第5話 おっさん、美人女教師を落ち着かせる
朝、肌寒さを感じて目を覚ます。
テントから這い出て、肺の中に入っている空気を一度吐いて、大きく伸びをしながら息を吸う。
「んぅー、はぁー。異世界の空気も久しぶりですねぇ」
僕は昨日、異世界にやって来た。
巻き込まれた身ではあるが、二度目の異世界召喚である。
異世界には苦い思い出の方が多い。
しかし、この穏やかな時間は今も昔もそう嫌いなものではなかった。
「さて、と。坂橋先生は起きてますかね?」
僕は小屋の戸の前に立ち、軽くノックし、坂橋先生の名前を呼ぶ。
すると、中からドンッというベッドから転げ落ちるような音が聞こえた後、小屋の戸がゆっくりと開いた。
中から姿を現したのは、少し髪の毛が跳ねている坂橋先生だった。
「お、おはようございます、柊さん」
「おはようございます。よく眠れたようですね」
「す、すみません。ベッドが思ったよりふかふかで寝心地が良くて……」
「ははは。そう言ってもらえると、作った甲斐があるというものです」
「え、作った?」
イエス。
というか、この小屋自体が僕の作った代物だったりする。
こっちの世界ってお風呂とかトイレとか、便利なものを持ってるのは王侯貴族ばかりだからね。
地球みたいな生活をしたいなら、自分で作った方が早かった。
「食事にしましょう。まあ、簡単なものしかありませんが。食べ終わったら今後のことについて話し合いたいと思います」
「分かりました」
僕は小屋に入り、キッチンに立つ。
食料は保存魔法をかけて床下の倉庫に保存しておいたものがあるので、それを使おう。
四百年前のものだけど、見た目は新鮮な野菜そのものだし、大丈夫だろう。多分、きっと。
野菜炒めと少し肉が入ったスープ、あとは硬めのパンを食卓に並べた。
「柊さんって、お料理できるんですね」
「上手いニートのやり方って知ってますか?」
「え、急になんですか?」
「親を味方に付けることですよ。料理に洗濯、掃除が出来ると母親が味方になります。そして、母親が味方になると父親が味方になります。親族には在宅ワークとでも言えば誤魔化せます」
「な、なんてためにならない話……」
坂橋先生の辛辣なツッコミもありながら、食事を済ませる。
「お、美味しかった……。私が作るものより、ずっと。地味にショックです!!」
「ははは、満足していただけて何よりです。さて、そろそろ真剣な話をしましょう」
「……はい」
食器を片付けてから、テーブルを挟んで向かい合った形で座る。
坂橋先生は少し表情が暗かった。
「結論から言いますと、昨日も言ったように魔王なんか倒さなくても元の世界に帰ることはできます」
「それは、本当なんですよね?」
「ええ。実際、僕はそうやって地球に帰還したわけですから。ただ、それには必要な素材が沢山あります。生徒たちを連れてくるのは、その素材を集めてからの方が良いでしょう」
「でも、あんな国に生徒たちを預けるなんて……」
僕は坂橋先生を安心させるべく、保険をかけておいたことを伝える。
「ご心配なく。あの国の人間が子供たちに危害を加えようとしても何もできません。護衛を付けておいたので」
「護衛、ですか?」
「ええ。まあ、普通の人の目には見えないですし、触れられませんがね」
「……そう、ですか」
僕の話を聞いて顔色が良くなる坂橋先生。
そして、何を思ってか椅子から勢い良く立ち上がり、声を張った。
「あの!! 元の世界に帰るための素材集め、私も手伝わせてください!!」
「え、無理です」
「え?」
坂橋先生が目を瞬かせる。
「で、でも、私も素材集めもを手伝った方が、より早く元の世界に帰れるのでは……」
「うーん。素材と言っても、入手難易度が高いというか、危険なんです。暗黒竜の角とか、魔炎猿の爪とか。いや、分からないですよね。簡単に言うと、地震や嵐みたいな連中と戦って勝つ必要があるんです」
「……あの、それって柊さんにはできるんですか?」
「はい。一度やってますし」
昔と比べて歳を取ったし、以前のようにとまでは行かないだろうが。
それでも一度やったことが二度目もやれない道理は無い。
しかし、僕はそこでハッとする。
「ああ、訂正します。坂橋先生の持つユニークスキルによっては、手伝ってもらうことも可能かも知れません」
「ユニークスキルって、私はスキルを持ってないって言われてたじゃないですか」
「いえ、異世界人は誰しもユニークスキルを持っていますよ。まだこの世界に身体が適応していないだけかと」
ユニークスキルは、召喚された際に生じる膨大な魔力を吸収して獲得するもの。
つまり、召喚された者はユニークスキルを必ず持っているのだ。まず例外は無い。
「一日経ちましたし、そろそろ安定してユニークスキルを獲得しているはずです。生憎と僕は鑑定スキルを持っていないので分かりませんが、目を閉じて、自分の中に意識を向けてみてください」
「自分の中に? ……え、あっ、な、なんか、なんかある気がします!! 言葉では言えないんですけど、なんかあります!!」
「それがユニークスキルです。それを強く意識して。スキルの名前が自然と分かるはずです。その名を口にすれば、おのずと発動しますよ」
「私の、ユニークスキルは――」
坂橋先生が呟くように言う。
「――【生徒名簿】」
そして、坂橋先生が「きゃっ!!」と可愛らしい悲鳴を上げた。
どうかしたのだろうか。
「な、なんですか、これ!?」
「何か見えました?」
「え? 柊さんには見えてないんですか!?」
「残念ながら。そういうスキルは多いんですよ。それで、【生徒名簿】でしたか。どういうスキルなんです?」
「どういうも何も、普通の生徒名簿みたいに生徒たちの名前が書いてある、だけ、で……え?」
坂橋先生の目が虚空を見つめているが、次第に肩を震わせる。
「坂橋先生?」
「な、なん、ですか、この表記欄、なんで、こんな……」
「何が書いてあったんです?」
「せ、生徒たちが、し、死ぬまでの時間、です。でも、その、問題はそこじゃなくて、えっと、そ、その」
「落ち着いてください。どうしたんですか?」
「み、皆……」
坂橋先生が目に涙を浮かべながら、言う。
「み、みんな、一年以内に死ぬ、みたいです」
「っ」
……なんだって?
坂橋先生の言葉の意味を理解するまで、僅かな時間を要した。
「一年以内に、ですか。それは不味いですね」
「え、う、嘘ですよね? 流石に、だって、皆まだ若いですし、柊さんの言う見えない護衛さんもいるんですし、そ、そんなこと、ないですよね?」
「いえ、護衛はドラゴンみたいなあまりにも強い相手だと効力が……坂橋先生?」
ちらっと坂橋先生の方を見ると、どうも様子がおかしい。
震えているというレベルではなく、顔面蒼白で今にも死にそうだった。
呼吸も激しく乱れており、目の焦点が合っていない。
「嘘、うそうそ。だって、あの子たちは、まだ子供で、死ぬなんて、そんなのおかしい、おかしい!!」
「……坂橋先生」
「そ、そうです、何かの間違いです。絶対に」
「坂橋先生!!」
坂橋先生の肩を掴み、揺らす。
「あっ……」
「正気になって、落ち着いて聞いてください。それは予知系のスキルです」
「よ、予知系?」
「はい。このままでは子供たちが死ぬ、ということです。まずはそこから目を逸らさないようにしてください。偉そうなことを言いますが、それをした瞬間、貴女は教師じゃなくなりますよ」
「っ、す、すみません。取り乱しました」
坂橋先生が落ち着きを取り戻し、再び椅子に腰かける。
しかし、その顔色は蒼白なままだった。
「坂橋先生、【生徒名簿】には何が書かれていますか?」
「えっと、生徒たちの名前と、死ぬまでの時間です。◯日後って、書いてあります」
「なるほど。死因などは分かりますか?」
「そこまでは……」
「なら、生徒たちの名前を死ぬまでの時間毎に分けましょう。死ぬまでの時間が同じなら、その時その生徒たちは一緒に過ごしている可能性が高い。守りやすくもなります」
「守る……そう、そうですよね!! ま、守れば良いんですよね!!」
生徒たちを守る、と聞いた途端に元気を取り戻す坂橋先生。
……ふむ。
坂橋先生は、教師であることと生徒たちを守ることに執着があるのか。
過去に何かあったのか、少し気になるが、それを知ろうとするのは野暮ってものだろう。
僕は言葉を飲み込み、今後のことについて話すのであった。
――――――――――――――――――――――
あとがき
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