第76話 さらば、アレクシス嬢 ~面食い淑女は星と共に散る~

 数多の苦難の乗り越え無事に復縁を果たした二人、なんとなしに手を繋いだまま。


「今度二人で城下のブティックへ行こう。今の君に合うぴったりのドレスを仕立てよう」

「嬉しいですわ……ですが本当に筋肉開放した姿のまま出歩くのですか? 問題ありませんか?」

「問題……そうだね、確かにある」

「そうでしょう? 突然大きくなった私の姿に国民の人々を驚かせることに──」

「君の魅惑的な姿に多くの男が虜になってしまうかもしれない」

「──え? 今なんて」


 思わずアレクシスが聞き返す。


「君の魅惑的な姿に多くの男が虜になってしまうかもしれない」


 カルロスは冗談抜きの真顔で繰り返す。


「も、もう、カルロス様はお世辞が上手なんですから」

「お世辞ではない、本心だよ! 前の君も素敵だが今の君もまた違う魅力に溢れている」


 カルロスはアレクシスの手を頬ずりする。


「ああ、感じる……! 大地の鼓動を……上腕二頭筋もそうだ、噴火して固まった溶岩のように荒々しさがあるが生命の息吹を感じずにはいられない」

「あの、カルロス様?」


 お互いの皮膚が真っ赤になるほど高速で頬ずりするが止まる気配がない。


「お願いだ、愛しのアレクシス。レディに頼むことではないがどうしても願わずにいられない。腹筋を触らせてほしい。ああ、もちろん、今とは言わない。夜! 二人きりの時! ぜひ触らせてほしぃ頬ずりさせてほしぃ!」


 新婦アレクシスが重度の面食いだったら新郎カルロスは重度の筋肉フェチだった。


 カルメンは心配になる。


「さすがのアレクシスも引いてしまうのでは?」


 肝心のアレクシスは、


「いけませんわ、いけませんわぁ、カルロス! 困ります! 皆さんが見ているのに! 困ります!」

「……満更でもなさそうだな」


 傍から見てたアルフォンスは、


「お兄様……そういう趣味があったんですね。うん、人には兄弟と言えど理解できない趣味趣向があるもの。だからってお兄様への尊敬は…………揺らぎません」


 兄弟の知られざる、そもそもあまり知りたくもない生々しい一面に触れてしまい、受けなくていいショックを受けていた。


「あははははははは!! 最高だな、おい!!!! お前ら、ほんと、お似合いの夫婦だよ!!」


 イバンは腹を抱えて笑いながらも祝福する。


「……こんな二人を引きはがそうなんて最初から無理な話だったんだよ、お前もそう思うだろ」


 ふと倒れるマリアの巨体が目に入る。身勝手極まる存在だったが彼女もまた失恋した身。横恋慕の同士として少しばかしの同情をする。


「……ん?」


 異変に気付く。気を失い動けないはずのマリアの尾ひれが動いていた。棘で円を描いているようだった。


「マリア!!! この期に及んで何を企んでやがる!!!」


 氷の矢でヒレを狙うが、


「アアアアア!!!」


 大きく口を開いて矢を飲み込んでしまう。

 描かれた円は魔法陣の完成を表す光を放つ。


「コワレテシマエ……テニハイラナイナラ……ゼンブ……ゼンブ……」


 凍傷した舌で呪詛を吐く。

 マリアの身体は光の塵になり隙間風に乗る。そのほとんどをマナで形成される魔物の身体と化した彼女の身体はすでに人間とは異なり遺体は残らない。


「マリア……カルロス様を昔から見ていたでしょうに、どうして心に太陽を宿せなかったのですか……」


 最期の最期まで同じ男を愛しながらも理解できなかった女にアレクシスは頭を抱えた。


「あいつは最期に何を書き残していきやがったんだ?」


 イバンは残された魔法陣を見下ろした。


「んー? なんだーこりゃ? 見たことねえな」


 腕を組んで首を傾げる。


「どいて、お兄ちゃん。ここは僕が調べる」


 今度は魔法研究が得意のアルフォンスが調べる。


「んんん? これは王都でも見たことがないな」

「アルフォンス様、突然ですが失礼します」


 カルメンは後ろから両手でアルフォンスの目を塞ぐ。


「うわ、いきなりなにをするのさ!」

「すみません、この術は……あまりに危険な代物なので」


 カルロスも同調する。


「ああ、これは……禁術、星落としの魔法陣だ。間違いない。父さんから国を守る者として学ばされている」


 禁術『星落とし』。天空から星を落とす単純明快な魔術。ただし威力は凄まじく小国なら一瞬でいともたやすく壊滅させてしまう。


「星落としだぁ!!?? それが本当だとしたらここ一帯危険じゃねえか!!」

「ああ、そうだな。魔法陣はとっくに発動している。消しても意味がない」

「でもお兄様! 王都には障壁魔法があるから大丈夫だよね?!」

「それは……」


 アレクシスは割れたステンドグラスから外を眺める。


「それはどうでしょうね」


 狙っていたかのように王都を覆っていた真珠色の壁が消える。


「……やってくれましたわね、あのイケメンクソ眼鏡エリック・ベルンシュタイン


 危機的状況下だったがカルロスは冷静は保ち的確に指示を出す。


「まずは国民の避難だ! 大司祭に頼み、ベルを使う。避難警報のサイレンを鳴らせば国民は自ずと避難を始める。動ける親衛隊と兵士は避難の誘導、手助けを急げ。カルメン、伝令を頼めるか」

「了解であります。一緒に行きますよ、アルフォンス様」


 アルフォンスは魔法の単眼鏡で空を見上げていた。そして迫りくる星を見つけた。


「……大変だ、もう星はすぐそこまで来ている。とてもじゃないけど皆を避難させる時間なんて」

「それでもだ!! 一人でも二人でも、救える命を救うんだ!!」


 親の七光りと低く評価されがちのカルロスだが王としての血だけでなく意志も継承している。


「ところでお前はどうするんだ? 当然避難するよな?」


 イバンは友人として家臣として尋ねる。


「……今の僕は船長だ。真っ先に船を降りる船長はこの世にいないよ」

「まさかここに残るつもりか? せめて宮殿に移動するだけでも」

「今は一秒の時間が惜しい。皆には国民の避難に全力を注いでほしい」

「くそ、せっかく結婚をして人生の絶頂だっていうのに、こんなのないだろ……!」

「ありがとう、友よ。同じ女性を愛しながらも昔と変わらず僕を心配してくれて」

「お前まで古傷をもてあそぶのかよ!」

「そうじゃない、友よ。いいや、イバン。君にだからお願いできることがある。どうかアレクシスを守ってほしい」

「……正気か?」

「正気だとも。僕はここに残る必要があるが彼女がいる必要はない」

「……それを決めるのは俺じゃない。彼女だ」


 カルロスはアレクシスを見た。

 彼女はまだ割れたステンドグラスから街を眺めていた。


「そういうわけだ、アレクシス。君には僕の代わりに生きて──」

「燃えませんわね」

「──え?」

「あの悪女のせいでこの素晴らしい街が星の下敷きになるなど到底許せませんわ。それに愛する人を置いて自分だけが逃げ出す? そんなこと淑女がすることではありませんわ」

「君の気持は痛いほどわかるよ、アレクシス。でも今はそうするしか」

「いいえ、もっと良い手段があります。落ちてくる星を殴って壊せばよろしいのです。私がやってのけてみせますわ」


 アレクシスは振り返る。大嫌いだった腕のコブを叩いて笑顔を見せる。


「バカを言うんじゃない! いくら君の肉体でも天空から落ちてくる星に耐えられるはずがない!」


 冷静を保っていたカルロスが大声を張り上げる。


「……かもしれませんわね。ですがこれが現状の最適解。国の皆様の笑顔を守る、最後の手段ですわ」


 アレクシスの覚悟はとっくに決まっていた。カルロスと結婚を決めた時から国のために命を賭けると覚悟していた。


「……なら、アレクシス! 僕もつれていってくれ! 僕がいれば君は向かうところ敵なしだ! そうだろう!」

「ああ、そんな良い顔で迫らないでくださいまし! そんな良い顔で迫られたら面食いの私は断りたくても断れません!」

「そうか、だったら──」

「ですが、ごめんなさい。カルロス様……そしてイバン様」


 イバンはカルロスの身体を掴んで引き剝がす。


「ということだ、大将。ひとまず避難するぞ。確かここに地下があったし、そこに行くか」

「おい、貴様、イバン! なんのつもりだ!」

「国のため、友のためだよ。俺は彼女の案に乗った」

「離せ、くそ、イバン! 僕を誰だと思っている! この国の王だぞ!」

「なにが国の王だよ。男だったら自力で解いてみろ。もやしっ子のお前に俺が力で負けるはずがないんだがな」

「オホ、ポーロホ……」

「おおおいい!? 冶金魔法は卑怯だろ!!」


 カルロスは冶金魔法を発動しようとするも、


「すまない、カルロス。今は耐えてくれ」


 カルメンは彼の腕に魔封じの腕輪を嵌めた。何の因果か、巡り巡って彼の元へ帰ってきた。

 冶金魔法は封じ込めら、いよいよ彼は為す術がなくなった。

 ただ、愛する女性の名前を呼び続けるしかない。


「お願いだ、行かないでくれ、アレクシス!! アレクシス!! アレクシス!!」


 アレクシスは寂しそうに微笑む。


「カルロス様。約束します。あなた様のアレクシスは必ず、すぐに帰ってきます。ですがもしも約束が果たせなかったとしても、どうか、どうか、笑顔は忘れないでください」


 それから空を睨みながら膝を曲げると、


「しょわっち!」


 掛け声と共に天高く跳躍した。天井を突き破ってなお勢いは止まない。

 やがて彼女の姿は空へと消えた。

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