の話は、しずくから何度か聞いていた。
少々不愛想なところはあるが、指示が的確で、とても優秀な人だと。
そんな人から褒められたというのは、きっと快挙に等しいのだろう。
「玲子さんが熱心に指導してくれてるおかげかな……! あと、最近他の出演者の人たちも、残って指導してくれてるんだ」
「大事にされてるんだな……」
「ありがたい話だよね。……まあ、みんな途中でヒートアップしすぎて、たまにぶつかっちゃうんだけど」
各々演技にこだわりがあるのだから、意見がぶつかるのは当然と言えば当然。
それらを精査して、自分に必要な部分を演技に落とし込むというのは、中々骨が折れるとしずくは語った。
「……バディ役の人も、指導してくれたりするのか?」
「え……あ、立川さんのこと?」
――――何を口走っているのだ、俺は。
まさかこんな質問が飛んでくるとは思っていなかったのか、しずくは首を傾げた。
冷や汗が噴き出るが、今更この質問は忘れてくれなんて言えない。
「あー、立川さんは、どちらかというと私側かな。あの人もモデルから芸能界に入ったタイプで、俳優歴は短いんだって。だからいつも私と一緒に指導してもらってるよ」
「へ、へぇ……」
「でも、最近ちょっと困ってることがあってさ」
「困ってること?」
「うん……私が立川さんに狙われてるとかいう、根も葉もない噂が立ってるんだよね」
胸の奥が、ズキッと痛む。
どうしてこうも、自分の心が上手く操れないのだろうか。
もはや、自分が何を考えているのかすら分からなくなる。
「……ここだけの話さ」
小さな声で、しずくは言った。
「立川さん、婚約者がいるんだよね」
「――――え?」
考えていた言葉とは違うものが飛んできて、俺は耳を疑った。
「もうすぐ発表するらしいから、特に口止めはされてないんだけど……もう本当にめちゃくちゃ綺麗な人。一般の人でね、一回現場に来たんだけど、同業かと思っちゃった」
「……そうだったのか」
「立川さん、その人の前ではずっとデレデレでさ。先輩の俳優さんが嫉妬で暴れ始めちゃって――――どうかした?」
「え?」
「なんか、呆けた顔してるから」
いつの間にか、俺の体は脱力しきっていた。
心にあったモヤモヤが消えている。
今の話を聞いて、どうやら俺はホッとしたらしい。
「もしかして……立川さんが私を狙ってるって噂、信じちゃってた? 私が取られるかもって、嫉妬してたりして」
「……ああ、そうだったのかも」
「――――え?」
自分から聞いておいて、何故かしずくは目を丸くした。
「えっと、あ、いや……まさか肯定されるとは思ってなくて……」
「そ、そうか……」
妙な空気が流れ始める。
今度はまた別の意味で心臓が痛い。
だけど、さっきまでの痛みとは違って、これは決して苦しいものではなかった。
「そ……そういえば! もうすぐドラマの収録も終盤なんだよね!」
「あ、ああ……」
しずくが話を変えてくれて助かった。
あのままの空気は、ちょっと心臓が持ちそうにない。
「しばらくは落ち着けるのか?」
「……どうだろう。マネージャーが言うには、新しいオファーが結構来てるらしいんだけど」
「めでたい話……だよな?」
「もちろん。……まあ、モデルの仕事じゃないけど」
「また、女優の仕事か?」
しずくは一つ頷いた。
もともと、しずくは今をときめく大人気モデル。
モデルとしても活躍しているのに、今では本業ではない女優業にも本気で取り組み、演技力をめきめきと伸ばしている。
業界の人間なら、きっとそういう話もすぐに耳に入るのだろう。
俺がプロデューサーなら、間違いなく一度はしずくに声をかける。
「ありがたい話だけど、正直迷ってる。やっぱりハードだしさ、今後も私に女優が務まるか分からないし……」
「……やってみたい気持ちはあるのか?」
「まあ、ね。辛いけど、自分でも演技の上達が分かって楽しいし、やりがいは感じてる。あとは事務所の方針も影響してるかな。今はじゃんじゃん女優のオファーを受けるように、マネージャーに指示してるみたい」
「断るのも一苦労、か」
しずくは再び頷いた。
「でも……少しだけ、目標が見えてきたんだ。今はまだ、そこに向かって踏み出すのを怖がってるだけ」
俺はわずかに目を見開いた。
その反応を見て、しずくは照れ臭そうに頬を掻く。
「モデル業も、女優業も……どっちも本気で取り組んで、両立させてみたい。私を必要としてくれる仕事があるなら、できる限り応えてみたいんだ」
信念もなく、宙ぶらりんだと語っていたしずく。
しかし、今の彼女には、真っ直ぐな強い意志が宿っているように見えた。
「それで……あのさ」
「……?」
突然言葉を詰まらせたしずくに対し、俺は首を傾げた。
「今収録してるドラマが終わったら……その、純太郎と一日出かけたいんだけど……どう、かな」
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