第14話 目につく声

 ついに放送された、しずくが主演を務めるドラマ。

 テレビを見る習慣のない俺も、こればかりは見逃すわけにはいかなかった。

 面白かったと思う。

 目が肥えていないからこそ、そう感じただけかもしれないが、俺は最後まで楽しめた。

 しずくの演技はかっこよかったし、話の展開はコミカルでありながら、きちんと推理があって目が離せなかった。


 ――――といった感想を放送直後にしずくへ送ったのだが、今のところ反応はない。

 今日も撮影で学校には来られないらしく、彼女の席はポツンと空いている。

 様子が分からず心配だが、今は待つしかない。


「ねぇねぇ! 昨日のしずくのドラマ見た⁉」


 いつも通り、女子たちがしずくについて話し始める。

 

「見た見た! やっぱり演技ひどかったね!」


 ――――ん?


「だよね⁉ 周りの演技力がよかったから、マジで浮いてたよね~」


「まあ本業はモデルだから仕方ないのかな」


「じゃあ最初から出なければいいのにね」


 ゲラゲラと笑う女子たちの声は、正直あまり聞いていたいものではなかった。

 一体何が面白いのだろう。

 確かに慣れていないのだろうと感じてしまう部分はあったが、それでも食らいついているように見えたし、少なくとも俺は、彼女の演技に違和感を覚えなかった。

 あの演技は、間違いなくしずくの努力の賜物だ。

 それを理解してもらえないことが、何よりも苦しい。


◇◆◇


「はぁ……散々だね、やっぱり」


 喫茶メロウに来たしずくは、スマホを眺めながらそう言った。


「私的には、結構いいなって思える演技ができたと思ってたんだけど」


 どうやら、SNSのほうでもあまりいい評価は得られなかったらしい。

 少し見てみたが、演技力についての指摘が多かったように思う。


「……俺にはちゃんとしてるように見えたけどな」


「一応聞きたいんだけど、それってお世辞じゃないよね?」


「もちろん」


「……よかった、そう言ってくれる人がいて」


 安心したのか、彼女の悲しげな目が少しだけ和らいだ。


「でも……演技が下手なのは事実なんだよね。そこは批判されても仕方ないって思ってる」


「下手って……今回が演技初挑戦なんだろ? 初回から上手くいくなんて、そんな旨い話――――」


「慰めてくれてありがとう、純太郎。でも、駄目なところは受け止めなきゃ」


「……」


 そう言いながら、しずくは笑顔を見せる。

 これでは、俺はもう何も言えない。

 

「でもさ、俳優さんたちって本当にすごいんだ。普通に喋ってる時はなんとも思わないんだけど、いざ演技が始まると本当に人が変わるっていうかさ……」


「へぇ……」


「特に稲盛さん、あの人はキャストの中でも別格かも。なんかこう……顔つきまで別人に見えてくるんだよね」


 それからしばらく、しずくは稲盛玲子について語りだした。

 どうやらかなり仲良くしてもらっているらしい。

 まるで姉のようだと、しずくは語った。


「実は演技指導もしてもらってたんだけど……初回は情けない結果になっちゃったな」


「情けないなんて言うなよ。褒めてくれる人だってたくさんいたんだろ?」


「……うん」


 批判ばかりが目に入ってしまうが、もちろん彼女を肯定する言葉もたくさんあった。

 中には盲目的に肯定するファンもいる。

 しかし、それを抜きにしても、間違いなくしずくは褒められるべき演技をした。


「ちゃんと褒めてくれる人がいるのに……悪い意見ばっかり視界に入るのはなんでだろうね」


 その疑問を抱く気持ちは、俺でも理解できた。

 喫茶メロウは、俺にとっては完璧な店だ。

 コーヒーは美味しいし、店内は少し古いが、清潔感は保たれている。

 マスターの人柄もいいし、来てくれるお客さんも温かい人が多い。

 値段も決して高いわけではなく、どんな人でも入りやすい――――それがこの店に対する、俺の印象。


 ただ、それでも批判的な意見は来る。

 

 ――――コーヒーは美味かったが、店の雰囲気が古臭い。

 ――――メニューが見にくい。

 ――――理不尽な理由でマスターに出禁にされた。最悪の店。


 そんなレビューを見た時は、愕然としたものだ。

 店の雰囲気やメニューについての批判は、人によって好みや感覚が全然違うため、まだ理解できる。

 しかし出禁になるのは、他の客がいるのに大声で騒いだり、歌原さんにしつこくアプローチしてきたりと、誰かに迷惑をかけたから。

 間違いなくその人の自業自得。これで店の評価を下げられたのは、今でも納得がいっていない。

 

 この店を褒めてくれる人は、たくさんいる。

 それでも何故か、こんな批判ばかりが頭に残っていた。


「純太郎、私もう少し頑張るよ」


 アイスコーヒーを飲み干し、しずくはそう告げる。


「最終回までに、もっといい演技をしてみせる……! 悪いところは認めて、直して、見返してやるんだ。このままじゃ終われないよ」


「……その意気だ」


 この覚悟に水を差すような真似はできない。

 しずくが燃えているなら、俺はそれを応援しよう。


「やる気になったらお腹空いたな……純太郎、何かおすすめない?」


「そういうことなら……しずく、甘い物は好きか?」


「うん、好きだよ?」


「だったら一つ、とっておきの新メニューがあるんだ」


 しずくに対し、俺は自信満々にそう告げた。


 

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