夢見た世界は
——ザイン。“剣”として生きることに、後悔はないのか?
もう10年以上も昔のこと。
鎧を脱ぎ、剣を置いた実父の言葉に、ザインは躊躇いなくこう返した。
「あるわけがない。俺は、この剣を誇りに思っているのだから」
祖父の剣に魅せられた。
幼年の記憶に焼きついて離れない、洗練された美しい舞のような剣技に憧れた。
幼いながらも、この世界が剣を嫌うことをザインは理解していた。それでも、彼の心は揺るがなかった。
日の当たらない場所で生涯を終えることになったとしても、剣を継承することに何一つ迷うことなく、ザインは錆きった剣を執った。
そして——
◆◆◆
狭まる絡繰の包囲網の中、ザインの剣が暴れ回る。
錆びつき、切れ味など欠片も残っちゃいない剣をもって絡繰を刻む。
一閃、次の瞬間には二閃。
一歩踏み込む度にザインの肉体が、剣閃が加速していく。
既に斬撃は音速を超え、僅か一秒で9の絡繰が両断された。
しかし、絡繰の数が減らない。
元々彼らを包囲していた絡繰の背後から、周辺の住民を鏖殺した血濡れの六臂が波となって押し寄せる。
疲れを知らない絡繰に対して、ザイン以外の同志が少しずつ劣勢に立たされていく。
『流石は『魔剣世界』の剣! こんな状況であってもその鋭さに翳りが見えないとは! 素晴らしい! 嗚呼——』
ただ一体。優雅に屋根上からザインたちを見下す饒舌な絡繰は、隙を見て放たれた闘気の刃によって首を断たれた。
『——全くいい勉強をさせて頂きました』
自身の破損を一顧だにせず、絡繰は不快な機械音声で笑った。
「なんだこいつら!? 急に、やりづれえ……!」
血濡れの六臂と接敵した一人の同志が声音に困惑の感情を宿す。
「息苦しい……なにこれ!?」
「俺たちの剣筋が、読まれてる……!?」
否。足運びから呼吸に至るまで、全て、彼ら“剣”の術理が見抜かれていた。
『カカッ、クカカカカカカカッ! これだから学のない馬鹿は扱い易い!』
首だけになった絡繰は他の絡繰に自分の頭を拾わせ、わざとザインたちの視界に入るようにして嗤った。
『剣筋を読む? 何を馬鹿なことを! 貴様らの剣はとっくに
刹那、絡繰のテンポが変わる。
打ち付けられたブレードの重み、続く足運び、連撃。
「ざけんな——」
絡繰が繰り出した見覚えのある、
一人の喧嘩っ早い同志がブチギレた。
「これは……
『その通っっっり!! 正解っっっだぁ!!』
最早声にすらならない奇怪な怪音声。しかし、それが冒涜的な笑い声だということは誰の耳にも明らかだった。
『この絡繰には、貴様ら剣の術理をプログラムしてある! 時間だけはたっぷりとあったからなあ! 中々の再現度だろう!? ほらほらどうした? 反撃の手が鈍って……おや!』
剣の嵐が道を切り開き、ザインが単身、饒舌な絡繰に突貫する。
「貴様は——どれだけ剣を愚弄する!?」
『馬鹿に馬鹿と言って何が悪い、というやつだよザイン!』
振り抜かれたザインの剣を、一体の絡繰が受け止めた。
「——ッ!?」
その手応えの重さに、ザインの瞳が驚愕に揺れる。
『カカッ! 驚いたろうザイン!? 貴様個人の戦力は我らもそれなりに評価していてな——貴様への特注品だよ!!』
生首の声に呼応し、ザインの頭上から追加で三体の絡繰が落着する。
光沢を帯びた銀の外郭。
他の絡繰より一回り大きい体躯。
腕は二本だけと控えめだが、余計なオプションがない分、基礎性能は段違いに高い。
『それ一体で
「……チッ、成金趣味が!」
口では悪態をついたザインだが、内心では絡繰の性能に舌を巻き焦りを感じていた。
(硬すぎる……! 対斬撃に特化した専用機か!)
呼吸と歩法、絶え間ない技と技の連結を紡ぎ加速するのがザインの剣だ。
時間を追うごとに手がつけられなくなる攻撃。強いて弱点を挙げるのなら、初段の攻撃を止められた場合最大の効果を発揮しないという点。
ザインの練り上げられた闘気と技量があれば、その弱点は機能しないはずだった。
「……クソッ!」
が、対ザイン専用機“グリード”にはその刃が徹らない。
自らの剣技を封殺されたザインは、後方から聞こえる同志たちの悲鳴にも似た叫びと四体のグリードに押され、じわじわと削られていく。
『安心したまへザイン! 君たちの剣技は我ら『絡繰世界』がきちんと受け継ぐとも! 復讐の本懐も! 何かを残したいという悲願も!! 我々が果たしてやる!』
「——違う! 俺は、俺たちは……がっ!?」
ほんの一瞬疎かになった防御を貫き、一機のグリードの蹴撃がザインの脇腹を抉った。
途方もない衝撃にたたらを踏み、連鎖的に生じた隙に、ザインの全身が切り刻まれた。
「…………!」
ザインがその場に膝をついた。
「ザイン様! クソッ……退けよ!!」
「コイツら、一体どれだけいるのよ!?」
「ザインさん! ……立ってくれ、リーダー!!」
『どうした? 仲間が呼んでいるぞ?』
ボディを取り替えた絡繰がザインの目の前に立つ。グリードによって拘束され、地面に押し付けられたザインがくぐもった声を出す様を見て、饒舌な絡繰は愉悦の感情を覗かせる。
『お疲れ様、剣の諸君。貴様らの役目はこれでおしまいだ。さて、ザイン。貴様の脳は有益だろうからな。これから摘出させてもらうが……何か遺言はあるか?』
「…………」
『だんまりとは興醒めだ。ああ、安心したまえ。魔法への復讐は我々が代行してやるとも、貴様らの剣でな。……本望だろう?』
ざり、と。
ザインの左手が地を掴み、喉が震えた。
「……がう」
『何か言い残すことは見つかったか?』
「違う。俺は……復讐、など。考えては、いなかった」
『…………は?』
ザインから飛び出した言葉の意味を理解し切れず、絡繰は思わず疑問の声を漏らした。
『止まれ、我が私兵たち……貴様、何を言っている? 復讐する気がないだと?』
「ザイン様……?」
攻撃停止を命令された
「俺、は。この、世界を……変え、たかった——」
◆◆◆
34年の人生の中で、ザインがずっと心に秘め続けていた本心がある。
少年は——ザインは。
指先一つ、言葉一つで魔法陣を描き、世界の法則を塗り替える技術。
魔法はザインにとって、この理不尽な世界を塗り替える可能性に感じられた。
「この世界は、『魔剣世界』だ。だったら、魔法と剣、どっちも使えたっていいじゃないか」
幼いザインはそう願った。
しかし、彼に与えられたのは剣の才能のみ。彼に残された道は、苛烈な剣閃をもって理不尽な世界の中に道を切り開くことだった。
そうして年月を過ごし、ザインは一人の少女を見つける。
その少女は、魔法学園に通っているにも関わらず、魔法を使えない劣等生だった。
ザインは見た。
剣を弾圧する魔法の、そのさらに内側ですら発生する格差、差別を。
その歪んだ姿を見て見ぬふりするどころか、むしろ肯定しエスカレートさせる貴族の姿を。
運命に抗う幼い少女を世界ぐるみで否定する狂気の沙汰。醜い世界の姿に、ザインは心底失望した。
◆◆◆
「変えたいと、そう思った。魔法は、素晴らしいものだ。この世界の繁栄は、魔法なくしてあり得ない」
ザインの言葉には、不思議な説得力があった。
同志の多くは自分たちを虐げる魔法に恨みを持ち、復讐しようと企てる者——
もちろん、男教師のルアンのような憎しみを持つ者は一定数いる。だが、200年の中で剣は衰退した。その数を大きく減らし、弾圧は最盛期の頃のような激しいものではなく、むしろ惰性に近いものだ。
——伝統的にそうだから。
そんな同調圧力に似たものを原動力にしているのが今の弾圧だ。
だから、剣の多くは慎ましく、静かに暮らしている。
それでも剣に魅せられた者たちが集って生まれたのが、ザインを筆頭にした蜂起勢力だ。
だから、ザインの発言を——業腹だが理解できた。
「幼い子どもたちにすら差別を強いて、運命に抗うものを殺すこの世界は、間違っている……変えたいと思った。たとえ、血を流すことになろうと」
もっといい方法があるかもしれない。
もっと確実で、優しい手段があるかもしれない。
だが、ザインに取れる手段はこれしかなかった。
「例え、剣の名が真に悪名に変わろうと……俺は! この世界を、変えて……歪んだ、差別のない世界を……!」
ミシミシと全身の骨にヒビを入れながら、筋肉に鞭打ち、精神力だけでザインはグリードたちの拘束を解こうとする。
「幼い俺が憧れて、しかし才能がないと諦めた魔法を諦めない、あの少女が!!」
灰色の澱んだ瞳に少年の頃の輝きを僅かに想起させ、ザインは歯を食いしばった。
「——魔法を! 夢を追い求められる……そんな世界に変えたいんだ……!!」
『叶うわけないだろう、そんな夢物語!!』
激昂した絡繰がザインの顎を蹴り抜いた。
「ごっ——!?」
脳を揺らされ四肢の力が抜けたザインが再び地に這いつくばり、脳天を絡繰が踏みつけた。
『正視に耐えない戯言だなあザイン! 貴様がそこまで腑抜けだったとは思わなかった!! だが、まあいい! であるのならば! 貴様が変えたかった世界は今日終わる!! 絡繰世界の手足となって生まれ変わる!!』
ブレードを受け取った絡繰が、緩慢な動作で振り上げられた。
『貴様の行動は何も産まない! 何も変えられない! この世界を終わらせるのは貴様だ、ザイン!! 貴様が分不相応な夢を抱いたことでこの世界は消えるんだよ!!』
ブレードが振り下ろされる。
同志たちの悲鳴が聞こえていて、しかし、ザインは指一本動かすことができなかった。
突きつけられた無力感に、ザインは目を閉じて——
「『吼えろ猛炎』——ッ!!」
その
頭上、大戦斧を振りかぶった一人の男が言霊を唱え、日輪を思わせる巨大な青い炎を顕現させた。
「吹き飛べぇええええええええええええええ!!!」
裂帛の気合いと共に振り抜かれた大戦斧に従い、青炎が地上を舐めとるように走り抜け、
『なんだ!?』
完全に不意を突かれた絡繰がグリードに庇われ後退を余儀なくされる。
生まれたザインと絡繰の間の空間に、一人、着地する。
「師匠、俺は決めたぞ」
炎髪をたなびかせ、大戦斧を肩に担ぐ男——ラルフは。
歯を食いしばり、怒りの形相で絡繰を睨みつけた。
「俺はアイツらをぶっ飛ばす!!」
「なんで、お前、が——」
来るはずのない援軍に、ザインが顔を上げ、剣の同志たちがあらん限りに目を見開いた。
「あの男は、確かザイン様の——」
「スケベ男、なんでここに!?」
「というか、今の魔法か!?」
そう。
魔法である。
『何故だ!? 何故魔法を使える!? ガルナタル全域には対魔パルスが出て——ないだと!? 何があった!!?』
予想外の連続に取り乱す絡繰。
その姿を前に、ラルフはため息を一つはいた。
『…………!』
そのたった一つのため息に含まれる怒気に、絡繰は無意識に一歩退いた。
「ほんとはさ、師匠を止めるつもりだったんだ。だって、やっぱ間違ってるから。俺が知る限り、この世界のことを誰よりも愛してる師匠が壊す側に回るなんて、そんなキツいことねえだろ」
ラルフは、闇市で買ってこっそりザインの服に取り付けていた集音器を取り外した。
「お前、いつのまに——」
「やっぱ、俺は間違ってなかった。師匠はこの世界が大好きで、剣の奴らも、極悪人ってわけじゃねえ。勿論みんながしたことは許されねえよ。でも……違えよな」
憤怒の瞳が、絡繰を射抜いた。
「お前らだ。お前ら絡繰が、師匠の……いいや! “剣”の誇りを踏み躙った! 聖杯奪取? 世界の簒奪!? ふざけんじゃねえぞ!! 尊厳も、誇りも、想いも踏み躙って!! 壊したのはお前らだ! この世界を終わらせるのは師匠じゃねえ!! お前ら『絡繰世界』だ!!」
責任転嫁も甚だしいとラルフが激昂する。
『根無し草の冒険者風情が、世界同士の戦いに口を挟むな!!』
四機のグリードが石畳を砕き割りラルフに肉薄——それぞれが両手に構えた計八本のブレードがラルフを強襲する。
対峙するラルフは、仁王立ち、眦を決する。
「“剣”は! こんなに軽くねえよ!!」
燃え盛る炎のような闘気が膨れ上がり、全てのブレードを
『ばっ——!?』
「「「「な————ぁ!!?」」」」
その場にいた誰もが、たった一人、口元に淡い笑みを浮かべるザインを除いて、ラルフの埒外の頑強さに二の句をつげなくなった。
「踏み込みが甘い! 呼吸が軽い! 斬撃の角度がぬるい! 剣は——この世界の剣技はこんなもんじゃねえ!!」
青炎を纏った大戦斧が振り抜かれ、一機のグリードを熔断する!
対ザイン専用機グリードは、能力値の全てを対物理に特化しているゆえに、それ以外への——特に、魔法への抵抗が極端に弱い。
魔法によって生み出された青炎を纏った大戦斧の一撃はグリードにとっては弱点そのものである。
「剣技を受け継ぐ? 冗談も大概にしろよ、『絡繰世界』!」
右手が大戦斧を短く持ち直し、左手が一振りの剣を抜き放つ。
「師匠たちの剣を、何百年と紡がれてきた歴史を! そう簡単に模倣できるわけねえだろ!!」
歪な二刀流になったラルフが、剣の切先を絡繰に向けた。
「ぶち壊してやるよ、お前らの200年を! 俺が——俺たちが!! お前らの計画を打ち砕く!!」
立ち昇る青い炎が、今ここに反撃の狼煙を上げた。
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