第53話 灼熱のサパテアードを魅せるアレクシス嬢

「格好つけるな、アレクシス! 拙の弾丸でも倒せなかったゴーレムだ! 貴様の拳でも倒せるはずがない!」

「そうですわね、拳じゃ倒せそうにありませんわね」


 アレクシスはカカカッと踵を鳴らす。


「カルメン。共に踊ってくれるかしら」

「……あぁ、よくわからんが、わかった!」

「おーっほっほっほ! 良い返事ですわ! それでは援護お願いしますわよ!」


 アレクシスは駆け出した。


「小娘が、フラメンコをわかったような口をきくんじゃねええええ!!!」


 ゴーレムは水平に腕を伸ばしてぐるぐると回り始める。

 アレクシスは接近しようとしたが一時的に見送る。


「まあ! 踊ったことなさそうなお腹の人がそれを言いますの?」

「ドーニャ・マリカが踊ってこそのフラメンコだ! 彼女以外が踊るのはフラメンコとは認めん!!」

「でもドーニャ・マリカ自身はフラメンコを教えていますのよ?」

「あんなのは断るのが面倒だから教えているに過ぎない! 本心は自分の踊りに集中したいんだ! 俺にはわかる! ドーニャ・マリカと名乗る前から彼女を追い続けている俺ならなあ!」

「あちゃー、あなたは熱くなって勘違いしてしまうタイプの厄介ファンですのね。愛好家アフィシオナードの風上にも置けませんわ~」


 ぐるぐるから逃げ回るアレクシスだったがついに部屋の隅に追いやられてしまう。


「ふははは! まずは貴様からだ、アレクシス! お前の悪名はきっちりと利用させてもらうぞ! アルフォンスとカルメンはお前に殺され、お前は俺によって打ち取られたと! これで富も名声も私の物だ!!」

「おほほほ、そううまくいくかしら?」

「なるとも! しねええええい!」


 部屋の隅に何度もゴーレムの回転ラリアットが打ち付けられる。巨大で重量のある粘土に殴られるようなものであり、一撃でも当たればひとたまりもない。


「アレクシスお姉さま!!」


 強さはわかっているつもりだがそれでも心配は残る。アルフォンスは彼女の名前を呼んだ。


「はーい、アルフォンス様。私はここですわよー」


 アレクシスは生きていた。器用に壁と壁に手と足をかけて踏ん張って天井にまで登りつめていた。


「ゴキブリみたいな奴め! つぶしてやる!」

「うっそ、その腕、伸びますの!?」


 ゴーレムのゴムのように伸びるパンチを躱すアレクシスだったが、


「ははは! さすがのお前も空中では身動きがとれまい! もらったー!」


 もう一本の腕を伸ばして殴りにかかる。

 ピンチ。いや、それが狙いだった。


「カルメン!」

「心得ている!」


 カルメンは伸びた腕にライフル銃で二発撃ち込む。


「ははは、無駄だ、このゴーレムは防弾仕様──」


 ぶちん!


「なっ!? 切れただと!?」


 ゴーレムの腕は伸びて細くなっていた。その分、耐久性が落ち切れやすくなっていた。


「切れてしまったものはしょうがない! しばらく待つとしよう! こんなこともあろうかと自己修復機能をつけておいた! それにいくらぶん殴ろうと投げようとしたって無駄だぞ! 俺は厚いクッションに囲まれたようなもの! どんな衝撃にも耐えらえれるのだ! はーはっはっはっは!」


 自慢げに笑うウーゴだったが異変に気付く。


「……む、あの小娘、どこに行った? 恐れをなして逃げ出したか?」

「ここですわよ、おまぬけさん」


 アレクシスは頭上にいた。頭部があった場所を踏みつぶして平らにし立てるようにならしていた。


「ここを舞台タブラオとしますわ! 不格好ではありますが!」

「何をするつもりだ、小娘!」

「舞台の上にフラメンコドレスを着たバイラオーラが立ったら、することは一つしかありませんわ!!」


 ゴーレムの頭上で高速の足さばきを披露する。

 ドーニャ・マリカ直伝の火の着きそうなサパテアードだ。

 ただしアレクシスのサパテアードは本当に火が吹く。


「あたたたたたたた!!! 盛り上がって参りましたわよおおおおお!!!」

「貴様あああああこれ以上俺の目の前でフラメンコを、ドーニャ・マリカを侮辱するんじゃあああねえええええ」


 足を動かして振り落とそうとするも、ライフルの弾丸がぶち込まれ、ゴーレムの身体を動かせなかった。


「悪事を隠そうと保身に走ったお前に怒る権利はない。さっさと降参しろ、それとも豚の蒸し焼きになるか」

「保身に走った!? 違う、これから天上へと舞い上がろうとしてるんだよ! アルフォンスの遺産を元手にドーニャ・マリカをプロデュースするのだ! 天使である彼女には聖オルゴール王国の大劇場こそ相応しいのだ!!! いまさらここで諦められるか!!!」


 火は広がり、次第にゴーレムの身体を包む。

 依然火に包まれても自己修復機能は正常に動き、手足が戻り始める。

 そのたびにカルメンが狩るが、いよいよ弾が尽きる。


「おい、まだか、アレクシス!!」


 アレクシスは返事をしなかった。ひたすらに足を動かしていた。


「返事できないのも無理はないよ。たぶん彼女自身も火の近くにあるから呼吸ができないんだ」


 状況は攻めるアレクシスが不利だった。


「はーはっはっは! 計算違いだったな、小娘! ちょっと暑くて息苦しいくらいで俺が根を上げると思ったか!!?? 俺はこう見えてカスターニャサウナ我慢大会のチャンピオンだぞ! うわはは、整っちゃうぞ~!!」

「っ……!」


 疲れが見え始め、足さばきが鈍くなる。

 カルメンは焦る。


「ちっ……何か……何かできることはないのか……」

「……あるよ、一つだけ。僕たちに出来ることが」


 アルフォンスはそう言うと口の前で手の筒を作ると、


「オレー!!!」


 大声で応援を始めた。


「アルフォンス様、それはフラメンコの応援であって」

「ほら、カルメンも! 一緒に!」

「拙もですか!? お、オレー……」


 納得できないまま流されるも照れてしまって小さい声しか出なかった。


「もっと、大きな声で!」

「お、オレー!」

「もっと!!」

「オレー!!!」

「そう、オレー!!!」


 やけくそ気味に声を出してようやく認められる。

 二人の声援はしっかりと届いていた。

 アレクシスの足は加速する。炎はさらに燃え上がり、ついに自己修復機能を追い付かなくなるまでに焼き尽くす。形を保てずに崩れ始める。

 限界はウーゴも同じだった。


「く、くそがあああああああああああああ!!!!!」


 汗まみれのウーゴがゴーレムの股の下から這い出る。まさに出産のシーンのようだった。


「はあ……はあ……どうしてだ……ドーニャ・マリカは世界で一番の舞姫になる存在だ……それを支える俺が、失敗するはずなど……ありえんのだ……」

「さて最古参アピールを決めるウーゴさん」

「ひい、化け物!?」


 炎の中から麗しい淑女が現れる。新品のフラメンコドレスはスカートの大部分が燃え、火の粉であちこち穴が空いていた。さすがのエルメスも耐燃までは頭が回らなかったようだ。


「化け物じゃありません、今はドーニャ・マリカの弟子カリーナ・サルスエラですわ。あなたはドーニャ・マリカを勘違いされているようなので弟子としてビシッと一言申しあげたいのです」

「ドーニャ・マリカを知り尽くした俺にか? 言えるもんなら言ってみろ! 俺はドーニャ・マリカがどうしてドーニャ・マリカと呼ばれるのか、そのきっかけとなった現場も見ているんだぞ!」

「ええ、そのドーニャ・マリカは実力は本物ですわ。王都で多くの舞踊を見てきましたが彼女の実力は海外でも通用するでしょう」

「だろう!?」

「肝心なのはここからですわ。彼女の実力ならどんなパトロンだってつくはずです。今の時代なら貴族にこだわる必要はありません。大商人だって良いはずなのです。それなのに彼女はその誘いを断ってここ、故郷でもない縁もゆかりもないロデオで踊り続ける理由はお考えになったことはありますか?」


 ウーゴは思考が停止する。


「……なぜなんだ? そういえば考えたこともなかった……」

「ドーニャ・マリカは仰ってましたよ。見たい奴がいるから踊ると。それはどんな小さな酒場でも、公演会でも、同じことなのでしょうね」

「……なんてことだ……俺は……彼女をずっと見ていたはずなのに……どこで間違ったんだ……」


 ウーゴの心は折れ、完全に戦意を喪失した。


「ふう、これでひとまずは一件落着……ですわ……ね……」


 激戦の連戦による疲れ、極めつけに炎に包まれての演舞で限界に達したアレクシスは倒れ込んでしまう。


「アレクシス! 大丈夫!?」


 アルフォンスとカルメンは倒れた彼女の元へ駆け寄る。


「……くだ、さい……をくだ……さい……」


 何かを要求する声。火の中で激しい運動をしたため唇までカラカラで発する声はか細く聞き取りづらい。


「水!? 水か!? 燃え上がる炎の中で戦ったのだから喉が渇いてしょうがないのだな!?」


 カルメンがそう言うと首を横に振る。


「まさか……」


 アルフォンスは閃く。半信半疑ながら思い付きを語り掛ける。


「……イケメン?」


 その問いかけにアレクシスはこくりと頷いた。彼女はいついかなる時も面食い。砂漠のど真ん中で遭難しても水よりもまずイケメンを求めるだろう。


 このあと避難していたアーホ三兄弟に会わせたらめちゃくちゃ回復して元気になった。

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