『大輪祭』⑥ vs冒険者混成体

「——『吼えろ猛炎』!」


 開戦を告げる青炎の狼煙が上がる。


 誰よりも早く、ラルフが単身飛び出し異形へと突貫した。しかし、決して無策、無謀なわけではない。


 ラルフは脳裏に、師であるザインの言葉を思い出す。


『——周りを見ろ、俯瞰し全体の中に敵を捉えろ。空間の全て、一切の情報を取り逃がすな』


 根を広げ、冒険者の亡骸を着込む花の異形。事前情報では『庭園』の異界主はアルラウネであり、眼前の異形にもなるほど、確かにアルラウネらしい特徴がある。


 ——が、最早アルラウネとは全くの別存在。植物系か、死霊系か、はたまたそれ以外の“何か”なのか?現時点では絞りようがなかった。


「まずは選択肢を絞る!」


 大戦斧が青炎を纏いひと回り巨大化する。同時に燃えるような闘気がラルフの肉体を頑強に固めた。

 七人が敵の出方を窺う中、ラルフは先手を取ることで相手の対応を誘発させに出た。


「爆ぜろ、『灼華』!」


 異形の頭上に躍り出たラルフの青炎が一層熱と輝きを増し、異形の身を焼き尽くす炎の花を咲かせた。


『——キャハハ!』


 異形の対応は、

 花弁になり果てたクリスの腰から魔剣“微睡水天マドロミスイテン”を抜いた異形は、桁違いの魔力を送り込み波打つ刀身を巨大化させ、全身を覆うベールを生み出しラルフの一撃を相殺した。


「ぐおっ!……コイツ、マジかよ!?」


 青炎と水壁の接触点で爆発が発生し噴出した水蒸気に身体を押し戻されながら、一連の行動にラルフが驚きの声を上げた。


「冒険者の遺品を使いやがった!」


 明確な意図を持って、確かな知識を有して魔物が魔剣を、冒険者の遺留品を使った。

 魔物は危険度に比例して高い知能を獲得するが、危険度6が個々の魔剣の性能を短時間で把握できるほどの知性を持つのははっきり言って異常だった。


『キャハハ! ……キャハ?』


 水のベールと解いて嗤う異形、生まれた本の数瞬の死角で背後を取ったエトラヴァルトエルレンシアが剣に雷を纏い腰に構えた。


「——その手を離せよごちゃ混ぜ野郎!」


『キャキャッ!』


 ——抜刀に対して水の剣身が伸長。エトラヴァルトの雷速に追いついた。


「はあ!?」


 完全に虚をつき、さらに最速の一撃だったにも関わらず防がれたことにエトが声を荒らげた。

 そこに、異形が視線を合わせた。


「ヤッベ……!」


 即離脱。

 押し固めた空気を蹴り飛ばし離脱したエトが反射的に左手で炎のカーテンを生み出し異形の視界を遮った直後、空間を抉るように炎が消し飛んだ。

 僅か、異形とエトの視線が交錯する。渦巻く両目。その変化は、イノリの左眼と酷似していた。


「魔眼だ! アイツの眼は視界内の空間を抉る!!」


 培った時間感覚が、魔眼の再使用時間クールタイムを割り出す。


「アイツの目が回ったら何かで視界を遮れ! たぶん十五秒感覚でぶっ放してくる!!」


 エトがもたらした情報にハルファがブチ切れた。


「ふざけんなよ!? んだそのとち狂った力!!」


 怒り狂いながらも的確に急所を狙って殺到する葉と根を撃墜、迎撃するハルファの視線がヴィトウに向いた。


「エトラヴァルト! 俺らは面制圧の手段を持たねえ! どうする!?」


 ハルファの問いかけにエトが悩む。


「わ、だじが……! やりまず!」


 自ら岩を砕いて戦線に復帰したストラがエトの迷いを断った。

 魔法陣構築——半分潰れた鼻に風属性魔法で無理やり気道を確保したストラが、アピールするように炎の壁をヴィトウと異形の間に生成した。


「合図をください! わたしがあの魔眼を潰します!」


「なら私がやるよ!」


 イノリが合図役に名乗り出て、同時に左眼をひらく。今度は相手を止めるためではなく、己の時間を引き延ばすために。


「お願いします! ……エト様!」


 ストラとエトの視線が交錯し、互いに頷く。イノリの開眼により、エトの理想は自然と早期決着へと傾いた。


「全員、魔眼の対処はストラに任せろ! 速攻で片付ける、攻め込めーーーー!!」


『おぉおおおおおぉっ!』


 六人の冒険者が一気呵成に異形を攻める。


 ラルフの青炎とハルファの十爪が根を切り裂き、生首たちを解放しながら異形の足を奪う。


「「ぜりゃあああああっ!」」


 二雄が最前線で吼える中、ヴィトウがその身を盾に異形の苛烈な攻撃からチカを守り、その後方でが弓を成した。


「『我が主天に希う 望郷の空 堕ちた翼に今一度汝の加護を』」


 左手に成りを、翼を弦に右手に灼熱の矢羽を生み出す。


 下方、ヴィトウの守りが手薄な足下はグロンゾがカバーする。


「『我が名は在らず この身不浄にして咎を背負う』」


 更に、魔眼に対してイノリが目を光らせ続ける。


 目が、廻る。


『キャハハ!』


 目が、刻む。


「やらせない——グロンゾさん!」


 魔眼が空間ごとグロンゾを穿つより速く、ストラが杖を大地に突き刺し岩石の壁を生成、視界を遮った。


「『巡礼、未だ途上』」


 岩石を抉り魔眼が不発に終わった直後、異形の遥か上空からシャロンに姿を変えたエトが白銀の闘気を漲らせ突貫する。


「オオッ!」


『キャハッ!』


 その感情は歓喜か、或いはただ人を模しているだけか。満面の笑みを浮かべた雌しべが“微睡水天マドロミスイテン”でエトの円環に対応する。


 白銀の円環と純水の透明な円環が火花を散らした。


 長文詠唱、近接二枚、本命のエトの強襲。三方面からせめてなお有効打に届かない異形の潜在能力ポテンシャルの高さにラルフとハルファが苦い顔をした。


「これでもダメかよ……!」


「全身に目でもついてんのか!?」


 奇襲が効かない、おまけに《英雄叙事オラトリオ》を完全解放したエトの攻撃を正面から耐えるだけの膂力と速度。八人で戦ってなお、格上。


 ——だが、確実に意識は削いでいた。


「『卑小の翼 呪い転じて祝い成せ』」


 激しい戦闘の隙間を縫うように、チカの詠唱が完成へと近づく。

 渦巻く灼熱の矢羽は刻印された魔法陣と詠唱の加護を受け、白熱し真白の光を放つ。


「『地に縛られし我に今一度の輝きを』!!」


 エトの直感が“ヤバい”とガンガンに告げる特大の大砲が完成した。


「退きなさいヴィトウ、グロンゾ! デッカいのぶち込むわよ!!」


「言われなくても!」


「もう退いてるってんだ!」


 背後で完成した、射線に入れば確実に骨まで蒸発するであろうチカの切り札にヴィトウとグロンゾが一目散に横に逸れ、その様子を見たラルフが慌てて逃げ転げるように退いた。


『キャキャキャッ——!?』


 魔眼展開——しかし、映らない。

 弓を引くチカを直接叩こうと目を向けた異形は、網膜を焼く光に視界を奪われた。


 返り討ちに遭う様な形で魔眼を奪われ悶える異形に、限界まで弦を引いたチカが弓の名を叫んだ。


「燃え尽きなさい! 『煉弓——黄昏穿ちアーベントレーテ』!!」


 危険度6だろうと、目の前の異形であろうと魔石ごとこの世から蒸発させ得る一撃の解放。


 その、直前。


 エトラヴァルトの“直感”が最大級の警鐘を発した。


「全周防御ーーーーーーッ!!!!」


 その叫びに反応できたのは、普段から連携を取り、エトのことを心の底から信頼していたラルフとストラ、そしてイノリの三人だけだった。


 自己加速でストラの側にイノリが寄り、黒い嵐が二人の少女を覆う。

 ラルフの青炎が付近の根を焼き払いながら拡大し、偶然近くにいたハルファを巻き込んだ。

 そして、エト自身はゼロコンマ秒の世界でエルレンシアへと変化——ここ三ヶ月の対話が身を結んだ高速変化、同時に炎の渦が全身を覆い隠した。


 防御手段を持たないチカ、ヴィトウ、グロンゾは。


 全方位——散乱した生首たちの視界に浮かんだ魔眼に肉体を抉られた。


「「「がぁ、ぁああああああぁああぁあああああああ!!?」」」


 チカの左羽、右脹脛、脇腹。

 ヴィトウの両腕、両太腿、右胸、右耳。

 グロンゾの左腕、右肩。


 全て、一瞬の内に空間ごと抉り飛ばされた。


 三人が崩れ落ちる。


 『黄昏穿ちアーベントレーテ』は射手であるチカが被弾により体勢を崩し、ドームの遥か上部へ突き刺さりドーム全体を揺らすに留まった。


「あ、あァア……あぁあああああぁあアアアアアーーーー!!?」


『——キャハハハハッ! キャハハハッ!!』


 ハルファの悲鳴が響く。同時に、異形の嗤いも。


 演技だった。

 十五秒という制約も、視界を奪われ悶え苦しむ様も。


 切り落とされた生首全て、異形は地下を穿孔させた根によって回収・接続は済ませていた。

 あとはタイミング一つ。異形は知っていた。人類は、敵にトドメを刺す瞬間に隙が生まれると。

 死者たちの脳から知識をして知っていた。


 だからトドメを演出した。確実に葬れる瞬間、今まで見せていなかった魔眼の同時展開で一網打尽にするつもりだった。


『……キャキャッ!』


 やたら勘のいい姿をコロコロと変える人類——異形はエトをそう認識している——に邪魔をされたが、形勢は完全に逆転した。




◆◆◆




 ——『庭園』二十二層。


 驚異的なスピードで異界を進むヴァジラ、アリアン、ピルリルの三人の前方に無数の死霊系魔物が立ち塞がる。


 本来の『庭園』の魔物の姿が欠片も見えない異常事態にヴァジラが毒づいた。


「ざけんじゃねえぞ! どうなってんだよこの異界!」


「うへぇ。これ異変とかで片付けられるレベル超えてるよぉ〜」


「無駄口は後で! 突破するわよ!!」


「俺に命令すんじゃねえ!!」


 単独でヴァジラが飛び出し、腰に下げた八枚のチャクラムを数枚指で挟み込み、投擲。


 八枚のチャクラムはヴァジラの周囲を漂うように一周した後、ヴァジラの全身を浅く抉った。傷口から鮮血が吹き出し刃を濡らす。

 その瞬間、ヴァジラの口が詠唱を紡ぐ。


「『隷属 血盟 葬送の円環 鋼の刃よ、血を喰らえ』!!」


 詠唱の完成とともに空を切り裂くチャクラムに付着したヴァジラの血が

 直後、爆炎がチャクラムの旋転に合わせ渦を巻き、巨大な回転刃を形成した。


 ヴァジラの指が道筋を定める。


「——切り開け!!」


 八枚の爆炎刃が音を引きちぎり激走——前方を塞ぐ数百の魔物たちを一秒足らずで絶滅せしめた。


「ちょっとヴァジラ! 飛ばしすぎよ! もう少し抑えて!」


 後先考えないフルスロットルの攻撃にアリアンが苦言を呈した。


「んなこと構ってられるか! このまま突破する、ついてこい!!」


「ああ、ヴァジラ今怒ってるねぇ」


 ピルリルは「こうなったら梃子でも聞かないよぅ」と困ったように眉を顰めた。


 彼女の推測通り、ヴァジラは怒っていた。自分自身の判断の遅さにだ。遅れた分は取り返す、彼にできるのはそれだけであり、故に最速で突破するために全力を尽くす。

 後先なんて考えるだけ思考と体が鈍る——そんなことを考えることすらなく、ヴァジラは八つの爆炎刃で魔物を一切合切爆斬し最下層への道を急いだ。




◆◆◆





 異形が嗤う。

 再びエルレンシアの姿に変化した俺は常に全周防御を絶やさずに接近を試みる。が、視界が多すぎる。


 ——眼、眼、眼。


 死した冒険者十六名の生首も併せて34の視界、その全てが魔眼を有する。


 厄介なのは、魔眼の効力がという点。

 一定の距離を保てば魔眼の脅威は薄い。が、逆に言えば近づけば近づくほどに魔眼はその威力を増す。


「ラルフ! 破壊はできるか!?」


 俺の問いにラルフが首を振る。


「無理だ! 近づくと押し切られる!!」


「青炎でもダメか……!」


 魔眼の破壊は何度も試みた。だが、攻撃が届かない。ストラの多彩な魔法の数々も無数に、全方位を見つめる複数の魔眼によって無力化されてしまうのだ。

 よしんば俺たちが接近できたとしても、魔眼の連続起動で後退を余儀なくされる。


「畜生……アイツ、こっちが手詰まりなのわかってやがる!」


 目の前の異形は攻め手がないことを理解している。俺たちの魔力、闘気はいずれ尽きる。その時、俺たちには撤退かこの場での死しかないことをわかっているのだ。


 同時に直感が囁く。「後ろには死霊の軍勢がいる」と。


 俺はストラが張った岩壁の裏で項垂れるハルファに気取られないように倒れ伏すチカたち三人を見る。浮かぶ選択肢——切り捨てるか?

 俺たちが生残る上で、彼女たちを連れていく余力はない。撤退の判断——既に最良の機会は逸したが、まだ手遅れではない。


 ストラの怪我のこともある。ここは一度退くべき……そう決めた時だった。


「……してやる」


 ゆらりとハルファが立ち上がり、岩壁を切り裂いた。


「——ぶっ殺してやる!!」


 全身の毛を逆立て闘気を震わせ、怒りに満ちた表情のハルファが一直線に異形へと加速した。


「待てハルファ!」


「うるせえ止めるな!!」


 ラルフの青炎の守りを引きちぎりハルファが突貫する。


『キャハ!』


 雌しべの瞳がハルファを捉える——瞬間、闘気を纏ったハルファの右足が大地を蹴り上げ遮蔽を生み出した。


 超低姿勢——ハルファの異常に柔らかい関節が可能にする大地を抉るような鋭い疾走。同時に、闘気の爪を纏った両腕が大地を抉りハルファと眼の間に遮蔽を生み出し続ける。


 抉り、抉り、しかし、追いつかない。魔眼がハルファの肉体を捉えきれない。


「切り刻む!!」


 両手が大地を抉り噴煙のような土煙を上げる。異形は煙の中にハルファを探し——死角に爪を研いだ狼人が躍り出た。


「——ラァアッ!」


 異形の雌しべ、その首へと幻想の爪が叩き込まれる、その刹那。

 ——ギョロリ、と。雌しべの後頭部に巨大な目玉が生まれた。


「…………あ?」


 旋転する。

 闘気で生み出されたハルファの爪が砕け、右腕が不可解に捻れ砕けた骨が露出した。


「ざ、けんな……!!」


 新たに生成された魔眼が喜悦の円弧を描く。


「ハルファ!」


 俺は即座に斬撃を飛ばす——が、斬撃の軌道を曲げられた。


「曲がっ……!?」


 続けてストラやラルフ、イノリが魔法を連射するも、その全てが捻じ曲げられたように軌道を変えられ異形に届かない。


「なんで、近づけない……!?」


 前に進んでいる、そのはずなのに近づけない、進路が曲がる。前に進めない……!


 ハルファに、手を伸ばせない。


「クソが……!」


 見えているのに届かない。魔眼の餌食になろうとしているハルファに手を伸ばして、俺は奥歯を食いしばった。


『キャキャッ! キャハハハッ!』


 嗤う異形はクリスたちの死体を揺らし、葬列の中にハルファを加えようと瞳を廻す。


 ——そこに、巨人の影が降りた。


「ハルファくん、は……!!」


 肘から下の両腕を捥がれたヴィトウが、穿たれた肉体から鮮血を散らしながら割り込んだ。


「僕が! 殺させない……!!」


 肘から下がない、それがどうしたと言わんばかりに闘気を限界まで振り絞ったヴィトウの右腕が、魔眼に抉られながらも雌しべを殴り飛ばす。


 肘より上だけになった左腕で器用にハルファを抱き抱えたヴィトウが、ドーム状の空間全体に響くような雄叫びを上げた。


、僕が! ハルファくんを守る!!」

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