第61話 激突する親衛隊塔部隊とアレクシス嬢

 アレクシスは髪を濡らしたまま、ついに大聖堂の前まで到達する。

 大聖堂の入り口の鉄格子の門は固く閉ざされていた。

 決戦を目の前にし、アレクシスは俯き胸の前で拳を握る。


「──」


 それは自分を鼓舞する

 唱え切った後にまっすぐと前を見据える。

 鉄格子の門を開く。鍵はかかっていなかったが重量が凄まじく、アレクシスの力でも一人分が通る幅しか開けられなかった。

 鉄格子の門から大聖堂の入り口までには広場がある。

 そこに親衛隊塔部隊が勢ぞろいしていた。全員が鎧に大盾と重装備している。

 そのうちの最も屈強な一人が一歩前に出た。


「我が名はウナイ! 親衛隊の中で最も伝統が長く、最も勇敢であり、最も歴代国王の信頼を得た誉れ高き塔部隊隊長である! 逆賊アレクシス・バトレ! 敵ながら正面から立ち向かう勇気は称賛に値する!!」

「正面からもなにも入り口は一つしかありませんわ。裏口があったとしても堂々と正面から通りますけど」

「さすがはアレクシス・バトレ!! 口も達者のようだな! 我を軽々しく投げただけある!」

「ああ、やはり歓迎会で護衛されていたのはあなたでしたか、ウナイ隊長。この私に投げ飛ばされたにも関わらず、すぐさま立ち上がり立ち向かってきたことをよく覚えていますわ。顔はその、タイプではございませんが、とても魅力的でしたわ」


 精悍な顔つきだがゴツゴツとしたラインは訳あって苦手意識がある。


「あの時は不覚を取ったがもう慢心はしない! 予備役を含めた塔部隊全百三十人が陛下の命をお守りする! フォーメーション、スパルタ! ヘラクレスとてこの鉄壁を通れまい!」

「だからヘラクレスって名前はよしてくださいまし!」

 

 親衛隊塔部隊はまさに名の通り塔の如く守備は堅牢。手堅く唯一の入り口を人間が隙間なく壁となって塞ぐ。

 弱点があれとすれば、


「よろしいのですか、そんなに密集していましたら魔法一発で木っ端微塵ですわよ?」


 試しに脅してみるが、


「やれるもんならやってみろ。それしきの脅しでうろたえる塔部隊ではないわ」


 ウナイ隊長が言うように戦士全員が戦う顔を崩さない。


「ですわよね~。ここは大聖堂。教会の領域。治癒魔法を除いてはどんな強力な魔法も封じ込められてしまいますわ。もっとも、勇敢なる塔部隊であるあなた方はたとえここが魔法を封じられる教会の中でなくても変わらず身を挺してお守りになられるのですよね」


 ここからは魔法が使えない。己の肉体一つで愛する人の元へ向かわなくてはいけない。


「まさにその通り! 塔部隊は盾がなくともその限界まで鍛え上げた肉体でもって陛下をお守りする最後の砦! ゆえに最も勇敢! ゆえに信頼に厚く! 親衛隊の中で唯一儀仗兵に選ばれる最も誉れ高き隊!」


 塔部隊の特徴ほまれは魔法にも武器にも頼らない。築き上げた肉体こそが最強武器という見上げた脳筋部隊。暑苦しさで頭上に雲が生まれるという噂は信ぴょう性が高いとされている。


「ええ、だからこそ結婚式が執り行われる教会の防衛に最も適していますわね。これもマリアンヌ・フォンテーヌの差し金いやがらせなのでしょうね」


 ウナイは大盾に拳を打ち付ける。


「口だけが達者のようだな、ヘラクレス! 鉄壁の防衛の前に怖気付いたか!?」

「ちょっともう! 私の名前はアレクシスですわよ! ちょっと似てるかもしれませんが間違えないでくださいまし! 女性の名前を何度も間違えてるようですとモテませんわよ!」

「結構! 我らは筋肉一筋! 恋人など鍛錬の邪魔だ!」

「んもう! だからハニートラップも効かないとでも言いますの!? わかりましたわ、そんなにお望みなら正々堂々と勝負して差し上げますわ!」


 アレクシスはクラウチングスタートの構えを取る。

 塔部隊もより腰低くし、衝撃に備える。

 じっとにらみ合うチャレンジャーとチャンピオンの二極。


「……」

「……」


 来る衝撃に備え瞬きすら惜しんだ塔部隊だったが、すぐそこにいたはずのアレクシスの姿を見失ってしまう。

 ほんの一瞬、塔部隊の連携にほころびが生まれる。


「消え……た?」

「どこ、へ?」


 ウナイ隊長が吠える。


「消えてなどいない!! ただのバックステップだ!! くる──」


 ゴイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンン!!!!!!!!!


 アレクシスの全力の体当たりがウナイの大盾に当たる。衝突の瞬間に鐘を突いたような轟音が響き渡る。


「はあああああああああああああああ!!!」


 一瞬の隙を突いたアレクシスは塔部隊をなぎ倒していく。


「陣形を立て直せ! ヘラクレスを引っ張ろうとするな! あくまで全身で押し返せ!!」


 倒れた者はすぐさま立ち上がり、列の最後尾に回り、スクラムを組む。


「はああああああああ!!!!」


 アレクシスも力の限り進み続ける。

 この勝負は一歩でも引いたら負ける。


「ガレー船でオールを漕ぐように呼吸を合わせろ!!! 数も気持ちも筋力も我々が勝っている!!!! 乗り越えてきた鍛錬を思い出せ!!!!! せーの!!!!」


 ウナイ隊長の命令で力の波が発生する。


「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」


 次第に力の波の周期は短くなり、幅は広がっていく。


「はああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 アレクシスが百歩進んだ時のことだった。


「ふんぬ~ぬ~ぬ~……!」


 彼女の進撃はそこで止まった。

 足を動かしても地面を滑るだけで目の前の人の壁はびくともしなくなった。


「気を緩めるな!!! 押し返すぞおおおおお!!!! 我々ならガレー船でも風に乗ったガレオン船、いや空を飛ぶ箒よりも早く海を渡ってみせようぞ!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」


 形勢逆転。ついに塔部隊はアレクシスを押し返し始めた。


「ふんにゅにゅにゅにゅにゅにゅにゅにゅ……!!!!」


 態勢を立て直そうにも片足どちらかを地面に離した瞬間に踏ん張れず押し負けてしまう。

 まさに土俵際に立たされていた。


「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「ふぬぬぬぬぬぬななななあな!!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「はああああああああああああ!!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「うー!!!」

「はー!!!」

「あああ、あああ……!!!」


 アレクシスの踵が少しばかし、コイン一枚分だけ浮く。

 それだけで力の均衡は破れる。


「うううううううううううう!!!!!」

「はあああああああああああ!!!!!」


 次の瞬間にはアレクシスは筋肉の波に飲み込まれた。

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