第60話 アレクシス嬢はかつての祝福を忘れない
アレクシスは
そこは花屋通りと呼ばれる通り。名前の由来は何の工夫もなく、名前そのままで花屋が何件も連なっている。しかし結婚式当日であるというのに人は歩いていない。花屋も全て閉まっていた。これはすでに今日分の花を売り切り、明日の支度に入っているからだ。
「因果なものですね、今ここを通ることになるとは」
彼女がここを通るのは二度目。
通る機会がないものの、広い王都の中で最も思い出深く大切な場所だった。
かつてカルロスとの交際の噂が広がった当初は誰もが手放しに祝福をしなかった。相手が、アレクシスが元庶民の田舎育ちのぽっと出の成り上がりだったからだ。王都の人間、国民からすればどこの馬の骨もわからない小娘。国の行方を案じれば他国の王族と婚約を結び関係を強固にすべきという考えも少なくなかった。
アレクシス自身も信用を得られるように振舞っていたがプレッシャーを感じずにはいられなかった。そんな時に優しく笑顔で支えてくれたのがカルロスだった。
そんな彼にささやかながらも恩返ししようとこの花屋通りで花束を買おうと思った。しかし時間は夕暮れ。地理的に夜の街向けの商売はしていなかったためにどこもかしこも閉まっていた。
まだ王都に来てまもなかったアレクシスはここしか花屋を知らなかったために困り果てた。
すると突然頭上から彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「アレクシス様! これを受け取ってください!」
そして共に降り注ぐ赤い
頭上をよく見ると三階の窓からにこやかに手を振る爽やかなイケメンがいた。
「見習いの俺の花束でよければ受け取ってください! 俺はあなたを応援しています! カルロス様とお幸せに!」
たかが花束と言葉。されど花束と言葉。
これがどれだけアレクシスの心に突き刺さったか。
そしてアレクシスは期待半分不安半分で緊張しながら花屋通りを歩く。
すると以前と同じように彼女を呼ぶ声が頭上から降ってくる。
「アレクシス!」
あの時のイケメンと同じ声。
アレクシスは嬉しさに顔をあげる。
そんな彼女の眼前に迫っていたのは──花が植えられたままの鉢植えだった。
「あぶない!?」
咄嗟に鉢植えをキャッチし地面に下す。
再度顔をあげる。するとかつて、にこやかに手を振ってくれた爽やかなイケメンは、
「この魔女が!! よくもだましてくれたな!!! お前なんて鉢植えに頭をぶつけて死んじまえばいいんだ!!」
醜い呪詛の言葉を繰り返し吐いた。
「っっっ」
アレクシスは心臓に太い針を突きさされたような痛みに襲われる。
「これでもくらえ!!」
三階の窓から次々と鉢植えを落とす。
アレクシスはそのどれも地面に落ちる前にキャッチする。
「これでどうだ!!」
まるで狙いの定まってない最後の攻撃。離れた場所に落ちていく。
「……っ」
手を伸ばし、それもきちんとキャッチする。
「ふう、あぶないところでし──」
ザパアン!
花を慈しむ彼女はバケツ一杯の水を浴びせられる。
「ははは! 魔女め、ざまあみろ!」
「……」
アレクシスは無言で鉢植えを下ろし、三階のイケメンを見上げる。
そして、
「おーっほっほっほ! お礼を申し上げますわ!!」
そして高らかに笑ってみせた。
「ちょうど髪がまとまってなくていまいちだなと思っていたところでしたの! 水を浴びせてくれたおかげでむしろヘアスタイルが整いましたわ! おーっほっほっほ! それでは御機嫌よう! おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」
アレクシスは何度も何度も高笑いを繰り返しながら走り去る。
「何がおーほっほっほだ! 奇妙な笑い方しやがって! 地獄に落ちろ! 魔女に災いあれ!」
背後から投げかけられる呪詛の言葉をかき消すように。
たかが鉢植えと言葉。されど鉢植えと言葉。
これがどれだけアレクシスの心に突き刺さったか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます