第14話 イバン・アルセンシオは何度も振られる
「なんてきれいな湖なんでしょう! とってもきれいですわー!」
「フラッグモーリー森にこんな場所があったとはな」
明朝。二人はいまだに森の中にいた。
ゲレーロがお近づきの印にと教えてくれた湖に足を運んでいた。
湖まで足を運んだのも理由があった。特にアレクシスに用事があった。
「さてさて、イバン様。どうしてついてこられているのかしら?」
「そりゃもちろん、お前の護衛のために決まっている。女を森で一人にさせる訳にはいかないだろう」
「必要ありませんわ。私の強さはよくご存じでしょう? それとも乙女の水浴びを覗こうなんて卑劣で邪悪な考えは頂いておりませんよね?」
そう、用事はほかでもない水浴びだった。粘液を被り、魔法で瞬時で乾かしたとはいえ心は晴れない。それに汗だってたくさん流した。気分的にはきれいさっぱり洗い流したかった。
「おいおい、婚約者のいる女に劣情を抱くように見えるか? この俺が?」
「お母さまから男はみんなオオカミだと教わっておりますので」
「もしも子供ができたらこう教えるんだぞ、イバン・アルセンシオはオオカミではなく紳士だったとな。少し離れた場所にいるから何かあったら大声を上げるんだぞ」
「少し離れた場所とは言わずに森から出ていってくださいまし」
「……信用ゼロか、俺は」
背を向けたイバンだったがしっかりと鼻の舌を伸ばしていた。
(まあそれはそれとして覗くんだがな)
すぐに戻ってはいけない。まだドレスを脱いでいる最中だ。湖に入ってばかりではいけない。一糸まとわぬ姿を見たければ湖に入り始め気持ちよさに浸り警戒を解いた時である。
(水辺に生息する鳥を狩猟した経験がここ一番で生きるとはな……)
もたもたしていては勘付かれる。バレるのは承知の上。行くときは堂々と覗く。
(最悪死ぬかもしれない……しかし男には死を覚悟してでも見たい景色があるのだ!)
ぱしゃりぱしゃりと水しぶきが上がる音が聞こえた。それだけで身体の一部分が滾ってしまう。
(……我慢できん! 出る!)
イバンは湖に向かって全力疾走。繰り返すが身体の一部分が滾っているため、蟹股で、三本目の足を蹴りながら痛みに耐えながら走っている。
「うおおおこの俺が覗くはずがないだろアレクシスー!」
そして彼が見た光景は、
「はあ、さっぱりしまたわー」
水浴びを終え、ドレスで着飾ったアレクシスだった。
「え、もう、入ったのか?」
「ええ、とっくに」
よく見ると髪が乾かしきれずに若干湿っている。
「本当の、本当に済ませたのか??」
何が起こっているかわからないイバンは聞いて確かめるしかない。
「本当の、本当に済ませましたわ。あともしも子供ができたらこう教えますわ。イバン・アルセンシオはどうしようもない変態だと」
がくりと膝から崩れ落ちる。
「名誉、捨て損じゃねえか……!」
「だから覗かないように、忠告、しましたのに……」
「危ない!」
ふらりと身を崩すアレクシスにすぐさま抱きかかえるイバン。
「すみません、ちょっと暴れすぎたようですね……またまた助けられてしまいましたわね」
「何度だって助けてやるさ」
「それでしたらよろしければ私のお願いを聞いていただけますか?」
「ん、なんだ? なんでも言ってくれ」
「こう、指を重ねて……指ハートっていうんですが、これをつくったまま、はにかんでいただきませんか?」
「なんでも言ってくれとは言ったが、本当に突拍子もないな。つくづく飽きない女だ」
イバンは呆れつつもなんやかんやで指ハートを作ってはにかんだ。
「はああああああああたまりませんわああああああああ生き返りますわあああああああああ」
面食いのアレクシスはびくんびくんと震えながら悶える。
「……いやほんと知れば知るほどわけのわからん女だよ、お前は」
惚れた女相手でも引くときは引く。
「ありがとうございます、イバン様。おかげでHPMP共に八割方回復しましたわ。もう一人で立てますわ」
イバンは抱きかかえたまま、動かなかった。
「イバン様? 起こしてくださります」
「やだ」
彼は子供のような拒絶をした。
「イバン様?」
「……離したくねえな」
そして蓋をしていた感情がまたあふれ出す。
「遠くはるばるからもう二度と出会えないかもしれない女が腕の中にいるんだぜ? 離すと思うか?」
「あ、あの、お気持ちはうれしいのですが、もう行かないと」
「……カルロスのもとへか? 確証はない、確証はないんだが、あいつはお前にひどい仕打ちをしたんだろう? 着けたら外せなくなる魔封じの腕輪を渡して、鉄檻に閉じ込めてぶっ飛ばすなんて……そんな男のもとに戻るのか?」
イバンは意を決して告白する。
「俺のもとじゃダメなのか? ああ、言わなくてもわかる、悔しいが顔はカルロスのほうが整ってるかもな。でもそんなに俺だって悪くはないだろう? 結婚生活は、そうだな、王都よりも快適じゃないし、はっきりといってしまえば貧乏だ。だけど食事だけは困らせないぞ、絶対だ。娯楽は……うん、全然ない、読書だってまともにできない。だが向こうではできない娯楽だってあるんだ。お前海育ちだっただろ? でも波乗りはしらねえだろ。板で波の上を滑るんだ。これがまた楽しいんだ。お前だったらすぐに上達するだろう。なんの心配もいらない、俺が側で教えてやる。だからお前も……俺の側に──」
イバンの唇に柔らかいものが言葉を遮る。
それは……アレクシスの指だった。
「いけません、いけませんわ、イバン様。それは許されざる恋ですわ。ほかでもない、あなた自身がそれを許さないはずですわ」
「……なんでもお見通しか、つくづくいい女だ。あーあ、それでまたなんでよりにもよってカルロスに惚れるのかね」
イバンはアレクシスを解放した。
「森の出口まで送る」
「一人でも行けますのに」
「俺がやりたいだけだ、気にするな……ところでだが、これだけは教えてほしい」
「はい、なんでしょう」
「俺のプロポーズ、少しでも心に響いたか」
「……ここだけの話と約束していただけるならお答えしますよ」
「約束する。墓まで秘密にする」
「……実を言いますとはい、一秒だけ悩みました」
「一秒か……一生をかけたつもりの大勝負が一秒で決着か……あっけない……」
「ええ、一秒だけ悩みました……田舎のスローライフも悪くないかなと。私は城で掃除したり雑務をこなしながらイバン様のお帰りを待つのです。晩御飯はイバン様が獲ってきてくださった肉や魚。まるで獲れなくて落ち込んだイバン様をまた明日から頑張りましょうと慰めるのです。子供は最低でも二人。男女が鉄板。女の子には花の冠を教えてあげたいですね。男の子には……少々はしたないですが木登りなんかを。そして夏の休日は海で過ごしましょう。先ほどイバン様が申しあげていたサーフィンをやってみたいです。もしも酷暑が続くようならこの湖に避暑に来ましょう。そしてディナーは野営。イバン様には火起こし、私は料理の下ごしらえを担当しましょう。遊び疲れ寝ている子供たちは二人で起こしましょうね。そして夜は家族で星空を眺めましょう。でもきっと子供達には退屈でしょうからすぐ寝てしまうでしょう。子供たちが寝たらそこから夫婦の時間。テントに子供を置いて私たちは外でって何を言わせるんですかイバン様ってば!」
バシリと叩いた肩は真っ赤に染め上がる。
「前言撤回……案外いい線いってたのかよ」
叩かれた痛みを、じんわりと噛み締める。
それから二人は湖を離れ、森を出ることにした。
森を出るまでの道中、イバンは背を向けたまま気さくに語り掛けたが決して顔は見せようとしなかった。
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