隠された真実

 およそ200年前。

 『魔剣世界』レゾナは『鉄鋼世界』グランべオールに戦争を仕掛けられた。

 グランべオールが誇る鉄鋼騎兵団の突撃に剣が無惨にも蹴散らされる中、レゾナの誇る魔法が騎兵団をその鎧ごと蒸発せしめる。

 圧倒的な力でグランべオールを粉砕したレゾナは、終戦と共にレゾナ優位の不平等条約の締結に成功。グランべオールの所有する“空間湾曲型”異界・『睥睨の古戦場』から産出される良質な鉱物資源の確保と同時に技術の一部を獲得。

 これらは現在のレゾナ首都・ガルナタルの基礎設計に大きく寄与している。なお——



「…………ここだ」


 歴史書の中で見つけた明確な違和感に、俺は『図書館ではお静かに』という大原則を破り思わず声を出してしまった。

 幸い周囲に人はいなかったため咎められることはなく、俺は自分の持つ知識との矛盾点を照らし合わせるため、本を貸し出しカウンターまで持って行った。


「……貸し出しできない?」


 が、カウンターで突き返されてしまった。


「歴史に該当する文書は持ち出し不可になっております。ご了承ください」


 にべもなくあしらわれた俺は、仕方なく元いた席に戻って該当のページをめくり、ぱらぱらと前後の数ページに目を走らせた。


「やっぱり、『絡繰世界』の情報が一つも載ってない」


 咎められない程度に小声で、確認するように呟く。


 ラルフが言っていた情報が真実であるなら、首都を蜘蛛の巣のように疾る列車は全て『絡繰世界』の技術提供だ。


“第四大陸”南部にひしめく三つの大世界、レゾナ、カロゴロ、グランべオール。

 リステルも北東端に位置するこの最も力のある三つの世界が、歴史上相互に影響を与えないことなど考え難い。


 一ヶ月、曲がりなりにもレゾナで過ごし、学びを得てきた今ならわかる。この歴史は、明確に、誰かが意図を持って改竄している。

 直感に頼る必要もなく、違和感の正体に辿り着くことは容易だった。


「なら、誰が……」


 以前の思考はここで止まってしまった。だから、今回はその先へ行きたい。

 そのつもりで用意していたのだが……貸出不可で予定が狂った。


「ストラを迎え迎えに行く時間も考慮しないとだからな。あと少しだけ……あれ?」


 集中力が切れてパラパラと雑にページを捲るばかりだったが、少し気になる事柄が目に入った。


「えーっと確かこの辺に……あったあった。104年前、第二次『鉄鋼世界』侵攻。……なんだこれ。200年前の焼き直しじゃねえか」


 あまりにも陳腐な、おままごとのような戦争記録に俺は眉間に皺を寄せた。

 二度目の侵攻。

 本来、世界同士の戦いであれば相手の弱点をつく、あるいは敵の長所を潰す……それらが定石、というか必須条件だ。負ければ一歩滅びへ近づくのだから。


 だが、この第二次侵攻。グランべオールには最初から勝つ気がまるでないように見える。

 攻め方も、負け方もまるで同じ……いや、剣が前線を張っていない以上、200年前より酷い結果と言える。


「たかが100年で相手のことを忘れるか? 忘れないだろ、普通」


 不平等条約を結ばされている世界相手に生ぬるい侵攻を仕掛けるなど、鴨がねぎ背負っていくようなものだ。

 だが、それ以上に奇妙なのは、この戦争では以前ほどの賠償請求がなかった、という点だ。

 技術提供を受けた……とあるが、それだけだ。


「……気持ち悪いな」


 そもそも、「技術提供」という時点で違和感がある。レゾナはプライドが高い。世界としてではなく、そこに生きる人々が。

 決していい意味ではなく、自らの自己肯定感を満たすために躊躇いなく他者を貶すことを容認している狂った思想の土台だ。それを咎める者がいないのだ。リディアのように無視、或いは無関心を貫いている者が大半である。


「んな奴らが、負かしたやつの技術とか、色々温情与えるもんか?」


 書かれていること全てが疑わしくなってくる。戦争の内容そのものを改竄したのか、この筋書きを、どちらかが……或いはそのどちらでもない第三者が描いたか。


 ガンガンと鳴り響く直感の“踏み込むな”という警鐘。同時に、見られている。


 ……監視されてるなあ。


 シャロンの容姿は、はっきり言って美少女の部類だ。白く、目を惹く美しさをしている。だから普段から視線を集めることはあったが、これは違う。悪意ではないにせよ、限りなく悪感情に近いじっとりとしたものを宿している。


「不気味だし……多分、ここで読んでても埒が開かないよなあ」


 得られる情報を明確に制限されている。


「今日はここまでにするかあ〜」


 居心地が悪いことこの上ない。あと、シンプルに文字を読むのに飽きた。


「今から行けば三限の魔法史に間に合うな……行きたくねえ」


 貸出不可の歴史書を本棚に戻し、多くの監視の目を逃れるように中央図書館を後にした。




◆◆◆




 憂鬱そうに足を引きずりながら図書館を後にするシャロンの後ろ姿を、本棚の物陰からこっそりと窺う人影が一つ。


「シャロン、歴史に興味があるのかしら?」


 自慢のプラチナブロンドの縦ロールがひょこっと物陰から出ていることを気にも留めず、リディア・リーン・レイザードは非常に気まずそうな表情をした。


「な、何をしているのリディア。わたくしともあろう者が、ストーカー紛いの行為なんて……いえしかし、あのチュウの意味が……あがっあがががががががーーーーー」


 なんの脈絡もなく唐突にフラッシュバックした半月前の記憶にショートを起こし、リディアは顔を真っ赤にして頭から湯気を出した。


「お、をちををちおちつくのよわたくし。堂々と胸を張れば良いのよ! そう! いつものわたくしのように! オ〜ッホ——」


「——図書館ではお静かにお願いします」


「ッホ……大変失礼いたしましたわ」


 愉快にテンションを乱高下させたリディアは、衆目から逃げるように図書館の奥の人気のない場所まで移動した。


「ううっ……。いつまでも逃げていてはシャロンに愛想を尽かされてしまいますわ。初めてできた友人ですのに……」


 女の子同士であれくらいは普通なのか?いやしかしそんな光景は見たことがない。はたまた自分が知らないだけでみんな結構進んでいるのでは?シャロンの友愛表現が過激なのか?嫌ではなかったけどちょっと驚いてしまいましたわ——半月、永遠にループする思考の渦。


「や、やはりここは共通の話題を……そう! トークですわ! シャロンが読んでいた本は確か——」


 会話のきっかけを掴むために同じ話題を知る、関係構築において正解の一手に自ら辿り着いたリディアは、この半月、シャロンが手にとっていた本を片っ端から開いては本の僅かな皺から「どこを読んでいるのか」を徹底的に割り出した。


「最近は歴史に執心している様子……なら、わたくしが歴史を教えられるだけの知識を身につければ良いのですわ! オ〜ッホッホッホ!」


「——あの。図書館では……」


「大変失礼いたしましたわ!」


 この日リディアは、人生で初めて、魔法以外の学問に自ら進んで手を出した。




◆◆◆




 魔法史の講義を経て灰になった俺、オールの学舎の最上階にあるくーちゃんの自室に足を運んだ。

 扉をノックすると中から「どうぞー」と声が響いたため、躊躇いなくドアノブを捻った。


「ストラを迎えにきましたー、っと」


 足下に散らばる重要そうな書類を跨いで部屋に入ると、涎を垂らして爆睡するストラを眺める、なんとも形容し難い少し困ったような顔をしたくーちゃんが目に入った。


「ストラ、まだ起きないのか」


 俺の問いに、くーちゃんはやや疲れた声音で「違う違う」と言った。


「起きて、気絶するまで魔法使って、今寝てる」


「悪い、もう少し詳しく説明してくれ」


「目が覚めたストラちゃんがドン引きするくらいのハイテンションで外に出たかと思いきや、ひたすら魔法を撃ち始めたんだよね」


「…………はぁあ?」


 脳が理解を拒んで、俺は思わず素っ頓狂な声を出した。


「まあ、そんな顔にもなるよねー」


 なんとも無防備に、幸せそうに眠るストラを二人揃って眺める。


「で? 結局どういうことなんだ?」


「私が思っていた以上に、ストラちゃんの努力は狂気じみていたってことかな」


 “才能”ではなく、“努力”。くーちゃんは明確に言葉を使い分けた。


「エト。魔法を使う時の感覚を水とコップで言い表せる?」


「水が魔力。コップは魔法に必要な魔力の総量」


「正解。魔力さえあれば誰でも魔法が使えるのは、その工程自体が恐ろしく簡単だから」


 くーちゃんは指先一つで空中に光る文字列を並べる。


「静謐性や正確性、速度や自己独創性……極める余地は沢山あるけどね。極論、バケツの水をコップにぶち撒ければ魔法は使える」


「この話をしたのは、ストラに関係があるってことだよな?」


「正解。まあ、そりゃわかるか」


 くーちゃんは文字列を吹き消し、空中に棒人間を一人描いた。周りには雲がたくさんうかんでいて……


「何これ、絵日記?」


「ストラちゃんと空間魔力だよ」


「無理があるだろ」


 容姿にスタイル、実力と完全無欠に見えるくーちゃんだったが、どうやら絵心は壊滅的らしい。

 絵日記と言われたのに傷ついたのか、くーちゃんは不満げな表情で絵を吹き消した。


「……コホン。本題に入ろうか。今日、ストラちゃんは教えてもないのに空間魔力を取り込んだ。これには流石に私も驚いたよ」


「その凄さがイマイチわからないんだが……」


「さっきの水とコップの関係、あれを逆転させてみて?」


 逆転……?


「身体がコップで、空間魔力が水?」


「そう。ストラちゃんが自力で魔力を使うには、自分というコップに水を注ぎ込む必要がある。そのは昨日私が教えたんだけど——」


 そこで一度区切ったくーちゃんは、呆れたようにため息をついた。


「なんとストラちゃんは、昨日の一回だけでその“弁”の開閉を理解して、挙句流入する魔力の調節すらできるようになっちゃったんだよねー」


「……バケモンでは?」


「女の子に対する評価としてはどうかと思うけど、私も概ね同意してあげるよ」


 本人の寝顔を見る限り、ストラ自身は「魔法が使える! やったー!」くらいの勢いで、十六年間魔法が使えなかった鬱憤を発散していただけなのだろう。


 くーちゃんをして“化け物”という評価が正しいらしい少女の底知れぬ潜在能力に、自然、俺の口元は笑みを浮かべていた。


「蓄え続けた知識と意味を持った才能がもたらした急成長なんだろうね。身体のほうは連射に耐えられるほど今は育ってないから、一時間くらいぶっ通しで魔法使って気絶しちゃった」


「なるほどな……ストラ、起きれるか?」


 軽く肩を揺するも起きる気配はなく。「んぅ……」とくぐもった声を喉から出し、俺の手に頬を擦り付けてそれはもう気持ちよさそうに眠っていた。


「……仕方ねえ、背負ってくか」


「迎えに来たって言ってたけど、どこにいくのかな?」


「俺とイノリが借りてる寮」


 起こさないように慎重にストラを背負う俺いながらくーちゃんの質問に答える。


「魔法が使えるようになったんだ。イジメとか、くだらない人間関係からは遠ざけてやりたい。エスメラルダからの許可も得てる」


「少し過保護じゃない?」


「今まで散々頑張ってきたんだ。少しくらい甘やかされるべきだろ」


 淡々と、しかし少しばかり世界に対する苛立ちを込めた俺の言葉に、くーちゃんはふっと力を抜いたように笑った。


「……そっか。それはそうかもしれないね。それじゃ、私からも甘やかしを一つ」


 くーちゃんはパチン、と指を鳴らし、俺とストラを囲む立体魔法陣を構築した。


「人目は避けた方がいいでしょ?」


「助かるよ、ありがとう」


「手塩にかけた生徒を守るのも教師の務めだからね」


「だから似合わないっての」


 知り合いの頼みだから仕方なく——と過去にぼやいていたくーちゃんだったが、案外教師という立場を気に入っているのかもしれない。

 そんなことを思いながら、俺は自宅へ転移した。




◆◆◆




「エトくんがまた新しい女の子引っ掛けてきてる……」


「おい、誤解を招く言い方はやめろ。今までそんなこと一度もしてないだろ」


「そうだね。引っかかったのは男子たちだもんね」


「イノリさん。言葉は時として人を殺すんですよ?」


 日課になりつつあるイノリの会話のジャブに致命傷を受けながら、ストラをイノリが普段使っているベッドに寝かしつけた。


「ちなみに、今まで何人に告白されたの?」


「直接は160人。間接含めたら238人……俺の話はもう終わろうか。イノリは? そういう浮ついた話ないのか?」


ルージュ以下は競争意識が強すぎるからね。特に私なんかはヴィオレからブルに上がったばかりだから、敵愾心のほうが強いよ」


「難儀なもんだな……と。紹介しとく。ストラだ。つい昨日、魔法を使えるようになったブロンの女の子」


「エトくんが言ってた子だね」


 イノリは興味深そうにまじまじと顔を覗き、だらしなく緩む頬をもちもちとつつく。

 その後、なんのためらいもなく布団をガバッと持ち上げ、ゆっくりと自分の胸と布団の中でを視線が往復し、数秒停止。そして虚しさを瞳に湛え、そっとみなかったことにした。


「エトくん。人間の成長期っていつなのかな?」


「……さあ?」


 時間魔法を使うイノリがそれをいうのは、なんというかとても虚しさを感じた。


 世界に怨嗟をばら撒くイノリを宥めるためにリビングへ戻り、一週間前、オールの男子生徒から貰った貢がれた紅茶を淹れる。

 ズズッと音を立て、香りを楽しむという工程を一切経ずに紅茶を一気飲みしたイノリはムスッとした表情でストラが寝る部屋の扉を見た。


「エトくんはあの子をどうしたいの?」


「仲間に引き入れたい。彼女の魔法の才能は貴重だ。くーちゃんですら認めてるくらいの、とんでもない潜在能力がある」


「最近ちょいちょい話題に出るけど、そのくーちゃん、どれくらい強いの?」


「全力の俺で傷一つつけられない。手加減に手加減を重ねて貰ってやっと勝負になる。実力は……多分、金級上位」


 俺の真剣な評価にイノリが頬を引き攣らせた。


「すごい人がいるんだね……エトくんは、あのストラちゃんをとして仲間にしたいんだね?」


「ああ。俺たちのパーティー、驚くほどバランス悪いからな」


 近距離・近距離・近距離の脳筋三銃士だ。ここに一人遠距離専門が入るだけで、だいぶ戦略の幅が広がる。


「本人も異界に興味持ってたしな。それに……」


「それに?」


「——俺が、アイツを欲しい」


 俺の本音を受け、イノリはしばらく目をぱちくりとさせ無言を貫いた。

 やがて、イノリは「うーん」と唸りながら苦笑を浮かべる。


「エトくん、将来刺されると思うよ?」


「……前、親友にも同じこと言われたよ」


 その後、ラルフとの次の会合の日程調整と、を相談した。


「あ、エトくん寝る時はシャロンちゃんのままね!」


「……マジすか」


 最近、どんどん男の時間が減っていっている気がする。

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