『大輪祭』⑦ 邂逅——

 ヴィトウは他の巨人とは違った。

 ——発育不全。巨人族が平均して10Mを超える体高を持つのに対して、ヴィトウは成人してもその半分程度しなかい5M。体格も、力も、闘気の練りも、他の巨人たちより強く劣っていた。


 同族がヴィトウを貶すことはなかった。

 出来損ないだと、失敗作だと馬鹿にすることはなかった。


 彼らはただ、ヴィトウを


 『巨崖世界』ディルバドレー……『始原世界』ゾーラの“属国”にして、巨人族の支配する世界。

 天使の住まう『覇天世界』ほどではないが排他的——そもそも他種族が過ごすにはあまりにもスケール感が違いすぎるため必然的に種族として孤立する世界の中で、ヴィトウは孤立以前に存在を奪われた。


 一人で生きていく、そのためにゾーラに辿り着いた。

 『深層大異界』と冒険者という職業。たとえどんな背景を有していようと、ゾーラは全てを受け入れる。

 半端者のヴィトウがそこに縋るのは半ば必然だった。


 ヴィトウは異界に潜った。

 潜って、潜って、潜り続けて。それでも、彼に“人並み”のことはできなかった。


 『逆説的弱体化』とでも言うべきか。

 未発達の、これ以上の成長を見込めない肉体。未熟な闘気、幼年から孤独に過ごしたことによるコミュニケーション不足……様々な要因が重なった結果、ヴィトウは


 それは本人も無自覚なもの。しかし、ヴィトウは自分から限界を生み出してしまっていた。

 身体がデカいだけの木偶の坊では、最も過酷な異界と目される『深層大異界』では役に立たない。そう認識され、ヴィトウは孤独を深めた。


『——お前すげえな! パンチ一発でゴブリン殺せるのか!!』


 そんなある日、ヴィトウは一人の無邪気な狼人と出会った。ヴィトウの横をついて周り、魔物を殺す度に歓声を上げる無邪気な少年。


 ——別に、身体が大きいだけだよ。


 自分より小さい身体で自分より大きな魔物を殺せる人たちを見てきたからか、ヴィトウはそんな卑屈な発言をした。


『だけってなんだよ! だけなわけねえだろ!! 身体がデッケェのはそれだけで凄えだろ!!』


 それが、狼人——ハルファとの出会いだった。



『ほぉん……なるほどなぁ……そんなことがねえ……』


 過去を話したのは、“そう言う気分”だったから。なんとなく話してみた。話してみたら、ハルファはめちゃくちゃ寝落ちした。

 寝言で相槌をうつだけで、めちゃくちゃ白目剥いて爆睡していた。


『……はっ! 悪い、最初の5分しか聴いてなかった!!』


 この時、巨人は生まれて初めて怒りを覚えた。

 ——僕はこんなに悩んでるのに、なんでコイツはこんなにお気楽そうなんだ。

 ——僕より弱っちいくせに。


『俺バカだからお前の気持ちとかよくわかんねえんだけどよ。その身体、別にそう悪いもんじゃないだろ?』


 至極真面目にそんなことを宣うハルファに、ヴィトウは真面目に殺意を抱いた。

 ——この身体で、僕がどれだけ苦労したと思ってるんだ。

 ——この身体さえ、この身体さえなければと、どれだけ……!


 怒りに震えるヴィトウに、ハルファは単純明快な“メリット”を提示した。


『だってお前、普通の巨人って10M以上あるんだろ? そんなにデカかったら異界に入れないし、入ってもどっかで身体つっかかっちまうだろ』


『だから俺、お前の身体凄えと思うぞ! だって!!」



 その笑顔に、その言葉に。


『な、俺とパーティー組んでくれよ! 俺弱っちくて全然相手にされなくてさ! でも、でもよ! 背が小さいぶん、逆にお前にできないこと、俺がやれるように頑張るから!! な、頼むよ! パーティー組んでくれ!』


 その願いに、その優しさに。

 ヴィトウは、生まれて初めて存在を認められる居場所を貰ったのだ。


 ヴィトウだけじゃない。『覇天世界』から追放されたチカも、友の才能についていけなくなって立ち止まってしまったグロンゾも。

 ハルファの底抜けの明るさに救われたのだ。



 四人が銀四級に昇格したのは、パーティーを組んで四年目のことだった。上に行く冒険者に比べたら遅々とした歩み。それでも、逸れと、未熟と、咎人と、無才……そんな四人だからこそ辿り着けたのだと、ヴィトウは確信している。


 ——ねえ、僕にできないことって?


『え、あー……小さい的を的確に狙うとか? いやいいんだよ! お前ができること言おうぜ、囮とか!』


 ——誘った相手にそれ言うの?


 本当に正解だったかと、ごくたまに不安になることはあるけれど。



◆◆◆




 ——だから、奪わせない。

 ——自分の世界を照らしてくれた“灰色の光”だけは、絶対に奪わせない!!


「うおぉおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああーーーーーッ!!」


 異形と対峙した満身創痍のヴィトウが空間を震わせる絶叫を上げた。


「ハルファ君は! 殺させない——僕がっ!!」


 巨人の心臓が一際強く跳ね、全身を拡張するかの如き凄まじい闘気を放出させた。

 その“圧”は、味方であるにも関わらずエトラヴァルトの“直感”が危険を告げるほど。同時に、勝利の可能性が顔を覗かせた。


「……ラルフ! ヴィトウを中心に異形を討つ! 魔眼を引きつけろ!」


 エトの指示に、ラルフは大戦斧を短く持ち直し、左手で腰の直剣を抜き放った。


「応!」


「ストラはヴィトウの支援、イノリは左眼閉じとけ! グロンゾとチカの容態確認! 可能なら含めて応急処置!!」


「わかりました!」

「任せて!」


『キャハハハッ!』


 嗤う異形は根をしならせ全方位への絨毯爆撃のような攻撃を仕掛ける——が、ラルフ、ヴィトウ、エトラヴァルトの三名はこれを一顧だにせず直進。


「——『吼えろ猛炎』!」

「『情熱の朝ぼらけ』!」

「どけぇえええええええええええ!!」


 左右で炎が根を焼き、正面の巨人は、


 ——怒りと想いにより鍵を開けたヴィトウの闘気が、触れただけで異形の鞭のような根を千々に引きちぎった。


「やめろヴィトウ! 死んじまうぞ! 俺は、俺は大丈夫だから!!」


「大丈夫なわけないだろう!? 右手がそんなになって! 泣きそうな顔してて!!」


 珍しく声を荒らげるヴィトウにハルファが驚いたように目を見開いた。


「で、でも!! お前は両腕を……!」


「うるさい! 黙って守られてろ!!」


 流れ出る血潮、遠のく意識を歯を食いしばって耐えて巨人が吼えた。


「決めたんだ……あの日、君に手を差し伸べて貰った時……僕が、君を……みんなを守るって!!」


 ——全方位の魔眼が廻る。


 一層輝きを増したヴィトウの闘気に危機を感じた異形は、ラルフとエトラヴァルトの陽動を全て切り捨て、ヴィトウを殺すことだけに全力を費やす。


 ——その隙を、エトラヴァルトは待っていた。


「——ラルフ!!」


「わかってる!!」


 魔眼起動までの僅かなタイムラグ。その、ほんの僅かな一瞬に異形を殺し切る!

 エトの剣が虹を生み、ラルフの斧剣が二輪の青花を咲かせた。


「来い——〈虹の魔剣〉アルカンシェル!!」


「焼き狂え——『灼華双刃』!」


 左右、逃げ場のない攻撃に対して、異形はから直接、魔剣“微睡水天マドロミスイテン”へと直接莫大な魔力を供給——これまでとは比較にならない激流を生み出した。


『キャハ——!』


 衝突、歪み。


 三者の最大の一撃がドームを震わせ、拮抗した。


 その拮抗に、エトラヴァルトの表情が苦渋に満ちた。


「クソッ……ストラァ!!」


「わかってます!」


 ——ヴィトウを守れ。


 言われるまでも無く、ストラは巨人の全周に岩壁を出現させ——全てが抉り取られた。


「はぁ!?」


 狼狽したストラが素っ頓狂な声をだした。


 声を出す余裕のないラルフとエト、ハルファも驚愕を浮かべた。


 ——ただ一人、標的にされたヴィトウだけが動じずに眼前の敵だけを見ていた。


『……キャハ』


 照準完了。

 視界良好。

 魔眼解放——廻せ。


 都合34の魔眼がヴィトウの全てを抉り取ろうと視界を廻し、



「——貴方は、世界を置いていく」



 35個目の魔眼が時計の針を進めた。


 加速する。

 世界を置き去りに、たった一人の巨人が魔眼の照準を振り切って異形の眼前に迫った。


 照準を外された魔眼の群れに僅かな死角が生まれた。

 その瞬間を、魔法使いは見逃さない。


「『穿て』!!」


 破壊された岩壁の残骸たちがストラの声を受けて弾丸の如く飛翔——雌しべの有する二つの魔眼を除く、冒険者の遺体の瞳を全て撃ち抜いた。


 唯一残された魔眼は、エトとラルフの攻撃を受け続ける激流によって自ら塞がれている。


 “微睡水天マドロミスイテン”の防御は未だ健在——だが、ヴィトウは知っている。

 ハルファに、自分の光に影響を与えるほどの人間が、押されっぱなしで終わるわけがないと。


 その期待に応えるように、エトラヴァルトが吼えた。


「寄越せ……エルレンシアーーーーーーーッ!!」


 極彩色の魔力放出が一層推進力を増し、僅か、激流の防御に食い込んだ。


「その剣は、クリスのもんなんだよ……! テメェが! 使っていいもんじゃねえんだよ盗人ォ!!」


 ——突破する。


 虹の斬撃が激流を突破し、微睡水天マドロミスイテンを持つ異形の雌しべの左手を斬り落とした。

 ——殺到する枝葉に対して、青炎が燃え盛る。


「お前、変わらず火が弱点なんだろ!?」


 開幕、異形は微睡水天マドロミスイテンでラルフの一撃を受けた。魔眼を使わずにわざわざ防御に意識を割いたのは、その攻撃が致命傷になり得るからに他ならない。


 ラルフの推測は正しく、異形の攻撃の悉くが青炎に焼かれ堕ちた。


『〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!』


 初めて異形から笑みが消える。


 眼前、闘気を纏った巨人が肘より下を失った右手を振り上げた。


 ——両目が廻る。

 分散されていた魔眼の力が僅か二つの瞳に集約され、かつてない速度で渦を巻く。


 当たれば致命の一撃。だが、魔眼の方が速い。


『キャキャッ——!』


 凄絶な音を立ててヴィトウの右腕が闘気もろともひしゃげて潰れた。——が、彼の口元に浮かぶのは笑み。


「行って——」


 異形の下腹部——魔石の眼前に灰色の影。


 持てる闘気の全てを集約したハルファの左腕が極大の五爪を従え、肉薄していた。


 巨人が笑う。


 ——できること言おうぜ、囮とか!


 大きい身体、殺しうる一撃……視線の、意識の誘導には最適だった。


「ハルファくん!!」


 巨人の体を蹴って限界まで加速したハルファが叫ぶ。


「死に晒せクソ野郎があああああああああああああああああああああああ!!!」


 魔眼の再起動より早く。

 ハルファの左腕が異形の雌しべを切り刻み、魔石を肉体から抉り取った。



『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』



 その終わりは“おかしい”の一言に尽きた。


 本来魔石を失った魔物は塵のように消えて無くなる。

 だが、異形は違った。

 魔石を失った下腹部へとありとあらゆる肉体が——冒険者たちの死体さえ吸い込まれ、おどろおどろしい、見るだけで吐き気を催すような人の頭と同じほどの大きさの肉塊に変わり、グチャ、と地面に落ちた。



 そんな終わりを見届けたエトとラルフはなんとも言えない気味の悪さを覚えて閉口した。


 肩で息をするハルファは、魔石をその場に放り出してヴィトウの下へ駆け寄った。


「ヴィトウ、生きてるか!?」


「うん。生きてるよ。……巨人は頑丈だから、このくらいじゃ死なないよ」


 それが強がりだと言うのは誰の目にも明らかだった。

 だが、ヴィトウ自身に死ぬ気がないこともまた、誰の目にも明らかで。


「包帯、足りるかわからないけど使うね」


 チカとグロンゾの応急処置を終えたイノリが二人の下へと駆け寄り、虚空ポケットからありったけの医療品を取り出した。


「……なあ、二人は」


 ハルファの問いに、イノリは力強く首を縦に振った。


「ちょっと血が心配だけど、大丈夫。生きてるよ、冒険者は頑丈だから」


「そうか……良かった……!」


「うん。……というか! あの二人よりヴィトウくんの方がよっぽどやばいから!! 突っ立ってないで手伝って二人とも!」


 イノリに急かされたエトとラルフが互いに頷き合ってヴィトウの側へと寄り、ストラが処置の終わった二人を地面を流動させることでハルファの側へと運んだ。


 そんなエトたちに、ハルファが深く頭を下げた。


「お前らのお陰で仲間が生き残った。ありがとう」


 エトが首を横に振った。


「……ヴィトウのお陰だ。ヴィトウが踏ん張ってなかったら、俺たち全員今頃コレクションの仲間入りしてたよ」


 エトは、満身創痍では済まない怪我を負ったヴィトウを見上げる。


「ありがとう、勇敢な巨人」


 感謝と称賛に、ヴィトウはむず痒そうに笑い、


「いたっ……いたたたたたたっ! い、イノリさん、それ痛い!」


「ご、ごめん! 巨人の治療するのは初めてで……!」


 手探りで、とりあえず患部を水で洗い流しなが止血を繰り返すイノリに、エトは「そもそも治療経験なくないか?」と思ったが突っ込むのをやめた。



 異界主の討伐は達成——だが、問題はまだ残っていた。

 ラルフはげんなりとした表情で上をみる。


「なあ、あの魔物たち、まだ残ってると思うか?」


 返事をしたのは、意識を取り戻したチカとグロンゾ。


「ああ、嫌なこと、思い出したわ」

「忘れさせてくれよ……」


 惨憺たる現状にハルファは「無理だな」と呟いた。


「悪い、エトラヴァルト。金級の助けが来るまでここで待機でもいいか? 今、三人を動かしたくねえんだ」


「ああ、それでいい。というか俺たちも結構疲れてるからそれが一番良い」


「助かるぜマジで」


 幸運なことに、二人が知る由もない話ではあるが、現在金五級のヴァジラが死霊の軍勢を蹴散らしながら最下層へと移動している。また、銀一級のアリアンが治療系魔法の使い手であることから彼らの選択は最適解と言えた。


 それは、にとっても、この上なく最良の舞台だった。







「歪曲を倒したか……そう来なくっちゃね、《英雄叙事オラトリオ》」








『————!!?!?』


 ドーム中央から響いた声に、全員が一斉に視線を向けた。

 中央、肉塊の目の前に立つ人影。

 エトたちに背を向ける何者かに、イノリが問う。


「だ、誰……?」


「誰……そうだね。僕は誰なんだろうね」


 穏やかで優しい、魂を鷲掴みにするような根源的恐怖をもたらす声に全員が呼吸を止めた。


 振り返った男は、右手に肉塊を、左手に微睡水天マドロミスイテンを持っていた。


「……ふふ。なんて、冗談さ」


 何が冗談なのか、エトたちにはまるでわからなかった。


 白髪を揺らす、闇色の瞳。

 穏やかな微笑みを湛える口元が動く。


「僕はグレイ。グレイギゼリア・ベルフェット・エンド」


 グレイギゼリアと名乗った男は、愛おしそうに肉塊を眺め、その後、一人一人、品定めするように視線を動かし、最後、エトラヴァルトと目を合わせて笑った。


「やっと起きたんだね、兄弟」


 グレイは微睡水天マドロミスイテンを胸の高さまで持ち上げた後、それをページ


「………………、は?」


 その呟きは、エトラヴァルトのものだった。

 そのページは、あまりにも見覚えのある……もの。

 グレイギゼリアが持つ左手のページは、似ているようで違うが、それの気配は——《英雄叙事オラトリオ》と、殆ど、同じだった。



「名前、長かったかな? なら、そうだね……」



 続いてグレイは右手の肉塊を十九枚のページに変換した。



「僕のことは、是非、《終末挽歌ラメント》とんでほしい」



 ——この日世界は、一冊の本の名を知る。

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