類は友を呼ぶ

 当然と言えば当然なのだが。

 この地は師匠の故郷であり、鬼人族たちが住む場所である。だから住民は100%鬼人族なのだが……うん。威圧感がやべえ。


 老若男女問わず額から立派な角を生やしている様は壮観であり、キキョウ曰く「全員が戦士」という彼らの覇気は並大抵の冒険者であれば対峙しただけで裸足で逃げ出してしまうだろう。


 横一列に並ぶ俺たちへ右手で視線を誘導した爺さんリンドウが、皆に声をかけた。


「紹介するでの。うちの馬鹿娘が連れてきた子らじゃ」


 晩飯抜きが余程堪えたのか、かなり萎びた声をした爺さんと視線を交わして頷いた。


「エトラヴァルトだ。ここには修行のために来た。しばらくの間よろしく頼む」


 礼をする俺に続き、イノリたちも名乗る。


「イノリです。横のエトくんについてきました」


「ストラと申します。鬼人族の皆様特有の魔法などありましたら、ぜひご教授願いたいです」


「ラルフだ。俺も修行のために来た」


 ……成長したな、ラルフ。

 開幕堂々ハーレム宣言をしなかったのは果たして成長と言っていいのかは疑問だが。

 ひとまず無難に挨拶を終えた俺たちにまばらな拍手が響く。


「彼らの面倒はうちの馬鹿娘がみるでな。皆、気が向いたら修行に手を貸してやってほしい」


 爺さんの言葉に人だかりの中からちらほら、「任せろ!」「いっちょ揉んでやりますか!」と好戦的な声が響く。

 そんな中、俺の服の裾をちょいちょいと引っ張る感覚が。


「イノリ、どうした?」


「え、なにが?」


 きょとんとするイノリに眉を顰める。


「いや、服の裾引っ張ったろ?」


「私何もしてないけど?」


「え?」


「ん?」


 二人して視線を下げる。

 そこには、ちょいちょいと服の裾を引っ張りこちらを見上げる幼い少女が三人いた。

 その三人とも、恐るべきことにそっくりである。ほとんど見分けがつかず、まだ生えかけなのだろう角についた可愛らしいリボンだけが区別点だった。


「お前たち、名前は?」


 三人の少女は元気よく手を上げた。


「ワカバ!」

「フタバ!」

「ヨツバ!」


「そこは三つ葉じゃないんかい」


「「「ミツバはお母さん」」」


「紛らわしっ!」


 左から、緑リボンのワカバ。赤リボンのフタバ、黄リボンのヨツバ。どっからどう見ても三つ子な少女たちへの俺のツッコミに、一部の鬼人族たちが肩を震わせた。


 俺の反応がお気に召したのか、少女三人はキャッキャとはしゃぎ、緑リボンのワカバがピンと右手を上げた。


あんちゃん質問!」


「なんだ?」


「どっちが兄ちゃんの彼女なん?」


 幼女の爆弾発言に俺たち四人、揃って思考を止めた。


『はっ——!?』


「ちょっとワカバ!? あんた何言ってんの!?」


 三つ子の母……ミツバと思わしき女性が仰天して人だかりの中から飛び出して三つ子を回収しに来た。しかし、三つ子は止まらない。

 ワカバは頭にチョップをくらいながらも俺から目を逸らさずに聞いてきた。


「だって気になるし。どうなの兄ちゃん?」


 なんとか思考を回復させた俺は頬を引き攣らせながら否定の言葉を吐いた。


「どっちも俺の彼女じゃないぞ」


「えー、なんでー?」


「えーでもなんでもないが」


 不服そうにするワカバ。それに変わって赤リボンのフタバが手を上げた。


「それじゃ、にーたんとは体だけの関係?」


『ブーーーー!!?』


 その場にいた全員が思いっきり吹き出し盛大にむせ散らかした。


「え、はっ……!?」


 イノリは顔を真っ赤にして言葉を失い、ラルフは化け物を見る目で少女を見つめ、ストラは何故か自分の胸を寄せた。


 鬼人族の大人たちが総じてあたふたと慌てふためく。


「違う!これは違うぞ!?」

「誰だフタバに教えた奴は!?」

「お客人、違うんだ! 普段からこんな話をしているわけではなくてだな!!?」


 先ほどまでの威圧感はあっという間に霧散し、いつの間にか俺の隣に立っていたキキョウはこの阿鼻叫喚に肩を揺らしてくすくすと笑っていた。


「にーたん、どーなの?」


 あくまでも純粋な眼差しで問いかけてくるフタバと目線の高さを合わせた俺は、なるべく丁寧に否定する。


「体だけの関係でもないぞ。二人は仲間」


「なかま?」


「そう。一緒に冒険する友達だ」


「おおー、友達!」


 納得したのか、フタバはうんうんと頷いた。が、最早「お前ら事前に打ち合わせしてただろ」と言いたくなるほどタイミング良く、黄リボンのヨツバが手を上げた。


「でも、ぼーけんしゃは“しゃちにくりん”って言ってたよ?」


『誰だこの子らにこんな言葉仕込んだ馬鹿はぁ!!』


「お前、それ誰から聞いたの?」


 呆れ果て驚く気力すら失った俺の確認に、三つ子は揃ってある一点を、飄々と家屋の壁に寄りかかる一人の男を指差した。


「「「あれ」」」


「あっちょ! それはバラさない約束だったろ!?」


 あれ呼ばわりされた男は顔面からブワッと冷や汗を吹き出し視線を八方に飛ばして焦り散らかした。


「まさかとは思ったが……」


「やっぱり貴様だったかスズラン!!」


「あっははははは……それじゃ人族の皆さん、俺はこの辺でえっ!!」


 とても晴れやかな笑顔を浮かべたスズランと呼ばれた男は、脱兎の如く逃げ出した。


「あのエロガキを吊るせぇえええええええええええええ!!!!!」


『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』


 そして、俺たちそっちのけで大逃走劇が始まった。

 ドタバタと土煙を上げ散開していく鬼人族たちを前に、俺たちは呆気に取られて言葉を失った。


「……なあ、キキョウ」


「なんでございましょう?」


「ここ、いつもこんな感じなの?」


「いつも賑やかでございますね」


 キキョウは否定することなく、口元を隠して上品に笑っていた。

 ちなみに、三つ子が得てしまった知識に関しては母親が必死に上書きを試みていた。





◆◆◆





「なんか、思ってたより緊張感のない場所だな」


 結局あの後顔合わせが続くことはなく、そのまま流れで解散。賑やかになった食卓で夕食を済ませた後、俺たち四人は少し肌寒い縁側に出ていた。


「カルラさんの話聞いて、もっとピリピリしてるというか、余裕のない場所だと思ってた」


「そうですね。わたしもラルフと同様に考えていましたが」


「なんというか、いい意味で賑やかな場所だね」


 三人の言う通り、ここが竜との戦いの最前線だとは到底思えないような賑やかさ、豊かさだ。

 土地が、ではなく。人々の心が、である。

 師匠の弟子という体裁の客人ではあるが、そもそもが余所者である。そんな俺たちを嫌な顔ひとつせずに受け入れてくれた時点で、この地は暖かい。


「そういえばエト、修行の方針が決まったんだって?」


 ラルフの言葉に頷く。


「ああ。魄導を会得するために、暫くはキキョウの力を借りることになる」


 魄導を会得するためには、俺はいち早く《英雄叙事オラトリオ》と自分の境界を理解しなくてはならない。

 そのために、どうやらシーナの観魂眼とはまた毛色の違う眼を持つキキョウの手を借りることとなった。諸々の修行はそれからだ。


「魄導、ですか……」


 ストラが自分の胸を見下ろしながら呟いた。


「わたしにも、使えるのでしょうか」


「師匠の言説を信じるなら、使えるはずだ。源流自体は誰にでもあるって話だし」


 そう。魄導は、なにも俺だけの突破口というわけではない。俺にとってはそこが唯一の可能性というだけの話だ。

 俺と同様に闘気と魔力を持たないストラにとっても魄導は大きな光である。


 これは余談だが。

 以前、俺はストラから外部の魔力を引用する手法を習ったことがある。が、結果は惨憺たるもの。ストラを介して魔力を受け取っても、そもそも生身のままでは魔法を発動することすらできなかった。

 そして、ストラはラルフから闘気の練り方を教わったが、一向に成功の兆しは見えなかった。


 何が言いたいかと言うとだ。

 もし仮に、師匠の言うことが真実であれば、魄導の会得は俺たちの価値観が根本からひっくり返る契機になる。

 キキョウの「なんでもできる」、「概念にすら対抗できる」という言葉が真ならば。


 ……ラルフにとっても、イノリにとっても。魄導とは、可能性そのものとなる。


「つまり、俺たち四人のここでの目標は魄導の会得ってことだな?」


「そうなるな」


「俺、大丈夫かな……」


 珍しく、ラルフは不安げに呟いた。

 最近はすっかり自信を得て背筋が伸びていたラルフの弱気な発言はとても久しぶりに感じた。


「らしくないな、なんか心配事か?」


 片眉を上げた俺にラルフは遠慮がちに頷いた。


「ああ。だってよ、魂の輪郭を掴む手伝いをしてもらうんだろ?」


「そうだな」


「ってことは、エトがやってもらってたみたいに直に触れられる可能性があるわけだろ?」


「……そうなるかもしれない」


「俺、緊張で心臓止まるかもしれねえわ」


「「「…………はあ?」」」


 何を馬鹿なことを、と三人揃ってラルフに凍てついた眼差しを向けた。


「何を馬鹿なことを言っているんですか?」


 ストラは躊躇いなく無慈悲に言い放った。


「いやだってさあ! いきなり直は心臓に悪いだろ!!」


 呪いのせいで女性とはまるで縁のなかったラルフが半泣きで、夜なので若干声量に気をつけながら叫んだ。


「こちとら手も握ったことないんだぞ!? なのにいきなり脱げとかハードル高いって! すっ飛ばしすぎだろ!!」


「ラルフくんがものすごく女々しいこと言ってる」


「お前ら逆に落ち着きすぎだろ! イノリちゃんとストラちゃんは同性だからまだわかるけどさあ! お前はなんなんだよエト!?」


 ビシッと音を立ててラルフの人差し指が俺の鼻先に突き刺さった。


「初対面の女の子に半裸触らせてるのやべえからな!? つか恥ずかしくなかったのかよ!?」


「いやすげえ恥ずかしかったぞ?」


 キキョウの圧に耐えかねた結果がアレである。


「爺さんにブチギレてた後のことだったからめちゃくちゃ怖くてな……」


「「「ああ……」」」


 三人とも納得の声を漏らした。ラルフですら、「あれは、なあ……」と認めざるを得ない様子である。


「キキョウちゃん、怒ると怖かったな……」


「——拙をお呼びでございますか?」


「キュッ……」


 背後から聞こえた穏やかな声に、ラルフの喉が〆られた鳥の断末魔のような音を漏らした。

 そんなかなり面白い音を気にすることなく、キキョウはふわりと微笑む。


「えと様、寝所の準備が整いましたよ」


「え、あ……やってくれたのか?」


「はい。お客様のお手を煩わせるわけには参りませんゆえ。いのり様たちの寝床もございます」


「私たちのもあるの?」


 離れで寝るつもり満々だったイノリの意外そうな反応に、キキョウは「はい」と頷いた。


「これは拙の我儘なのですが、夜、寝床の中でお話する“夜更かし”なるものをやってみたいと思いまして……ご迷惑でしたでしょうか?」


 遠慮がちに尋ねるキキョウに、イノリは首を横に振った。


「ううん全然! 私も夜更かしするよ!」

「わたしもご一緒しますね」


 二人の許可に、キキョウはぱあ、と表情を明るくした。


「ありがとうございます! それでは早速参りましょう!」


 二人の手を取って、キキョウは足早に寝所へと向かう。


 時刻はまだ20時を過ぎた頃。

 ラルフの「今寝たらそれは健康優良児では?」という呟きは、俺にしか聞こえなかった。

 流れで取り残された俺は、隣で何気なく庭池の魚の鱗の数を数え始めたラルフにドン引きした。


「……俺たちも夜更かし、するか?」


「俺の夜更かし会話レパートリー、猥談しかないぞ?」


「男はだいたいそんなもんだと思うぞ? 俺も碌な話題ないし。……でも、せめてあと1人欲しいな」


 この時、大変不服ではあるが。俺とラルフの思考は一致していた。


「なあ、エト。三つ子ちゃんにシモの話題教えてたアイツいたら面白くなりそうじゃね?」


「奇遇だな。俺もそう思ってたところだ」


 断言できる。アレは面白い馬鹿の系譜だ。同僚と同じ気配がこれでもかと漂ってきたのだから。


「ここでの生活に慣れたら探しに行ってみるか」


「決まりだな」


「ああ」


 男2人、固い握手を交わしてその日は眠りについた。なんだかんだ疲れはまだ溜まっていたらしく、布団を被った途端、あっという間に眠りに落ちた。

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