それはきっと、運命よりも強い引力で

『軍事パレード……?』


 俺を含めた何人かの参加者がラルフの言葉に首を傾げる。


「ほら、【救世の徒】が襲撃した日、『構造世界』で新型兵器のお披露目があったって新聞に載ってただろ?」


「そういえば、そんな情報もありましたね」

「言われてみれば」

「あったような……?」


 ストラ、俺、イノリの順番に朧げな記憶を探る。正直くーちゃん……エステラの正体が判明したことの方がよほど衝撃的で、その辺りの背景がすっかりと抜け落ちていた。


「お前ら……」


「——それなら、俺も確認している」


 もう少し興味を持てよ、というラルフの批判的な視線を揃って受け流していると、意外な人物がラルフの言葉の裏付けをした。


「レゾナに同様の情報が入っている。ラルフの言うとおり、その日の『構造世界』は軍事パレードを行なっている」


「師匠……」


 『魔剣世界』の代表として参加していたザインは、淡々と、必要な情報だけを話す。


「ついでに付け加えるなら、パレード成功のために軍の大半を首都に集中させていたと、何人もの逃げた記者が証言している」


 半ば“鎖国”状態だったレゾナの現状を打開すべく諸世界にアンテナを広げていたことが功を奏したと、ザインはこの話し合いの後にぶっきらぼうに答えた。


「『構造世界』に関わる資料を、至急!」


 ラルフとザインの言葉に、第一王子ベラムは即座に『構造世界』バンデスに関わる資料を取り寄せる。


 滅びた世界に縁のあるモノは、滅亡に紐づけられ同時に滅びの道を辿る。

 だが、他者が見聞し記した情報においてはその限りではない。『構造世界』が【救世の徒】によって滅亡に追いやられたことを誰もが知っているように、正確性こそ劣るが、情報自体は残るのだ。


「確かに、軍事パレードは行われているが……」

「それ自体は我らも掴んではいた。ライラック様、パレードと『悠久世界』の宣戦布告にどのような関連が?」


「あーっとだな。エト、覚えてるか?〈魔王〉……ジルエスターさんが『【救世の徒】は“無限の欠片”を狙った』って言ってたこと」


「確かに、言ってたな」


 俺は強く首を縦に振った。

 そして、首肯と同時に違和感に気づく。


「あれ……?」


「どうした? エトラヴァルト」


 訝しむリントルーデに、俺は記憶の糸を手繰るようにこめかみを押さえた。


「いや、これも〈魔王〉が言ってたことなんだけどさ。“無限の欠片”は始原、悠久、幻窮、覇天、海淵、時計の六世界が占有してるって」


 ——ゆっくりと。

 リントルーデの瞳が大きく見開かれる。


「〈魔王〉の言葉が正しいって前提になるけどさ。【救世の徒】は、無限の欠片を狙って『構造世界』を攻めたんだよな?」


『——ッ!?』


 その矛盾に、謁見の間が大きく騒めいた。

 皆の視線がラルフに集中し、王子の顔をしたラルフが頷いた。


「『構造世界』は、本来なら無限の欠片を持っていない世界だ。これは推測に推測を重ねた、ただの妄想だけど……」


 一度言葉を区切り、ラルフは大きく息を吸って、告げる。


「この六世界のうちいずれかの世界が、『構造世界』のになってたんじゃねえかな」





◆◆◆





 結論から言えば、『構造世界』バンデスの裏には『始原世界』ゾーラの影があった。

  『極星世界』の情報網によって捉えられていたの証拠とともに、ラルフの仮定は現実になったのだ。


 十日をかけて極星へ帰還したスズラン、スミレ両名の通信曰く、無限の欠片を商品奴隷を使って移動させたのだとか。

 なんとも胸糞の悪い話ではあるが、さておき。


 これにより、『悠久世界』が真に恐れたのは『始原世界』の影響力及び軍事力の拡大であることが推測された。


 また此度の構造崩壊の一件、【救世の徒】の強襲は奇しくも、彼らの真意が何処にあるにせよ、『悠久世界』を含む『始原世界』と敵対関係にある他世界への援護になっていたことも判明する。



「それで、今日俺が呼び寄せられたのは《終末挽歌ラメント》の一件か」


「ああ。と言っても、大々的に話すわけにはいかんからな。俺の部屋を使わせてもらうぞ」


 会議から二週間後、宣戦布告の背景がある程度見えてきたこの日、俺はノア本城にあるリントルーデの私室へ招かれた。


 俺とリントルーデ、二人きりの密会である。


「イナちゃんの容態は?」


「以前より安定してはいるが……やはり、


「……竜に近づいた反動ってやつか」


「ああ、健康に影響がないのは幸いと言うべきかもしれんな」


 〈勇者〉アハトを止めるため、イナちゃんは円環竜ウロボロスに自らの右半身を明け渡した。

 本人としては全身譲渡したつもりだったらしいが、結果的に渡ったのは半身のみ。その辺は『心の譲渡』云々が関わっているらしいが……まあ、見た目が人間のままなのはいいことだろう。

 鱗や牙、変色した目などはご愛嬌だと、イナちゃんはあっけらかんとした態度で笑っていた。


「まあ、イナのことは追々なんとかするさ。今は、《終末挽歌ラメント》についてだ」


 真剣な表情で声のトーンを落とした第三王子に、俺もつられるように頬の筋肉を引き締めた。



 海淵世界は、目下三つの未解決問題を抱えている。


 一つ、『悠久世界』の真意。

 これはラルフの発言から解決の糸口が見え、進展しつつある。


 一つ、【救世の徒】の真意。

 “概念”を集めているらしいが、それ以外のことは一切不明。(真名、偽名問わず)名前を明かした構成員がエステラと盟主ジークリオンの二名しかおらず、その他構成員及び規模などもわからない。謎尽くしの彼らについては何を考えても無意味である。

 しかし、『構造世界』の一件を見るに、少なくとも友好的な関係を築けるとは考えづらい。


 俺の個人的感覚としては、くーちゃんという明らかに『魔剣世界』に肩入れしていた存在がノイズとなっているのだが……私情を挟むべき内容ではないことくらい弁えている。


 一つ、《終末挽歌ラメント》グレイギゼリアの真意。

 俺の……というより、《英雄叙事オラトリオ》の覚醒と時を同じくして本格的に活動をした存在。本人は『悲劇の蒐集者』を自称し、以前の邂逅では『星の行く末になりたい』と発言しているが、その意図や意味は不明。

 また、単独戦力と目され、同時に【救世の徒】に並んで不確定要素が多い存在である。



 今回、俺に声がかけられたのは、三つ目の問題解決のためだ。


 紅茶で一息入れたリントルーデは、手元にある資料……現在判明しているグレイギゼリアに関する情報に視線を落とした。


「《終末挽歌ラメント》……グレイギゼリア・ベルフェット・エンドと名乗る、“自称”蒐集の概念保有体。出身及び実年齢、活動期間……その全てが不明。欺瞞と偽証の能力を持つ魔物、“ルンペルシュティルツヒェン”を始め、『花冠世界』ウィンブルーデでは“カンヘル”と名付けられた風の竜を使役。生存者の情報では、魔物……異界主のも行っていた——これに相違は?」


「ない」


 はっきりと断言した俺に、リントルーデは奴の名前を指差す。


「この、グレイギゼリアという名前についてはどう思う? 我々としては偽名の線を疑っているが……」


「いや、これは本名だ」


「その心は?」


「アイツは“名付け”に対して深い造詣を持っていた。あれだけも自我を保つ上で、偽名を使うとは思えない」


「——待て、今なんと?」


 俺の発言に、リントルーデがひどく狼狽する。


「混ざっている、とは……どういうことだ?」


「俺の主観になるんだが——」


「構わない。今、奴をもっとも知っているのは貴殿をおいて他にいない」


 推測でも妄想でも構わないと許しを得た俺は、右の拳の感触を思い出す。


「アイツを殴った時、少なくとも人と竜……あと何種類か別種族の気配を感じた。合成獣キメラみたく、複数の種族が混ざっている感覚があった」


 無銘の力を借りた一撃……竜殺しの概念の副次的効果だろう。

 『花冠世界』の異界……“狂花騒樹の庭園”でグレイを殴った時、俺の拳はグレイの中にある竜の因子とでも呼ぶべき要素を撃ち抜いた。


 これはやや乱暴な理屈になるが……その際、竜を識別するために、俺の拳は他の因子と竜を明確に区別した。

 結果、なんとなく『人と、竜と、それ以外』の存在を知覚したのだ。


「なる、ほど…………」


 リントルーデは深い、本当に深いため息をついた。

 そして、『情けない』と小さく呟いた。


「グレイギゼリア……奴に関する情報を、俺たちは何も知らない。唯一確からしい情報は……奴が“滅亡惨禍”に関わっていることくらいだ」


 ——今更確かめるまでもない、二千年前に巻き起こった史上最悪の大氾濫スタンピード

 その発生に、グレイギゼリアが関わっている。


 具体的な証拠についての考察はここでは省くが、奴が当事存在していたことはどうにも真実らしい。

 また、奴に“兄弟”と言われた《英雄叙事オラトリオ》に滅亡惨禍のものと思しき記録があることも、その存在の確度を高めている。


「なあ、エトラヴァルトよ」


 背もたれに深く寄りかかり姿勢を崩したリントルーデは、天井からぶら下がるペンダントライトの明かりに目を細めた。


「《終末挽歌ラメント》とは……一体、なんなのだ?」


 それは、幾度も俺自身に問いかけた言葉。


 ずっと納得がいかないことばかりだったが……今日は何故か、すんなりとその言葉を受け入れることができた。


「多分……アイツは俺の運命だ」


 予感ではない。

 もはや確信となった。


 俺は……“記録の概念保有体”エトラヴァルト=オラトリオは、将来。

 《終末挽歌ラメント》グレイギゼリアとの因縁に決着をつける。


「…………」


 俺の答えに、リントルーデは刹那、口を噤み。


「……なんだ。もうちょっと、具体的な指針とかは出せないのか?」


 そして、めっちゃ現実的な提案をしてきた。


 俺は握った両拳を控えめに机へと叩きつけ嘆いた。


「野郎が思わせぶりなことしか言わねえから俺も何もわからねえんだよ……!!」


「そ、そうか……いや、そうなのか?」


 そういうことにしておいてほしい。

 実際、マジで何もわからんのだから。


「《英雄叙事オラトリオ》と《終末挽歌ラメント》……二つの本の物語に、俺はどこか他人事だった」


「その方向性で続けるんだな」


「もうアイツの土俵でこねくり回してやる」


「恨みが深いな……」



 気を取り直して(?)、思わせぶりなモードを続けてみる。


 それはきっと、根本的な点で俺と《英雄叙事オラトリオ》が別の存在だったから。


「けど、そうもいかなくなった」


 だが、先の戦争で俺は一方的に、強制的に《英雄叙事オラトリオ》と真に混ざった。


 この身はエトラヴァルトであると同時に、《英雄叙事オラトリオ》でもある。


 だからこそ俺は、この2冊の本の関係に殴り込んだのだ。


「多分、そう遠くない未来。俺はまた、《終末挽歌ラメント》と矛を交えることになる」


 魂の奥底から響くが、この身を戦いへと誘っているのだから。


 思わせぶりとか、カッコつけではなく。

 豊穣の地で奴が言っていた音が、多分、聞こえてしまったから。


「けど安心してくれ、リントルーデ。『海淵世界』を巻き込む気はない」


「…………。ははっ! いらぬ気遣いだぞ、エトラヴァルト」


 俺の気遣いを、リントルーデは『何を馬鹿なことを』と鼻で笑い飛ばした。


「貴殿が何かに決着をつけるのなら、我らは総力を上げて貴殿を助けるとも。そもそも——」


 一転して、リントルーデは濃縮した殺意を瞳に宿し、凶暴性を発露させるように拳を力強く握った。


「《終末挽歌ラメント》が滅亡惨禍に関わっているのなら、それは即ち、イナの敵ということになる。仇を逃すなど、できるものか」


 轍の剣ウロボロスは、滅亡惨禍の忌むべき爪跡。ならばこそ、リントルーデは守護者として《終末挽歌ラメント》を野放しにはできないと断言した。


「我らは、共に戦うぞ」


「なら、源老が腰を抜かさない程度にしないとな」


 俺の冗談に、リントルーデは『違いない!』と大きな声で笑った。

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