第八章 ネバーランドに連れてって

とある平和な一場面

 叙勲式から二ヶ月が経った。

 つまり、『悠久世界』との戦争から早くも三ヶ月が過ぎたわけだ。


 『悠久世界』との停戦は中立地に指定された『花冠世界』にて正式に合意が結ばれ、十の回遊都市はそれぞれが本来の軌道へと戻った。


 淵源城も徐々に熱は鈍化し、叙勲式から一月が経った頃にはすっかり元の営みを取り戻した……とは言えない。


 具体的には、俺立ちの身の回りついて。


 というのも、戦争であまりにも目立ち過ぎた俺、イノリ、ストラの三人(特に俺)は街を歩くだけで大勢から声をかけられるようになった。凄い時は歓声すら上がったほどだ。

 今となってはそれなりに落ち着きを取り戻し、精々熱心な子供たちが声を上げて手を振ってくるくらいなもの……いや十分すごい話であるが。


 そんなこんなで、俺は出歩く時はルーランシェの姿を借りるようになった。

 日常的に性転換するのは勘弁だったが、かと言って館詰めになるのも精神衛生上悪い……つまり断腸の思いである。


「なんか、前より更に性転換に忌避感がなくなった気がするなあ……」


 テレビモニターに映るアニメ調のキャラクターを操作しながら、俺は無意識にそんな呟きを洩らした。


「更にと言いますと、前にも似たようなことが?」


 疑問を投げかけてきたのは、源老から直接〈竜喰い〉の異名を授かったストラ。


 対戦相手にボコボコにされる俺の操作キャラクターと、手に持った人を軽く殴り殺せそうな鈍器じみた本へ交互に視線を交わす彼女の疑問に、俺は完全敗北パーフェクトを喫してから頷いた。


「シャロンと対話した……半月ちょっと肉体の主導権奪われてた時だな」


「わたしがエト様と初めて逢った頃ですね。主導権を奪われていた、というのは以前の?」


「ああ、無意識に対話拒否してたってやつだな」


 マッチング……うげ、格上。


「ねえ」


 “じぜる”という名前の横に五つほど王冠を引っ提げた見るからに強そうな相手に開戦前から敗北を悟りつつ、20以上もいるキャラの中から使うやつを選択。


 ちなみにここ二ヶ月でそこそこ触ってきたが、未だに三人くらいしか性能を理解できていない。


「なるほど。ところでエト様、前から疑問だったんですが変身する時はどのようなイメージを?」


「どんなって……?」


「このゲームのように選択するのか、それとも別の感覚なのか……という話です」


「ああ」


 質問の意図を理解した俺は、暫しの沈黙を選ぶ。

 開戦のゴングと共にしっかりコンボを決められながら、俺は自分の感覚の言語化に努めた。


「そうだな……あえて言葉にするなら、本の背表紙を探るイメージだな。ほら、棚に並んだ本の背表紙を撫でながら歩く、あんな感じ」


 シャロンたち縁を結んだ継承者とは付き合いも長く、無駄なく一瞬で接続できる。よって実際にはもっとスムーズなのだが、イメージとしてはこれで間違いない。


「なるほど、《英雄叙事オラトリオ》らしいイメージですね。エト様、の探求は?」


「鳴かず飛ばずだな」


 穏やかに頷いたストラを横目で捉える。


「少なくともシャロンたちの記録にはなかった。ヘイルのは閲覧中だけど……多分手掛かりなしだ。もし手がかりがあるなら——」


「……すみません、エト様」


 本を閉じたストラは、やや申し訳なさそうにモニターに映る対戦結果を指差した。


「負けすぎでは……?」


 一撃も与えることができなかった。


「二ヶ月経ってもコレなの、もしかして才能ない?」


「わたしも素人なんですが……はい。恐らく皆無かと」


「人生で初めて触ったってのを言い訳させて欲しいなあ」


 隣にいるストラも同様(俺より上手い)なため、全く信憑性がないが。


「ねえ、エトくん」


「一応聞くけど、ラルフは今日どこ行った?」


「一応答えると、今日も源老のところですね。解呪の懇願です」


 ラルフにかけられたトンデモな呪い、その元凶はまさかの実父ノルドレイの手によるものだった。



 ラルフの極度の女好きと、自分の息子がモテないわけがないという親バカと、源老としての責務が最悪の混成を発揮した結果、『息子に異性に避けられる呪いかけよう』というあまりにもあんまりな、正視に堪えない悲劇が生まれたのだ。


 しかも、その呪いの触媒に使われたのは“聖女の鎖のわけ身”だったりする。

 以前、シーナがラルフの呪いを指して『鎖みたい』と言っていたのは正しい認識だった。



 これを聞いた時、俺たちは思った。——なんてひでぇ話なんだ、と。


 真実をつまびらかにされ公開処刑を受けるラルフと源老、そして身内の恥を晒されて羞恥に悶える源流血族たち。

 そしてあまりの酷さに唖然とする俺、イノリ、ストラの三名……謁見の間はまさに地獄だった。



 ついでに、(政治的には死活問題かもしれないが)側から見ればあまりにもアホな呪いに自らの同族(?)が使われていることを知った際、俺の左腕を主な住まいと定める鎖は大層荒れたものだ。

 具体的には俺の腕に痕が残るくらい締め上げた。解せん。


 ……ずれた話を元に戻そう。

 そんなわけでラルフは自力での解除を諦め、毎日のように源老のもとへ行っては解呪の直談判をし、敗北して帰ってくるのだ。



「あいつも懲りないよなあ……」


「悲願がかかってますからね」


「まあなあ……あとハーレム以前に人の尊厳を取り戻す戦いだしな」


 この戦いは長くなりそうだと、意図せずして巻き込まれる形となった、たまに弁護人として出廷を命じられる俺とストラは大きなため息をついた。


「エ〜ト〜く〜ん〜!!」


 次なる対戦相手を求めてオンラインへと潜ろうとした俺の両肩を、背後からイノリが思いっきりガックンガックンと揺らしまくった。


「聞こえてる、聞こえてるから落ち着いてくれ」


 振動によってエコーがかかった声で“ゲーム”の電源を落とした俺は、ソファに半身はんみになっていのりと目を合わせた。


「エトくん。私たちはいつまでここで塩漬けになっていればいいの?」


「いつまでやろなあ」


「もうそろそろ浅漬け超えてきたよ?」


「すでにある程度浸透していますね」


 暇という名前の浸透圧によって漬け物になりそうなイノリは、ぐでー、とソファの背もたれに身を預ける。


「兄ぃたちの捜索は音沙汰なし、エトくんが運動禁止令出てるから一緒に鍛錬もできない……そろそろ暇も飽きてきたよ〜!」


「それは、なあ……」


「わたしたちにはどうしようもできませんからね……」


 先の戦争——俺たちはギルド本部のある『悠久世界』に思い切り喧嘩を売りつけ中指を立てたわけで。


 そして何度も言うように、四人全員、戦争で目立ちすぎた結果下手に動けなくなってしまった。

 ラルフに至っては王子バレしてるし。


「もう、個人で『冒険者なので旅しまーす』なんて軽々しく言えなくなっちまったからなあ」


「有名税というやつでしょうか。レゾナにいた頃の自分が聞けば、頭がおかしくなったのか——と鼻で笑われそうです」


「それはわかってるけどさー!」


 理解しつつも納得いかない……それは、彼女の立場としては至極当然のものだった。

 家族の行方がわからず、下手に探しに行くこともできないのだから。


「……イノリからすれば、そりゃムズムズするわな」



 しかし、ここで動くことはできない。

 

 ——戦争は、実のところ終わっていない。


 なぜ、『悠久世界』は〈勇者〉を使ってまで『海淵世界』を滅ぼしにきたのか。

 その原因を紐解いて見えたのは、この戦争が、ただの始まりに過ぎないという一つの決定的な事実だった。





◆◆◆





 ——時は、叙勲式の一週間後……およそ二ヶ月前にまで遡る。


 その日、招集を受けた俺はノア本城の謁見の間に足を運んでいた。

 集められたのは、イノリ、ストラ、ラルフ、リントルーデ、第一王子ベラム。それと、戦争前に会議で顔を合わせた幾人かの将校たち。

 また、『魔剣世界』レゾナを代表してザインが、『極星世界』ポラリスを代表してスズランとスミレの二名も参列した。


「あれ、代表者ってリディアじゃないのか?」


「アレは喧しいからな」


 俺の疑問に、ザインは疲れ切った声で答えた。


「他世界も交えた重要な会議で高笑いさせるわけにはいかん」


「ああ……そういうこと」


 あれ、ライフワークみたいなものっぽいからな……。


 ザインがやって来た理由に納得した俺は、源老の息遣いに自然と背筋を伸ばした。


「——皆、慌ただしい中よく集まってくれた」


 源老の労いの言葉に、俺たちは会釈を返す。

 参列者全員の顔を見渡してから、源老は早速本題へと切り込んだ。


「今回呼び集めた理由は他でもない——『悠久世界』の突然の侵攻、その真意について探りたい」


 源老から目配せを受け、第一王子ベラムが続きを引き継ぐ。


「元々、悠久は都市国家リーエンに過剰なまでに資源や戦力を集約していました。元々開戦の兆候があったために、我々も早期に対処ができた。——ですが、これは結果論に過ぎません」


 偶然うまく行った、それが大前提だった。


「〈勇者〉を含めた過半数の〈異界侵蝕〉の投入……これは明らかに異常でした。エヴァーグリーン本国の防衛を捨てたも同然の布陣だ」


 ベラムの言葉に、一堂、重苦しく唸る。

 正直なところ、全ての疑問はこの一点に収束する。


「【救世の徒】と《終末挽歌ラメント》。二つの世界の脅威が本格的に活動を再開したこの時に、彼らが侵攻を急いだ理由。この疑問を、我々は紐解かねばなりません」


 情報は、既に十分なまでに集まっている。

 それらを精査する中で、戦争の最前線で戦った者や外側から一連の流れを見てきた者の視点が欲しい——今回の招集には、そんな意図があった。


「皆さん、どうか各々の意見を。この場にで存分にぶつけ合っていただきたい」


「——やはり、【救世の徒】の宣戦布告に焦ったのでは?」


 その言葉を皮切りに、将校の一人が勇猛に切り出した。


「奴らより先に欠片を集めるため。こう考えるのが最も自然では」


「だが守りの放棄はどう説明する? 悠久め、本国を留守にする勢いだったぞ?」

「ああ! 仮に我らから欠片を奪ったとて、本国を強襲されていれば元も子もないだろう!」



 この議論の前提には、二つの勢力が有する特異性がある。


 一つは『覇天世界』……

 ——さておき、覇天は他世界にない唯一無二の特異性を有している。


 天空を統べる『覇天世界』は、支配者たる〈主天〉によって設定された空路を征く……なのだ。


 覇天はその特異性を存分に活用し、有史以来最も多くの戦争に勝利してきた、七強世界の中でもっとも血の気の多い世界と言われている。



 そして、【救世の徒】が有する特異性は〈天穹〉の“忌名”を冠する構成員が有する大規模な転移能力。

 魔法の発現を妨害する機構を意に介さず、どんな場所であろうと、転移を成立させる規格外の力。


 この二つの特異性はいずれも“奇襲”に秀でている。『悠久世界』がこの二つの力を失念しているなど考えづらい。

 にも関わらず、『悠久世界』は〈勇者〉アハトを戦場に投入した。


 狙いはわかる。だが、そこに至る経緯がまるでわからない。議論は当然のように紛糾し、行き詰まる。


「……ふむ」


 そんな中、沈黙を貫いていた源老が口を開く。

 謁見の間に緊張が走り、皆、口を閉じて源老の言葉を待った。


「守りを捨ててまで、我らを攻める理由があったのやもしれんな。——ライラック、お前はどう思う?」


「え、俺か?」


 急に名指しされたラルフがきょとんと目を開き、右の人差し指を自分の鼻先に向けた。

 『兄貴リントルーデと間違えてないか?』という意図を孕んでそうなラルフの視線を受けた源老は、念押しするように頷く。


「外を旅してきた、お前の視点が聞きたい。情けない話だが、海淵は、悠久が都市国家リーエンに戦力を集め始めて以降、他世界の情報収集の強度が落ちていたのだ」


 ——だから、外で見聞を広げたラルフの意見が欲しいと、源老は力強い言葉で言い切った。


「……わかった」


 頷いたラルフは、全員の視線を受け止めながら細く長い息を吐く。


「……」


 無意識なのか、深く思考するラルフの瞼は半ば落ちかける。誰かの息を呑む音すら響く中、ラルフがゆっくりと口を開き、発生の準備をした。


「俺は……俺は、『構造世界』が関わってると思う」


「『構造世界』の滅亡……やはり、【救世の徒】か?」


 議論を広げるためのリントルーデの問いかけに、ラルフは首を横に振った。


「いや。『構造世界』そのもの……というか、襲撃された軍事パレードが関係してんじゃねえかなって」

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