一つ目の鍵——“剣”

 時間は、エトラヴァルトの王城突入直後にまで遡る。


 黒煙があちこちで立ち上り、雨がざあざあと降り頻る中。冒険者ギルドを目指すイノリとストラは、研究区と居住区のちょうど境目で屋上に仁王立ちするラルフを見つけた。


「ラルフくん! なんでここにいるの!?」


「あ、イノリちゃん!」


 イノリの声に反応したラルフは、滑り落ちるようにして地上に着陸した。


「ギルドに向かう途中か? エトは?」


「エトくんは王城に行ったよ。“直感”が王城がやばいって言ってるって」


 エトのドンピシャな直感にラルフは苦笑いを浮かべた。相変わらず冗談みたいな超感覚だと。


「ってことはアイツは後で合流すんのか。……で、もしかしてその横の子が」


 ラルフの青色の瞳がストラを捉え、真上から見下ろされたストラはその身長差に驚くことなく淡々と見つめ返した。


「うん。加入予定のストラちゃん」


「ストラです。よろしくお願いします」


 非常時にも関わらず律儀にお辞儀をしたストラに、ラルフはつられて一歩下がってお辞儀を返した。


「ラルフです。こちらこそよろしく……と、俺のことはエと……二人からなんか聞いてるか?」


 イノリから視線で「エトくんのことバラさないでよ」と釘を刺されたラルフが絶妙にどもった。

 妙な間があったラルフの問いに、ストラは言われたことをズバッと言い切った。


「お二人からは『ヘタレガッツリスケベ』だと伺っています」


「お前らなあ!?」


 目の前のイノリとここにはいないエトの暴言にラルフは泣いた。


「ああ、雨が俺の涙を隠してくれる……とかやってる場合じゃねえや。悪いイノリちゃん、ギルドには二人で行ってくれ。俺にはやることが——」


「わかった。私は何すればいい?」

「わたしもお供します」


「ある……って、話聞いてたか!?」


「うん。聞いてたよ」

「もちろん聞いてました」


 ラルフの要望とは真逆の選択をしたイノリとストラはすでに確固たる決意を固めていた。


「ラルフくんも、この“何か”を止めるために動こうとしてるんだよね? そしたら、パーティーリーダーの私だけ安全な場所にいるわけにはいかないよ」


「この先お供させていただく身として、そして、この世界の住民としてわたしが逃げることはあり得ません」


「これ何言っても引かないやつじゃん……」


 こうなればイノリはテコでも動かないということを、ラルフは『湖畔世界』の一件でよく知っている。また、隣でやる気になっているストラも覚悟がガン決まっている類の人種であることを悟り、ラルフは説得を諦めた。


「わかった。でもどうすんだ? 今、魔法使えないだろ?」


 ラルフの指摘に、イノリは「うぐっ」と言葉を詰まらせた。


「そ……うなんだよね。さっきから何かに妨害されてるみたいで。ストラちゃんも使えないって話だから、魔力を魔法に変換する仮定を妨害されてるのかも」


「妨害、か……なら一つ、心当たりがある」


「ホント!?」


 イノリの食いつきに頷き、ラルフは一本のを指差した。


「さっき列車が通った時、体を流れる電気の不快感が増した。二人の寮から、最低でも居住区の端まで。これだけの広範囲を妨害するためには一つの装置や魔法じゃとてもじゃないが賄い切れない」


 そこで、ラルフは路線を走るに目をつけた。


「こっからは推測だが、あの列車に何かしらの仕掛けがある。 だっておかしいだろ。この非常事態に、列車は一切止まることなく動いてる。どこもかしこもパニックなのに全く乱れないなんてあり得ねえ」


 ガルナタル全域を走る列車は、等間隔で網目上の路線を走る。

 計算し尽くされた列車の発着は人々の生活を豊かにするものであるが、同時にごく僅かな狂いで破綻するほど、猶予が許されていないものだ。


 そんな代物が緊急事態の最中、一切乱れることなく走り続けている。これは明確な異常事態だと、ラルフは断言した。


「だからどうにかしてアレを止めれば、もしかしたら魔法が使えるようになるかも知れねえ。だけど——」


 ラルフが言い淀んだ先を、ストラがはっきりと言葉にした。


「時速50km以上で走る鉄の塊を、魔法も無しに止めるのは現実的ではありませんね」


「そうなんだよな。最悪、闘気で目一杯補強すれば……」


「やめておいた方が良いかと。おそらく、単身で異界に潜るよりも自殺行為です」


「だよなあ……」


 ほんの少し会話が進展したが、結局は「魔法が使えない」という点がネックになり議論は再び停滞した。


「……魔力を使わなければ、いけるかも?」


 そこに、イノリがそんな呟きを漏らした。


「イノリちゃん、なんか策あるのか?」


「策というか、力技というか……。後でエトくんにめちゃくちゃ怒られる方法なら、一つだけある」


「……! イノリさん、それは」


 ハッとした表情で振り向いたストラに、イノリが神妙な面持ちで頷いた。


「うん。私の“眼”を使う」


「眼? イノリちゃん、それどういう……待った」


 会話の要領を掴めなかったラルフは疑問符を浮かべながらイノリを見て、光のない左目を認めた。


「それ、いつから」


「一週間くらい前。魔眼の代償にやっちゃった」


「やっちゃったって、お前……!」


 軽々に致命的な発言をしたイノリにラルフは驚きを通り越して怒りすら覚えた。

 冒険者にとって体は資本だ。健康的な肉体の維持がそのまま異界での生存率に直結する。にも関わらず、イノリはあっさりと、視界の左半分を失ったことを受け入れていた。


「自分が何言って——」


 そのことに、ラルフはどうしようもない、呆れと怒りをない混ぜにした感情を吐き出そうとして、やめた。


「……いや。アンタはそれをわかった上でやる人だもんな」


「ごめんねラルフくん。事後報告になっちゃって」


「ちなみに、エトはなんて?」


「特に何も……っていうのは変だけど、うん。何も言わなかったよ」


「……そか」


 エトが仲間に無関心というのはあり得ない。

 関係ない赤の他人すら平気で助けようと命を張れる男が、仲間の怪我について何も言わなかった。つまりそれは、イノリの覚悟を尊重したのだとラルフは判断した。


 実際には疲れて甘えていたことをイノリが言いたくなかっただけで、エトはしっかり驚いたし心配もして、ついでに下手人である紅蓮に確かな殺意を飛ばしているが。


「ちなみにだけど、その魔眼の効果は?」


「魔力使わずに、私の時間魔法を使える。視界の内側にだけ、だけど」


「……………? え、は!?」


 他の魔眼と同列に扱ってはいけない類の明らかな『激ヤバ』な代物にラルフは頭痛を覚えた。だが同時に、光明が見えた。


「なんかとんでもねえ眼持ってんなイノリちゃん……それじゃあ」


「うん。列車は私が止める。ラルフくんは、やらなきゃいけないことをお願い」


「では、わたしはイノリさんの護衛に。暫くは役立たずですが、魔法さえ解禁されれば多少イノリさんの負荷が減るかと」


 三者は同時に頷き、二方に散った。




◆◆◆




「魔法が使えたってことは、ウチのリーダーがしっかり仕事果たしてくれたってわけだ」


 青炎を滾らせるラルフを前に、絡繰は予想外の——本当に予想外の事態に押し黙った。


「なんかさ、わかんだよ俺。200年前のことをごちゃごちゃと言ってたけどよ。?」


『——!?』


 機械であるが故に。

 本体の動揺を、絡繰は敏感に表現してしまった。


「内側から崩すのは常套手段だよな? 中で争ってくれりゃ、こっちが手を出さずとも勝手に弱体化してくれる。こんなに楽なことはねえ……そうだろ?」


 その手口を称賛するような口ぶりで、しかし、ラルフは全く笑っていない。


「遊びすぎなんだよ、アンタ。無駄に敵意を煽って、想いを、魂をもてあそんだ。だから俺が間に合ったし、


 各所で轟音が響く。

 徐々に弱まってきた雨の中、陽動のための爆発とは違う。それはだった。


「魔法を使えるようになった奴らが絡繰たちに反撃を始めた。大勢死んだし、まだ、大勢死ぬ。それでもまだ終わっちゃいねえ! 魔法はこうして存在してる! だから俺が、ここで剣を守り抜く!!」


『根無し草の流浪者が、一丁前に英雄を気取るな!』


 残存するグリード三機と六臂アスラ21体が戦意を持たない剣に背後を向けラルフへと殺到する。

 青炎を纏うラルフは闘気による硬化を一層強固に歯を食いしばった。


「エトやイノリちゃんは関係ねえ……俺はずっと! こうして! 前を向いて戦いたいと思ってたんだよ!!」


 腹の底から湧き出る恐怖を噛み殺しラルフの大戦斧が唸る。僅か一振りで六臂アスラを解体し、前方から迫るグリードの袈裟斬りを左の剣で受け止める。


「『猛れ』!」


 咆哮の瞬間、剣の炎が勢いを増し斬撃が加速した。

 速さはそのまま力へと変換され、強引な力押ししかできないグリードを両断、勢いのままに右手が大戦斧を長く持ち一帯を薙ぎ払った。


「オラオラオラァ! 孫の手のほうがまだ痒み感じるぞ!」


 絡繰の斬撃をまるで意に介さない、ラルフの独壇場がそこにあった。

 次々と絡繰を撃破し獰猛な笑いを上げるラルフの姿は炎の嵐に相違なく、無双というべき八面六臂の大活躍。


 それと同時に、剣魔一体の姿。未熟さを残すも、それは紛れもなく幼い頃のザインが目指した、一つの未来の形の入り口だった。


「お前は、一体、いつのまに……」


 

 ザインはラルフの戦力をそう評した。

 無論、絡繰とラルフの相性が非常に良いのは間違いない。だが、今のラルフのそれは、ザインとの修行の日々の彼の姿とは一線を画する。


「壁を、越えたのか。この、瞬間に——!」


 人の成長は規則的で不規則だ。

 最初は緩やかな坂道はやがて小さな階段に変わる。階段の幅、高さは徐々に大きくなり、まもなく壁となる。

 遂には崖、あるいはそれ以上の何か——人の成長というのは、本人にすら予測できない。


 ラルフは、今この瞬間。

 激情をトリガーに内なる恐怖に打ち勝ち、自らが望んだ在り方に——『湖畔世界』で憧れた二つの背中に並び立った。

 即ち、損得勘定など抜きにという我儘。


 欲望に忠実でありながらどこか現実的で臆病だったラルフは、我儘を知って強くなった。


『ふざけるな……ふざけるな! 冒険者ごときが、他世界の何処ぞとも知れぬ馬の骨が!!』


「うるせえよ、絡繰越しにしか喋れねえ小心者が」


『貴様ァ……!!』


 最後のグリードの脳天をかち割ったラルフが、攻撃性能を持たない絡繰の前に立ちはだかった。


「俺たちは、お前らには負けない! 絶対にだ!!」


『』


 返答を許すはずもなく、ラルフの剣が絡繰を塵芥へと焼き払った。

 青炎が霧散し、同時に闘気も収束する。

 戦い終えたラルフは、しかし今は休むべき時ではないとザインたちを振り返った。


「いくぞ師匠! もう、やることはわかってんだろ!!」


 弟子の乱暴な手によって無理やり立ち上がらされたザインは、いつもの、心底憎々しげな表情を浮かべた。


「一端の口きくようになったじゃねえか。ああ、お前に言われずともわかってる。だが——せっかくだ、お前が焚き付けろ。そっちの方が効く」


「それじゃ遠慮なく——俺たちは今から『絡繰世界』を討つ!」


 ラルフの気迫の込もった声が大気を揺らす。

 単騎での無双をみせ、部外者でありながら誰よりも怒りを叫んだラルフの言葉が、“剣”たちの闘志に火をつける。


「今ここに可能性がある!! 『絡繰世界』を倒し! 退ことができる可能性が! 今ここにある!!」


 彼らは許されないことをした。

 彼らの武装蜂起が此度の騒乱の引き鉄になったことは言うまでもない事実だ。

 だがそれ以上に、200年にも渡って闇から『魔剣世界』を笑い続けてきた存在が今、目の前にいる。

 『魔剣世界』を歪んだ形に陥れた元凶がここにいる。


「奪われた尊厳を取り戻す時が来た! 此処は『魔剣世界』だ! 魔法と剣、その両方が集う世界だ!! 魔法は今、反撃の狼煙をあげた! 次は俺たちの番だ!」


 罪悪感も、燻る苛立ちも、劣等感も、確かにある怒りも、全て押し込めて。

 剣は、今度こそ正しい意味をもって振るわれるべきだとラルフは


「戦いの時だ————」


 剣が、道をさし示した。


「進めえーーーーーーー!!!」


『——ぉぉおおおおおおおおぉおおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおぉおおおおおおおお!!!!』


 世界を震わせる雄叫びを上げ、ここに剣が再起した。




◆◆◆




 その光景に、ザインは胸を大きく跳ねさせた。

 同志たちの胸に特大の炎を燃やしたラルフの姿。それは、ザインが憧れた——


「待って師匠! このあとどうすればいいんだ!!?」


「…………はぁ?」


 やっぱり勘違いかも知れない。

 急激に肩の力が抜けたザインは、おもいっきり呆れ果てた声を上げた。


「ったく締まらねえなお前は! 全員、3人一組で散開しろ! もう動きもわかっただろ! 一体につき十秒だ! 真似っこのガラクタ共に本当の剣を見せつけてやれ!!」


『了解!!』


「来い馬鹿弟子! お前は俺とあのバカでけえ船を追う!」


「……応!」



 反撃の火が広がる。

 剣は、正しい方を向いた。


 そしてもう一つ、変わるべきものがあった。




◆◆◆




「オ〜ッホッホッホッホッホッホ!!」


 その少女は、絡繰を前にしてなお、不遜極まる笑い声を上げていた。


「このリディア・リーン・レイザード! 窮地にあっても艶やかに! 美しく……ちょっとお待ちになって!? 多い、多いですわよ!? わたくし一人に10人は多いのではなくって? ふぇあぷれいの精神はありませんの!? あとそんな野蛮な武器はお仕舞いになってくださるかしら? わたくしか弱い乙女ですのよ!? あの本当に多いお一人ずつ順番に五分間隔でティータイムを挟んでいただけるかしら!? ちょっとお待ちに——戦略的撤退ですわ〜! オ〜ッホッホッホッホッホッホ!!」


 を握る少女はエレガントな笑い声を上げ、刻一刻と数を増す絡繰からの大逃走を繰り広げる。

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