二度目の学園生活

「まず大前提として、エトの《英雄叙事オラトリオ》は俺たち切り札だ」


 ひどく真剣に、至って真面目な表情でラルフは語る。


「切り札ってのは出し惜しみするべきじゃない。むしろ、使える時にはどんどん使うべきだ。だけど現状、性転換っつー大きすぎる障害が、「窮地にならない限り使わない」ってエトを意固地にさせちまってる」


 この真面目モードのラルフを側から見た者は、コイツが冒険者を志した理由を「ハーレム形成」だと言われても信じないだろう。


「なら、やることは一つだ。《英雄叙事オラトリオ》をエトに馴染ませて、性転換しなくても、制限なしにあの力を使えるようにする。ま、当たり前っちゃ当たり前のことだな」


 ラルフの言う通り、当たり前のことだ。

 皆が当たり前にやっている。魔法や闘気を自在に扱うために日々訓練を重ねている。

 俺の場合、それが性転換込みの強化とかいう度し難い意味のわからないものだったというだけだ。改めて考えると頭おかしいな。


「で、具体的にどうするのかって話だがな。二人とも、『魔剣世界』レゾナの魔法学園は知ってるか?」


 俺とイノリは揃って首を傾げた。


「魔剣世界……」


「レゾナ?」


「お前ら本当に行き当たりばったりだったのな!?」


 呆れと驚きを多分に含んだ声を上げたラルフは、「ごほん」と咳払いを一つ。


「俺はさ、手段を増やすべきだと思うんだ。この際、エトの修行と一緒にイノリちゃんにも強くなってもらいたい」


「私にも?」


「ああ。ぶっちゃけイノリちゃんの戦闘って、魔剣と時間魔法頼りだろ? 他の魔法、からっきしだし」


「うぐっ!」


 図星を突かれたイノリが呻き声をあげて苦い顔をした。

 確かに、イノリは一芸に秀でてはいるものの、それ以外の要素ははっきり言って“弱い”。


 グレーターデーモン戦では、まるで示し合わせたかのように魔剣の能力が噛み合ったおかげで助かったが、少しでもずれていたらああも上手くはいかなかった。


「確かに、私が使える魔法、炎属性が少しと探知魔法くらいだ……」


「探知魔法は有効だしめちゃくちゃ助かってるけどさ。俺たち3人、全員近接仕様なんだよな」


 ラルフの発言には全面的に同意せざるを得ない。

 シャロンになれば幾分か中距離の弾幕は張れるが、性転換しなきゃならない以上これは除外だ。


「だから、イノリちゃんには魔法学園で魔法を学んで欲しい」


「レゾナで? できるの? そんなこと」


 イノリの疑問に、ラルフは大きく頷いた。


「応とも。レゾナの魔法学園はギルドと提携していてな。冒険者の一時的な留学受け入れをしてるんだ。最大三ヶ月って制約はあるが、その間はガッツリ魔法を学べんだよ」


「「へえー!」」


 渡りに船と言うべきか、都合が良すぎると言うべきか。

 『魔剣世界』レゾナには、穿孔度スケール4と5の異界がそれぞれ一つずつあるらしい。

 魔法学園で学び、それをすぐに実践できる。非常に優れた環境で、俺たちの特訓を同時に実施可能な最適な世界と言える。


「つまりラルフは、イノリに魔法学園に留学してもらいつつ、レゾナの異界で俺の特訓をするつもりなのか」


「いや、違うぞ?」


「…………うん?」


 たった一言の否定。

 しかし、俺は急激に雲行きが怪しくなるのを感じた。


「異界で魔物を狩って器を広げるのも大事だけど、1番手っ取り早いのは定着だ。ほら、エト自身が前に言ってたろ?『戦わなければ綱引きには勝てる』って」


「………………………ヒュッ」


 呼吸が止まった。


 確かに、俺はラルフに《英雄叙事オラトリオ》の概説を、主観ではあるが語っている。その際、デメリットも一通り、包み隠さず話した。


 顔を青くする俺に、ラルフは「ニタァ」としてやったりの笑みを浮かべた。


「なあエト。これは将来への投資だ。未来のために、今は苦労する時期なんだよ」


「うぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……」


「イノリちゃん一人に勉強させるわけにもいかねえだろ? なあ?」


「おごごごごごごごごごごごご」


 成長への期待と尊厳破壊の狭間で揺れる俺に、ラルフはトドメを刺すように笑った。


「それじゃ、エト……いや。シャロンちゃん。女の子になって魔法学園通おうぜ?」


「あぎゃあああああああああああああああ!!?」


「エトくんが壊れちゃった……」



 こうしてラルフの姦計に嵌った俺は、泣く泣く、イノリと二人で魔法学園に短期留学することになった。




「そういえば、ラルフくんは入学しないの?」


「俺は魔法はあくまでおまけだからな。二人が通ってる間は別口で修行してみるよ」




◆◆◆




 公立魔法学園。その実態は、レゾナが敷く十三年間の義務教育と、魔法研究分野の総合施設である。


 総人口2000万人とされる『魔剣世界』の義務教育施設と研究施設を一手に引き受けるという性質上、学園の敷地は恐ろしいほど広大だ。

 その姿は“都市”と呼ぶに相応しく、周辺世界からは「学園研究都市」と呼ばれている。



 総学生数300万人という桁違いの規模を誇る魔法学園の生徒たちは、学年の他、七つの階級に分けられる。


 上から順に、オールルージュブルジョンヌヴェールヴィオレブロン


 一ヶ月毎に行われる定期試験で、全ての生徒がこの七つの“色”に振り分けられる、徹底した実力主義だ。



 そんな実力主義の世界で、イノリはヴィオレに。俺はオールに振り分けられることが決定した。




◆◆◆




オール!? 俺が!!?」


 応接室。

 講堂での挨拶を終えたシャロンとイノリは、豪奢な装飾が施された、二人にとって非常に居心地の悪い空間に通され、そこで魔法学園の学園長、エスメラルダ・バルディエレンから直接、配属されるクラスを伺っていた。


「勿論ですよシャロン!」


 金の長髪をブワッと広げ、エスメラルダは大仰な動作で歓迎の意を示す。

 学園長に就任して早140のエルフは、緑の瞳を輝かせた。


「貴方の魔法は素晴らしいものよ! 砂粒の一つすら鋼鉄に変えてしまう高度な土属性魔法! 更には鋼鉄を自在に操作する制御力! 未だ発展途上にして高い自己研鑽意欲! 他の魔法の才に乏しいことなんて関係ないわ! 貴方の魔法の輝きは、その瞳と同じオールに相応しいものよ!」


 ベタ褒めだった。

 シャロン(エト)としては、自分本来の力ではないという意識が強く、どうにも後ろめたいような奇妙な感覚が拭えずにいた。しかし、エスメラルダはそんなことお構いなしにシャロンの魔法の才能を褒め称えた。


 が、これは決して悪い話ではない。

 エトの肉体がシャロンに置換されるのは、《英雄叙事オラトリオ》本来の力を引き出すためには今のエトでは不足という証左。

 そして、今まで使用を避けていたために、肉体の置換を経ても、エトは100%の力を引き出すには至らない。本人の感覚的に、凡そ40%程度といったところか。


 ゆえに、上限値を引き上げたいエトにとって、より高い次元で研鑽を積めるのはメリットが大きかった。


「あ、ありがとうございます」


「イノリさんも! 独学で探知魔法を会得したのでしょう? 素晴らしい努力よ!」


「あ、はい」


 急に矛先を向けられたイノリは、エスメラルダの放つ圧力に押され頬を引き攣らせた。


「イノリさんは魔法を学び始めてからまだ二ヶ月程度なのでしょう? 伸び代は無限大よ! この学園で基礎を学べば、貴女ならすぐに飛躍できると私は信じているわ!」


「が、頑張ります!」


 イノリの気合の入った首肯に満足したエスメラルダは、シャロンとイノリにそれぞれ金の刺繍と紫の刺繍が入ったワッペンを手渡した。


「それでは、二人とも良き学びを」


 エスメラルダの笑顔に見送られ、二人は応接室を後にした。



◆◆◆




「バラバラになっちゃったねー」


「ねー」


「エトくん乗っ取られてない?」


「……一瞬危なかった」


 感情が昂ってしまったからだろうか。少しだけシャロンに引っ張られていた俺は、イノリの一言で正気を取り戻した。


「もう、しっかりしてよエトくん。寮に帰ったら完全に女の子になっちゃったエトくんと鉢合わせるの、私嫌だよ?」


「俺が1番嫌だよそんなの」


 事情を知っているイノリと離れ離れになるのは、正直かなり痛い。もしもの時に正気に戻してくれる存在がいないというのは、命綱をちょん切られた気分だ。


「ま、当初の予定通り入学はできたな。……それじゃイノリ、気をつけて」


「うん。エトくんも、


 互いに拳をぶつけ合って、俺たちはそれぞれの校舎に向かった。




◆◆◆




 『魔剣世界』レゾナの首都ガルナタルは、両端を長大な河川に挟まれた平原に建造された巨大な円形の都市である。

 ガルナタルは、主に三つの区画があると言う。


 一つ。中央、政教区。

 王侯貴族が住まい、魔法信仰に縁のある教会が点在している。


 それを取り囲むように存在するのが研究区。面積だけで言えば政教区の六倍以上あるらしい。

 俺とイノリがこれから通うことになる魔法学園もここにある。ちなみに研究区の外周は一般人が住まう居住区だ。冒険者ギルドもそっちにあるんだとか。


 研究区を取り囲むように等間隔で七つの学舎が並び、北端に座すのが、俺がこれから通うオールの校舎だ。


「でっっっかぁ……」


 エーテル結晶体を動力にする“列車”なる、地面に敷かれた鉄の道を進む乗り物に揺られ辿り着いた校舎の目の前で、俺はあんぐりと口を開けた。


「王立学園何個分だよ」


 人も金も資源も、何もかもリステルとは桁違い。比べること自体が烏滸がましい。流石大世界だ。

 業腹だが、ラルフの提案した“馴染ませる”という訓練には最適だ。感謝するべきなのだろう。それはそれとしてアイツは定期報告の時に殴るが。


「なんだっけ……列車? あれ、都市中を走ってるんだよな……すげえな大世界」


 通学も列車、買い物に行くにも列車。どこに行くにも、基本公共機関を利用する形だ。本来は有料らしいが、学園生は授業料を払っているから免除されるんだとか。


「ギルドに感謝しねえとなあ」


 ありがたやありがたや、と心の中で感謝を述べながら、俺は門を潜って学舎に踏み込んだ。




◆◆◆




「シャロンだ。短い期間になるが、よろしく頼む」


 俺は、高等部1年のオールに留学生として入学することになった。

 教室に集う生徒たちが皆歳下というのはなんというか、非常に新鮮な気持ちだった。


 俺の自己紹介に、教室から大きめの拍手が送られた。その湧きっぷりに、俺の横に立つ男教師が「仕方ねえなあ」と頬を掻いた。


「30分くらい時間取るから、まずは軽く交流しとけ。残りは授業の後だぞー」


 そうして案内された席に座った途端、俺は瞬く間に生徒たちに囲まれ質問の嵐に遭った。


「シャロンちゃんって私たちと同い年なの!?」

「冒険者って本当!? 異界に潜るの?」

「学園長がベタ褒めしてたって噂だけど!」

「肌白っ! 髪ツヤツヤ! 化粧水とか何使ってるの!?」

「一緒に留学してきた子も冒険者なの?」

「いつから魔法学び始めたの!?」


「え、あ……あの——」


 生徒たち(主に女子)からの熱烈な質問コールに、俺はどれから答えるべきかと目を回した。というか、なんて答えるのが正解なんだ。


「——落ち着きなさって皆様方!」


 そこに、非常によく通る声が響いた。


「あ、リディアちゃんおはよう!」

「ちょうどいいところに!」

「また寝坊したの?」


「寝坊ではありませんわ! 髪のセットに少々時間を取られてしまったの!」


 人の波が自然と二つに分かれ、声の主はそれが当たり前であるように堂々とその中央を歩いてきた。


 プラチナブロンドの縦ロール。

 背筋を伸ばし、制服を押し上げる豊かな双丘の下で腕を組んだ姿勢に実りが強調され、一部の女子から嫉妬の目線を、多くの男子から欲望の眼差しを受け。しかし本人はまるで気にしない。


「髪のセットはわたくしの命! これ無くしてリディア・リーン・レイザードを名乗ることはできなくってよ! オーッホッホッホ!!」


「キャラ濃いなあ……」


 思わず声に出てしまい、俺は慌てて口を押さえた。しかし、俺の声が聞こえたらしい子たちが皆苦笑いしているのを見るに、どうやら意見は一致しているらしい。


「……あら? 貴女、見ない顔ですわね。お名前は?」


 縦ロール……リディアは俺に気づくと優雅な足取りで目の前にやってきた。


「シャロンだ。留学生として、今日から一緒に学ばせてもらう。よろしく、リディア」


「シャロン……中々美しい名前ですわね! 私の次に! ええ、そのツインテールも中々エレガントですわ! 私の次にですが!! オーッホッホッホ!」


「————(絶句)」


 どこからかやたら装飾華美な扇を取り出して高笑いするリディア。唖然と彼女を見上げる俺の耳元に、隣の席の少女がそっと耳打ちする。


「いい子なんだけど、ちょっと変わってるの。悪気はないから、許してあげて」


 ちょっとどころではないと思うが。

 しかしまあ、悪意がないことくらいはわかるし、俺としてはリディアのように面白い子の方が好みだ。小動物を見るような感覚で面白い。


 俺は「大丈夫だよ」と隣の子に微笑みかける。


「面白い子だね」


「——そっ、そうだね! リディアちゃん面白いよね!」


 ……なぜ頬を赤らめる?


「おーい! そろそろ授業始めんぞー! あと、シャロンの教科書の用意がまだだから、今日は隣のやつが見せてやれー」


『はーい!』


 教師の言葉に素直に従った生徒たちが蜘蛛の子を散らすように自分たちの席に戻っていった。


「オーッホッホッホッホ!」


 リディアを除いて。

 ただひとり、優雅に高笑いしながら最後尾最上段の自分の席へ悠々と登ってゆく。


「おいレイザード! 早く座れ!」


「なんぴともこのわたくしの歩みを阻むことは叶いませんわ! オーッホッホ!」


「後3秒で座らなきゃ単位没収だぞー」


「それは勘弁してくださいまし!?」


 バビュンと効果音を唸らせ一瞬で席に着き背筋を伸ばしたリディアを目で追って、俺は思わず笑ってしまった。


「本当に面白いな」


 王立学園の馬鹿どもをマイルドにしたようなリディアに、俺は過ぎ去った日々への懐かしさを感じていた。


 こうして、俺の二度目の学園生活が始まった。

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