ファントムシップ 〜竜騎士クルト〜

中村仁人

「竜騎士クルト」

 リューレシア大陸の国、ブレシア帝国。

 この国は生息地に向いている大きな山が幾つもあることで、竜の飼育に成功した。

 よって沢山の竜騎士団を所有出来ていた。


 ***


 良く晴れた日——

 ブレシア帝国人のクルトは一軒の家に届け物を渡した。

 相手は品物に満足したらしい。

 だから扉が閉まる前に彼は元気良く言う。

「毎度ありー!」

 彼の仕事は配達屋だ。

 配達屋は馬等で品物を送り主から届け先へと運ぶもの。

 街の外へ運ぶ依頼が多い為、モンスターとの遭遇が多い。

 しかし危険を潜り抜けてこその配達屋だった。

 その姿は配達屋らしく引き締まっていた。

 年は二〇歳前半で、目の力が強い。

 その目と髪は同じ茶色で、髪を短く刈り込んでいるので丸坊主の様。

 側頭部に更に短く稲妻模様が刈り込んである。

 要するに何でも強気で挑もうという挑戦心の塊だった。

 なので、これから少々危険な依頼を受けるのだった。

 まだ昼間なので、早速送り主の依頼人の下へと向かう。

「おぉ、待っていたぞ。クルトよ」

 依頼人は街の富豪だ。

 中年の金持ちで、ヒルデという一〇歳になった娘がいる。

 依頼というのはそのヒルデに関するもの。

「ヒルデの微笑み?」

「これからそうなる原石だよ」

 それは加工前の宝石の原石だった。

 大きさは大人の眼球程。

 大きな紅玉の宝石だ。

 依頼人はそれを南のネイギアス連邦へ運べというのだが……

 ネイギアス連邦は、リューレシア大陸の南に広がる群島と都市国家群だ。

 小さな国家群が纏まっているので連邦という。

 商業が発達しており、技術の発達が素晴らしい。

 たとえば宝石細工だ。

 依頼人も同様で、是非その細工職人によって原石を〈ヒルデの微笑み〉に完成させたいという希望だった。

 でもクルトは冷静だった。

「同じ街の職人に任せたら?」

 ネイギアスの職人へという事は街の外へという事だ。

 モンスターや盗賊の襲撃を受けてしまう。

 配達屋として当然の意見だった。

 しかし依頼人は違った。

「是非あの職人のデザインで仕上げてもらわないと!」

 それがネイギアス行きに拘っている理由だった。

 そしてクルトを指名しているのにも理由があった。

「おまえなら問題なく行けるだろう?」

「〜〜〜〜っ!」

 ……富豪の依頼は、半ば強引に近い形で引き受けさせられた。

 クルトは仕方なく大きな紅玉の原石を背中のリュックにしまうと、屋敷を後にした。

 明日は〈問題ない〉という手段で出発だ。

 だが、

「…………」

 その様子を屋敷の角から怪しげな連中二人が眺めていた。

 彼らはクルトの後を尾行して行った。


 翌朝——

 今日は晴れだが、薄い霧が出ているようだ。

 クルトは街の近くの湖畔にやってきた。

 旅支度を整えてきたようだ。

 皮革の鎧を装備し、腰にはダガーがある。

 背中のリュックに依頼品の大きな紅玉がしまってあり、右肩には鞍を背負っている。

 鞍は馬に乗る為か?

 だが形が少し違うような。

「ピィーッ!」

 クルトは口に指を当てて呼び笛を鳴らした。

 やはり馬か?

 でも湖に向かって鳴らすのはおかしい。

 呼んだものは馬ではないようだ。

 正体はすぐにわかる。

「クルルル」

 霧も向こうから静かにやってきたのは大きな水鳥。

 頭が深緑色で全身の羽毛が茶色の大鴨だ。

 右肩に背負っている鞍は大鴨用だった。

 クルトは岸にやってきた大鴨に手際良く鞍を装着し、颯爽と乗った。

 手綱を握り締める。

「飛べ、ペルビコ!」

「クワァーッ!」

 これが富豪の依頼人が〈問題ない〉と語った答えだ。

 大鴨ペルビコは彼を乗せ、水面で少し助走した後に飛んだ。

 目的地はネイギアスの小島。

 場所は地図で確認している。

 そこにいる職人に大紅玉を加工してもらうのだ。

 空高く飛べば陸上のモンスターは関係ない。

 ゴブリンはもちろん、大きな単眼巨人だって大鴨には手が出ないのだ。

 クルトはしばらく上昇を続けた後、低空だが水平飛行に移った。

 低空とはいえ陸上モンスターにとっては十分な高さだ。

 安全確保には十分だった。

 だがこれでも十分とは言わせないものがいた。

「クワァ、クワァ、クワァ!」

「!」

 暫く飛んでいたペルビコの声がクルトに届いた。

 危険を報せる警告音だ。

「あいつか!」

 振り返った視線の先、大きな鷲が追いかけて来ている。

 大きさはペルビコより大きく、まさに空の肉食獣だった。

 先行する大鴨は慌てずそのまま進む。

 大鷲は明らかに速度で勝り、追いかける姿が見る見る大きくなっていく。

 振り返っているクルトは腰袋の中に右手を入れる。

 中には何が?

 手を取り出した時には何かを握りしめているのでわからない。

 大鷲との距離が縮まった。

 このままでは追い付かれて大鴨の尾羽が捕まってしまう。

 その時だった。

 クルトの右手が後ろに向かって何かを投げた。

 同時に前を向く。

 それは黒い玉だった。

 玉が真っ直ぐ大鷲の顔の前へ——

「バァァァンッ!」

 それは炸裂玉だった。

 炸裂玉とは、爆発が小さい代わりに光と音が増量してある投擲武器だ。

 だから顔のすぐ近くで食らった大鷲は堪らない。

 びっくりして、一目散に逃げて行った。

 朝の戦い、クルトは大鷲の撃退に成功した。


 ***


 昼——

 大鷲の撃退に成功したクルトとペルビコは更に南へ飛ぶ。

 小高い丘を越え、街道を越え、遂に海岸に出た。

 警戒すべきは海賊かハーピーか?

 油断は禁物だがそれ程心配してはいなかった。

 もし海賊の船が現れたら、空から先に発見出来る。

 ハーピーと遭遇しても、大鴨が速い。

 海に出れば何の心配もいらないのだ。

 クルトは鞍の鞄から弁当を取り出した。

 パンに肉と野菜が挟んである物だ。

 うまい。

 食べている内に海岸を離れ、小島が見えてくる。

 再び鞄に手を入れ、地図を取り出す。

 場所は間違えていないようだ。

 あと少しで群島海域に入る。

 ネイギアス連邦だ。

 暫く進むと、また小島が視界に入ってきた。

 だが都市国家があるような大きな島は先だ。

 ここは連邦の国境だった。

 職人の島はまだ先にある。

 ——まだ明るい内に職人へ〈微笑み〉を渡してこないとな。

 クルトの仕事はそこまでだ。

 加工が済んだ〈微笑み〉は、帝国の軍艦を一隻雇ってあるらしい。

 連邦の港に停泊していた三枚帆の快速艦で、大砲も搭載しているが、海賊と戦うまでもなく速力で撒くことが出来る。

 さすがは富豪だ。

 もう一度位置を確認しようかと鞄から地図を取り出そうした時だった。

「! 何だあれは?」

 遠くで何かが飛んでいるのに気が付いた。

 方向はこちらへ向かっている。

 どうやら羽撃く生物に人が乗っているらしいが……

 だが距離は縮んでいくので相手の正体がすぐにわかった。

「何だよ。驚かせやがって」

 正体は人間と竜だった。

 大型の竜は館程、小型の竜は一軒家程。

 どうやら飛んできているのは小竜らしい。

 段々見えてきたが、乗っている人間は男で、赤い軍装を着て皮革の鎧と兜を装備している。

 つまり同じ帝国の竜騎士の一騎だった。

「それにしても、ネイギアスの辺境に何の用だろう?」

 と訝しむが、竜騎士は右手を上げて挨拶をしてきた。

 怪しい所は何もない。

 そろそろすれ違うので、クルトも挨拶を返す。

「やあ、竜騎士さん」

「よお、配達屋」

 考えてみれば方向が当然だった。

 ネイギアスへ向かっているクルトは南だが、本国へ帰還する帝国軍の竜騎士は北だ。

 挨拶も気さくだし、怪しむ点など一つもなかった。

 その時だった。

 竜騎士の左手が後方に向かって何かを投げた。

「……玉?」

 そのまま通り過ぎて行くペルビコの正面に玉が飛んでいく。

 竜騎士の後方ということは、自分達の前方だ。

「!」

 クルトは咄嗟に目を瞑ったが、ペルビコは間に合わなかった。

「バァァァンッ!」

 炸裂玉が正面で爆発した。

 威力は大した事ないが、光と音の爆発を至近距離で食らってしまった。

「クエーッ⁉︎」

「ぺ、ペルビコ⁉︎」

 大鴨が目と耳をやられ、混乱状態に陥ってしまった。

 手綱を引いても制御不能だ。

 尤も大鴨は動作が鈍いので咄嗟の炸裂玉に反応出来ない。

 そこへ上空から火の玉が襲いかかる。

「ボッ、ボッ、ボッ、ボウッ!」

 合計四つの火の玉がペルビコを撃つ。

 竜騎士は一騎だけではない。

 上空で待機していた四騎が降下しながら火の玉を各一発ずつだ。

 大鴨の左翼に一発、鞍の後ろに一発、そして致命傷となった頭に二発……

「…………」

「ペルビコ! ペルビコッ!」

 もう息はしていなかった。

 翼や胴体、頭から煙を上げながらクルクルと落ちていった……


 あっという間にクルトたちを落とした五騎は、帝国軍の竜騎士団だった。

 しかし正規軍とは名ばかりの盗賊団だ。

 都に近い部隊は真面目だが、遠い部隊はそうでもない。

 交易船や商人から金目の物を奪う。

 だからどこかにお宝はないかと調べている。

 五騎だけが仲間ではないのだ。

 先日、富豪の邸から尾行したのがその仲間だ。

 大紅玉の原石は知られていたのだ。

 後は帝国からも連邦からも遠い辺境で仕掛けるだけだ。

 今日は仕掛けをモタモタせずに一瞬で終わった。

 四騎による溜炎(りゅうえん)という攻撃だ。

 通常、竜は火炎を放射するが、軍の小竜は違う。

 すぐには火炎を放射させず、口の中に溜めさせてから炎の砲弾のようにして発射する。

 大鴨は炎の砲弾四つに一溜まりもなかった。

「ペルビコ! おい、ペルビコッ!」

 ずっと呼びかけているが応答はない。

 溜炎の連射でやられたペルビコは海に落ちていった。


 ***


 海に落ちたクルトとペルビコはすぐには上がってこなかった。

 二者共死んだ?

 いや、そうではない。

 ペルビコはダメだったが、クルトは生きていた。

 だが、両足が鞍に固定してあるのでそのままでは浮かぶことが出来ない。

 早く離脱しなければ窒息してしまう。

 そこで腰のダガーを抜いた。

 足を固定している紐をダガーで切断する。

 一本、二本、三本……

 全部切れた!

 急いで鞍から離れる。

 水上へ。

「ブハァッ! ハァ、ハァ、ハァ——」

 クルトは助かった。

 周囲には荷物や皮袋が散乱している。

 水中で鞍から逃れる為にダガーで切断していた時、無我夢中だったからだ。

 一緒に鞍へ縛り付けていたものまで浮かんできたのだ。

 その中にリュックが浮かんでいるのに気が付いた。

「あれは!」

 大紅玉のリュックだ。

 腰から外れて浮かんできている。

 クルトは大紅玉を回収した。

 胸ポケットにしまう。

 そしてそこから急いで離れた。

 竜騎士たちが襲ってきたのは、おそらく大紅玉が狙いだ。

 真面な連中ではなかったのだ。

 ここは小島の浅瀬だ。

 早く上陸して、どこかへ隠れなければ。

 クルトの予測は正しく、浜辺に打ち上げた難破船に隠れたのは、竜騎士の盗賊団がやってきた直前だった。

 五騎で浮かんでいる荷物を調べてリュックを見つけたのだが、お目当ての物が入ってなかったのか悔しがっていた。

 やはり狙いは大紅玉だった。

 他の荷物も探ってみたが、宝はないとわかると捜索範囲を広げていった。

 荷物にないなら、宝を持っているのは配達屋だという事だ。

 ——暫くは見つからないように動かなければ。

 そう思ったクルトは密かに森へ移動した。

 森へ入る前、海を振り返る。

 そこには荷物が散乱している。

「ペルビコ……」

 悲しい顔で目を瞑る。

 だが、ずっと悲しみに浸っているわけにはいかない。

 目を開き、森へ入っていった。


 草を掻き分け、枝を掻き分け、クルトは森を進んでいた。

 胸ポケットには大紅玉と一緒に地図も入れてきたが、今見ても仕方がない。

 森の外で周囲の島を確認して、現在地を知りたいのだ。

 でなければ、地図を見ても意味がない。

 ただ黙々と森を進む。

「! あれは?」

 暫く進んだ所で、クルトは一頭の小竜を見つけた。

 野生の小竜ではない。

 大鴨の鞍によく似た騎竜用の鞍を背に付けていた。

 帝国で陸軍竜騎士団は大型種に乗るが、海軍竜騎士団では竜母艦という大きな艦から発着する為、小型種に乗る。

 つまり目の前にいるのは、海軍竜騎士団の小竜だった。

 傍らに黒焦げの人間が倒れている。

 いや、小竜が主人に寄り添っているのか。

 ——まるで逆だな。

 小竜は主人を失い、クルトはペルビコを失った。

 共に相棒を黒焦げで……

 その時、クルトに心の声が語りかけてきた。

(まるで逆とは?)

 目の前の小竜の心の声だった。

 クルトが思った事を読み取っていたのだ。

「逆というのはだな——」

 ペルビコの話をするしかなかった。

 何年も前からの付き合いになる。

 孵化に立ち合い、成鳥になるまで育て、一緒に空の配達屋になった。

 そして黒焦げになって海へ落ちた……

(……残念な最期だったな)

 気が付くと、自分の表情に悲しみと悔しさが滲んでいた。

「いや、俺ばかりがすまない。あんただって——」

 と黒焦げの主人を失っている事を配慮した。

 すると小竜に浮かんだのは悲しみではなく、怒りだった。

(我の主をよくも……あの裏切り者共め!)

 主人は海軍竜騎士団の竜騎士だった。

 今日は南への偵察として、小竜に乗って竜母艦を発った。

 そこで同じ海軍竜騎士団と思い込んでいた五騎と出会い、不意を突かれたのだ。

 奴らは正規軍の傍ら、船を襲う盗賊団の兼業竜騎士団だったのだ。

 主人に溜炎が五発集中したのは、偵察に見られては厄介だったのだろう。

 騎竜も言葉を話せるので始末される。

「そうだったのか。でもそれならばこっちだって——」

 クルトにだって狙われる理由があった。

 大紅玉だ。

 宝を持つ彼を見つけたら、さっさと取り上げた後、始末されるだろう。

(決まったな)

「そうだな」

 両者の思いは一つだった。

 このまま易々と負けてたまるか、だ。

 小竜の手綱を取り、革紐で背の鞍に足を固定する。

「俺はクルト。おまえは?」

 小竜が彼に振り向く。

(イトゼカだ)

 クルトとイトゼカ。

 ここに竜騎士が一騎誕生したのだった。

 飛び立った一騎は木々の間を抜けて空へ。


 ***


 小竜五騎の盗賊団は空から森を探索していた。

 お目当ては大紅玉。

 大鴨乗りの配達屋が必ず持っている。

 鞍に付けてあった荷物の他にリュックが浮かんでいた。

 まさにお宝が入っているリュック!

 ところが中身は空。

 というわけで配達屋を探している。

 海に落ち、浮上してからリュックを先に見つけたのだ。

 よって配達屋は生きているし、現在、お宝を持って森に隠れているのだ。

 それにしても一体どこに?

 盗賊竜騎士の一騎が森の上空から下に注目して探している時だった。

 すぐ後ろから聞こえてくる。

「ポゥッ!」

「?」

 何だろう、と後ろを振り返る。

 そこには——

 溜炎が迫っていた。

 すぐそこに。

「ぎゃあああっ⁉︎」

 炎の塊が命中した途端、広く弾けて敵を業火が包む。

 火に包まれた盗賊と騎竜は大混乱に陥り、海へ落ちていった。

 盗賊を一騎倒したのは、クルトとイトゼカの一騎だった。

 森から上昇すると、丁度背中を向けている盗賊騎が前方にいたのだった。

 これで四騎。

 しかしクルト騎だけなので不利には違いない。

 一目散に逃げた。

 追う盗賊四騎。

 さっきの大鴨のように溜炎を一斉にお見舞いする。

「ボウッ、ボボボッ!」

 四発が水平にクルトの背中に迫る。

 だがそのままやられはしない。

 手綱を素早く操り、上昇をかける。

 同時にその場に止まるようにも操る。

「な、何ぃっ⁉︎」

 四騎は全速で一騎を追っていたので、追い抜いて前に出てしまった。

 盗賊は四人共振り返ったが、内一人とクルトは目が合った。

「あいつは……」

 やはり生きていた配達屋だった。

 皮革の鎧を着た丸坊主を覚えている。

 なぜか大鴨ではなく小竜に乗っているが。

 小竜の口からは溜め込んだ炎が漏れている。

「ま……」

 まずい、と言い掛けたが遅かった。

 それよりもイトゼカの溜炎が早かった。

「ボッ!」

 盗賊の背中に命中。

 砲弾の如き衝撃で鞍に座ったまま前に倒されたが、全身を炎に包まれて飛び起きた。

「ヒィ、火が! ぎゃあああっ!」

 あっという間に火だるまだ。

 もう四騎目も操縦不能だ。

 悲鳴と煙を上げながら海に落ちていった。

 盗賊団はあと三騎。


 盗賊団とはいえ、帝国竜騎士団でもある。

 竜母艦に率いられた他の竜騎士団の前では真面目に振舞う。

 それがあっという間に二騎がやられたのは横着でしかない。

 たかが配達屋と相手を呑んでかかったからだ。

「落ち着け! 冷静に配達屋を撃ち落とすんだ!」

「おうっ!」

 三騎は目が覚めた。

 勢い良く突っ込んでいくのをやめた。

 そして溜炎の一斉射撃をやめた。

 三騎の内、二者が溜炎を撃つ事で一定の方向へ逃げさせ、残りの一者が逃げた先を見据えて撃つ。

 だから溜炎の三発を撃たれる側は急いで方向を変えなければならなかった。

 いまも肩スレスレを避けていったところだ。

 クルトの避ける声が苦い。

「い、いまのは危なかった」

 本当にいまの三発目は際どかった。

 しかも撃ち終わったらそれで終わりというわけではない。

 もう次の溜炎が用意出来ている。

 だが、今度は違った。

 先程同様、二発を避けたので三発目も避けようと、クルトが撃ち出す方向を確認した時だった。

「いないっ⁉︎」

 振り返り見た視界の中に三騎目がいない。

 そんなはずはない。

 一体どこに、と目で探した。

 すると、

(避けろっ!)

 イトゼカの声がする。

 何事か、と前を振り向いたクルトの眼前に炸裂玉が放り込まれていた。

 三騎目の仕業だ。

 連続攻撃の最後が溜炎とは限らないのだ。

 光と音が近くで弾ける。

「くっ!」

 クルトは手綱を捌いてイトゼカを避けさせ、自分も目を瞑り、耳を塞いだ。

 直後——

「バァァァンッ!」

 すぐ近くで爆発音と閃光に包まれたが、被害はなかった。

 クルトだけでなく、咄嗟に避けたイトゼカの目と耳も無事だったようだ。

 竜は目を瞑れるし、耳の穴を自ら塞ぐことが出来るのだった。

 今回はうまく避けられたが、いつまで回避できるか。

 溜炎が!

 炸裂玉が!

 次は何が来るだろう?

 それほどの変則攻撃が飛んで来る。

 ついクルトが諦めてしまいそうた。

 しかしそんな彼をイトゼカが励ました。

(もう少しだ。あと少しの辛抱だ)

「イトゼカ……」

 見れば、溜炎を避け続けている。

 なのに彼が先に挫ける所だった。

「そうだな……よし、頑張ろう!」

 クルトは気を奮い立たせ、盗賊団の変則攻撃を回避し続けるのだった。


 空では盗賊団の攻撃が続いていた。

 クルト騎は上昇し、下降し、溜炎の連続攻撃を避けているが、途中の変則攻撃が厄介だった。

 炸裂玉だけではない。

 ブーメランを投げてくる。

 真っ直ぐ飛んでくるだけでなく、避けても向きを変えて帰ってくるのだ。

 飛んでくるのは溜炎か、炸裂玉か、或いはブーメランか。

 撃ってくるのは三騎目とは限らない。

 一騎目かもしれない。

 こんな攻撃がいつまで続くのか。

 攻撃を受ける側は辛いが、撃つ側も大変だ。

 一体いつまで逃げ続けるつもりなのか。

 だが無意味に追い続けていたのではなかった。

 その時だった。

 イトゼカの大きな声。

(危ないっ!)

 後ろに注目していたクルトでは気が付かない為、イトゼカが翼を畳んで右へ回転して避けた。

「ズドン! ドンッ! ドォンッ!」

 数多の砲弾が下から上へクルト騎がいた所を貫いていった。

「あれは……竜母艦?」

 そう。

 あれは盗賊団の船だった。

 竜母艦といって小竜五頭の母艦なのだが、敵の竜が現れた時には対空砲で攻撃する。

 しかも通常の砲弾ではなくぶどう弾で。

 故に砲音の数より砲弾が多いのだった。

「た、対空砲だなんて、そんな……」

「…………」

 クルトが呻き、イトゼカの言葉が出ない。

 イトゼカの機転で今回は助かったが次はどうするのだ?

 溜炎の連続攻撃に炸裂玉やブーメランを混ぜ、更に途中で対空砲も混ぜるのか?

 無理に決まっている……

 それでも回避を続けるクルト騎に盗賊団の攻撃が飛ぶ。

 第一撃、第二撃、第三撃、再び第一撃から。

 やがて対空砲の準備が整う。

 終わりのない連続攻撃を、クルト騎はいつまで避けられるだろうか……


 午後——

 クルト騎は懸命に逃げ続けていた。

 だが盗賊団に大紅玉を持っていると知られているので、逃してはくれない。

 盗賊団三騎の撃ち方が変わった。

 今までは命中を狙っていたが、奴らの船が現れてからは対空砲の前に誘導するように変わった。

 ぶどう弾を撃たれては終わりだ。

 だから何とか対空砲の前から逃げ続けていた。

 しかしそんな努力を嘲笑うかのように対空砲が火を噴く。

「ズドォン! ドンドンッ!」

 全弾直撃は難しいと判断したのだろう。

 とにかくぶどう弾が当たれば良いという考えだ。

 少しでも範囲に入ったと見做せば直ちに撃った。

 けれども急旋回で方向を変えたので、ぶどう弾の直撃を避けた。

「大丈夫か⁉︎」

(ああ、何とかな! でもまた次が来るぞ!)

 対空砲の準備がすぐに始まった。

 そして三騎の口から炎が漏れている。

 溜炎の準備は完了している。

 ——い、一体いつまで……

 いつまで避け続けたら、宝を諦めてくれるのだろう。

 クルトの脳裏にそんな考えがよぎる。

 一瞬、胸ポケットの大紅玉を取り出そうとする。

 けれど思い直した。

 すでに宝が手に入ったら済む問題ではなくなっていた。

 正規竜騎士団が盗賊と知られているし、それに仲間を二騎やられているのだ。

 宝を渡しても済まない。

 つまり死ぬまで追撃が続くのだ。

 その事実を認識したクルト騎に疲労が見えてきた。

 最早、逃げるのはここまでか?

 そう思った時だった。

「ズドォンッ!」

 クルト騎はついに対空砲で撃たれるのだと覚悟した。だがそうではなかった。

 ぶどう弾の弾幕が盗賊団に向かって飛んでいった。

 前を飛んでいた二騎は無事だったが後ろの一騎はそうはいかない。

 直撃を受け、人も小竜も墜落していった。

「何事だ⁉︎」

 仲間が倒されて驚いた盗賊達が振り返った。

 そこには——

「全騎攻撃開始! 盗賊共を引っ捕らえよ!」

 新たに現れた竜母艦三隻と小竜隊が一四騎いた。

 兼業竜騎士ではなく本業の帝国軍竜騎士達だった。

 彼らはクルト騎を追い抜いて、逃げる盗賊二騎を追った。

「どういう事だ?」

 クルトの疑問は当然だった。

 しかしイトゼカにとってはここに竜騎士団が現れたことが当然だった。

 こういう事だ。

 偵察に出していた一騎が帰ってこないので、帝国軍は異変に気付いた。

 直ちに竜母艦三隻から小竜一四騎が飛び立ち、偵察がいなくなった南へ進んだ。

 すると、遠くで小竜達が一騎を狙っているのを見かけた。

 国境付近で一騎を追いかけているのはおかしい。

 だから疑惑が生じたのだ。

 あいつらは噂の盗賊団なのではないか、と。

 最近、帝国軍内部に羽振りの良い一団がいる。

 なぜ羽振りが良いのか尋ねても曖昧で、どこに行っているのかもはっきりと答えない。

 そして今は一騎を狙っている。

 だから羽振りが良いのではないのか?

 一騎を撃ち落とし、持ち物の金品を奪おうとしているのだ。

 結論が出た。

 盗賊団を逮捕だ。

 二騎は慌てて逃げた。

 本当は帝国軍一五騎の所、盗賊団に倒されたから、いま一四騎なのだ。

 今更言い訳が通用する余地はないので逃げるしかない。

 帝国軍は五騎と九騎に分かれた。

 五騎は盗賊二騎を追い、九騎は盗賊団の竜母艦を捕える……予定だったが変更になった。

「ズドォンッ! ドン、ドォンッ!」

 九騎を対空砲で撃退しようとしたのだ。

 残念ながらぶどう弾は回避され、そして——

「ボッボボボッボウッ!」

 反撃の溜炎の連続攻撃で対空砲は火に包まれた。

 まだ白旗は上がっていないが、それも時間の問題だった。

「終わった……のか?」

(そうだな)

 過激な戦闘が終わり、クルトは放心状態だった。

 イトゼカは違った。

 偵察の一騎が帰ってこなければ、捜索隊が送られることを知っていたのだった。

 賢い小竜だった。

 だが、賢いだけでは終わらない。

 近寄ってきた竜母艦が鏡を反射させてくる。

 鏡の通信だ。

 内容は次の通り。

「オマエハ、何者ダ」

 そうだった。

 帝国軍にとって、クルトは盗賊団の一味ではないが、まだ味方とは断定できないのだ。

(下りて説明すれば大丈夫だ)

 とイトゼカが気遣う。

 やはり敵か味方か不明と言われたら心配か?

 いや、

「心配はいらない。俺は——」

 これからいろいろ説明しなければならない。

 どこからやってきたのか?

 目的地は?

 何者なのか?

 もちろん盗賊団のように怪しい者ではないので、全ての問いにはっきりと答えられる。

 配達屋の事、ペルビコとの別れ、イトゼカとの出会い。

 富豪の依頼も済ませなければならないがその後は……

 クルトが何者かと問われれば、答えは決まっている。

 俺は——

「俺は今日から竜騎士だ!」


(了)

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