普段ニコニコしている人が怒ると超怖い

「原石と研磨の関係よ。まあ、正確な表現じゃないけど」


 エトラヴァルトとキキョウと爺さん、あとついでに折悪く帰宅したカルラを交えた四人で庭の再生を行っている最中、エトラヴァルトの疑問にカルラが答えた。


 疑問の内容は単純。魄導はくどうとは何か。


「闘気も魔力も、人が使いやすいように加工した製品みたいなものよ。よく言えば綺麗で、悪く言えば。……ま、当然よね。使いやすいように、手がつけられない部分を削ぎ落として形を整えているんだから」


 魄導はくどうは、大雑把に言ってしまえばを使う技術である。


 エーテル結晶体を始めとした莫大な異界資源が市場を完膚なきまでに破壊するまで、エネルギーの中核を担ってきた原油。

 魄導はくどうはまさにその原油であり、闘気や魔力は原油を精製したガソリンやガスのようなもの。

 または、と言い換えることすら適切かもしれない。


「魂から力を直接放出し使う……それが魄導はくどうよ」


 人類は、長い時間をかけて進化を重ねてきた。

 闘気という技術は人が生存競争を勝ち抜く中で獲得したものであり、魔力は自然に偏在していたそれらの“世界に対する干渉力”に目をつけ、研究し、産物である。


 過程は違えど、どちらも人類の進化によって現代に定着したもの。

 だが同時に、失ったとまでは言わずとも、その難易度の高さから限りなく存在の意義を失い、忘れ去られた力がある。


 それこそが魄導はくどう——エトラヴァルトが唯一、手にすることができるかもしれない力である。


 だが、会得の過程は。才覚に関係なく何人なんぴとにも想像ができない茨の道であることが約束されている。


「魔力も闘気も使えない俺に、その源流が使えるのか?」


「加工ができなくても、現物持ってぶん殴ることくらいだれにでもできるわよ。あなたにないのは使いやすくする才能よ。源流自体はあなたにもあるわ」


 カルラは小さく、「全くもって、容易ではないでしょうけど」と呟いた。




◆◆◆




「魄導は、自らの御魂を世界に曝け出す行為に等しくございます」


 庭をなんとか元の形に戻し、魚たちが息を吹き返した庭池を眺め、俺は再びキキョウと並んで縁側に座った。


「魄導ってのは、具体的になにができるんだ?」


、でございます」


 真っ直ぐに答えるキキョウ。その回答に、無意識に呼吸を止めた。


「比喩なく、偽りなく。生命には、無限の可能性がございます。魄導は、その可能性を具現化させることができましょう。極めれば、“概念”に対抗することも不可能ではございません」


「それは、また……とんでもない大盤振る舞いだな」


「そうでございますね。ですが、その発現は困難を極めます。魂の輪郭……いいえ。魂のを掌握する必要がございます」


 世界という情報の大嵐を前に、たった一つ。自らのちっぽけな魂一つを剥き出しにする。それこそが魄導の唯一にして致命的な弱点。


「嵐を前に、大火を前にしても揺らがない強度が必要なのでございます」


 静かに、淡々と。キキョウは魄導の知識を俺に授ける。


「そこまで至ってなお、届かない者が数多おります。才能は必要ございません。特別な鍛錬もありません。それでも、たどり着けるのはごく一部の限られた者のみでございます」


「俺の可能性は……どれくらいある?」


 キキョウは、茶を一口含んで、ほう、とため息をついた。


「はっきりと、申し上げても宜しいでしょうか?」


「頼む」


 目で頷くと、キキョウはすう——と息を吸った。


「万に一つ、あれば良い方かと」


 オーロラ色に輝く瞳は、残酷に、俺の可能性を定めた。


「感覚の逆算、という言葉がございます。魄導に至った者は皆、『魔力や闘気から逆算し辿り着いた』と仰られました」


「……なるほどな」


 キキョウの言わんとすることを理解した俺は、両手を後ろについて天井を仰ぎ大きく息を吐いた。


「つまり、俺はヒントなしに辿り着かなくちゃならんのか」


「そうでございますね。御魂の形は千差万別。命の数だけ、違う道筋がございます」


 理解する。

 なるほど、才能がいらないと言われるわけだ。


 才能とは、ある種の比較条件だ。

 多くの情報を元に生み出された基準点、そこからいかに離れるかで才能の有無は測られる。


 そういう視点から見るのであれば、魄導は才能と無縁と言えなくもない。なにせ、基準が存在しないのだ。その全てが個々人の感覚に委ねられているなんて、技術としてあまりにも破綻していると言わざるを得ない。


「わかっちゃいたが……キツイな」


 多分、なのだが。

 〈勇者〉の剣気……あれも魄導なのだろう。闘気とは本質的に異なる何かだと察知した俺の直感は正しかったのだ。


「……ああ。だから師匠は“直感”を鍛えろって言ったのか」


「直感、でございますか?」


 麩菓子を咥えたキキョウが小首を傾げた。甘党なのか、先ほどからかなりのペースで菓子を口に運んでいる。


 そういえば、イノリも魔眼を使うと普段と比較して食べる量が増えていた。シーナも例に漏れず(子供の体格にしては)大食いだったし、魔眼保有者は総じて大食いなのかもしれない。


 ……話が逸れた。


「直感って俺が勝手に呼んでるだけなんだけどな。なんか、色々わかるんだよ。攻撃の方向とか、規模とか。あと嫌な予感とか、漠然としたものが」


 才能を磨くことが強くなる一番の道だと師匠は言っていた。思うに、彼女は最初から俺の到達点を魄導そこに定めていたのだろう。


 キキョウはぱちくりと瞬きを繰り返した後、「流石はかるらちゃんです」と微笑んだ。


「えと様は、可能性が低くとも挑戦なさるのですね?」


「そのためにここに来た」


 断言すると、キキョウが頷く。


「わかりました。であれば、拙は最大限、えと様のお手伝いをさせていただきます。ですので、えと様」


「おう」


「服を、脱いでくださいまし」


「おう……えっ!?」


 むんずと俺の肩を掴んだキキョウは、ニッコリと笑みをつくった。




◆◆◆




下着一枚を残し服をひん剥かれた俺は、部屋の中央で座禅なる体勢を組み目を閉じる。その背に、キキョウの冷んやりとした指先が触れた。


「っ……!」


「えと様、動かないようお願いします」


「めっちゃくすぐったいんだが。これ、何してるんだ?」


 背中から全身に広がるむず痒さに身を捩らないように耐える。キキョウはつう……と指先で俺の肩甲骨や背骨をなぞり、冷たさが身体の熱を奪っていく。


「えと様の御魂の形を診ているのです」


「観魂眼ってそんなこともできるのか……」


「この眼が少々特殊なのです。これは、歴代の巫女が代々継承してきたものでございますゆえ」


 継承……魔眼を?


「魔眼の受け渡しなんてできるのか?」


 キキョウは手を止めることなく、淀みなく答える。


「強い血縁があれば、可能でございます」


「……もしかして、キキョウの目が見えないのは」


「はい。拙のこの眼は魄明はくめいであり、生来のものではございません。拙は巫女として、齢十の頃視界を捧げ、亡き母様かかさまから魄明はくめいを継承いたしました」


 さも当然のように、キキョウは自らの眼の来歴を語る。


「それ、は……」


「この地は生存競争そのものにございます。えと様、拙は後悔しておりません。ですので、憐れみは不要にございます」


「……ああ、わかった」


 10歳の頃、亡き母親……恐らく、自分と同じ巫女の母から魔眼を継承した。たった10歳で、生存競争の中核を担ったと。

 凄まじい覚悟だ。


 ひた、と。

 俺の背中にキキョウの掌が触れる。接触面が大きくなり、一段と冷たさを感じた背中が反射的に震えた。


「ふくっ……!」


「ふふ。えと様の肌は敏感でございますね」


「勘弁してくれ。……触っただけで、魂の形がわかるものなのか?」


 背後で頷く気配。


「大まかにではございますが。えと様は……奇妙な形でございますね」


「ゑ」


 自分でも驚くほど、「どこから出たんだその声」と言いたくなる“音”が喉から漏れた。


「奇妙って……どんな感じ?」


「ええと……お椀型、でしょうか?」 


「それは、中に《英雄叙事オラトリオ》がよそわれているような感じ?」


「幅を利かせて居座っておられますね。えと様の御魂は、その……とても窮屈そうでございます」


「ええ……」


 俺の身体なのに俺の魂より《英雄叙事オラトリオ》のほうが幅聞かせてるってどうなんだこれ。

 いや、諸々の規模感としては見誤ってないんだけど、なんだろう。お泊まり会で家主なのにベッドや布団を奪われ部屋の隅に追いやられている気分だ。


「なあ、キキョウには《英雄叙事オラトリオ》は見えてるんだ?」


「どう、とおっしゃいますと?」


「形とか、色とか」


「ええと……」


 しばし、背中で熟考の気配を感じる。

 キキョウは、言葉を選ぶようにポツポツと所感を述べた。


「拙には、えと様の御魂の中に揺蕩う、おびのように見えます。色は、鮮やかとも、煩雑としているとも言えましょうか。いずれにせよ、えと様のように、“本”としては捉えられません」


「帯、か……」


「ご不満でしたでしょうか?」


「いや全然。むしろ、他の視点を知れて良かった。ありがとう」


「お役に立てたのなら何よりでございます」


 そうして話している間にも、キキョウによる触診は続く。俺の背中の、ちょうど心臓の周りを入念に。少女の細くひんやりとした指先がなぞる。


 人間、刺激には慣れてくるもので、最初はくすぐったくむず痒かった触診も話しているうちに違和感を覚えなくなり、キキョウが集中するにつれ、互いに口数が減っていった。


 心地よい静寂に木の葉が擦れる音、魚が水を撥ねる音、ドタバタと廊下を駆ける足音が響いた。



「——エトくん生きてる!? 無事!!?」



 スパーーーーン! と勢いよく襖なる横スライド式の扉が開かれ、暖簾を跳ね除けたイノリが部屋の中に飛び込んできた。


「ごめんね本当に! カルラさんに援護禁止って言われて、だから戻れなくてあのその…………うん?」


 寝起きなのか、ボサボサに跳ねた頭のままの彼女の瞳に、下着一枚だけ身につけた状態でキキョウと半密着している俺が映った。……やべえ。


 チラ、と視線を背後に向けると、キキョウは俺の背中に手を置いたまま「お目覚めになられたのですね」とのほほんと笑っていた。


「え、エトくんが……エトくんが…………」


 入り口で襖に手をかけたまま。

 背後からする「イノリちゃん? なんで止まってんの?」「イノリ? どうしたんですか?」と疑問符を浮かべている姿が容易に想像できるラルフとストラの声をガン無視して。

 溜めに溜めて、解放した。


「エトくんがまた新しい女の人侍らせる〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」


 絶叫に耳を塞ぐ俺に、キキョウは。


「えと様、不誠実はいけませんよ?」


 と優しく釘を刺した。

 今回は俺、悪くないと思うんだけどなあ……(諦観)。




◆◆◆




 正攻法? で極寒の雪道を踏破したイノリたちは、俺より4時間ほど早く里に到着し、その後俺と同様に気絶したらしく。

 しかも、目を覚したのはつい先ほどということで。結果的に、遅れて到着した俺がこの地についてレクチャーする運びとなった。


「では、豊穣の力が及ばなくなる境界線より先は今も吹雪いていると?」


「そうらしい。まだ家から出てないからなんとも言えないけど」


「さっきのエトくんのアレは修行の一貫だったの?」


「そういう認識で頼む」


「エト、キキョウちゃんの年齢は——」


「お前一発しばかれて来い」


 一気に賑やかになった縁側に、人数分の茶を運んできたキキョウがにこやかな表情を浮かべた。


「ここがこんなに賑やかなのは久しぶりです」


 そう言う彼女は、目が見えないにも関わらず、それを感じさせない滑らかな手つきで茶を注いでいく。

 対面での視線の違和感がなければ、俺も気づけなかっただろう。そのことを伝えると、ラルフたちは大層驚いていた。


「——人の輪郭はこの眼が捉えてくれます。ものの輪郭は、魔力が伝って教えてくれるのです」


 なんてさらっと言ってのけたキキョウ。彼女は果たしてその難易度の高さに気づいているだろうか。


 俺が知る限りのこの地の情報を伝え終えた頃、ここに連れてきた張本人が帰ってきた。


「——よし、全員起きたみたいね」


 振り返ると、めっちゃ土まみれになった師匠が疲れた顔つきで部屋に入ってきた。


「何事?」


「畑仕事付き合わされたのよ。それも重労働限定で……はあ〜、疲れたわ〜」


 遠くから爺さんの「ちゃんと土を落とさんかこの馬鹿娘〜〜〜!!」という怒りの声が響いてくる。師匠は静かに防音結果を張った。子供かよ。


「ったく、帰って早々土まみれなんてね……まあいいわ。みんな、外出るわよ。顔合わせまだでしょ?」


『あ』


 そう言えばまともに話したのは爺さんとキキョウだけだったな、と今更ながらに気づく。


「どいつもこいつも早く顔見せろってうるさいから、さっさと済ませましょ」


 土まみれの師匠の背に続いて、俺たちは部屋を出た。


 途中、対面の廊下で待ち構えていた爺さん渾身の『魄導込みドロップキック』によって師匠が盛大に吹っ飛ばされ、襖をぶち破った爺さんにキキョウの怒りの雷が落ちて晩飯抜きが決定した。

 ……いや、情報量が多いんだよ。

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