交錯する想い

 研究区の一画。

 魔法学園に通う生徒たちが多く住む集合住宅地に剣戟が響き魔法の残滓が舞う。


 六腕ろくわんの絡繰とイノリの戦闘は、終始絡繰が主導権を握り続けていた。


「コイツ、強い……!?」


 中途半端な魔法では傷一つ付かず、白夜と極夜——魔剣の切れ味を持ってしても貫けない装甲。おまけに、エトラヴァルト並みの機動力。


 体感では危険度4〜5の中間に位置する魔物と同格か。


 四刀と2丁拳銃による波状攻撃に奇妙ながあることが唯一イノリに利する要素ではあるが、逆にいえばイノリ自身が絡繰を上回っている要素は一つとしてないという事実がそこにある。


「『旋転せよ、鉄鎖の檻』!」


 息つく暇もない絡繰の連撃の中、無詠唱で無理やり肺に酸素を送り込みイノリが鋭く叫ぶ。

 後退と同時につま先が鳴らした地面に魔法陣が出現し、絡繰の足を絡め取った。


『——損害軽微。脅威度・低。戦闘続行』


 が、一顧だにせず。

 絡繰は自身の誇る高出力のままに鎖をコンクリートごと大地から引きちぎりイノリへの接近を試みた。


「え、嘘!? 馬鹿力すぎない!?」


 閃く四刀に対して、イノリは短刀2本での迎撃を強いられる。更に、飛び道具が二つ、常にイノリの肉を食い破ろうと照準を定めている。

 そんな劣勢であるにも関わらず、イノリ以前より遥かに向上した体捌きと状況判断をもって猛攻を凌ぎ続けていた。


 この一ヶ月磨き続けてきた魔法の数々や、持続時間と強化上限の伸びた身体強化魔法。更に、エトラヴァルト(シャロン)との立ち合い。


「エトくんと! 訓練しといて……、よかった!!」


 四刀あるにも関わらず剣のはエト以下。時折飛んでくる弾丸も、地面から生成されるあの厳つい鉄杭に比べたら生やさしい。そう内心で笑うイノリだが、防御に手一杯で打開策がないのもまた事実だった。


「『旋転せよ、鉄鎖の檻』!」


 打開のための一手に、イノリは再び同じ魔法を発動———今度は先ほどの数倍の鎖を生み出し絡繰の全身を捉えようと鎖が唸る。

 その瞬間、剣が閃いた。


『学習完了。兆候記憶——データ転送開始』


 赤の複眼を不気味に点滅させた絡繰が斬撃を周囲に見舞い、自身を捕えようとする鎖を斬り千切った。

 しかし、イノリに驚きはなく、冷静に次の魔法陣を描いていた。


『転変せよ、刺し穿つ鏃』!』


 白夜を逆手に持った右手が指を鳴らし、乾いた音を聞いた鎖の破片たちが一瞬にしてその姿を鏃へと変え絡繰に殺到した。

 鏃が生まれた瞬間なぜか露骨に動きを鈍らせた絡繰の手足の間接部に無数の鏃が突き刺さった。


「『転変せよ、膨張する鉄細工』!」


 もう一度指を鳴らす。

 直後、鏃が赤く赤熱しその身を大きく、刺々しく膨張させ弾けた。

 熱と圧力、そして物理的衝撃の三段構えに絡繰の間接部は悲鳴を上げ堪らず爆砕した。


『——損傷を確認。被害甚大』


「よし!」


 狙い通り絡繰を無力化することに成功したイノリは絡繰への警戒は怠らずに周囲を見渡す。


「遠いとこまで移動しちゃった。さっきの子は、まあもう無理だろうけど……」


 他人の生死に憤るほど、イノリは自分の内側に他者を思いやれる領域がないことを自覚している。だが、曲がりなりにも同じ学園の生徒。


「たまに話に上がってた学園生徒の行方不明者って、アレが原因だったのかな……?」


 あんな薄暗い場所でひっそりと一人終わらせるのは、少し薄情な気がした。


「戦闘跡辿ればいいかな? ああでもその前に完全に息の根止めないと——は?」


 その光景に、イノリは絶句した。


『——損傷甚大。対象脅威度上昇。現時点での排除を推奨——承認。


 確かに壊したはずの絡繰。胴体と泣き別れて転がった頭部から生き物のように、水のように金属が流れ出す。

 確かな目的を持って流れる流体金属は散らばった自身の破片、腕や足に纏わりつき、飲み込み——ずるずると地面を這う吐き気を催す、命なき絡繰の生物然とした姿にイノリは呼吸を忘れて立ち尽くした。


 やがて少女の目の前には、開戦前と変わらぬ傷ひとつないボディを得た絡繰が立っていた。


「嘘でしょ……!?」


『——行動再開。最優先排除対象、確認』


 緑の瞳がイノリを捉え、加速。

 同時に振り下ろされた4本の剣が真上からイノリを押さえつけた。


「このっ……!」


 間一髪、銃身内部に細工を施すことで発砲自体は防げたが、不意を突かれたことにより正面からの力押しに持ち込まれた。

 馬力で劣るイノリにとって避けたい展開であり、絡繰はこれまでの戦闘データの蓄積から確実にその一手を押し付けてきた。

 更に、防御に両腕を回していたイノリに絡繰が鋼鉄の足で回し蹴りを見舞った。


「うぐっ——!?」


 たった一撃で内臓を破裂させる威力の蹴りを受け、身体強化をした上から肋骨を叩き割られたイノリの口から鮮血が溢れた。


「ゴホッ——……う、ぐぅああ!?」


 堪らず膝を付き、押し込まれていく。

 ジリジリと剣がその圧を強め、イノリの髪に触れた。



「——ったく、見てらんねえな」



 虚空から声が響く。

 記録にない音声パターンに絡繰の複眼が空間を精査する中、それは忽然と絡繰の背後に立ち、左手の手刀で軽々と絡繰の胴体を貫通させた。


「あらよっと!」


 そのまま胴体を鷲掴みに、軽々と絡繰を上空に投げ飛ばした。


「よおイノリちゃん! しんどそうだな!」


 軽薄で、この場にあまりにも似つかわしくない声。

 宵の口を思わせる髪に真紅の瞳を輝かせ、濃厚な血の香りを纏った吸血鬼がヘラヘラと笑いながら立っていた。


「ぐ、紅蓮さん!?」


「おう! 会いにきてやったぜ。——ま、ちと待ってろ」


 空中を舞う絡繰が銃身の崩壊を考慮せずに連続発砲。

 計十発の弾丸が全て紅蓮へと殺到し、四肢や目、耳を吹き飛ばした。


「キヒヒッ! 危ねえもん振り回してんなあ!」


 全身を撃たれた紅蓮はまるで意に介さず、散った肉や骨、鮮血の悉くが霧へと転じた。


「俺ァまだ投資中なんだよ。第三者との取引で暴落すんのはナンセンスじゃねえか?」


 霧が転じて無数の小刃となり射出。超音速を軽々と超えた刃の群れが空中で身動きの取れない絡繰に殺到し、その身を粉微塵に切り刻んだ。


 唯一血の刃を生き延びた頭部が落下し、紅蓮の右手が容赦なくそれを握りしめた。


「チッ……胸糞悪いもん作りやがって」


 紅蓮は角度を調節しイノリに末路が見えないようにしてから頭部を握り潰し、煉獄で灰も残さず燃やし尽くした。


「……よっ。久しぶりだなイノリちゃん。可愛い制服着てんじゃん」


「紅蓮さん、なんでここに……?」


「投資先の様子を見にきただけだ。そしたらなんかピンチになってっからな。ちょっとした追加融資だ」


「……無理に難しい言葉使ってまで頭良さげに見せなくて大丈夫だよ?」


「あれぇ!? 俺窮地を救った筈なんだけどなあ!?」


 イノリの容赦ない一言に紅蓮はおいおいと嘘泣きをした。


「——まあ真面目な話、久しぶりにギルド寄ったら、アンタらがここで足踏みしてるって聞いてな。様子見に来たんだ——立てるか?」


 差し出された紅蓮の手を借りずに、イノリは折れた肋骨に強化魔法を集中させ痛みを低減、一人で立ち上がった。


「大丈夫だよ」


「そうか。——なら、ひとつ聞かせろ」


 笑みが消える。

 普段のヘラヘラとした顔と態度を消し、重厚な威圧感と殺気を押し出した紅蓮が真紅の瞳でイノリを正面から見た。


使?」


 全身が押し潰されそうなほどの濃密なプレッシャーに、イノリは声を出せずにただ喉を鳴らした。


「あの瞬間……いや、もっと前。戦闘開始と同時に使えばよかった筈だ。なんで使わなかった?」


「……」


「練習、新しい戦術の模索——そんな綺麗事は要らねえぞ? いや、この問答自体要らねえか」


 紅蓮は大きく息を吐き、より一層プレッシャーを強くする。あまりにも強烈なソレに、周囲の空間が一段、光を失ったようにイノリの目は錯覚した。

 自分を射抜く真紅の両目に宿る確かな殺意にイノリの全身から汗が引き、骨の芯まで凍るような恐怖が這う。


「先に言っておくぜ、イノリ。アンタに才能はねえ。そんなアンタが、利点である時間魔法を使わねえなんてヌルいことやって、この先エトに着いていけんのか?」


「そ、れは……」


「お前の兄と姉を探すっつう覚悟は、術者の寿命の著しい低下——を気にする程度のモンだったのか?」


「——違う! 私は、兄ぃとおねえを見つける! 絶対に!!」


 反射的に叫んだイノリに対して、紅蓮はあくまで殺意の瞳のまま。コキリと首を鳴らし、右手でイノリに「来い」と示した。


「なら、証明して見せろ。覚悟を示してみせろ、イノリ。一度だ。一度、俺に攻撃を当ててみろ。魔法でも剣でも打撃でも、砂かけでもなんでもいい」


 イノリの両目が、あらん限りに見開かれる。

 嘘を言っていない、本気の目。紅蓮が今、本気で自分を見定めようとしていることをイノリは悟った。


「エトと旅を続けてえなら、兄と姉を本気で見つけてえなら、ここで俺に勝ってみせろ。できなきゃ俺が、アンタを




◆◆◆




 図書館内を疾走する槍使いを追走する。

 後方、俺を追う剣使いに魔法による砲撃の兆候はなく、遭遇時に感じた“隠密行動”という印象は間違ってないことが窺えた。

 彼らに器物損壊の意思はない。が、邪魔者の排除には一切の躊躇がないのもまた事実である。


 槍使いが振り向き様に俺の喉目掛けて槍を突き込む。

 エストックでは有効範囲が広く屋内での戦闘は不向き——そう判断した俺は剣を手放し、無手で迎撃を選択。

 槍の穂先に右手を添え軌道を逸らし、真下から左手を柄に叩き込んだ。


「フッ——!」


 木製の柄は脅威的な耐久力を発揮し俺の拳を弾く。同時に背後から袈裟斬りの気配。大きく身を屈め、そこに足払いを掛けられる。


「やべっ!?」


 バランスを崩した俺の背に槍と剣が触れる。


「こんの!」


 直後、俺の右手が床を引きちぎらんばかりに握り込み、全身に強烈な回転を加えた。

 両者の刃が背を浅く抉るが、闘気による強化を得た背骨が回転の後押しを得て刃を弾き致命傷を回避する。

 俺は右手に握り込んだ床の端材に硬化魔法を仕込み、剣使いへ目潰しとして投擲。


「——ぐっ!?」


 目潰しを受けた剣使い——声からして男だろうか——が苦悶の声を上げた。


「次はアンタだ!」


 連携が乱れた瞬間槍使いに肉薄し、その身体を抱え込むようにして窓の外へと投げ飛ばした。

 投げた感触からして女な気がする。


「俺の排除を優先……そんな感じか」


 一瞬剣使いの男を見遣るが、目的は後回し——そんな気配があった。

 俺が槍使いの女を追って外に出ると、予想通り、男は侵入を後回しにして女と挟み撃ちの構図で俺を抑えにきた。


「できれば早々に引いて欲しいんだけど……?」


 昼寝したとはいえ時刻は10時をとっくに回っている。このままでは夜更かしは確定。明日以降の寝不足は避けられないし、ストラのこともある。俺が引き入れたいと言った手前、イノリに任せきりにはしたくない。

 そんな感じで戦闘には消極的な俺だったが、どうやら二人組はそうじゃないらしい。


 ……しかし、この二人の視線。最近どこかで感じたものに似ている気がするが。果たしてどこで感じたものか、はたまた勘違いか。


「……その、制服」


 そんなことを考えていると、剣使いの男がフードの向こうから、男の中でもかなり低いハスキーな声で語りかけてきた。


「魔法学園のものだろう。まさか剣を使うとは、な」


「あれ、喋っていいんだ? 隠密行動じゃないのか?」


「貴様に心配される筋合いはない」


「そりゃそうだ。あと、俺は生徒だけど留学生だ。本業は冒険者だよ」


 俺の素直な返答に男が頷いた。


「なるほど、理解した。面倒な時期に来たようだな」


 その面倒ってのは目の前のアンタらなんだけどな……。


「理解があって助かるよ。ってなわけで、俺としては問題になる前に引いて欲しいんだけど?」


「それはこちらの言い分でもあるな。冒険者なら、厄介事に関わりたくはないだろう」


 厄介ごとって自分で言うのかよ、と内心で突っ込む俺。だが、そうヘラヘラとしている余裕は刻一刻と失われつつあった。

 俺を挟む男女二人が、本気を出そうとしている。膨れ上がる戦意に、直感がガンガンと警鐘を鳴らしていた。


「それはアンタの言うとおりなんだけどさ」


 だが、引く気にはなれなかった。


「ここ、俺の大切な仲間が大好きな場所なんだよ。そいつの今があるのはここのおかげでさ。だから、ここの何かが欠けるのは容認できねえわ」


 ストラにとってここは知識を溜め込む地であり、自分の夢と、願いと出会った場所だ。そこを荒らされるのを、黙って見過ごすわけにはいかない。


 エストックを再生成する俺を見て、男は交渉は不可能だと判断したのだろう。

 僅かなハンドサインの後、両者から闘気が放出された。

 対する俺も白銀の闘気を放出し、同時に身体強化魔法を使用する。


「征くぞ、冒険者」

「止めてみなさい」


「来いよコソ泥。お巡りさんに突き出してやる!」


 二人の律儀な宣言に俺が笑って答え、かき消え、激突。

 月が照らす真夜中に、激闘の幕が開がった。

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