第35話 アルフォンスとカルメン

 ロデオの夜は早い。街から明かりが消えると星空は野山で見上げるように明るくなる。

 アルフォンスはロデオ城内にある塔の中から趣味であり日課である筒状の単眼鏡を覗き込んでいた。堅牢なロデオ城に幽閉される彼の許された数少ない娯楽の一つだった。

 ただし趣向は見下げたものだった。


「おっやー? 魚屋のおばさんがこんな夜に出かけ始めたぞー?」


 城下を見下ろし民の営みを覗き見していた。


「あ、靴職人の家に入っていった! 結構若めの男! いーけないんだ、いけないんだ。家庭があるのに、いけないんだー、おっとと」


 あまりに前のめりになりすぎたため、窓の前に置いてた椅子のバランスが崩れる。彼は窓の上より顔を出すには椅子が必要なほど、窓は高く、身体が小さかった。


「いけないいけない、もう始まっちゃったかな?」


 夜の情事を覗き込もうとすると、


「アルフォンス様」


 暗闇に紛れて背後に現れた黒仮面の燕尾服が声をかけた。


「やあ、カルメンか。もしかしてこの僕を叱りに来た?」


 驚く様子なくアルフォンスは単眼鏡を覗き込んだまま会話を続ける。


「いいえ、拙にはその権利はありませんので」

「あっそ。じゃあ何?」

「……今月の分は用意できませんでした。申し訳ありません。拙のミスです」

「おやおやー? 初めてじゃない? 小戦争ゲリーリャともてはやされた君がミスをするなんて。謝るなら素顔を晒してしなよ?」

「それは……何卒ご勘弁を」

「あはは! 冗談! 言い過ぎたよ! しょうがないもん、相手はなにしろアレクシスお姉さまだ」

「見ていらしたのですか」

「運良くね。これが壁をも見透かす魔法の単眼鏡でなければ危うく見逃すところだったよ」


 魔法の単眼鏡。元は軍事目的に発明された光学魔法道具。マナを込めれば誰でも使えるが使用時間の割に魔力を食うのだが王家の血を引き魔法の才能に恵まれたアルフォンスはいくら覗いてもピンピンしている。


「彼女は現在指名手配の身です。衛兵を集めて捕縛しますか?」

「集めたところで捕まえられるの?」

「それは……ロデオの衛兵の練度では難しいでしょう」

「あはは、元親衛隊の君がそれ言っちゃう? まあでも仕方ないか、管轄外だもんね。君の仕事は僕の護衛であり、監視だもんね」


 アルフォンス・カスターニャ。一応は第二王子という立場でありカルロスとは異母兄弟の関係にあたる。しかし兄弟の身でありながら仲は断絶しているも同然。その理由はアルフォンスの母親がカルロス暗殺を企てたとされているからだ。しかし暗殺は失敗したのち、母親はまだ小さな息子であるアルフォンスを残して毒死。この毒死も自殺か他殺か、調査したが事実ははっきりとしなかった。

 大きな謎を残してしまったために彼の処遇を決めるには混沌を極めた。これは国内で済む話ではないからだ。実は彼の血には諸外国の王族の血が流れていると魔法調査で発覚した。隣の大国聖オルゴール王国の王室とも縁戚にあたる。また後継者不足の問題もあるため、処刑も国外追放も難しい。しかしカルロスと同じ待遇、もしくは準ずる待遇にするか……貴族も世論も二分し決着がつかないまま、仮の処置として王都から離れたロデオで幽閉の身となった。


「ご命令があれば直ちに拙自らが捕縛に向かいますが」

「別にいいんじゃない? ほっておこうよ」

「……よろしいのですか?」

「指名手配の件だけど本当かな? 国家転覆でしょう? まさか、ありえないよ? だってアレクシスお姉さまだよ?」

「ですが万が一のこともあります」

「いいよ、いいよ、別に。もしも本当に僕の命を狙っているならとっとと乗り込んでくるだろうし、それに単独でしょう? 僕の命を狙うならもっと仲間を引き連れて成功確率上げるでしょう。例えば南部のイバン兄ちゃんとかと一緒にさ」


 自分の命をまるでチェスの駒のように軽く扱う。


「なんだったら会いに来てくれないかなー? 久々に会話したいな」

「いけません。遠くから見るならまだしも触れられる距離まで近づいてはなりません」


 カルメンはやや前のめりになるも再び背筋を伸ばす。


「もしかして僕の命を守る自信がないとか? そりゃそうだよね、力の差は歴然。あのまま続けてたら負けてただろうし」

「お見苦しいところをお見せしましたが……次は勝ちます」

「あはは、そうかい。楽しみにしてるよ」

「それでは失礼します」


 主の言葉を待たずにカルメンは闇に姿を消した。


「はあ、つまんないの……もう会話はおしまいか」


 アルフォンスは単眼鏡を仰角にして空を見上げた。目下の情事よりも頭上の星。


「もうちょっとくらい怒ればいいのに」


 彼にとって人の営みを覗くのも星空を見上げるのも一緒。どちらも手には届かない。

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