第二章 アルカンシェルをもう一度

とても合理的かつ冒涜的な解決法

 穿孔度スケール4の“自然型+空間湾曲型”異界・『空洞樹海』。


 地面の下に広がる広大な地下空間を無数の緑が覆い尽くす、正に樹海と言う他ない景観。

 この異界は、『赤土の砦』や『偽証の魔神殿』とは異なり階層構造ではない。


 に植物が群生し、重力が発生している特異事象。


 上下左右どこを見ても地面で樹海。つまり、全方位から魔物が襲撃してくる可能性があるハードな異界だ。


 そして、それは異界主との戦闘でも同じである。




◆◆◆




 危険度5の異界主・エルダートレント。

 硬質な樹皮に覆われた全長10Mを超える樹木の魔物に、俺たちデコボコ三人組は挑んでいた。


「イノリは周囲の索敵を! 俺が根っこと蔦を斬る! ラルフは遠慮なく本体を狙え!!」


「りょーかい!」

「任せろ!」


 正面に聳え立つ巨樹へ突貫する。


「20%で行くぞ、《英雄叙事オラトリオ》!」


 胸の内からやや不満そうな気配と共に白銀の闘気が溢れ、俺の全身と剣を満たした。

 直後、エルダートレントの枝葉から槍のように大量の蔦が射出される。

 俺はそれを正面から迎撃するべく一層深く踏み込んだ。


「シッ!」


 短い気合いと共にエストックが円弧を描き、剣の切先が正面に半球の防御を描く。

 “剣界ソードスフィア”という俺の異名の元となった防御が蔦を断ち切り、ラルフの道を切り開いた。


「ラルフ!」


「応よ!」


 大戦斧を肩に担いだラルフが低姿勢で突撃の構えを見せる。


『Wooooooooooo!!』


 樹々のざわめきのような唸り声を上げたトレントが、自分の根を地面から持ち上げ、鞭のようにしならせラルフを強襲する。

 更に、全方位。

 異界主の声に呼応し、危険度3の魔物・キラーホーネットが超音波のような羽音を大量に響かせて奇襲を仕掛けてきた。


「ラルフ! 根っこは自分でなんとかしろ! イノリは俺と蜂の迎撃! ラルフに近寄らせるな!!」


「マジかよ!?」

「わかった!」


 文句を言いながらも、ラルフは一切躊躇うことなく突撃を敢行。

 振るわれる二本の根に対して、詠唱。


「『炎よ、我を護るかいなとなれ』!」


 詠唱に導かれた魔力がラルフの周囲で渦を成し、側面に一対の巨人の腕が出現する。

 腕は迫る根を正面から受け止め、延焼。

 威力で押し負けながら、しかし、腕は強引にラルフの道をこじ開ける!


 更に、植物という相手の特性を逆手に取った火属性魔法。炎は根を伝い、エルダートレントの本体に到達した。


「Wooooooooo!?」


 自分を焼く確かな炎にエルダートレントが悶絶する。


「エトくん、更に追加入るよ!」


「赤子の泣き声みてえだな!」


「それどういう喩え!?」


 エルダートレント一体であれば俺たちの敵ではない。だが、奴の放つ咆哮が周囲の魔物を引き寄せる。これが限りなく厄介だ。


 数が力になるのは、フォーラルで起きた大氾濫スタンピードで嫌というほど理解している。

 更に、この異界は嫌らしいことに、どの魔物も基本的に“毒”を所持している。


 キラーホーネットは針に神経毒を。

 ミミクリースパイダーは牙に溶解液を。

 モールスネークは牙に出血毒を。


 基礎能力で上回っていても、一瞬の油断が命取り。毒に体を侵されればただでは済まない。

 綱渡りの戦いを強制され、更に3人しかいないという数の不利が露骨に働く。途切れない魔物の襲撃。処理の限界が近づく。


「悪ぃ、エト! これ一人じゃ無理だ!!」


 大戦斧と炎。エルダートレントに対して極めて有効な攻撃手段を有していたラルフだが、蔦と根の波状攻撃を全て捌きながらではきびしいものがあったようだ。

 同時に、増援へ炎の槍を撃ち込むイノリからも限界を訴える声が。


「ごめん! 私もこれ以上は捌ききれない!」


「だよなあ! 俺もキツい!」


 剣一本では限界。

 であれば、残された手は一つだけだ。


「なんでこう立て続けに使う場面が来るかなぁ!?」


 俺は涙を流しながら胸に手を当てた。


「事前に祝詞済ませといてよかったよこん畜生!! 来い、《英雄叙事オラトリオ》ッ!!」


 刹那、命の輝きが世界を焼く。

 舞い散るページが魔物の視界を遮り、俺の手に舞い降りた紙が変性を言い渡す。


 無数のページが服の上からでも遠慮なく俺の内側に入り込む。

 全身が熱を帯び、電流のようで違う奇妙な感覚が走り抜ける。身長が少し縮み、骨格変化。肌の質感が艶を帯び、衣服はフリルをあしらったゴシックドレスに。

 布と胸当てを下から膨らむ胸が押し上げ、大切なものを失った下腹部が頼りなさを訴えた。


 ——〈白鋼の乙女〉シャロン。


 遥か昔、小世界ラドバネラを解放した英雄が、俺の身体を楔に再演された。


「物質掌握・組成変化——!!」


 大地に両手を叩きつけ、四つん這いの姿勢でありったけの魔力を流し込む——!


 大地に巨大な魔法陣が出現し、異界主と俺たちだけを囲うように巨大な鋼鉄の壁を出現させた。


 疾走する。

 分断を逃れた僅かな魔物たちが急に出現した壁に退路を絶たれ戸惑う合間に肉薄、一刀の下斬り伏せる!


「ラルフ、今だ!」


「最高だぜエトちゃん!!」


「おまえ後でぶっ飛ばす!」


 俺の可愛らしい声(死にたい)にハイテンションになったラルフ(死なせて)が、分断に動揺を見せ動きが鈍ったエルダートレントの真下に辿りつく。


 その身体が、大戦斧をありったけ引き絞り、今日最大の炎を纏った。


「木こりの時間だぁあああああああああああ!!」


『Wooooooooooooo!!!!』


 最大の危険を感じ取ったエルダートレントは自らの切り札を——有限であるがゆえに強力な“葉の弾丸”をラルフへと一斉掃射——俺の方が、一手早い。


「やらせねえよ!!」


 俺のエストックが、弾幕の射出より速く枝を刈り取る!

 更に、イノリの追撃。


「『炎よ。集いて穿て』!」


 狙い澄ました二撃がエルダートレントの両目を潰し悶絶させた。

 あらゆる障害は排除され、ラルフを阻むものはなくなった。


「どりゃあああああああああああああああああ!!」


 益荒男の気合いで振り抜かれた大戦斧がエルダートレントの幹を一刀でぶった斬った。


「うわ、すげえ馬鹿力!」

「危険度5を一撃で倒しちゃった……」

「もっと褒めてくれていいぞ!」


 倒れ伏し、炎上するエルダートレント。

 まもなく、魔石と遺留物ドロップアイテム「エルダートレントの種子」がその場に転がり落ちた。


 種子を拾い上げたラルフは光に透かすようにしてそれを眺める。


「これ、埋めたらどうなると思う?」


「新しいトレントが生えてくるんじゃない?」


「育ててみるか?」


「俺に従順になるなら一考の余地があるな」


「オイ、俺の“直感”がお前が邪なこと考えてるって言ってるんだが。お前何考えてやがる」


 《英雄叙事オラトリオ》の変性を解いた俺の問いに、ラルフはつるんと目を逸らした。


「ナニモカンガエテナイゾ」


「「絶対嘘じゃん」」


 碌でもないことを考えてそうなラルフはさておき。


「それじゃ帰るか。イノリ、分断した魔物たちは?」


「ちょっと待ってね……うん。異界主を倒したからか、みんなあちこちに散らばってるよ」


「それじゃ、接敵はなるべく避けつつ帰ろう。帰るまでが異界探索だ!」


「「おー!」」




◆◆◆




 穿孔度スケール4の異界は、純粋に広い。

 それ故に接敵は必然的に多くなり、奥に入れば入るほど、比例して稼ぎは大きくなる。

 しかし、魔石や遺留物ドロップアイテムが増えるというのは、それだけ行軍を阻害する要因が増えることを意味する。


 なので、一般的なパーティーは案内役兼荷物持ちを雇ったりするのだが、俺たちにはお節介吸血鬼こと紅蓮から貰った「虚空ポケット」とかいうとんでも魔道具を持っている。

 ラルフが異界方面の知識に明るいため、案内役を雇う必要もない。つまり、探索して得たもの全て、俺たちの利益になるのだ。



 ギルドの端、俺は換金の控えを見ながらぼんやりと呟いた。


「今回の探索成果は20万と少し……遺留物ドロップアイテムが少なかったのが痛いな」


 魔石なんてものは魔物を倒せばいくらでも手に入る。なので、危険度が高い魔物の魔石であっても基本は端金にしかならない。

 遺留物ドロップアイテムも、「ブラッディ・ガーゴイルの石心臓」のような希少なものでもない限り、たった一つで数十万ガロなんて高値がつくことはまずない。


 冒険者としての等級が上がり、挑む異界の穿孔度スケールが上がっても、冒険者は基本、金欠との戦いだ。


「暫くは報奨金があるから賄えるけど、魔物の生態とか、稼ぎ方とかもっと勉強しないとだね」


「うへえ……勉強したくねえなあ」


 座学は俺の最も苦手とする分野だ。


「……というか、どうしたラルフ。さっきからずっと黙ってるけど」


 ふと、俺は一人難しい顔をしているラルフを気に掛けた。

 ぶつぶつと一人口の中で何事かつぶやいている彼だったが、俺の視線に気がつきぱっと視線を上げた。


「ん? エト、どうかしたか?」


「いや、こっちの台詞だよ。お前、こういう場じゃ1番うるさいタイプの人間なのに黙ってるから」


「なんで罵倒されてるんだ俺……あれだ、ちょっと考え事だよ」


 また少し考え込む素振りを見せたラルフは、チラ、と俺の胸を見た。


「エト、お前、常に女の子にならないか?」


「………………」


 俺はゆっくりと剣を抜いた。


「待て、違う! 俺の趣味の話ではなくてだな!? ああいや、あの白髪美少女はとても俺好みではあるが!! 違うんだ! 今回は真面目な話だよ!!」


「……はあ、わかったよ」


 所々欲望が見え隠れしていたが一応は真面目な話をする気らしいラルフに免じて、俺は渋々剣を収めた。


「ラルフくん、真面目な話って? エトくんを常時性転換させるの?」


「そうだ」


「この話は終わりだ」


 俺は席を立った。


「「終わらない」」


 イノリとラルフに両肩を掴まれ無理やり座らされた。

 俺は必死に抵抗する。


「嫌だ! 俺はできる限りあの力を使いたくない!!」


「落ち着けエト! これが上手くいけばお前、性転換しなくて済むようになるかもしれねえぞ!!」


「その話、詳しく聞かせてもらおうか」


「エトくん、よっぽど嫌なんだね……」


 嫌なんてものじゃない。自分の肉体を手放すなんてまっぴら御免だ。


「そこだよ。エト、お前その力使うのすげえ嫌がってるだろ? これまでに何回使ったんだ? あ、女になった回数な」


 ラルフに問われ、俺はそういえば……と指を折ってみる。


「ラドバネラの時に一回、卒業祝いで酔った時に一回、大氾濫スタンピードで一回、さっきの異界で一回……4回だな。10%とか、割合解放はたまに使ってたけど」


「やっぱり。エト、お前、その力がまだ身体に馴染んでないんだよ」


「……どういうことだ?」


 ラルフは首を傾げる俺に順序立てて説明する。


「お前は——今ある情報が正しいって前提になるけどよ。《英雄叙事オラトリオ》って本から力を引き出してるわけだろ? 多分、お前の身体が未完成なんだ。本の力に耐えられるほど力に馴染んでないんだよ」


 言われて、ひどく心当たりがあった。

 最近一層鋭さを増した“直感”。元々は10〜20%解放しなきゃ得られなかった感覚を、俺は今、割と日常的に使っている。


「性転換して初めて力を使えるってんなら『そういうもの』なんだろうけどよ、別にそうじゃない……中途半端な解放でもそれなりには使えてるわけだ。なら、性転換は『《英雄叙事オラトリオ》の全力に本来の肉体が耐えられないから、耐えるための身体に作り替えてる』ってことにならねえか?」


「………………」


 俺は静かに、瞳から涙を溢れさせた。


「ラルフ。お前、天才だよ……!」


「はっはっは! もっと褒めてくれていいぞ!」


 両手を握り、俺は深く、深くラルフに感謝の意を示した。

 そんな俺たちをフラットな瞳で眺めるイノリが先を促した。


「で、ラルフくん。具体的にはどうするの?」


「ん? そんなもん決まってんだろ」


 ラルフが俺を見て笑い、俺は首を傾げた。

 この時直感が働かなかったことを、俺は深く、深く後悔した。


「勉強だよ」




◆◆◆




 その学舎は、誰にでも門を開いている。

 希望者は、どんな世界に属していようと、ギルドを伝い申請を通せば、最大三ヶ月という期限つきだが、留学生として学ぶことを許されている。


 『魔剣世界』レゾナ。

 穿孔度スケール4と5の異界を一つずつ所持する

 その内地、魔法特区に学舎はある。


 公立魔法学園。

 才ある者に等しく門を開き、才なき者であってもその開花を後押しする。

 魔法を修める者であれば一度は耳にしたことがある有数の研究施設である学園に、今日。二人の留学生が入学した。


 艶やかな黒髪を肩口で切り揃えた少女は、講堂に集う大勢の学生を前にして黒晶の瞳をぐるぐると回した。


「ぎ、銀四級冒険者のイノリと言います! み、短い間にななりますが。よ、よよよろしくお願いします!」


 まばらな拍手が響き渡り、イノリはそっと胸を撫で下ろし……哀れな小動物を見る目で隣を見遣った。


 まず目に入るのは、レースのリボンで結ばれた輝白のツインテール。

 そして、学舎には不相応な純白のゴシックドレス。

 世界を睥睨する黄金の瞳は、しかし。今は薄暗く濁り切っていた。

 淡い桜色の唇が小刻みに震え、可愛らしい声を発した。


「……シャロンです。よろしくお願いします」


 誰が見ても「美少女」と答えるであろう白い少女は、講堂から響く大きな拍手に心の中で号泣した。


 シャロン……エトラヴァルトは。

 女の子として、公立魔法学園に入学した。

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