デコボコ三人組

Q. 結局、《英雄叙事オラトリオ》ってなんなの?

A. 俺にもよくわからん


「エ〜ト〜く〜ん?」


「待て待て落ち着けイノリ! 指をわきわきさせながらにじり寄るな! ちゃんと話すから!」


 復興が進み、少しだけ立派に、具体的には土から木造になった療養所の一室で。

 俺は制裁くすぐりをしようと徐々に距離を詰めてくるイノリをなんとか宥めてひと息ついた。


「俺は、初めからこの力を使えてたわけじゃないんだ。ほら、ラドバネラとの戦争、前にちょっとだけ話したろ?」


「エトくんの親友が命をかけて止めたって話だよね?」


「そうそれ。俺が《英雄叙事オラトリオ》を開けるようになったのはその戦争が……もっと具体的に言うと、ラドバネラが大氾濫スタンピードに呑まれてからなんだよ」



 俺は元々魔力を持たない出来損ないで、おまけに闘気も練ることができない劣等生だった。

 取り柄と言えば、野生動物を狩るのが少し得意で、人より素の身体能力が秀でていることくらいなもの。


 そんな俺の器を《英雄叙事オラトリオ》が最初から占有していたのか、はたまた、出来損ないだった器に後からこの“本”が居座ったのか。正確な話は俺自身にもよくわからない。


 一つ確かなのは、大氾濫スタンピードを前に無力を痛感し力を渇望する俺に、シャロンが……ラドバネラの英雄が力をくれたという事実だけ。


 ——『その声を待ってたよ。さあ、私の手を取って。この星に、君の足跡を刻みに行こう!』


 今でも鮮明に、一言一句違わず覚えている。無垢に笑うシャロンの手を取って、二人が溶け合い——気がつけば、俺は女の子になって戦場を駆け抜けていた。



「俺自身、《英雄叙事オラトリオ》について知ってることは少ないんだ。この名前も、シャロンに教えてもらったものだしな」


「そう、そこ!」


「……どこ?」


 突然「びっ!」と俺の鼻先を指差し、イノリがグイと距離を近づけた。


「由来とかはひとまず置いておいて! あの状態……女の子になってる時って、エトくんなの? それとも別の誰かなの?」


「あーーー。身体はシャロンで、魂は俺だ」


「???????????」


 脳が許容できる理解を超えたらしいイノリが形容し難い表情で停止した。

 何か噛み砕いて説明できれば、と思うのだが、これ以上普遍的説明に変換できる気がしない。なにせ、俺自身どんな原理で女になっているのかまるでわからないのだから。


 そもそも、俺の内側に居るのがシャロン本人なのか、その残滓的なものなのか、はたまた彼女を騙る別の何かなのかすらわからない。

 改めて認識すると、我ながらとんでもなく胡散臭い力を持ったものだと頭が痛くなる。


「まあ、アレだ。身体はこの先色々あるだろうが、俺は俺のままってことだよ」


「ニッコニコで手振ってた人の発言、信用できない」


「グフっ……!」


 致命傷を受け悶える俺。

 バタリと床に倒れ伏した哀れな男を見下ろして、イノリは「ニコッ」といい表情で笑った。


「わかった。これからこの先、エトくんが女の子になろうと、なんか混ざったりしようと、私は“エトくん”として接すれば良いんだね!」


「それで頼んます……」


 もし女の子扱いが常態化するような日がくれば、俺はきっと死んでしまう。尊厳とか、色々、諸々。




◆◆◆




「で、どうする? 次に向かう世界、そろそろ決めないとだろ」


 爆睡して何もできていない三日。紅蓮をボコすと誓った一日。異名検討会で浪費された一日。合わせて五日、療養もあったとはいえ殆ど進展がない。


「そういえば、元々はここで穿孔度スケール4を踏破するって話だったねー」


「なんか穿孔度スケール5に成長してるわ、化け物悪魔と戦わされるわ、散々だったな」


 『鏡の凍神殿』改め『偽証の魔神殿』は、ギルドによって正式に穿孔度スケール5の認定を受けた。

 銀四級と五級のイノリと俺では入場許可が降りないため、俺たちは双方の目的のために新しい世界へ向かわなくてはならない。


 ……ちなみに、これは余談だが。

 今のところ、ルンペルシュティルツヒェンの出現は確認されていないらしい。何か特殊な条件が揃って初めて産み落とされるのか。はたまた、既に生まれ落ち、異界のどこかで爪を研いでいるのか。

 あの悪鬼について、ギルドは本腰を入れて研究を急ぐそうだ。


 俺たちは布団の上に地図を広げ、次の目的地を吟味する。


「狙うのは穿孔度スケール4だよな?」

「うん。基本はそっちで行く。でも、場合によっては寄り道した方がいいかも」

「その心は?」

「ギルドの人に言われたんだけどね。私たちの実績はちょっと偏ってるから、もしかしたら救援の声がかかるかもって。特に、エトくんの戦力が高く評価されてるから、異変の種類によっては招集される場合があるかもしれないんだって」

「なるほどな……」


 求められているのが完全解放の戦闘力、というのは非常に物申したいが、悲しいかな。俺たちの目的に最も手っ取り早く近づける、とても目立ちやすい手段であるのは間違いなかった。


「わかった。それじゃリーダー、次の目的地は?」


 俺のリーダー呼びに気が引き締まったのか、イノリは「ふんす」と鼻息を荒くし、ビシッと地図を指差した。


「次の目的地はここだよ!」




◆◆◆




 二日後。大氾濫スタンピードから一週間が経った今日を出発の日に定めた俺たちは、新たな装備に身を包み船に揺られていた。


「おろろろろろろろろろろろろろろろろ……」


 結局船酔いの対策は見つからず、今日も今日とてイノリは盛大に魚たちに餌やりをしていた。


「深呼吸だぞー。なるべく遠くに吐けよー。装備汚すなよー」


「え、えとくんの。き、きちく……〒〆<×2¥$##☆♪2〆<+^^」


 もはや言語の程を成していないイノリの嘔吐音から耳を背け、俺は、二人を包む新しい装備に改めて見下ろした。


「危険度5以上の魔物の遺留物ドロップアイテムのみで構成された装備……改めて、とんでもないもの貰っちゃったなあ」


 大氾濫スタンピードは、何も全てにおいて悪意だけを振り撒いたわけではない。

 大量の魔物が落とした大量の魔石と遺留物ドロップアイテム。これらはフォーラルの復興支援のための資金源となるらしい。一部はギルドが徴収するとのことだが、それでもかなりの金額が『湖畔世界』に残ることになり、思ったほど財政は悪化しない見込みだそうだ。


 そして、危険度5の魔物……グルートさんたちが引き付けていた無数のそれらも同様に遺留物ドロップアイテムを落としていた。

 そんな遺留物ドロップアイテムをふんだんに使った装備を、俺たちは「世界を救ってもらったお礼に」となんとタダで譲り受けてしまったのである。



「善意に恥じない活躍をしないとなー」


 後ろ暗いことをする気は一切ないし、最速最短で異界を踏破して名を上げていく所存ではあるが。

 なんというか、予期せぬところでひとつ、命が、背負うものが重くなった感じだ。


「冒険者やめてーなんて言えなくなっちまったなあ」


 というか、300万とか騎士の頃の俺の年収に迫るんだが。

 イレギュラーな事態だったこともあるが、冒険者、夢があるなあと思わされてしまった時点で俺の負けだった。


「期待に応えられるように頑張りますかー!」


 気持ちを新たに、俺は大きく背伸びをして空を見上げた。


 本日、晴天なり。

 隣では嘔吐。

 そして、その更に奥には、なんか見覚えのある赤髪の男。


「……ラルフ!? お前なんでいるんだ!?」


 割と真っ当にびっくりした俺の声に、ラルフは真剣な表情を——彼にしては本当に珍しく真面目な顔で俺を見た。


「エト。お前に……いや、お前たち二人に頼みがある!」


 そう言って、ラルフは膝をつき、流れるように土下座をした。


「俺を、お前たちの旅に連れて行ってくれ!!」


「…………急にどうしたんだよ」


 彼らしからぬ申し出に困惑する俺に、ラルフは続ける。


「俺は情けねえ! あの時、あの悪魔にビビっちまって一歩も近づけなかった! だが、それは俺が描く理想の俺じゃねえ! モテモテ道の先にいる俺は!! あの時、誰よりも勇敢に立ち向かったお前ら二人みたいな決断をできるやつなんだ!! 俺はお前たちの背中から学びてえ! だから頼む! 俺を一緒に連れて行ってくれ!!」


 ……要約。モテたいから、その秘訣を探らせて欲しい。


「お前、やっぱすげえよ」


 清々しいほど欲望に忠実な男だ。だがまあ、コイツが良いやつなのはとっくに知っている。


「頭上げろ、ラルフ。俺は歓迎するよ。寧ろ、頭数増えるからこっちからお願いしたいくらいだ」


「本当か!?」


 ガバッ! と頭を上げるラルフ。その表情は真剣そのものだが、なんと恐ろしいことか。この真剣味の9割以上は欲望でできている。が、それでこそラルフなのだろう。


「ああ。イノリはどうだ?」


 俺の確認に、絶賛船酔い中のイノリはゆっくりと腕を上げ、親指を立てて力強く肯定した。


「ありがとうイノリちゃん……! でも、いいのか? 男女比、イノリちゃん肩身狭くならないか?」


「お前、真っ当な心配とかできたのか……」


「エトが俺のことどんな目で見てるのか、今の一言でわかった気がするぞ」


「自業自得だろ」


 ごく自然に彼女の心配したラルフの意外な一面を認識していると、イノリは手を崩し、少しして、ピースサインを作った。


「あ、特に気にしないってさ」


「何その以心伝心」


 異界探索をしていると目配せだけで意思疎通とかできるようになるから……ポーズがあったら楽勝だよ、多分。


 ラルフから嫉妬の波動を受けていると、視界の中でイノリが妙な挙動をみせる。

 彼女は左手を平らな胸に置くと、周囲に歯車を浮かべた——時間魔法の兆候だった。


「イノリお前、酔いを無理やり覚ますために時間魔法使ったのか……?」


「……ん。もう隠すことでもないかなって。あれだけ派手に使っちゃったし」


 それはその通りではあるが、少々軽すぎやしないだろうか。

 少しずつ顔に赤みが差してきたイノリは、「よろしくね、ラルフくん」と、彼の加入に肯定的だった。


「あ、さっきの男女比の話だけど、私は特に気にしないよ。だってほら、エトくんは女の子になれるから男女比1:1でしょ?」


「ヒュッ———」


 急な言葉のナイフに、心臓発作で俺は死んだ。


「ああっ! そうだよエト! お前あれなんだ!? いきなりとんでもねえ美少女になりやがって! 羨ましいぞ畜生め!!」


「あれ!? エトくんが息してない!!」


「何!? おいエト! 今すぐにあの女の子になれ! 俺が人工呼吸してやる!!」


「キモッ! ラルフくんめちゃくちゃキモイよ!?」


「ゴハッ——!」


 出血多量でラルフが死んだ。

 甲板に男二人、死屍累々。そして再度酔いが回ってきた少女。地上の地獄がここにあった。




 兄と姉を探す少女。

 世界を救うために単身売名を任された男。

 ハーレムの形成を夢見る男。



 まるで統一性のないパーティーがここに新たに発足した。

 全く、俺たちは一体何を目指しているのだろうか。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



これにて第一章完結です。

読んでいただきありがとうございます。

面白い、先が気になると思ったいただけたら、ハートでの応援、感想、⭐︎での評価をしてくださると大変励みになります。


第二章以降もよろしくお願いいたします。

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