答え合わせの時間

 俺がラルフと再会したのは、目覚めてから一週間後……戦争終結から11日も経ってからのことだった。


「悪かったなエト、見舞いに行けなくて」


「仕事があったんだろ? 気にしなくていい」


 ノア本城の長い長い廊下。

 謁見の間への一本道で俺の左側を歩くラルフに右の拳を向ける。


「そっちも、無事で何よりだ」


「おう!」


 互いに拳をぶつけ合い再会を祝う。

 ラルフの横顔は、どこか晴れ晴れしさを感じさせた。


 出陣前とは明らかに肩の力が抜けているラルフと連れ立って面会へ向かう。

 その途中、ラルフは思い出したように『例の件』について尋ねてきた。


「ところでエト、イノリちゃんとか兄貴が《英雄叙事オラトリオ》を食ったとかわけわかんねえこと言ってたんだが……冗談だよな?」


「あ、それ本当」


「はっはっは! そうだよな、流石に話に尾鰭が……ゑ?」


 それはもう予測通りの反応をしたラルフに、俺はアハトとの戦いを洗いざらい説明した。

 一連の出来事を聞き終えたラルフは長い廊下の途中で立ち止まる。


「みんながみんな滅茶苦茶やりすぎてんだよなあ……!」


「お前もその一人なんだよなあ……いや、迷惑かけるよほんと」


 ラルフの仕事は、主に俺たちに関する情報の整理だったらしい。

 というのも、俺たち四人が戦争であまりにも目立ちすぎたということで、海淵世界内部の諸侯はおろか、他世界もめちゃくちゃ探りを入れにきているとのこと。


 ラルフの役目は、冒険者として活躍するために仕入れた知識を総動員し、情報の拡散を防ぎつつある程度、必要最低限相手が満足するだけの量の情報をあえてばら撒くことらしい。


 たった四人に大袈裟な——と前なら思ったが、今や謙遜が猛毒になるくらい、俺たちは目立ちすぎた。


 俺は〈勇者〉を撤退に追い込むきっかけを作った。


 ストラも“概念模倣”なるヤバすぎる技術を開発し〈異界侵蝕〉一名を一時は圧倒。


 イノリに関しては情報が少ないのだが、その少ない情報のいずれもが〈金剛壊勿〉ギルベルトを塩漬けにしたという大戦果を示している。


 そしてラルフ本人も『魔剣世界』レゾナからの増援……あのザインと共に〈異界侵蝕〉一名に対して勝利を収めた。



「みんなが戦場で前情報なく暴れまくったからさ。『アイツらは誰だ!?』『背後関係は!?』『銀級は嘘だ!身分詐称だ〜!』みたいにそりゃあもうあちこちから突かれまくってな……」


 慣れない王子としての政治的公務にラルフはだいぶ疲弊していた。


「戦争は、終わった後が本番だからな」


「——そういえば、エトは経験済みだったな」


「まあな。と言っても、ここまで大規模なものじゃないけどさ」


 リステルも戦後処理にはだいぶ手間取った。

 そもそもノウハウがなかったことも重なり、だいぶ苦労したことを鮮明に覚えている。


 というか、俺の冒険者への実質的転職だって戦後処理の一環だ。


「——ところでラルフ。俺はなんで呼び出されたんだ?」


「すんげえ今更だな???」


 要件聞かずにここまで来たのかよ、とラルフが呆れた声を出す。


「アレだよ、勲章の授与」


「このタイミングでか?」


 俺はあまりに早急ではないかと眉を顰める。

 まだ死傷者の把握すら終わっていないというのに、叙勲式などまともに行えるのだろうか?


 そんな不安を持った俺に、ラルフは手を軽く振って否定した。


「事前の打診だよ。エトに渡されるやつ、だいぶどえらいものだから」


 ラルフ曰く、叙勲式当日に明かすには俺への精神的負担が大きすぎるものらしく、事前に打診して諸々の心の準備を済ませておいて欲しいらしい。


「もうこの時点で帰りたくなってきたんだが?」


「諦めろエト、お前はあの〈勇者〉に一太刀入れたんだから」


「って言われてもなあ」


 たった一太刀。

 それだけだ。リントルーデ、イナちゃん、ラグナリオンの三人の援護と、誓剣を含めた初見殺しでようやく一太刀、致命傷未満の一撃。


 負けていた。

 引き分けでもなんでもない……俺はまた、アハトには勝てなかった。彼を撤退に追い込んだのは、そそくさと何処かへ行ったバイパーだ。

 俺はただ、偶然その縁を持っていた。ただそれだけだ。


「運良くバイパーが来てくれただけって顔してるな、エト」


「よくわかったな」


「一年半旅してきたからな。兄貴が言ってたぞ、『〈星震わせ〉の興味を勝ち取ったこと自体が偉業。そも、貴殿がいなければこの結果は訪れなかった。存分に誇るといい』って」


 リントルーデの声真似をするラルフに思わず笑いがこぼれた。


「結構似てたな」


「血が繋がってるからな。髪色は全く似てないけど」


 ——やはり。

 戦場で何か見つけたのだろうか。ラルフの“血筋”に対する態度は明らかに軟化していた。


「……エト? どうした?」


 じっと横顔を見つめる俺を奇妙に思ったのか、ラルフは『男に見つめられても嬉しくねえぞ?』と冗談めかして言った。


「いや、なんか変わったなと」


「……。そう見えるなら、変わったのかもな」


 歩幅を緩めていた俺の背中をラルフがドンと叩く。


「行こうぜ、たちが待ってる」


「……! ああ、そうだな」


 その呼び方の変化を指摘するのは、いくら親を知らない俺でも無粋だとわかった。


 心境の変化は、落ち着いた頃にゆっくりと聞くとしよう。





◆◆◆





「小世界リステルの騎士、エトラヴァルト。貴殿に、我らが『海淵世界』アトランティスにおける名誉騎士の称号を授与する」


「…………ぷぇ?」


 凄まじく間抜けな声と共に俺の心臓は止まった。

 いや、声というか喉が無意識に出した悲鳴だった。


 玉座に凛と座す源老ノルドレイの言葉の意味がわからず

、俺は壊れたブリキ人形のような挙動で顔を左に向ける。


「ラルフ」


 名前を呼んだだけだったが、ラルフには俺が説明を希求していることが即座に伝わったらしく、苦笑いしながら注釈を加えてくれた。


「名誉騎士ってのは、簡単に言うと当代限りの爵位だ。あ、ついでに言っとくとイノリちゃんとストラちゃんも授与されたぞ」


 意訳:俺たち、アトランティスで貴族になります。


「何事!!?!?!!!?!?!!?」


 世界のトップを前に敬語を取り繕う余裕を失った俺に、周囲の人間から笑いが起こる。

 その中には、先んじて招待されていたイノリとストラの姿もあった。


「見てくださいイノリ、あなたと全く同じ反応をしましたよ」

「私、側から見たらあんな感じだったんだ……ふふっ」


 笑いながら顔を真っ赤にするイノリとそれを揶揄うストラ。他にも療養から抜け出してきたらしいリントルーデ、イナちゃん、ラグナリオンの姿見える——が、そんないちいち気にしている余裕など全くなかった。


 畳み掛けるように源老が口を開く。


「左翼最前線を単独で維持した功績、敵金一級冒険者五人を抑えた功績、そして〈勇者〉撤退の契機を生み出した最大の戦功をもって、我ら『海淵世界』は小世界リステルに対して恒久的な軍事支援を約束しよう。これは、議会の総意である」


「ぁ……りがとうございます???」


「親父、一旦その辺で。エトのキャパが限界超えてるから」


「む……。そうか、すまぬ」


 ラルフの助け舟は一歩遅く、俺は情報の濁流に押し流されてすっかりバカになってしまっていた。


「ラルフ。名誉騎士とか貴族とか、冗談だよな?」


「はっはっは! ……冗談だと思うか?」


「冗談であって欲しかった……!!」


 源老やその他諸侯の前であることを忘れて、俺は盛大に声を荒げた。


「いやないだろ!? 貴族は流石にやりすぎだって! いや、俺、ただの冒険者だぞ!? あの『弱小世界』の平兵士だぞ!?」


「自分から弱小言ってくのか……」


「嬉しいぞ、嬉しいけどな!? 庇護を約束してくれるのとか本当に願ったり叶ったりだけど……いや…………ええ???」


 実際問題、リステルへの軍事支援確約は嬉しい限りだ。

 元々、この戦争で活躍して、無理筋でもその褒賞に打診してみるつもりだったのだ。


 『極星世界』からの約束もあるが、正直な話、隣接した世界からの支援の方が安心感で言えば勝る。

 それに、支援先が多いに越したことはない。


 だからそこに関しては素直に嬉しいのだ。問題は……


「俺が、貴族……?」


「喜べエト!」


 困惑する俺の肩をラルフががっしりと両手で掴み、“ニゴリ”と笑いかける。


「お前が貴族になったら、ミゼリィさんを嫁に迎えることだってできるぞ!」


「お前、血涙を流してまで……!」


 祝福のつもりなのだろうか、俺の仲間は嫉妬から実の父親や家臣の前で血の涙を流した。

 瞬間、俺の左腕を鎖が圧迫し、背後から相棒のものと思しき絶対零度の視線が突き刺さる。


 頼むから、玉座の前で痴話喧嘩もどきはやめて欲しい。


「……はあ。なんか、当初想定してた以上の戦果というか」


 すっかり肩の力が抜けてしまった俺は、姿勢を正して源老に向き直った。


「っと……」


 こういう時はなんて言えばいいのか、言葉を探す俺に対して源老が手で制する。


「良い、エトラヴァルト。貴殿は我が息子、ライラックの友。ここは非公式の場であるゆえ、堅苦しい言葉は不要だ」


「……それじゃあ。ありがとうございます、源老」


 頭を下げると、前方から頷く気配があった。

 同時に、誰かが玉座へ近づく気配も。


「顔を上げてくれ、エトラヴァルトよ」


 玉座に近づいたのはリントルーデだった。彼の声に従うと、青髪の武人は満足げに頷いた。


「驚いてくれたか?」


「サプライズは、案の定アンタ主導かよ」


「ああ、想像以上の反応だったぞ」


「イナちゃんも一枚噛んでるぜ!」


「怪我人は大人しくしとけ!」


「断る!」


 竜との契約等、色々あったみたいだが喧しい小豆は健在だった。


「イナちゃん、腕の方は?」


「今はおとなしくしてるよ。対策は後々考える!」


 ギチギチに包帯(魔法陣付き)で封印を施した右半身。これも、戦争の爪痕と言えるだろう。本人が元気だから、多分大丈夫だろうが。


「貴殿のおかげだ、エトラヴァルト」


 仕掛け人のリントルーデは、悪戯っぽい笑みをそのままに俺に尋ねる。


「どうだ? 我らの恩人よ。望むものがあればここで言ってみるといい。貴殿の願いであれば、我らも多少の無茶は検討しよう」


「いや、それは流石に——」


 そこまで言いかけて、俺はリントルーデの笑みの意味を悟る。

 バレない程度に右手と視線でラルフと源老を指定するリントルーデに、俺もつられて悪どい笑みを浮かべた。


 この時、俺たちの感情は完全に一致していた。

 すなわち、『仲直りさせるならこれしかない』と。


「——それでは、僭越ながら一つだけ」


「良い、申してみよ」


 源老のお墨付きを得た俺は今一度リントルーデと目を合わせ、目線だけで頷き合った。


「我が友ラルフ……いえ、ライラックにかけられた“呪い”、その正体について。友として教えていただきたい」


「——エト!?」


「んっ!? ゴホッゴホッ!?」


 途端、ラルフが素っ頓狂な声を上げ、源老が盛大にむせかえる。


「源老、どうなさいましたか!?」

「お体が優れないのですか!?」


 諸侯たちの心配に、源老は右手で問題ないと制する。

 その隙に、ニヤリと笑ったリントルーデが声を張り上げた。


「良いだろうエトラヴァルト! ご気分が優れない父上に変わって、この私、第三王子リントルーデが答えよう!」


「ま、待てリントルーデ。儂は——」


 源老の静止を聞かず、リントルーデは呪いの正体を告げた。


「ライラックの呪いは、何を隠そう父上が……源老ノルドレイ自らがかけられたのだ!」


 玉座が、静寂に包まれる。

 リントルーデの爆弾発言に全員が唖然とし、魚のように口をぱくぱくとさせた。


「……は、」


 そんな中、俺の横に立つラルフがわなわなと全身を震わせ……


「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」


 大絶叫した。


「なっ……んな、え、は………あ!? なんっ……あの、呪っ……どっ、どういうことだクソ親父ィ!!」


 怒りに満ちたラルフの声が謁見の間に響き渡る。


「おまっ……なっ……あの、この忌々しい呪いを!! アンタが俺に!!? ふっっっざけんなよマジで!!!!!!」


「まあまあ、落ち着けラルフ」


「落ち着いてられるかぁ!!」


 にやにや笑いの俺の言葉にラルフは思い切り食ってかかる。


「エトお前、おまっ……知ってんだろ! 俺がこのふざけた呪いのせいでどんだけ惨めな思いをしてきたのか!!」


「うわすごい、ラルフくんがブチギレてる」

「あの怒りっぷり、絡繰相手に啖呵を切った時以来じゃないでしょうか?」


 女子二人の茶々は怒れるラルフの耳には届かず。

 しかし無理もない。


 『異性と性的接触ができなくなる、及びラルフに対する性欲が減退・反転する』あまりにも悍ましい呪い。


 そんなものを身内が……実の父親がかけたたもなれば怒り心頭も仕方なし。


「どういうつもりだよ! マジで!! 説明しろクソ親父ィ!!!」


 ブチギレラルフの言葉に、ひっっっじょーに気まずそうな顔をした源老は、蚊の鳴くような声を絞り出した。


「……ろう?」


「聞こえねえ!!」


「そりゃあ、ライラック。お前、儂に似て凄まじく女好きだろう?」


 瞬間、ラルフの怒りは困惑に反転した。


「………………………………………、は!?」


 周りの諸侯やイノリたちも困惑する中、事情を知っている王子王女と俺はなんとも言えない苦笑いを浮かべる。


「お前が出て行くのを、儂は悪いとは思わなかった。儂の責任だからだ。だが……源老として看過できん問題があったのだ」


「な、なんだよそれは……」


 すっかり気勢を削がれたラルフの問いに、源老は身内の恥を晒す羞恥に耐えながら口を開いた。


「そりゃあ……跡取りじゃよ」


 沈黙が降り注ぐ。


『……』


「お前、儂と似て凄まじく女好きだし、儂と違って武芸に秀でておる」


『…………』


「冒険者は気性が荒い者が多いと聞くし、その……生存本能せいよくが強いとも言うだろう?」


『………………』


「お前も年頃だし、その……旅先で『良い感じ』になることだってあるだろう? というか、ある。お前、儂と違って度胸あるし、ルイーゼに似て顔も良いし」


『……………………』


「そんなお前が、その……あちこちで関係持ったら、潜在的な源流血族がどんだけ増えるかわかったものではない。盛り上がって避妊を忘れることがあるかもしれん」


『…………………………』


「だからその……あれだ。事前にブレーキが必要だったのだ」


『………………………………』


 長い長い時間をかけて、ラルフの表情が無に還る。


 ……地獄が。


 地獄が、ここにあった。


 父親が大真面目に、衆目の前で成人した息子の性事情を心配するという、この上ない地獄が。


「エトラヴァルト君やイノリさんたちに聞いてみれば、案の定危ない場面が多々あったのだろう?」


 源老としての威厳は消え去り、口調も、息子を心配しすぎる父親になっていた。


「……よ、けいな」


 ラルフの声は、震えていた。

 というか、血涙を流し、血反吐を吐いていた。


「余計なお世話だっ!!!! このクソ親父〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」


 ラルフは魂の叫びと共に、全力疾走で源老ノルドレイの胸ぐらを掴みにかかった。


「アンタの余計なお世話のせいで! 俺が!! 俺が何回泣かされたと思ってんだ!!? ええ!!?」


 玉座の上で、大の男二人が揉み合う。


「ほ、ほれみろ! やはり儂の心配は当たっていたではないか! お前が考えなしに行為に及べば『海淵世界』の汚名につながってしまうだろう!?」


「ナンパするたびに『生理的に無理!!!!』って全力で逃げられる俺の気持ちはどうなる!? これも十分汚名だろうが!!!!」


「そんな拒絶をされて懲りなかったのか!!? いいいや、血縁曖昧な子供が将来的にぽこぽこ出てくるよりよっぽどマシだろう!!」


「んだとこの野郎……!!」


「父親に向かってこの野郎とは何事だ……!!」


「うるせえ! アンタ若い頃は好き勝手ヤってたのに、息子は縛るのかよ……!」


「儂の昔話は関係ないだろう!!?」


 玉座の上で繰り広げられる史上最低レベルの親子喧嘩を前に諸侯たちは唖然とし、王子王女は身内の恥に顔を多い、ラルフの想いを多分に理解するイノリとストラは絶賛大困惑。


 そして、仕掛け人の俺とリントルーデ、あとついでにイナちゃんとラグナは悪戯が大成功したことにハイタッチを交わし、盛大に笑い転げた。





 この珍事は内々に処理され外に漏れることは生涯なかったが、この事件を知る者だけの場では定期的に話題に出ては笑いの種になった。

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