第62話 その頃、礼拝堂では
マリアンヌ・フォンテーヌは深紅の絨毯に純白のウエディングドレスのスカートを引きずりながらバージンロードを歩く。
右を見ても、左を見ても、前を見ても、異教徒であろうと心奪われる豪華絢爛のステンドグラスが目に入る。聖オルゴール王国より招聘した技師により手掛けられた最高傑作。いくら金を注ごうとも二度と再現もできないしこれ以上の傑作は生まれない。
(そう、ここにある目に映るもの全部が私の物ってこと……)
目はベールでも隠せないほど欲深くギラギラと輝いている。
歩く先には虚ろな目をした新郎カルロスと額に汗を浮かべる大司祭が立っていた。
礼拝堂には席が用意されているが誰一人出席していない。誰の祝福も受けない結婚式だった。
「お待たせしましたわ、カルロス様。どうです、ウェディングドレス似合ってるでしょうか?」
「……君は悪くない……」
「あはは、カルロス様ってば緊張しています?」
肘で小突いて一人芝居する女を大司祭は唾を飲み込んで見守る。
「大司祭。早く進行」
「わ、わかりました」
大司祭は緊張が解けないまま儀式を進める。
「えー、それでは、ごほん、これより、ごほん、えー、うえっほん、それではー」
「ちょっと大司祭。咳が多いですわよ」
「すみませぬ、どうも年を取ると痰が絡んできましての、ごほん」
「時間稼ぎなんて下らないことは考えないでくださいまし。誰も助けなんて来ませんよ? これ以上進行を遅らせるようならまずはカルロス様を、そしてあなたの命を頂戴してもよろしいのですよ?」
マリアは手のひらの上に水球を作って見せた。現在礼拝堂内だったがマリアに限っては魔法の使用が許可されている。これも大司祭の権能の一つ。
「んっんー。心得ております」
大司祭は催眠魔法の支配下には陥っておらず正気を保ったままだ。彼は教会の祝福を受けているため、魔法に対して極めて強い耐性を持っていたからだ。
それならば何故マリアンヌ・フォンテーヌに付き従うのか?
答えはシンプル。カルロスを人質に取られているからだ。また軍部を掌握されているため、武力によって教会全体を脅しにかけられていた。現在大聖堂とは別の場所にある教会本部は警備という名目で軍に囲まれている。マリアの指示一つで攻撃も加えられる。どこからか大軍でも攻めてこない限り動くことはありえない。
かつては国と同程度の独自の軍事力を有すほどの栄華を誇ったカスターニャ教会だが現時点では衰退状態にあり、純粋な武力に対しては為す術がない。
(……神よ……このような試練でも私めの信仰は揺るぎません……)
大司祭は静かに待つ。されど抵抗はしない。
結婚式は厳かに、滞りなく進む。
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