第13話 イバン・アルセンシオは心が広い

「殺すな! そいつには利用価値がある!」


 最低限の止血を終えたイバンは、不安になる足つきながらも駆け寄る。


「殺すなって……あぁ、生薬にするということですか。それでしたら八つ裂きに」

「違う! 生かすってことだ!」

「イバン様、一体全体何をお考えなのですか?」

「俺はこいつに、この森のヌシになってもらう」

「主……ですか? 詳しく説明していただけますか?」

「説明も何もこいつにはこれまで通り、この森で暮らしてもらう。ただし人間を襲うのは禁止だ。せいぜい追っ払う程度に留める。人語が通じるなら不可能ではないはずだ」

「その約束をどう守らせるおつもりですか」

「報酬をやる! 月数回、家畜の豚を食わせてやる。野生のイノシシよりもよく肥えたやつな! あとたまには死んだ牛や鳥も食わせてやる。口に合えばだがな」

「すみません、少々言葉が足りませんでしたわね……その約束をどう従わせるおつもりなのです? 裏切らない保証もありませんのよ」


 アレクシスは冷酷であったが正しくもあった。欺くことを知っている巨大生物。生かしておけばいつ国民に牙を剥くかわからない。ここで駆除するのが最も安全といえる。

 イバンは顔を伏せる。しかし諦めなかった。


「こいつは、俺なんだ」

「え? どこがです? 全然顔は似てませんよ?」

「顔の話じゃない! 境遇の話だ! 他人のせいで人生にぐちゃぐちゃにされて、孤独で、女もできねえ! だけど人生の足しにもならんようなちっぽけな矜持を捨てきれねえ! 俺とこいつはそういう男なんだ!」

「……なるほど、それがあなたのロマンなのですね」


 炎を向けたまま、アレクシスは尋ねる。


「あなたはどうなんですの、アッパレガエル様。ここで命を落とすか、それとも人に飼われるか。あなたの自由ですわ」

「自由……意味しってるケロ……ふん、押し付けておいて自由はないケロ……」


 アッパレガエルは考える。


「……でもそうケロね、長生きしていれば……もしかしたら番と運命的な出会いを果たせるかもしれないケロね……」


 そういうとアレクシスの手から炎が消えた。


「決まりですわね」

「……自分で頼んでおいでなんだが本当にいいのか? まだ裏切らない保証があるとは限らないわけで」

「ご安心ください。たった今、思いつきました」


 アレクシスは死に体のアッパレガエルの舌を引っ張って踏んづけ、蛇よりも恐ろしい睨みを効かせる。


「いいですか、アッパレガエル様。もしも裏切ろうとなんて考えてみなさい。その瞬間に私は天から舞い降りて、火葬よりも残酷で残虐な死にざまを、生まれてきたことを後悔させてあげますわ」


 それは紛うことなき脅迫だった。


「は、はい……肝に銘じておきますケロ……」


 この日一番震えあがった。後に語る、この脅迫が人生で最も恐怖を感じたという。


「まあ、こんなことしなくても、王都からビーストテイマーを呼び寄せれば隷属は可能なんですけどね」

「脅迫され損ケロ……」

「そこで大人しく待ってなさいな、ゲレーロ。まずは重傷のイバン様に治癒魔法を施したらあなたの番ですからね」

「ゲレーロ……? それは誰ケロ?」

「あなたの名前ですわ。これから人間と付き合うなら種族名ではなく個体名があったほうが親しみやすいですわ」

「必要ケロか?」

「今はわからなくてもいい。でもきっとわかる日は訪れますわ。だってあなた私たちの名前をすぐに覚えたじゃありませんか」

「そんなもの、ケロかね……」


 ゲレーロという名前を授かった蛙は喉の渇き、空腹を感じならがらも胸に満たされるものを感じていた。

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