21 銀杏の独特の匂い
誤算があったことを二人が知るのはそれからすぐのことだった。
バドはトレヴァにライバル宣言したのち、即座に告白をすることを提案した。
競争相手ができたのなら、決闘するのが選ばれし者の宿命であり、トレヴァの都合などおかまいなしだった。
トレヴァのなかには初恋をあたためていたい自分もいたし、そもそも意中の相手に想いをつたえることに躊躇してもいた。
やはり拒絶はこわかったし、たとえふられるのだとしても、冷たくあしらわれたりすることは避けたい。
トレヴァは年齢にしては(生まれのせいもあるのかもしれないが)端然としたところがあったが、それは精神的に強いということとはまたべつの話だった。
むしろ人の心の動向には敏感なところがあり、つねに物事のなりゆきを気にかけてしまう繊細なところがあった。
しかし、バドはおかまいなしだった。
それから、ことあるごとにトレヴァのところにやってきて、告白する順番をくじびきで決めようとか、彼女は帰宅にどこそこの農道を通るからどこそこで待ちぶせようとか、なんでそんなにやる気がないんだとか、いまがいちばん楽しいときだぞとか、仇敵の尻をたたきつづけた。
バドはあけすけで、奮起しないトレヴァを鼓吹してきたが、それはもしかしたら緊張の裏がえしだったのかもしれない。
バドはバドで独断で行動する勇気がなかったのではないか。
トレヴァはいまとなってはそんなことを思い、苦笑してしまう。
バドにはいまでも鷹揚にふるまうようにみせて小心者なところがある。
感情的になって弱腰の本音をかくすのだ。
とかく負の要素であればあるほど、性格というのは変わりにくい。
もしかしたら、一生変わらないのかもしれない。
「――よし、準備はばっちりだぜ」
農道を歩いてくる彼女を牛舎の影で待ちぶせ、二人同時に告白するという奇想を練りあげたのち、バドは満面の笑みをうかべた。
季節は秋だった。
枯れ葉を踏みしめながら、目的のところまでバドとべらべらしゃべりながら歩いたことをトレヴァはよく憶えている。
二人とも色めきだって多弁になっていたが、なにを話していたかはまるで思いだせない。
農道のわきにはイチョウやカエデが植えられており、木の葉が色づいていた。
積もった葉を踏むかわいた音色と、つぶれた銀杏の独特の匂いは鮮明に記憶に焼きついている。
夕暮れ、西陽につつまれた世界はまるで、だれかの夢のなかのようだった。
しかしトレヴァもバドも、告白への不安と期待でそわそわしっぱなしだった。
意味もなくへらへら笑いあい、どんな結果でも恨みっこなしとか、そんなことばかり声高に話していた。
「おまえのほうが家は金持ちかもしれんけど、男はハートだからな!」
バドが自分の胸をどんとたたく。
「ハートだって負けてないさ。家だって器だって大きいんだから」
トレヴァが親指をたて、あごをつきだす。
そんな感じだった。
そして、バドが靴裏にくっついた銀杏の皮を、岩でこそぎ落としているとき、ようやく校舎のほうから彼女が現れた。
しかし、そこで二人の思惑はうちくだかれたのだった。
トレヴァに呼ばれてバドが駆けつけ、二人でならんで牛舎の陰から農道をのぞきこむと、目にとびこんできたのは、二人のよく知る上級生の男子とならんで歩いてくる彼女のすがただった。
トレヴァにはバドが、バドにはトレヴァが息をのんだ音が聞こえた。
二人とも言葉を呑んでなりゆきを見守ることしかできなかった。
たまたまいっしょに下校しているだけにちがいない。
そんな淡い願望はすぐに消された。
彼女の頬は紅葉よりも美しい紅色に染まっており、恋に落ちていることは明白だったからだ。
恋をしている人は、だれかの恋情には敏感なのだ。
上級生が品のいい微笑をたたえながら(おそらく冗談をいったりして)彼女を笑わせ、彼女は口もとを手で覆いながらほほえんでいた。
彼女たちが通りすぎて、やがて農道の彼方にみえなくなるまで、二人は物影からでられなかった。
やがて、陽が暮れて、視界が徐々に色褪せてきた。
残ったのは牛の鳴き声と、銀杏の悪臭だけだった。
トレヴァとバドはそれまでもっていた宝物をいままさに失ったのだが、ふと目を合わせるとなんだかたまらなく愉快になってきて、牛たちが驚いて連鎖的にモーモー騒ぎたてるほど大爆笑した。
二人の最大の誤算は、どちらかがかならず告白に成功すると思いこんでいたことだった。
込みあげてくる笑いの衝動は、牛たちの混乱に気づいて様子をうかがいにきた牧場主に怒られてもおさまらなかった。
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