昔語り いつかきっと(物語の小さな欠片)
〝ね、今の魔法なんでしょう?〟
〝すごいのね。そんなことが出来るなんて、羨ましいわ〟
〝また会えたわね〟
〝実は、ね……
ラジャクの脳裏に先日出逢った少女の声が蘇るのは、これで何度めだろうか。
初めて会ったときには気づかなかったが、偶然もう一度会えたとき、ラジャクは彼女が足を悪くしていることに気がついた。
腕のいい医者に診せたこともあるらしいのだが、症状は一向に良くならないのだと言っていた。
明るく振る舞っていた彼女の笑顔が、ラジャクの胸にわずかな影を落とす。
あのときのことは、今もたまにふとラジャクの胸をかすめてゆく。
そんな思いを抱えたまま、ラジャクは今日も兄の傍らに座り、じっと彼の手元をみつめていた。
兄であるカルシャークは、今のラジャクと同じ十三歳のときに一子相伝の秘術を学び始めた。
好奇心旺盛なラジャクは、事あるごとにカルシャークにどんなことをするのか聴きだそうとするのだが、大抵は途中で飽きてしまう。
けれど、カルシャークの話の端々にひそむ〝何かを隠している気配〟が心のどこかに引っ掛かり、結局はどうしても気になってしまうのだ。
「今度また教えてくれるか?」
ラジャクは懲りずにまた、カルシャークに頼みこむ。
「ほんのさわりくらいなら構わないと思うよ。今度はティルにバレないようにしないとね」
そう言って、くすくすと笑う兄の楽しげな様子を見ると、ラジャクはいつも嬉しくなるのだった。
最近のカルシャークは長くなってきた黒髪をひとつにまとめて括っている。
以前より少しだけ大人びた印象のカルシャークの姿は、まだ見慣れない。
しばらくの間、静かな時間が二人の間に流れた。カルシャークが磨き続けていた天石が、少しずつ輝きを増してゆく。
「それ全部磨くのか? 俺もやっていい?」
カルシャークは優しく微笑んで、ラジャクに布を渡した。
しばらく二人で無言のまま磨いていたが、やがてラジャクがふと顔を上げた。
「なぁ、カル。歩けない人を天石の魔法で歩けるようにできると思う?」
「……? 原因によるかもしれないけど、どうして? あ……さっきティルが不機嫌だったけど、もしかしてまた街に行った?」
カルシャークが
「……うん、ちょっとだけ」
ラジャクは視線をそらしながら、小さな声で続けた。
「ルシアって子がいてさ、足が悪くて歩けないんだって。いい医者にも診てもらったらしいけど、なかなか良くならないんだってさ」
「そうか……」
カルシャークは布を動かす手を止めずに、静かに言った。
その声には、何かを考えているような響きが含まれていた。
「……僕も、その人に会ってみようか?」
「いや、どこに住んでるのかもわからないし、たぶん街の人じゃない。もう会うことはないと思う。ちょっと気になっただけ」
ラジャクは視線を外しながら、ぽつりと続ける。
「原因……不明なんだってさ」
その言葉に、カルシャークの瞳が僅かに曇る。
「あの子も、そうだったね」
カルシャークが言う〝あの子〟とは、聖山の麓で会った、兄妹で薬草を摘みにきていた少女のことだ。
天石を嵌めこんだ指輪を渡したあと、彼女とは一度も会えていない。ここまで薬草を摘みに来ないということは、その必要がなくなったということだ。それが何を意味するのか。どちらにせよ、あの二人のことだ。その後どうなったのかは、必ずカルシャークに報せに来るだろう。ラジャクはそう考えている。
良い知らせであってほしいと願いながらも、あの兄妹の行く末はまだ見えない。けれど、ルシアにもいつか陽だまりのような日がきて、そしてそのとき、彼女は自由に羽ばたく鳥になるのだと、そう思いたかった。
心に残る、彼女の声とあのときの表情。
どうか少しでも、自由に、何ものにも縛られることなく彼女の世界が広がっていきますように――
それは、ただの願いにすぎない。けれども、ラジャクはそう願わずにはいられない。
ラジャクの沈んだ様子を見たカルシャークは、弟の頭に手を置き、ゆっくり撫でまわした。
兄に大切にされているという感覚が、手のひらを通じてラジャクに伝わってくる。
「もしかしたら……」
カルシャークはなにかを呟きかけて、そのまま口を噤んだ。
ラジャクが小首を傾げると、なんでもないと首を振ってみせる。
カルシャークが言葉を濁した理由は分からない。いつか、時がくれば教えてくれるのだろう。
ラジャクはそっと目を閉じ、静かに息を吐いた。
今はどうすることもできない。
せめて、このような穏やかな時間が
そう祈りながら。
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