初陣

 明朝、日の出と共に繁殖の軍勢は現れた。


 鬼人族は雪原を前に陣を敷き、待ち構えるように繁殖を待つ。

 長い長い緊張を維持する隊列を成す勇壮な戦士たち。その中に混じる俺たち人族四人はあまりにも不釣り合いだった。


 ストラは中央の師匠の指揮下に。

 ラルフは左翼、スズランの指揮下。

 俺とイノリは右翼、スミレの手足となって動く。


「指示は出さないから、自分たちで勝手に動きなさい」


 後ろに立つ俺たちには一瞥もくれず、スミレは雪をかき分け迫り来る幼竜との軍勢を穴が開くほど睨みつける。


「アタシが暴れて一体でも多く葬る、それが一番効率的。だから、アンタらは死ぬ気で生き延びること。良い?」


「わかった!」

「おう!」


 俺たちの返事に、ふんと鼻を鳴らす。


「威勢がいいのは返事だっけての、勘弁だからね」


 地鳴りが近づいてくる。

 同じ目線に立つと、その迫力は丘上から見下ろした時の比ではない。

 純白の壁を突き破り耳障りな咆哮を連鎖させ、繁殖の軍勢が有効射程に入った。


 師匠が勇ましく小太刀を抜き放ち、天高く突き上げる。


「——抜剣せよ!」


 その声に続くように、戦士たちが各々の武器を高く掲げる。

 俺たちもそれに倣い、武器を高々と天へと向けた。


 開戦の狼煙は、静かに。


「——ぇ!!」


 遠距離魔法による絨毯爆撃が敢行され、右翼先頭、紫紺の魄導を纏ったスミレが爆炎を切り裂き先頭の幼竜を食い破った。


「行くぞ、イノリ!」


「うん!」


 俺たちは揃って前を向き、戦場へ一歩踏み込んだ。




◆◆◆




 白の魄導が軌跡を刻む。空間を撓ませるほどの威力を内包した斬撃の連続に幼竜は堪らずその身を爆散させる。スズランにとって、最早幼竜は片手間に倒すことができる程度の相手でしかない。


 ……が、数が多い。


「相変わらずウジャウジャと……!」


 斬れど潰せど、繁殖の幼竜はその数を増す。同族の死体を喰みながら、一匹潰せば二匹、二匹潰せば四匹、後から後から増え続ける。

 スズランは露骨に表情を歪め舌打ちする。


「数は正義を体現しやがって……!」


 前回の侵攻と比較して、その数はおよそ3倍。単純計算、殲滅に3倍の労力がかかる。疲労によるパフォーマンスの低下を加味すれば4倍、5倍、あるいはそれ以上の時間と人的資源が消費される。


 物量作戦は、個の差を埋めるにあたり最も手っ取り早く、最も適切な手段である。


 繁殖は、それを強く理解している。群れを成し、数を増すことが最も勝利に近いことを彼らは知っている。軍勢を単騎で相手取り、数的不利を覆せる駒にはいずれ限界が訪れることを学んできた。


 そんなこと、鬼人族たちはとっくの昔から知っている。


 だから、数に対抗できる個を増やすのだ。


「『灼焔咆哮』ッ!」


 煌めく白閃に喰らいつくように、圧縮された青炎の斬撃が幼竜を斬断した。


「ハッ、ハッ、ハッ……!」


 肩で息をする斬撃の主、ラルフはほんの一瞬、戦場の只中で足を止めた。が、すぐに再起動。背後から迫っていた幼竜に剣を振り抜き脳天をかち割った。


「よし! ちゃんと戦えてるな親友ともよ!」


 歩調を合わせるためとはいえ、魄導を会得した自分の戦闘速度にかろうじてついてくるラルフに、スズランは満足気に笑う。


「基本は俺がなんとかする! 撃ち漏らしと死角は任せるぞ!」


「……! 応、やってやるぁ!」


 全身に青炎を纏い大粒の汗を流すラルフは大地に根を張るように両手持ちで剣を構えた。

 グルートとの戦いで大戦斧は砕け散った。今、手元にある武装は剣一本だけ。だが、今はラルフにとってそれは有り難かった。


 剣一本に集中できる。火力の上昇に意識を割きやすくなる、と。


「もっと熱量上げてくぞ俺ぇ……!!」


 魄導の師匠であるスズランのように雄々しく、剣の師匠であるザインのように流麗に。目指す理想はしっかりと見えている。

 烈火を従え、ラルフは繁殖の幼竜へと斬りかかった。




◆◆◆




「外殻の硬度は貫通可能。ただし照準にブレ……打撃に絞る? ないですね。威力が分散する。やはり斬撃系統に絞ってみましょう」


 それは、長年竜と戦ってきた鬼人族たちにとっても異様な姿だった。


 戦場のど真ん中、とんがり帽子を被った小柄な少女は魔法で大地を隆起させ巧みに幼竜の攻撃をかわしながら魔法を次々と打ち込んでいく。


「カンヘルや雲竜のような得意能力はありませんね。身体能力一辺倒……案外罠が使えるかもしれません」



 開戦前、ストラは事前に中央に陣取った鬼人族たちに頭を下げた。


『すみません。序盤、迷惑をかけると思います。負担を増やすと思います』


 今からお前たちの仕事増やすね、とほぼ初対面の相手に臆面もなく言い放ったストラは、何者かが異論・反論を挟む隙をあたえず、続けてこう言い放った。


『ですが、必ずお役に立ってみせます。わたしの力では竜を単独で殺すことはできないと思います。ですので、みなさんを可能な限り援護します。できるようになります』



 全方位、魔力が存在する空間であればそれは即ちストラの攻撃圏内を意味する。

 あらゆる物理的効果、魔法に対する耐久、肉体の構造を丸裸にせんとたった一頭の幼竜に無数の魔法が殺到する。


『ギィ〜〜〜〜〜!』


 を投げられ続けることに明確な苛立ちを覚えた幼竜がしびれを切らしたようにいきり立ち、小柄な少女を威嚇するように上体を起こし耳障りな怪音を響かせた。


 その行動を待っていた、と。

 ストラの視線が鋭く大地を射抜く。


「——今」


 瞬間、幼竜の足下の大地に魔法陣が描かれ鋭く隆起した。


『ーーー!?』


 地を這うことに特化した身を持ち上げた状態では咄嗟の地形変化に対応できず、幼竜は無様に仰向けに転がされた。


「お願いします!」


 その連携は半ば無意識に。ストラの様子を横目で観察し続けていた女の鬼人が身を踊らせ、仰向けで無防備に多足を痙攣させる幼竜に大鎚を振り下ろし、肉片を四散させた。


「すみません、お待たせしました!」


 ストラのその謝罪は「もう迷惑はかけない」、「今から力になります」という宣言だった。


 ——コォーン。と軽やかな音を立てて長杖が大地を鳴らす。直後、ストラを中心に放射状の魔法陣が組み上げられ、中央の戦場の足下を覆い尽くしてゆく。


 その大地の上を幼竜たちが通過する。


 瞬間、起爆。


 大地が爆発と共に飛沫を散らし四方八方で隆起する。同時に、絶妙な角度で押し出され、飛散した硬化した欠片の数々が下から幼竜を突き上げ、走行を著しく妨害した。


「今です!」


『……!』


 ストラの掛け声に、付近にいた数人の鬼人族が半ば操られるように、背中を押されるように飛び出した。


 それは、対幼竜専用地雷。

 ストラの任意でよってのみ起爆可能な、多足歩行する幼竜のバランスを崩すためだけに構築された魔法である。


 バランスを崩した幼竜は、必然的にその隊列を乱す。

 その乱れの位置はストラの計算通り、中央で戦う鬼人族たちがちょうど最大打点を叩き出せる場所だった。


 ストラの狙い通り、幼竜が瞬く間に一網打尽にされる。


「1回目、上手くいきすぎな気もしますが……」


 自然、笑みが溢れる。

 

 次はどんな方法で皆を助けようか、どんな手段で敵を倒そうか。

 次から次へと湧いてくるアイデアが、ストラの脳内で戦場に次々と書き込まれていく。


「わたしがみなさんを援護します! 存分に戦ってください!!」


 その不遜とも言える宣言を、戦士たちは半ば自然と受け入れた。


『ああ!』


 安定を見せた自分の背後に、カルラは一瞬目を向け、ほんの僅かに笑みを浮かべた。




◆◆◆




 左翼、中央が順調に竜を制圧していく中。

 右翼最前線にて、スミレはとんだ、と苛立ち舌を打った。


「なんで右にだけが来るかなぁ!?」


 幼竜の硬度を岩と表現するなら、蛹はさながら鉄だろうか。

 幼竜時代と比べてより一層硬くなった外殻は黒曜石のような輝きを帯び、ムカデのような足は成長の過程で失われ、鉤爪のような八本足に。

 複眼を覆うガラスのような物質は、蛹のメインウェポンである突進を活かすための防護膜である。

 凶悪に発達した顎がギチギチと音を鳴らす姿は竜というより蟲に近く、生理的嫌悪を加速させる。


「コイツら硬いし速いし厄介なんだよねぇ! 邪魔、退けっ!」


 蹴撃により幼竜を爆砕し、そのままの流れで死角から爆発的初速で突進してきた蛹の側頭部を蹴り飛ばす。


かったいなあもう!」


 一撃で仕留めきれない。

 幼竜一体に威力を吸われたとはいえ、紫紺の魄導を纏った打撃を一度は耐える外殻の耐久力にスミレの機嫌が露骨に悪くなる。


「こんなんじゃ、いつまで経ってもアタシは……!」


 いつまで経っても、責任をたった一人の少女に背負わせてしまう。


「……っ! ああっ、めんどくさい!」


 生まれた焦燥を舌打ち一つで吹き飛ばし、スミレは蛹へ追撃を仕掛ける。


『ギィィーーー!』


 耳障りな金属音のような唸りを上げ空中で体勢を整える蛹に対して、スミレは空を蹴りひと息で背後に回った。


「大人しく死ねっ!」


 罅が入った側頭部に寸分の狂いなく打撃を叩き込み、蛹をドス黒い鮮血の海に沈めた。


「——次ぃ!」


 息つく暇もなく、スミレは次の蛹に目をつけ駆け出した。




◆◆◆




 時間とは万物に平等に流れるものである。

 人も、家畜も、植物も、魔物も。全ては同じ時間の流れで生きている。


 ではそこに。仮に、たった一人、その流れから逸脱した者がいたとするなら。

 それは、凄まじい違和感、ズレとなって生物の脳を狂わせる。



 不自然な挙動で加速した黒髪の少女の短剣が幼竜の複眼を切り抉った。

 背後、同族を囮に死角から攻撃を仕掛けた幼竜は、しかし次の瞬間、コマ送りのように加速した少女……イノリの姿を見失った。


 複眼が獲物を探すも、イノリは既にその背後——死角に回っている。


「フッーー!」


 短い気合いと共に振り抜かれた輝白の短刀が幼竜の首を断ち切り、直後、再加速。

 イノリの左眼の魔眼が輝き、ゼロコンマ1秒単位で加速と減速を繰り返す。呼吸するような自然さで自己の肉体に時間魔法を繰り返し行使する不自然極まる挙動に、自然界の大原則たる“繁殖”は、その不自然に対して致命的に硬直する。


 肉体の時間を加速させ、筋肉の超回復を無理やり短縮する鍛錬。その結果、イノリの魔眼はこと自己の時間操作に関しては数日前とは一線を画する精度を得た。


『——魔眼の制御じゃなくて、時間魔法の制御に集中したら?』


 これは訓練初日、スミレがイノリに提案したことだ。


『——なんでもできる便利さに目が眩んでる。できることを一つずつ積み上げるのは基本だよ』


 その教えに従い、イノリは自分に対する時間魔法の行使のみに絞って鍛錬に臨んだ。

 そして、その目論見は一体の成果を収める。微々たる成長とはいえ、向上した筋力と体幹は戦闘の安定性を生み出し、精密性が増した時間魔法はトリッキーな動きを可能にした。


 自分の強みを一方的に押し付ける戦闘スタイル。異界探索時、司令塔として周辺観察を行ってきたことで身についた周辺視野もここにきて戦闘力の向上に一役買っていた。


「私も戦える。力になれる!」


 イノリは確かな成長を噛み締め、徐々に疲労が蓄積し生まれる脳の鈍痛に顔を顰めながらも前線に飛び込んだ。




◆◆◆




 左翼遠方の白の斬撃、青炎の瞬き。

 中央の唐紅の闘気、連鎖する爆雷。

 右翼、暴れる紫紺に成長する相棒。


 そして、めちゃくちゃ苦戦する俺。


「コイツら、見えてやがるのか……!?」


 踏み込んでこない。致命的な一歩に至らない。

 繁殖の幼竜はあと一歩、俺の斬撃圏から身を引いていた。


「くそっ……やり辛え!」


 ことここに来て、自分の戦闘の基本形が“防御”に特化していることを思い知らされる。相手の攻撃をいなし、カウンターを叩き込むのが基本戦術。が、幼竜の群れはそれを見抜いているのか、明らかにこちらの攻撃を誘っているように隙を晒す。


「チッ……!」


 下手に踏み込めない。半端な攻撃は逆にカウンターを受けることは明白。

 戦場の一画で、奇妙なこう着状態が続く。


 ——ふむ。貴殿は存外、臆病な戦い方をするのだな。


 その時、脳裏に昨日の声が響いた。


「スイレンか!?」


 ——左様。それがしからは声をかけないつもりだったが、どうにも苦戦しているようだったゆえ、少々助言に来た。


 心臓が脈打ち、一段、スイレンの気配が近くなった。


「……戦い方、教えてくれるのか?」


 ——某と言葉を交わせるようになった、それが答えだとも。


 頼もしい先達の言葉に、俺は今一度剣を強く握り直した。


「わかった。頼む!!」




◆◆◆




「……あの客人、誰と話してんだ?」

「さあ? 空気が友達なんじゃねえの?」

「そりゃ140年前のお前だろ」

「おうコラ後で面貸せや!」

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