第15話 学校でもコーヒー
少し時間をもらい、俺はあるものを作ってテーブルへと戻った。
「悪い、待たせた」
「ううん、全然――――って、何それ⁉」
甘いものということで、俺が用意したのは、熱々のワッフルだった。
皿にはワッフルの他に、バニラアイス、そして全体にメープルシロップがかかっている。
「実はお客さんがワッフルメーカーをくれたんだ。まだ試作段階でメニューには載ってないんだけど、一話が無事放送されたお祝いと、試食ってことで食べてみてほしい。もちろんお代はいらないからさ」
「そんな至れり尽くせりでいいのかな……」
「こっちから頼んでるんだ。よければ食べてほしい」
「……分かった、じゃあ遠慮なく!」
しずくに食べてもらう前に、味見はちゃんとしている。
歌原さんに食べてもらったときも好評だったし、彼女も気に入ってくれるといいのだが――――。
「んっ……! 美味しい……!」
「……よかった」
俺は思わず拳を握る。
歌原さんは、しずくの反応次第では正式にメニューに加えてもいいと言ってくれていた。
この反応なら、合格をもらえるかもしれない。
「甘味で脳がとろける感じがする……これはもはや危険だね。中毒者が多発しそうだよ」
「そこら辺はまあ……自己責任ってことで」
「おっと、お主もワルだね」
そう言いながら、しずくはニヤニヤと笑う。
俺も食べて思ったのだが、メープルシロップとバニラアイスの組み合わせは、あまりにも衝撃が大きい。
脳がとろける感覚は、俺も味わった。
この衝撃を少しでも和らげるために、ワッフルを甘さ控えめにしたほどだ。
「あとこれ……多分カロリーもすごいよね」
「一応そう思って量を減らしたんだが……」
「あ、うん。これくらいならご褒美としてすごくちょうどいいんだけど、依存したらすぐに体型に表れると思うよ」
「劇物だな……」
「私も頻度を抑えないと、あとが怖いかな」
しずくはすぐにワッフルを完食した。
コーヒーがあると、甘味が緩和されてほどよくなるらしい。
しかし、それはそれで無限に食べられるようになってしまうため、さらに注意が必要と彼女は語った。
「ふぅ……ご馳走様でした。幸せな時間だったよ」
「それはよかった」
しずくの顔は、どことなくツヤツヤしているように見えた。
これで少しでも元気を出してくれたなら、こちらとしても本望である。
◇◆◇
翌日。
しずくは今日こそ登校できたようで、朝からクラスメイトに取り囲まれていた。
「しずく! ドラマ見たよ! マジ面白かった!」
「あ、ありがとう……」
昨日は散々言っていた女子たちが、揃ってしずくを褒めている。
その様子は、正直好ましいものではない。
「学校来ない日は収録?」
「そうだね……しばらくは来れない日が多くなると思う」
「だったらあたし、しずくが来れない日のノート全部見せてあげる! 必要でしょ?」
「う、うん……助かるよ」
「気にしないで! あたしら友達じゃん?」
周りの温度と、中心にいるしずくの温度。
そこに大きな差があるのは、相変わらずのようだ。
――――友達か。
しずくがいるところでは優しくして、いないところでは悪口を言う。
そんな風に自分を偽って、コロコロと態度を変えられる神経が、俺にはどうしても理解できない。
俺に親しい友人ができなかったのは、そういうところに理由があるのだろうか。
だとしたら俺は、ずっとこのままでいい。
◇◆◇
「ねぇ、純太郎」
昼休み。
昼食を食べようとしていた俺は、突然しずくに声をかけられた。
「……何してるんだ? そんなところで」
「みんなに見つかったら、ドラマのことで質問攻めにあっちゃうんだよ……ちょっとこっちに来てくれない?」
「あ、ああ……」
物陰に隠れていたしずくは、俺を連れて階段の踊り場へ向かった。
前に二人で話すために使った、人気のない場所である。
「急に呼んでどうしたんだ?」
「その、ちょっと言いにくいんだけどさ」
「……?」
「学校でコーヒーを飲みたいんだけど、何かいい案ないかな……?」
その質問を受けて、俺は呆気にとられた。
「いや、えっと……自販機でコーヒーを買えばいいっていう意見はもっともなんだけど、それじゃちょっと満足できないっていうか……ちゃんと淹れたコーヒーが飲みたいっていうか……」
「あー……」
コーヒーには、疲労回復効果がある。
正確には回復しているわけではなく、疲労を感じにくくなるだけらしいのだが、そういう成分的な話はさておき――――。
しずくは相変わらず疲れた顔をしている。
朝からクラスメイトに取り囲まれ、休み時間になる度に質問攻めにあい、かなり体力を削られたようだ。
こういう時には、やはりコーヒーが一番である。
(淹れてやりたいけど……)
当然、この場にコーヒーを淹れる道具はない。
あるなら職員室か、家庭科室か。
「……ひとまず職員室に借りられないか訊いてみるか。もしかしたらあるかもしれないし」
「協力してくれるの?」
「もちろん。しずくをコーヒー好きにした責任は取る」
そう告げて、俺は職員室のほうへ歩き出した。
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