一方その頃
公立魔法学園の授業は、
学生は一日の内、そのいずれかの授業に出席するのだ。そして、残りの時間は全て学園の施設で“自己研鑽”に励むのだ。
『
それは、留学生である俺とて例外ではない。
「こちらが貴女の研究室でしてよシャロン! オ〜ッホッホ!」
今日も今日とて案内役を買って出てくれたリディアの高笑いに導かれ、俺は校舎一階の端にある研究室に案内された。
中に入って、俺は思わず感嘆を漏らした。
「うわすっげ」
土属性魔法に関わる文献、魔力伝導性理論、可逆性質量変化保存。目に見えるだけでも、「シャロンの魔法」に必要な資料が大量に用意されている。
また、様々な土や砂、各種鉱石など、魔法実験のための現物資料も豊富に揃えられていた。
「これ、本当に俺一人の研究室なのか?」
「勿論ですわ!
さすが大世界だ。やることなすこと、なにもかも規模がデカい。
「ですからシャロン。
「そうだな。精一杯やってみるよ」
「オ〜ッホッホ! それでよろしくってよ! それではご機嫌よう!」
高笑いをして去っていくリディア。……が、途中で笑い声が途切れ、カツコツと廊下を歩く音。そして、戻ってきたリディアがおずおずと扉から顔を出した。
「と、ところでシャロン? 貴女、昨日の約束を覚えておいでで?」
「ああ。昼食だろ? 何時にする?」
俺が覚えていたことが嬉しかったのか、リディアは頬を染めキラキラと表情を輝かせた。
「そ、それでは13時に!
軽やかなステップが遠ざかるのを聞きながら、俺は改めて部屋の中を見回した。
「友達少ないのかな? ……と、一室貰ったは良いけど」
正直、何から始めればいいのやら。
王立学園時代、俺は魔法がまるで使えなかったがゆえに、魔法に関する授業を全てサボり、徹底的に剣の修練に充てた。
なので基礎の“き”の字もわからない。どこから手をつければ良いのかさっぱりだ。
「土属性魔法も、シャロンの肉体で直感的に使ってるだけだしな……ふむ」
ひとまず土属性魔法の文献の、“基礎”・“基本”と名のつくものを引っ張り出して読んでみる。
「…………さっぱりわからん」
10分読んでみて、なにもわからなかった。
座学は苦手だ。
「リディアとか常にこんなの読んで研究してんのか……すげえな魔法学園」
名前に堂々と“魔法”と冠するわけだ。
何度目か、数えるのも面倒な「大世界すげー」という驚嘆に浸りながら、俺は凄まじく座り心地の良い椅子の背にもたれかかり「う゛あ゛ー」と唸った。
暫くそうして項垂れていた俺だったが、これでは埒が開かないと、思い切って外に出てみることにした。
「本と睨めっこしてても仕方ねえし、今日は何がどこまでできるのか実践で試してみるかー!」
せっかくあてがわれた研究室だが、今の俺には宝の持ち腐れだ。まずはこの体の限界を確かめみよう。
「これ、
朝から晩までこのクオリティの座学とか発狂する自信しかない。
「イノリは凄えな……」
真面目で優秀なパーティーメンバーが学ぶ
「……そういや、ラルフの奴は何してんだろ」
◆◆◆
エトラヴァルトがラルフの動向を案じたちょうどその頃。
ラルフは単身、レゾナにある
「暗すぎるだろここ……」
『暗澹の穴』はシンプルな自然型の異界である。
異界全体が一つの洞窟であり、幾つもの部屋を無数の道が繋ぐ蟻の巣のような構造をしている。
上下左右、縦横無尽に張り巡らされた通路は冒険者の方向感覚を狂わせる。
更に、光源が僅かなコケ植物や鉱石しかないことから、神経がすり減り、体力は想定を遥かに上回る速度で削り取られていく。
場所によっては道幅が狭く逃げ道がなく、十分な戦闘スペースを確保できない場合すらある。
「一人じゃマッピングしながらになるし進みが遅え……これ、思ったよりずっとキツいな」
魔物の強さ、出現頻度が上がるのは当然。異界自体も巨大化・複雑化する。
たった一つの位階の上昇は、それだけで多くの者を
「イノリちゃんの探知魔法が恋しいぜ、全く」
探知魔法は、特定範囲内の動的反応や地形を使用者に感覚的に伝える魔法だ。
自身の魔力を空間魔力と地続きに調節し、空間魔力を通して世界の情報を得る。冒険者なら誰もが知っている便利魔法だが、調節の難易度が高く、ネームバリューの割に使い手が少ない魔法として有名……という魔法である。
「エトも『自分がどこにいるのかわかる』とかいう謎能力もってるし……あの二人、異界探索に向きすぎてるよなあ」
圧倒的な方向感覚と言うべきか。
エトは、『いついかなる時であっても自分の現在位置を見失わない』という、冒険者であれば誰もが羨む素養を備えている。
本人曰く「学生時代に教師を撒くために自然と身についた」と言っていたが、ラルフは「そんな程度で身についたら誰も苦労しねえよ」と呆れてものも言えなかった。
広大な異界を探索する上で、最も気をつけるべきことは遭難だ。異界の中で自分の現在位置を見失えば、運良く誰かに見つけてもらわない限り待ち受けるのは死である。
そのため、一般的な冒険者は自分が通った道を紙に縮尺を変えて書き記す“マッピング”を行う。要するに、自分だけの地図を作るのだ。
冒険者にとって必須のスキルだが、エトとイノリにとっては不要と言っても過言ではない。
平凡そうな顔、何食わぬ表情でしれっと地獄に飛び込んだり、「みんなできるって」みたいなノリでとんでもない技能をひけらかしたり。
「あの二人びっくり箱なんだよなあ」
その強さを、心の持ちようを学びたい。ラルフはそう思って二人についていく決心をした。無理を言って頼み込んだ以上二人の足を引っ張るわけにはいかない。
「
それでも、とラルフは紙にペンを走らせて地図を描く。
「少なくとも前衛張れるくらいには鍛えねえとな!」
気合いを入れ直して洞窟を進もうと踏み出して——
「……戦闘音? この先でか」
自分が向かっている方向の先から立て続けに響く重低音。
「数は1匹。冒険者は……三人か? 苦戦してんな」
音の種類と質で、ラルフは戦闘の規模を予測。同時に、冒険者側が押されていることを察した。
「……行くか」
口で宣言した時には、もう足は前に向かって進んでいた。
姿勢を低く、地を蹴って疾走する。
本来獲物の横取りは御法度だが、無視して死なれるのは寝覚めが悪い。
小部屋に出た瞬間、大戦斧を構え周囲を見渡した。
部屋中央、聳え立つ鉱石の身体。
身長4Mに迫る巨体の全てが鋼以上の硬度で構成された肉体。
ラルフの脳は意識とは無関係に叩き込んだ魔物図鑑から情報を引っ張り出した。
「クリスタルゴーレムか!」
高い物理耐性を誇る、危険度5の個体である。
対して対峙するのは、銀五級冒険者二人と銅一級冒険者一人。
「コイツ強くないか!?」
「でかいし硬いし、逃げたほうがいいと思うんだけど!」
「それには賛成……待て!」
部屋に乱入したラルフに、銀五級の男がいち早く気がついた。
「新手か!?」
それを、銅一級の男が否定する。
「違う、冒険者!」
冒険者三人の警戒がほんの僅かゴーレムから逸れる。
『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!』
その瞬間、ゴーレムは金属を擦る金切り声を上げて長く垂れる両腕を振り回した。
「助太刀する!!」
恐怖を飲み込み、ラルフが一歩踏み出す。大戦斧に炎を纏わせ、横薙ぎに一閃。振るわれた鋼鉄の右腕と正面から激突した。
「おんもっ……! アンタらの手札は!?」
通常、危険度5は銀四級への昇格が挑戦目安と言われている。この場にいるのは銀五級が三人と、銅一級が一人。しかも、一人は連携が取れないラルフである。
不利を承知で、ラルフは正面からクリスタルゴーレムに挑む。
「お、俺がメイスで戦う! 身体強化魔法にも心得がある! ミナ……銀五級の女が魔弓、銅一級の男が水と風の魔法で支援できる!」
“支援”。ラルフはこの単語を、クリスタルゴーレム相手には役に立たないという意味で受け取った。
つまり、実質三人。エトラヴァルトやイノリという階級以上の実力を持つ者には見えない。
「ここで成長しろってか……上等じゃねえか!!」
遅れて振るわれた左腕を飛び退って回避したラルフは三人の冒険者に確認を取る。
「アンタらマッピングは!?」
「い、一応やっているが正直自信はない!」
「なら逃げるのは無しだ! クリスタルゴーレムは地形無視して追ってくる! 逃げてるうちに他の魔物が寄ってきて遭難するぞ!」
ラルフの「撤退するな」という言葉に、銀五級の女が「はあ!?」と声を荒げた。
「じゃあどうしろってのよ!」
「ここで倒すに決まってんだろ!!」
エトやイノリならそうする。ラルフは確信を持ってクリスタルゴーレムと向き合った。
「俺が壁役をやる! メイスと魔弓は弱そうなところ徹底的に狙い撃て! 魔法は……目潰しとか頼む!」
「わ、わかった!」
「〜〜もう! やってやるわよ!」
「僕への指示だけ雑じゃないですか!?」
「なんでもいいだろ! 勝つぞ!!」
一際強く勝利に飢えたラルフの咆哮に応えるように、クリスタルゴーレムが唸りを上げた。
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