第54話 アルフォンスとカルメンとドーニャ・マリカに見送られるアレクシス嬢

 ウーゴはロデオ城の地下牢に閉じ込められた。抵抗の素振りは見せずただただ一人の踊り子の名前と謝罪の言葉を繰り返し呟いていた。

 それを見届け歓迎会用のドレスに着替えたアレクシスはアルフォンス、カルメンと合流し中庭に戻るとドーニャ・マリカが煙草を吸いながら壁に吊るされた花々を眺めていた。脇に箒を挟んでいた。

 三人の姿を確認すると煙草の火を消す。


「よぉ、。探したよ」

「ドーニャ・マリカ、公演会は中止になって──あ、アレクシス!? おほほ、一体どなたのことでしょう! 私は愛らしい町娘のカリーナ・サルスエラですわよ?」

「ふん、お前の正体なんてとっくに気づいてたよ」

「……申し訳ございません。アルフォンス様に近づくためにあなたに嘘を……」


 アレクシスは潔く認めて謝罪する。


「別に気にしちゃあいないよ。いつもそうさ、どいつもこいつも大した理由で習いには来ない。大抵が男を落としたいってやつばっかだったよ。黙ってたってわかる。だから練習をとびきり厳しくてふるい落としてるようにしてるんだよ。お前の目もそうさ、フラメンコを習得しようと一生懸命身体を動かしているが目はその向こうを見ている。あれは男を見る目だ」

「ドーニャ・マリカには……隠しごとはできませんわね。すみません、不純な理由で始めてしまって」

「謝ることはねえさ。自分の意志で始めたならまだ立派さ。あたしなんか、まだまだガキの頃に親父に無理やりさせられたんだからね」

「お父様もフラメンコされていたのですか? 今でもどこかでされているのですか?」


 ドーニャ・マリカはその問いには答えず、


「世間話が長くなったね。ほれ、エルメスから頼まれていた品だよ」


 ぶっきらぼうに箒を投げて渡す。


「ありがとうございます。これで王都までひとっ飛びですわ」


 アレクシスは空気を読んでそれ以上は聞かなかった。


「そういえばエルメス様は?」

「このあたしを使いっ走りにしてくれた生意気なガキはもうこの街を離れたよ。なんでも聖オルゴール王国との国境付近の街に古い知り合いが来てるから会いに行くんだよ」

「あらあら、お礼をしたかったのですが残念ですわ……それにしても昨晩は深夜まで営業したのにもうロデオを発たれたのですか。商魂たくましいですわ」

「それでエルメスからの伝言だよ。『代金はきっちり支払ってください』だとよ」


 ドーニャ・マリカは箒に紐で括られた請求書を指差した。


「まったく商人とだけあってきっちりしていますわ。どれどれ、お価格はどのくらいなのでしょう。私は令嬢でお嬢様ではありますががやりくり上手、多少高額でも期日までにきっちり支払たっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっか!!!!!?」


 アレクシスは想像以上の高額請求に目玉が飛び出しそうになった。

 彼女の反応を見て、その場にいた全員が請求書を覗く。


「新品の魔法の箒は最近材料不足で高騰してるから今ならこれくらいはするかもね……」

「フラメンコドレスと靴は一級品を揃えれば相場はこんなもんだね」

「魔法の防弾加工も技術として確立はされているが普及はしていない希少な魔法だ。見積もっても最低でもこれくらいするだろう」


 それでも三人は詐欺に騙された人を憐れむような目を向けた。


「あの商人やってくれましたわね!!! 出会った時から胡散臭いとは思ってましたが!! これが狙いでしたのね!!!!」


 怒りで請求書をくしゃりと折り曲げる。

 心優しいアルフォンスだけは一応のフォローをした。


「でもアレクシスお姉さま。落ち着いて考えてもみてください。これは信用の裏返しではないでしょうか。回収不可能かもしれない大博打ですよ? エルメスという商人はあなたに賭けた。それでお姉さまは期待に答えた。これってすごいことじゃないですか?」

「でも一言や相談あってもよろしくなくて!?」

「それは……そうだね……」


 フォローしてみたがフォローにならなかった。


「まあいいですわ。アルフォンス様の顔に免じて許してあげましょう。それにいろいろとサービスもしてもらいましたからね」


 請求書には一つだけ抜けている物があった。深夜に食べた豚骨ラーメン一杯の請求がなかった。


「名残惜しいですがそろそろ行かないとですわ」

「ふん、もう行くのかい。久々にしごき甲斐のある新人がはいったと思ったんだけどね」

「あら、そんなに高く評価してくださったのですか? それでしたらまた今度レッスンしてほしいですわ」

「ああ、いつでも来な。お前の正体がなんだろうとあたしにはカリーナ・サルスエラに変わりはないんだからね」

「ありがとうございます。お二人もちゃんと反省して後始末をするんですのよ」


 笑顔で話しかけるアレクシスだったが二人の顔は暗い。


「お姉さま、本当に行かれるのですか?」

「アルフォンス様の言うとおりだ。今の王都は危険だぞ」

「お二人共心配していただきありがとうございます。ですが王都にはカルロス様がいらっしゃいます。ならばそこに行かない理由はありませんわ。イケメンあるところにアレクシスありですわ」


 カルメンは呆れながらため息を吐いた。


「貴様はいついかなる時も面食いなのだな……しかしそれこそが貴様の強さなのだろうな」

「お姉さま……身勝手ではありますが……行くのであればお兄様をよろしくお願いします」


 二人は止めることを諦め、背中を押した。


「おーっほっほっほ! 任されましたわ! それでは後ろ髪引かれますがこの辺で! ご機嫌ようですわ!」


 アレクシスは箒を空に向かって投げる。


「とうっ!」


 そして助走からの跳躍。投げた箒に足を乗せてそのまま空を飛んでいった。


 魔法に馴染みのないドーニャ・マリカはひどく驚いた。


「なんだいありゃ……普通、またがって飛ぶもんだろう」


 一方のカルメンは腕を組んで感心する。


「ほう、箒投擲飛びですか、たいしたものですね。魔力を最もロスするタイミングは浮かんでから速度が出るまでの加速にあります。箒を投げるという一見原始的はありますが魔力を節約して速度を出すこの技術は聖オルゴール王国で毎年開催される箒レース、フレッシュでも度々見かけられます」

「あれ、ちゃんと技術として確立されてるのかい!?」

「まあ、でもお姉さまみたいな無茶な飛び方はしませんけどね。飛び乗ったあとも普通に跨りますし。そもそも箒をあんなに遠くまで投げられませんし」

「なんだい、やっぱり規格外の人間か……ちっ、やっぱりとっ捕まえてでもフラメンコを教えるべきだったかね……」

「お姉さまもお姉さまだけど、ドーニャ・マリカもドーニャ・マリカですね……」

「でありますな」


 たとえ犬であろうと見込みが有ればフラメンコを習わせる。それがドーニャ・マリカだった。

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