第4話 ありさの姉 鮎子
「これまでに集まった文字は『あ』と『さ』。…ねぇ、パニ、何文字集めたらパスワードになるの?翔くん、危険な目に遭ってないよね」
私はパニに尋ねた。一刻も早く翔くんを助け出したいのに、先が見えなくて焦る。
「ボクも詳しいことはよく知らないんだよね。でも、
パニの緊張感が
「よう来たね。仕事には慣れてきたかね。ありさ、おじいちゃんの家に来るのは久しぶりやろ。ゆっくりしてきゃあね。あれ?うさこちゃんも連れて来たの。ポチ丸と一緒に遊ばせようか」
私の5歳年上の姉、
姉は、4年前に結婚した。夫となった
姉は結婚後間もなく妊娠し、男の子が生まれた。その赤ちゃんは、お父さんである省吾さんとおじいちゃんの名前の
「ありさ、頂き物の玉露を
考えてみたらさぁ、ありさと2人だけでじっくり話すことって、あんまりなかったね。私は、高校卒業と同時におじいちゃんの家に引っ越して、この家から大学に通ったからね。住民票も、こちらに移してまったし。まぁ、お父さんの家にもちょくちょく帰っとったけど。歳がさ、5つも離れとるとさ、子供の頃は大きな差を感じるもんね。
おじいちゃんが、親戚一同を集めて『
ありさも知っての通り、おじいちゃんには4人の子供がおる。上から、長女の
伯母さん、伯父さんたちは『鮎子に家を渡すとなると、相続の時、青四郎の取り分が多くなるやないか』と、口を揃えて言ったんやって。それに対し、おじいちゃんは毅然とこう言い放った…と後に本人から聞いた。
「お前ら、もう自分の家を持ったで、この家には住まへんのやろ?相続したところで、売ってまうんやろ?古い家なんか、幾らにもならんぞ。この土地は広いけど、田舎は地価が安いでたかが知れとるぞ。更地にするにはお金が掛かるし、更地にしたら固定資産税が跳ね上がるで、お前らの取り分なんてスズメの涙やぞ」
「鮎子には、財産を渡すんやない。家の管理と固定資産税の支払いを託すんや。加えて、俺とお母さんの介護も任せるんや。お前らには生命保険を残すから、この土地と家は鮎子に渡してくれ」
ここまで言われてしまうと、伯母さんも伯父さんたちも何も言うことはできなかった。そして、次に生まれてきたのは罪悪感。あの小さな鮎子に全部を背負わせても良いんやろか…?
最初に口を開いたのは、百子伯母さんやった。
「お父さん。よくわかりました。お父さんがそこまで言うんやったら、鮎子に全てを任せましょう。でも、あの子はまだ5歳やし。あの子が20歳になった時に、きちんと意思確認をしてあげて欲しい」
3人の弟たちは、最年長の百子伯母さんは頭が上がらんで、「百子姉ちゃんがそう言うなら…」という事で、おじいちゃんの家を継ぐのは私に決定した。取り敢えずは。
そんな大人たちのやり取りは全く知らんかったけども、私は、ありさが生まれてから、おじいちゃんの家に行くことが増えたよ。お父さんの家から近かったでね。幼稚園の帰りに寄ったり、お休みの日は、朝から入り浸ったりすることもよくあった。
…理由?何でやったかなぁ?お母さんは、赤ちゃんのありさのお世話で忙しそうにしとったで、ちょっと寂しかったのかもしれん。
おじいちゃんの家に行くと、書道教室の生徒さんに混じってお習字のお稽古をしたり、編み物教室の生徒さんと一緒に毛糸を編んだりできて、すごく楽しかったんやよ。みんな「鮎ちゃん」「鮎ちゃん」って可愛がってくれたし、おじいちゃんもおばあちゃんも嬉しそうにしてくれとったしね。ピアノの練習もおじいちゃんの家でやっとったよ。百子伯母さんのピアノがあったでね。
ず〜っとおじいちゃんに『この家を継ぐのは鮎子』と言われ続けてきたから、私は小さい頃から『大きくなったらこの家で暮らす。ムコヨーシをとる』という自覚があったの。あんまり意味はわかっとらんかったけど。
だからさぁ、男の子の友だちの家に遊びに行った時は、その子のお母さんに必ずこう質問したんやて。
「ねぇ、おばちゃんのお家は〇〇くんをムコヨーシに出せる?」
大抵のお母さんは、びっくりして目がまん丸になっとった。そして答えはいつも同じ。
「鮎ちゃん、ウチは婿養子には出せんねぇ…」
中学を卒業する頃まで、『婿養子の質問』はしとったよ(高校入学以降はその質問をするのを止めた。年齢的に実感がありすぎるというか。子供の無邪気な質問とは言えんくなったで)。結局、婿養子になっても構わないと思っとる人は1人も見つけられんかったけども、色々な人に尋ね続けてきて本当に良かったと思った。何故なら、早い段階から現実を知ることができたから。
婿養子を迎えるのは、本当に難しいことや。
高校時代も大学に入学してからも、彼氏が出来たりして、充分に青春を謳歌できたよ。でも、歴代の彼氏たちは、所詮、青春の1ページ。キラキラした
私に必要なのは、婿養子。
でも、自分の力だけでおムコさんを見つけることは、絶対に不可能や。
これまで、それなりにモテてきたんやけどな(笑)。
だから、20歳になる年のお正月、年始の挨拶のためにおじいちゃんの家に集まった親戚一同に、お手製の見合い写真と釣り書きを配ったんや。私のお見合い相手を見つけてもらう目的で。
結構、頑張ったよ。写真は振袖姿とワンピース姿と普段着。色々な姿を見てもらいたかったでね。釣り書きも正直に詳しく書いた。後で「こんなの聞いとらんかった」って言われても困るし。
相手に求める条件は5つ。
1 健康であること
2 仕事をしていること
3 共働きを認めてくれること
4 優しく思いやりがあること
5 婿養子であることを楽しめること
お母さんは怒ったよ。まだ学生なのに…って。でも、すぐに相手が見つかるとは限らんでね。少しくらい早めの方が良いんや。『先手必勝』『鉄は熱いうちに打て』って言うやろ。
おじいちゃんですら、私の見合い宣言に少し戸惑ったようやった。すぐに状況を飲み込んで、ものすごく協力的やったのは、百子伯母さんやったよ。お見合いの厳しさを身近に感じとったんやろうね。ご近所のお子さんたちが、婚活に苦戦しとるのを目の当たりにしとったんやって。
宣言が功を奏して、たくさんの見合い話が舞い込んできた。それでも、全員と会った訳ではないよ。やっぱり選ぶよ。慎重にね。『この人や!』と思える人には、なかなか巡り会えんかったな。
省吾さんと出会ったのは、見合い宣言をしてから2年余り経ってからやった。紹介してくれたのは百子伯母さん。省吾さんは、この家から割と近くにある『もりの動物病院』に勤務する獣医さん。3人兄弟の末っ子や。
省吾さんの実家の
この『うっかり獣医師になった』というのが、おっとりしとって良いなぁ…と思ったの。写真も素敵やったしね。それで会うことになって。それからは、トントン拍子に話が進んだよ。
ありさはさぁ、東京で就職したやん。結婚もそっちでするかもしれんけど、実家の方は心配せんでも良いからね。いざとなったら、ウチの子供を実家に送り込むで。私みたいに。私は、子沢山の予定やで大丈夫やよ。ありさの好きなようにすれば良いんやでね。
そうや。ありさに渡すものがあったんやった。
この封筒を受け取るために、今日はわざわざ来てくれたんやもんね。
中に何が入っとるのかは、私も知らんのやわ。でも、ありさにとっては大切なものなんやろね。きっと。
じゃあ、またね。今度はゆっくりしてってね。
何か美味しいものをご馳走するでね。子供たちと遊んでやってね。
私が姉から赤い封筒を受け取るや否や、私とパニは元の喫茶店に戻っていた。注文した覚えのないチョコレートが置かれてある。美味しそう。
「ありさ、チョコ食べなよ。一息入れないとね。ねぇ、今度はどんな文字が書かれてあったの?」
私は封筒を開けた。中には白い紙が入っていて、こう記されていた。
【 り 】
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