第19話 お約束

 ある日の夜。

 俺はテレビに映る友達の顔を、ぼーっとしながら見ていた。


『SHIZUKUちゃんは彼氏とかいないの?』


『いませんよー。もしかして、炎上させようとしてます?』


『まさかー! そんなわけないよー』


 司会者が棒読みで話すと、ドッとした笑い声が響く。

 雛壇の中心にいるしずくは、周りが笑うのに合わせて笑顔を見せていた。

 しずく曰く、ドラマの番宣として、バラエティにも出る必要があるらしい。

 乗り気でなくとも、事務所が言うのだから仕方ないと、本人は語っていた。


『そんなSHIZUKUちゃんですが、女優業は初めてということで……どうですか、撮影現場は? もうドラマも中盤だとは思いますが、緊張とかしますか?』


『毎回緊張してます……! いまだに分からないことだらけですし、周りの先輩たちが優しくなかったら、きっと心が折れてました』


 これは本心だろう。

 

『と、おっしゃってますが……共演している稲盛さん・・・・は現場でのSHIZUKUさんをどう思いますか?』

 

 司会者が、しずくの隣に座っていた稲盛玲子に問いかけた。

 大人気女優、稲盛玲子。

 しずくとはまた別のベクトルで容姿端麗な彼女は、バラエティでも堂々とした態度を見せている。


『そうですね……SHIZUKUちゃんはよくやってるなぁって思いますよ。 あ、でもひとつだけ嫉妬してることがあって』


『嫉妬?』


『SHIZUKUちゃん、本当に熱意がすごいんですよ。撮影が終わった後も、演技について周りの人に聞いて回ってたり、言われたことは全部メモしてたり……』


『ほうほう』


『めちゃくちゃハードな撮影の後でも動き回ってるから、もうすごい頑張ってるんだなーって。私もやる気はありますけど、なかなか体がついてこないんで』


『なるほどねー! 確かにオレも、営業で日本中回るなんて、もう体がついていかないなーって思うしねー』


『それは歳のせいじゃないんです?』


『あ、一緒にしちゃダメなやつか』


 スタジオが再び笑いに包まれる。

 稲盛玲子に褒められたしずくは、照れくさくなってしまったのか、少し不器用な笑みを見せていた。


「頑張ってるな……しずく」


 俺はそうつぶやき、自室を出た。

 しずくを見ていると、自然と俺も頑張ろうと思える。

 今日もコーヒーを淹れる練習をしよう。


◇◆◇


「ふぅ……」


 テーブルについたしずくは、注文したアイスコーヒーを半分ほど飲んだあと、大きなため息をこぼした。

 

「大丈夫か? なんだか、いつも以上に疲れてるように見えるけど」


「ううん……ごめん、なんかアピールしてるみたいになっちゃって。疲れてるけど、限界とかじゃないから、安心してよ」


「……」


 俺は眉を顰める。

 限界が来る前に休んでほしいと考える俺は、少し甘いのだろうか?


「疲れていても、ここのコーヒーを飲んだら回復するし、まだまだ全然大丈夫だよ」


「……そうか」


「でも、本当に不思議なんだよね。コーヒーを飲むと、すごく元気が湧いてくるんだ」


「コーヒーには、疲労回復効果があるからな」


 元気が湧いてくるというのは、決して気のせいではない。

 前にも説明したが、コーヒーには疲労を感じにくくさせる効果がある。

 エナジードリンクなどにも含まれる、カフェインの力だ。

 用量を守れば、カフェインは生活の大きな手助けをしてくれる。

 ただ、もちろん摂りすぎは厳禁だ。

 カフェインを摂りすぎると、めまいや吐き気などの体調不良を引き起こす可能性がある。

 これには個人差もあるが、多くの場合、一日に飲むコーヒーは三杯から四杯以内が望ましい。


「私もちょっと調べたんだけど、コーヒーって脂肪燃焼を助ける効果もあるんでしょ?」


「ああ、クロロゲン酸っていうポリフェノールが、その効果の素だな」


 クロロゲン酸には、糖の吸収を抑え、内臓脂肪の蓄積を防ぐ効果があるらしい。

 糖尿病や脂肪肝の予防になるらしく、肥満にもなりにくくなるそうだ。


「コーヒーは健康的にも注目されている素晴らしい飲み物なんだ。ただ、何度も言っておくけど、飲みすぎは体に悪影響を与えるから、過剰摂取には要注意。これは俺との約束だ」


「……どこを見て約束してるんだい?」


「……あれ?」


 俺は誰に向かって約束したのだろうか?

 自分が何者かに操られていたようで、少し怖くなる。


「さて、純くんがコーヒーの成分解説をしてくれたところで、二人ともちょっといい?」


「どうしたんですか? マスター」


 二人して首を傾げていると、歌原さんは俺たちの目の前に、トレンチを置いた。(ちなみにトレンチとは、おぼんのことである)


 トレンチの上には、器がいくつか載っており、その中にはそれぞれ若干色味の違うコーヒー豆が入っている。

 この光景、俺には見覚えがあった。


「うちの店では、定期的に仕入れる豆を選別してるの。そろそろ夏だし、アイスで飲むお客さんも増えるから、春用のラインナップから変えていこうと思って」


「へぇ……! そういうこともするんですね!」


「そうなんだよぉ〜。それでね、選別するには飲み比べないといけないんだけど……よかったらしずくちゃんも手伝ってくれないかしら?」


「え、むしろいいんですか?」


「もちろん! 純くんもすっかり舌が肥えちゃったし、新鮮な意見もほしかったんだよねぇ〜」


 そう言いながら、歌原さんはテキパキと準備を進めていく。


「それじゃあ、品評会を始めましょう……!」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る