22 強い鎖と細い糸
「――そうだよ、おれたちがモテるわきゃないんだ」
トレヴァがひとりごとをつぶやくと、ディレンツァが「ん?」と問いかけてきたが、トレヴァは頚を横にふる。
「なんでもないです」
「友人のことでいろいろ悩ませてしまったかな。いずれ、つきあいが長いとそれが友情でもいろいろあるものだ。一言では表現できないのだろうね」
ディレンツァが視線を街道に向けながらうなずく。
「そうですね。そのとおりです」
坐っているベンチの錆をこすっていたら、それがひとさし指と親指の腹に付着し、とれなくなった。
「でも、その友人の安否が気がかりになったとき、あんなに必死にさがそうとしてたんだから、切っても切れない仲なんだろうね」
ディレンツァの言葉に、トレヴァはため息をつく。
告白騒動で戦友となったおかげか、バドとトレヴァはその後もずっと連れだって行動するようになった。
その関係は現在までつづいているし、そのおかげでディレンツァがいうようにいろいろなできごとがあった。
良いこともあったし、そうでないこともあった。楽しいこともあったし、そうでないこともあった。
トレヴァの人生は確かにバドによって大きく方向転換した。
バドは(やんちゃをよそおう性格のせいもあり)その後も異性には縁がなかったが、やがてトレヴァには恋人ができた。
貴族の令嬢だった。それは一族をささえるための(いずれは政略結婚と指さされ兼ねない)つきあいだったが、トレヴァにとっては関係なかった。
いささか感情的で高慢なところもあったが、チャーミングで品格のある女性だった。
なによりトレヴァは恋人のことが好きだったし、恋人もそう感じてくれていた。
いっしょに過ごしていた頃の恋人のいろんな種類の笑顔を、トレヴァはいまでも思いだせる。
しかし、結果的にトレヴァは家も許婚も捨てて、バドとともにあてどない旅にでる選択をした。
それは無計画で思慮がないバドを閑却できなかったところが大きい。
結果的に、自分を取り巻くもの(バドと家柄や恋人)を天秤にかけることがトレヴァにはできなかったのだ。
どれがいちばん大事とかいうことではなく、均等ではないにせよ、どれもかけがえのないものに思えた。
「切っても切れないっていうか――」
トレヴァは皮肉めかす。
「あいつのことを切るとか、そういう選択を思いつけなかったんですよね」
ディレンツァは沈思する。
(ディレンツァのトレヴァに対する)一種の宥和策のような会話として、トレヴァのなかで混迷を極めている友情の絆を、無理に保とうとすることにどれほどの意味があるだろうか。
人間関係の希薄さというのは大人になればなるほどよくわかる。
それほどに人生という路の幅はひろくも安全でもないのだ。
たとえ、二度とない喜びや計り知れない哀しみといったものを共有していた間柄でも、人生がずっとおなじ方向へと進んでいくとはかぎらない。
ふとした瞬間に、それまでの歳月いっしょに歩んでいたことをかえりみて、その偶然性に驚倒の思いを味わうことさえある。
ディレンツァはなぐさめと励ましを、そうと悟られないように淡々と口にする。
「みえない絆だから、強い鎖のように感じられるものもあれば、細い糸でしかないものもある。だれもがそういうしがらみをもっているし、望むと望まないとにかかわらず、自然と切れてしまうものもある。それが縁なのかもしれないな」
トレヴァが理解したかどうかはわからなかった。
しかし、それでもいい。だれかの悩みを肩代わりすることはできない。それが若者のものならなおさらだ。
「そろそろ行こうか――」
しばらく町の雑音を聞いたのち、ディレンツァが提案すると、「あ、はい」と、トレヴァが空想からもどってきて、あわてて返事をした。
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