第11話 アレクシス嬢は見捨てない
「不敬であーる! 俺様はトノサマガエルなどではない! 妖怪大君アッパレガエル様であーる! 海の原のような東洋の端っこの島国に収まる器ではないのであーる!」
喉を膨張、収縮させてはゲコゲコと鳴らす。二足歩行になって足をドシドシと踏んでは地ならしを起こす。
「む、よく見るとこの森では珍しく
しかし蛙のプロポーズは届かない。
「大丈夫ですか、イバン様!」
聞く耳もたずアレクシスは背を向けてイバンのもとへ。
「俺のことはいい……今すぐ逃げろ、アレクシス……」
彼は岩に背中を預け倒れていた。討伐のために多めに用意した弓も矢も折れてしまっていた。お湯を渡してくれた右腕も力なくだらりと落ちて動かない。額からも血を流していた。
「すみません、私なんかを助けるために……」
謝るアレクシスを彼は叱る。
「私なんか、じゃねえ! 俺が惚れた女を安く扱うな!」
「イバン様……こんな時まで私を大事にしてくださるのですね」
「いいから早く逃げろ……森を出たら北西へ向かえ……そこに俺の城がある……小さくてぼろくて、だらしねえの奴らばっかりだが、女には優しい、気のいい奴らばかりだ……さあ早く」
「……もしや部下に危険な目を合わせたくないから自らこの森に足を運んでいたのですか?」
「ちっ、いちいちうるせー女だな、お前は!」
図星を突かれ、傷だらけの身体で声を荒げてしまう。
「早く行け! 一緒にいた女を無事に逃がせられないほど男にとって不名誉はないんだよ! さっさと行け!!」
決死の説得。
しかしそれを黙って聞くアレクシスではない。
「お変わりませんのね、イバン様。あの頃からずっと……」
「……あ?」
「どれだけ不運な目にあっても、環境が変わっても、自分の芯を貫こうとするお姿は、ええ、初めてお会いした頃から素敵だと感じていましたわ。ちょっぴり悔しかったですわ」
アレクシスは逃げなかった。むしろアッパレガエルへと近づいて行った。
「おお、なんだなんだ、イチャイチャしていたと思えば、俺様のところへ来たか。もしや結婚する気になったか?」
ぬめりと皮膚よりもぬめり気のある舌で口の端から端まで舌なめずりする。
イバンははっとなる。
「よせ、アレクシス! 俺を助けるために、お前が穢れる必要はない!」
「止めないでください、イバン様。とっくに覚悟は決まっておりますので」
「アレクシス! やめろ! 俺はそんなことをさせるために、お前を助けたんじゃな……ぐっ!」
背中の激痛が邪魔する。
「おーっほっほっほ! かつての許婚を置いて逃げ出すなんて淑女のすることではありませんわ~!」
誰も気丈に笑う彼女を止められない。
「あの、アッパレガエル様。一つ質問があるのですが」
「ほう、なんだ、聞いてみろ。ちなみに好きな食べ物はよく肥えたイノシシ。趣味は湖をクロールで泳ぐこと。子供は十人くらい欲しいゲコ」
「あ、プロフィールや将来設計は心底どうでもいいです~」
「ほう、ほかに大事なことはあるのか?」
「ええ、当然大事なことありますわよ~。アッパレガエル様は人間の姿に変身できますか? 変身できたとしてイケメンになれますか?」
そう、アレクシスはいついかなる時でも面食いだった。
アッパレガエルの答えはというと、
「まさかキツネやタヌキではあるまいし変化などできるはずがない! そもそも必要がないのであーる! 俺様は今のままで充分イケメンなのであーる!」
「そうですかそうですか、それを聞いて安心いたしました。これで心置きなくお顔をぶん殴れますわ」
「うん、アレクシスやら? いま、聞き捨てならない言葉をぶっ」
瞬間、アレクシスはアッパレガエルの喉の風船を拳で突き上げていた。
「っ…………!?」
カエルの喉の風船、正式名称を鳴嚢と呼ぶ。呼吸のための気管であり、潰されれば肺に空気が届けられなくなる。
(しかし浅いっ! さらに粘膜が滑って芯を捕らえられていない、この程度なら致命傷には──)
続けざまにアッパー、さらに続けざまにアッパー。アッパー、アッパー、アッパー。
「っっ!!!????!!!!」
鋭く、それでいて抉るようなパンチが絶え間なく与えられる。
「当たらぬなら当たるまで殴ろうホトトギスですわ~」
ただならぬ殺気。ただの小娘が出すものではない。
(いかん、このままでは死ぬ……!)
本能がそう叫んだ。
逃げの判断は早かった。
跳躍は足二本で充分。
ぴょーーーーーん!
追跡時にしていたように巨体に合わない跳躍。山の嶺にも届きそうな高さだった。
「ゲーコゲコゲコ! さすがにここまで追ってこられまい! 俺様はこれで空を飛ぶ鷹も食べているのであーる!」
「まあ、おかしなことを仰いますわ。たかがジャンプしただけでどうして口偉そうにできるのかしら」
「……ゲコ?」
アレクシスは空中まで追いつめていた。
眉間にカカト落とし。極限まで鍛えられた体幹で正確無比に捉えた。
「げこおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!?????」
アッパレガエルは腹から地面に不時着。
「いたた、いたい、ゲロ……舌、噛んだで、あーる」
遅れてアレクシスは二本足でスマートに着地する。
「さあて、どう調理してあげましょう……」
拳をバキバキと鳴らす。怒りのあまり、淑女の在り方を忘れてしまっている。
「わ、悪かったケロ! 怒らないでケロ! 実をいうと俺様は妖怪大君など立派なものじゃないケロ! ただの妖怪ケロ! ここへ来たのも人間たちの貿易の舟に紛れ込んでしまったケロ! ここまで大きくなったのもこの森のマナが濃かったからケロ! 自分の意志じゃないケロ! むしろ大きくなってしまってご飯に困っていたケロ!」
マナの適合。マナが濃い土地に起こる突然変異だった。マナは恵みであり脅威にもなりえる。今回のようにカエルが鷹を食うような食物連鎖をひっくり返す事態も多くの国で確認されている。
「だから、だから、だから……ゆるしてほしい……とでもいうと思ったか!」
マナの適合は身体の異常成長だけでなく知能の底上げも促す。
アッパレガエルは最終兵器のよく伸びる舌を伸ばした。伸ばした先はアレクシスではない。
「狙いは、俺か!」
動けずにいたイバンを狙った。
蛙ながら人間には人質が効くと知っていた。
「させませんわ!」
掴もうとすると舌は簡単にイバンを諦めた。
(ゲーコゲコゲコ!! ひっかかったな!! これこそが俺様の真の狙いゲコ!!)
舌は待っていたとアレクシスの身体に巻き付いた。
「アレクシス!!!」
イバンは手を伸ばすも無駄。
アレクシスはアッパレガエルの口の中へ引きずり込まれていった。
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