第7話 おっさん、夜中にこっそり侵入する
日が沈み、世界が暗闇に包まれた頃。
僕は転移魔法でアトランティス王国のお城にこっそり侵入した。
「さて、子供たちはどこでしょうねぇ」
「あの、今更ですけど、この国の人に見つかったりしたらどうするんですか?」
「ご心配なく。気配遮断系のスキルはいくつか持っているので、目の前にまで近づかれなければ大丈夫ですよ。触れている人や物にも効果があるので、坂橋先生は僕の手を握ってください」
「は、はい」
ギュッと僕の手を握る坂橋先生。
おお、柔らかい手だ。
というか冷静に考えてみたら、気になっている女性の手を握っている状況にドキドキしてしまう。
……何をやっているのか、僕は。
今は子供たちの命がかかっている緊急事態だと言うのに、年端もなくドキドキするとか、我ながら情けない。
「はあ、自分が嫌になります」
「え、急になんですか?」
「お気になさらず。おっさんの独り言です」
僕は周囲の人の気配を探りながら、ある扉の前で足を止める。
「ここ、誰かいますね。気配からして、おそらくは生徒かと」
「扉越しでも分かるんですね……」
「召喚された時に、生徒たちの気配は覚えているので」
しかし、いくら気配が分かっても顔と名前が一致しない。
そこはやはり、坂橋先生を頼るしか無い。
「坂橋先生、中に入って調べてください」
「え、私ですか?」
「そりゃあ僕がやっても良いですが。女子生徒だったら事案になるじゃないですか」
「……たしかに」
坂橋先生が部屋の扉をノックして、中に入る。
僕は部屋の前で誰が来ても対処できるよう、警戒しておくことにした。
……のだが、中から坂橋先生が出てきて慌てた様子で言う。
「た、たたた大変ですっ、柊さん!!」
本人も思ったより大きい声が出てしまったのか、廊下全体に声が響いた。
僕も思わず慌ててしまう。
「しーっ!! 流石に大声を出したらバレますよ!!」
「あ、すみません」
「……ふぅ。取り敢えず、今のはセーフみたいです」
周囲を警戒しながら、何があったのか坂橋先生に問う。
「で、何がありました?」
「と、とにかく中に!! 彼女から直接効きましょう!!」
そう言って僕の手を引く坂橋先生。
よほどパニックに陥っているのか、その動きに迷いは無い。
僕は一瞬ばかり年頃の少女の部屋に入ることを躊躇したものの、坂橋先生に手を引かれるがまま中に入った。
「こ、こんばんは、おじさま」
「ど、どうも」
部屋にいたのは、お育ちの良さそうな黒髪の少女だった。
大和撫子、という言葉がよく似合う。
着物でも着せたら日本人形みたいで可愛らしくなるのではなかろうか。
「彼女は
「
「よろしくお願いします」
「それで、坂橋先生。何が大変なんです?」
「実は有栖川さんから後藤くんと八神さんのことを聞いて……」
詳しい話を聞いて、僕は少し驚いた。
「ふむ。まさか昨夜のうちに城を抜け出して遁走とは、やりますねぇ」
「何を感心してるんですかあ!!」
「いえ、十分感心するところですよ」
僕は有栖川さんに向き直る。
「有栖川さん、二人はもう王都にいないんですね?」
「は、はい。騎士団の方々が必死に探していましたが、冒険者ギルドなるところに立ち寄った後から行方が分からないと。めしかしたら他の街に行ってしまったんじゃないかって」
「なるほど、なるほど。こりゃ驚き桃の木ですよ」
「あの、どういうことですか?」
有栖川さんが可愛らしく首を傾げる。
うーん、なんだろうな。可愛いんだけど、そういう目で見れない。
犬猫を見るような、そういう感覚だ。
同じ仕草を坂橋先生にやってもらったらどうだろうか。
……おいおい、最高に可愛いじゃねーか。
っと、いかんいかん。今は子供たちのことに集中しないと。
「おそらくですが、後藤くんと八神さんのどちらかは、既にユニークスキルを使いこなしています」
「え? 凄いんですか?」
坂橋先生は首を傾げる。
たしかに、坂橋先生はすぐにユニークスキル【生徒名簿】を使えるようになったからなあ。
でも、それは使えるようになっただけ。
「大抵のスキルは、使えても使いこなせない場合が多いんですよ。かくいう僕も、自分のユニークスキルを今でさえ扱い切れていません」
「あっ……。で、でも私は?」
「先生は例外ですね。一度使えてしまえば完結するスキルですから」
例えば僕のユニークスキルは、使うか使わないかの二択しかない。
部分的にその能力を引き出すことは不可能だ。
そういう意味で後藤くん、あるいは八神さんは凄い。
異世界に来て一晩とかからずにユニークスキルの扱い方を理解し、その力を引き出せたわけだからね。
しかし、たしかに大変なことなってしまった。
「どんなユニークスキルか知りませんが、少なくともお城の警備を掻い潜って外に出ることができるとなると、本気で逃走に使われたら僕でも追いつくのは難しいですね。ちなみに有栖川さん、後藤くんと八神さんのユニークスキルはご存知ありませんか?」
「す、すみません。スキルの鑑定をしたのが今日のことでしたので、お二人のユニークスキルは……」
「そうですか。まあ、ある程度はスキルの効果を予測することもできますが……。後藤くんと八神さんはどういう人物なんです?」
「えっと、そうですね」
「うーん」
僕の問いに二人が唸る。
「後藤くんは……物静かな人、です。いつも読書をしてたり、こっそりゲーム機を持ち込んで遊んでいます」
「!? 有栖川さん、先生それ初耳です!! 後藤くん、見つけたらお説教ですよ!!」
「八神さんは、一人でいる後藤くんをよくからかっています。その、たまにスカートの中とか見せてたり……」
「!? 先生それも初耳です!! 破廉恥なことはいけません!!」
生徒の知らない顔を知ってか、坂橋先生がぷんぷんと頬を膨らませる。
かわいいな、この生き物。
「しかし、ふむ。なるほど。それだけじゃあ、ユニークスキルの予測まではできませんねぇ」
「あの、ご本人の人柄とユニークスキルに、何か関係があるんですか?」
有栖川さんの問いに、僕は頷く。
「ええ、ユニークスキルは本人の願望を形にしたものですから。性格や人柄から予測することは可能ですよ。二面性のある人物だと全く当てになりませんがね」
「……そう、なんですか。じゃあ、やっぱり私のユニークスキルは間違いではないのですね」
「おや、自分のユニークスキルに不満が?」
「うぅ、はい……」
恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、有栖川さんがこくりと頷いた。
まあ、そういうこともままあるのだろう。
「気にすることはないですよ。ユニークスキルは本人の知らない願望が形になる場合がありますし」
「うぅ、だとしたら尚更お恥ずかしい……」
「ちなみに、どのようなユニークスキルだったので?」
「ひ、引いたりしませんか?」
「しませんとも。僕なんかそれはもう厨二病そのものみたいな名前のユニークスキルなんですよ」
「……えっと、その……ごにょごにょ……」
僕の聴力は、口ごもった有栖川さんの言葉を正確に聞き取ることができた。
しかし、坂橋先生には分からなかったらしい。
「大丈夫ですよ、有栖川さん。先生も柊さんも、有栖川さんのスキルを聞いて引いたりなんかしません!! 柊さんが引いたら先生が怒ってあげますから!!」
凄く先生っぽいことを言って有栖川さんを慰める坂橋先生。
いや、あの、うーん。引くことはないけどね?
でも反応に困るということはあるわけで。どうしたものか。
「先生……。その、実は、私のユニークスキルは」
「はい、なんですか?」
「【サディスト】、みたいなんです」
「さでぃ、え?」
「【サディスト】、です。相手の防御力とかを無視して激痛を与えられるスキルみたいで、試しに騎士の方に使ったら泣き叫ぶくらい痛かったみたいで……。屈強な男性が涙を流しながら悶える姿は、その、ちょっとだけゾクゾクしました」
まるで恋する乙女のごとく言う有栖川さん。
「あ、えっと、そ、そういうこともありますよね!! 柊さん!!」
「え、僕に振ります?」
ともあれ、後藤くんと八神さんがここにいないということは分かった。
急いで二人を探さないと。
やはり二人が王都を出る前に立ち寄った冒険者ギルドに行ってみるのが良いだろうか。
「あの!! 先生とおじさまは、二人を探しに行くのですよね?」
「ええ、そうなりますね」
「私も連れて行ってもらうことは、できませんか?」
「……坂橋先生、有栖川さんのタイムリミットは?」
「296日です」
……ふむ。
ならわざわざ危険がありそうな外に連れて行くのは得策ではないな。
「先生? タイムリミットというのは……?」
「それは先生のユニークスキルで――あ、あれ? 話せない!?」
「おや。――僕もですね」
どうやら【生徒名簿】のことは生徒たち本人に話すことはできないらしい。
僕には話せるみたいだし、第三者への情報の開示は可能みたいだが……。
「そこら辺の考察は追々するとしましょう。有栖川さん、今はとにかく連れて行けません。分かってください」
「……はい。わがままを言って、申し訳ありません」
「ああ、いえいえ。わがままを言う事そのものは子供らしくて良いと思いますよ」
叶うかどうかは別だが、子供はわがままを言ってこそだ。
「では、僕たちはこれで失礼します。後藤くんと八神さんを追わなくてはならないので」
「はい。――ご武運を」
こうして僕と坂橋先生は城を後にし、後藤くんと八神さんが立ち寄ったという冒険者がギルドに向かうのであった。
――――――――――――――――――――――
あとがき
スキル紹介【サディスト】
痛覚を増大させるスキル。デコピンでもショック死するような激痛を与えられる。
「面白い!!」「有栖川さん怖い」「続きが気になる!!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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