先輩冒険者

 ブラッディ・ガーゴイルを討伐してから三日が経った。

 その間、新たな防具を買ったり、自分の体を慣らしたり、イノリがなんかとんでもない武具を貰ったりしたが、三日という時は案外平和に過ぎていった。


 唯一、揉め事とまではいかなかったが、異界内で俺たちに絡んできた四人組。アイツらが俺たちの討伐実績を「ハリボテだ!」と騒ぎ立てていたらしい。

 らしい、というのはこれは伝聞で。どうやらその四人組は、俺たち二人が強行軍中にすれ違いざまに助けた四人組パーティーによって完全に黙らされたのだとか。


「人助けもしてみるもんだな」


「殆ど通り魔だったけどね」


 慈善活動のつもりは全くなかったが、こうして自分たちに返ってくるものがあったのだ。今後は名声を広げるという観点から見ても、人助けは割と積極的に行うべきかもしれない。


「さて、ネタバラシくらってるのは残念だけど」


「うん。昇級結果聞きに行こっか」


 のほほんと雑談しながら、俺とイノリは冒険者ギルドに入った。




◆◆◆




「厳正なる審査の結果、エトラヴァルト・ルベリオ様は銅一級に、イノリ様は銀五級への昇級が認められました。おめでとうございます!」


 冒険者登録をした時に対応してくれた受付の女性から、俺はトライフォースの描かれた銅の登録証を。イノリは蕾の描かれた銀の登録証を受け取った。


 俺たちの手に登録証が渡った途端、ドッとギルドの中で歓声が上がった。


「やるじゃねえか坊主!」

変異個体イレギュラー討伐たあ恐れ入ったぜ!!」

「嬢ちゃんも可愛いなりしてしっかり冒険してんな!!」

「銀級の誕生だ! 祝え祝えー!!」


 方々で上がる祝福の声に、俺とイノリは互いに照れ笑いを堪えて変な顔になった。

 暫く声が収まるのを待ってから、受付の女性が次の行き先を尋ねてきた。


「イノリが銀級に上がったんで、フォーラルに向かって穿孔度スケール4に挑戦アタックするつもりです」


「でしたら、ギルドから正式に依頼を。明日、フォーラルへ向かう商人の一団がいます。彼らの護衛をお願いできますでしょうか」


 イノリと目配せをして頷いた。


「わかりました。依頼を受けます」





◆◆◆




 翌日、俺たちはフォーラルへ向かう荷馬車の積荷の隙間で身を寄せ合っていた。


「狭いなー」


「狭いねー」


 俺たち以外にも実績のある銀級のパーティーが護衛に入っていたこともあり、急遽ねじ込まれた護衛枠である俺たちの席は残念ながら存在していなかった。


 なんでも今回の依頼はあの受付の女性が個人的に枠を取ってくれたものらしく、つまるところ昇級したてで金のない俺たちへのギルドからの援助だったのだ。

 商団側からすれば横暴に映る一件だが、それでも承諾されたのは、二人での変異個体イレギュラーの討伐という実績があるためか。


 ともあれ、二日くらいは尻の痛みとの戦いになりそうだった。


「にしても、あのエンブレムいつのまに書いてたんだ?」


「昨日だよ。はっと良いのが思いついたから。相談なしにやっちゃってごめんね」


「いいって。俺はかなり好きだぞ」


「そっか。なら良かった!」


 俺のエストックとイノリの一対の短刀が交差したシンプルな絵柄。それが俺たちのパーティーエンブレムになった。


「あと、いいの? 私がパーティーリーダーで。エトくんの同僚の人たちが後から合流するんでしょ?」


 そして、うちのパーティーのリーダーはイノリに決まった。


「いいんだよ。アイツら俺がリーダーだと『リーダーお願い!!』って駄々こねて収集つかなくなるから」


 学園時代からの腐れ縁だが、アイツらは俺を便利グッズか何かだと勘違いしている節がある。なんで、イノリがトップの方が奴らを纏めるのに適しているのだ。


「そういえば、なんで同僚の人たちは後から合流なの?」


「全員規則違反で懲罰期間中だから」


「ええ……?」


 イノリが露骨に戸惑った声を出した。


「ちなみに、規則違反って何をしたの?」


「一人は公然わいせつ、一人は違法建築、一人は漁業権無視、一人は不倫。人妻に手ぇ出したって」


「規則違反っていうか犯罪だよねそれ!?」


 全くもってその通りである。

 至極まともな価値観を持ったイノリに謎の安心感を覚えながら、俺はめくるめく四年間の間に起きた不祥事の数々を思い出して頭痛に頭を抱えた。


「腐れ縁ってわけで、俺がアイツらの手綱握らされることになったんだよなあ」


 悪い奴らではないのは間違いない。だが彼らはちょっとばかし、常識と倫理を胎児の頃、母親の子宮に捨ててきたのだ。


「ま、行く先々に伝言残してあるから、そのうち勝手に追いつくだろ」


「行く先々で問題行動起こしそうじゃない?」


「………………大丈夫だろ!」


「エトくんが考えるのをやめた!?」




◆◆◆




 アルダートは領土の殆どが山岳地帯であり、植生分布の多くは高山植物や高地や硬い大地に適当した生物である。

 木を隠すなら森の中、と言うように、山道には隠れられる地形が非常に少なく、一度や二度、獣の襲撃を受けただけで概ね計画通りに荷馬車は初日に予定されていた移動を終えた。


 夜、開けた盆地で焚き火を囲う。

 俺たちの主な任務は、こっから交互に仮眠をとりながら獣や野党の襲撃から積荷と商人たちを守ることだ。

 すぅ、すぅ、と可愛らしい寝息を立てるイノリに肩を貸しながら、俺は焚き火に手をかざす。


 山の夜は冷える。

 特に盆地は冷たい空気が溜まりがちで、晩夏であってもコートが必要だった。


「仲が良いな、期待の新星」


 声をかけてきたのは、銀四級冒険者のアザール。無精髭を生やした男で、元々この商団の護衛をしていたパーティーのリーダーだ。


「仮眠用のテントにゃまだ空きがあるぞ。使わなくて良いのか?」


「気遣いありがとうございます。でも、コイツが『知らないやつと寝るのは苦手だ』って言うんで、遠慮させてもらいます」


「わかった。ま気が変わったら好きに使え。あと、敬語は不要だ。いざって時に短く指示を飛ばせねえと困るからな」


 よっこいしょ、と腰を下ろしたアザールは焚き火で煙草に火をつけ、空に向かって煙を吹き出した。


「聞いたぜ。危険度4の変異個体イレギュラーを討伐したんだってな。その歳で大したもんだ」


「運が良かっただけだ。実力も、情報も、足りないものばかりだった」


「謙遜……ってわけじゃなさそうだな。なら、そりゃお前さんたちの実力だ。地に足ついた強さってのは揺るがねえからな」


 煙草の煙が空へ舞い上がる。

 風魔法で煙が俺たちの方へ来ないように配慮しながら、アザールはリラックスした空気感を


 焚き火の中に文字が浮かぶ。


『新星、の経験は?』


 俺は、寝落ちするをしながら頷いた。

 再び、炎の中で文字が踊る。驚嘆すべき魔法の制御力だ。


『西に4、南に3いる。西はうちがやる。南を頼む。俺が煙をのが合図だ』


 ごく自然に、イノリが怪我をしないように地面に横たえ、吶喊の準備——つま先が大地を掴んだ。


 淡く、アザールが笑った。


「闖入者退治といこう」




◆◆◆




 ——ボッ! と、噴煙のように上空を舐めた煙に野党たちの視線は数秒ばかり奪われた。


 その瞬間、三人の冒険者が駆け出した。


 西に二人、南に一人。

 それぞれが背負う人数不利を、奇襲で覆す。


 西、銀四級冒険者マーシャの斧が唸りを上げ、横薙ぎに振るわれた一撃で野党の一人の体が上下に泣き別れた。

 噴水のように飛び散った血潮をまるで意に介さず、二撃目。

 仲間の死に動揺しながらも直剣での反撃を試みた野党の男の一撃ごと粉砕し、脳天をかち割った。


 その横で、同じく銀四級冒険者エルマの拳が光る。

 メリケンサックを装備した拳に風魔法で旋風が吹き荒れ、一撃で野党の胸を貫いた。

 瞬きの間に仲間を殺され逃げ出そうと踵を返した野党に、エルマは容赦なく死体をぶん投げ足がもつれたところを蹴りで追撃。首の骨を叩き折って息の根を止めた。



 南、エトが疾走する。

 身体強化魔法を用いない素の身体能力であるにも関わらず一息で野党たちとの距離を詰め、エストックが閃く。

 一番最初に接近に気づいた女の野党、彼女が小太刀を握った右手を容赦なく切り落とし、返す一刀で首を刎ねる。


 宙を舞った仲間の首に、残り二人の視線はほんの少し吸い寄せられ——視界が周り、落ちて、暗転した。




◆◆◆




 エトの戦いぶりを見ていたアザールは、煙草の火を消しながら、もう何度目かもわからない劣等感にニヒルな笑いを浮かべた。


(アレで19? 銅一級?……冗談キツいぜ。魔物との戦闘経験が少ないだけで、十分銀四級クラスじゃねえか)


 人殺しに一切躊躇わなかったのも驚かされたが、それ以上に、エトの身体能力スペックと技術こそを、アザールは恐れた。


(才能、だけじゃねえな。場数を踏んでる。弱小世界、戦争…………いや、まさかな)


 風の噂程度で聞いた、とある小世界の『弱小世界』への侵攻、そして滅亡。


(もし戦ってたんなら、こんな場所にいるわけない、か。……はあ、まだ30いってないってのに。苦労はするもんじゃねえなあ)


 仲間から「吸うな!」と言われている三本目の煙草に火をつけて、アザールは血塗れで戻ってきた仲間たちに浄化魔法をかけ、深いため息をついた。




◆◆◆




「エトくん、なんで起こしてくれなかったの!?」


「そらお前、まだ交代時間じゃなかったし爆睡してたし」


 野外とは思えない安心しきった爆睡っぷりであった。涎すら垂らして「兄ぃ……ちゃんと野菜食べて」なんて平和な寝言すら呟いていたのだ。


「リーダーとして情けない……階級も私の方が上なのに」


「歳は俺の方が上だからトントンだ」


「うう〜」


 バッチリ睡眠が取れて元気なイノリは唸りながら荷物の隙間に身を納め、その隣に俺もすっぽりと収まった。

 馬車に乗り込むアザールたちに手を振ると、俺たちの姿形が面白かったのか、アザールが小さく吹き出していた。


「そういえば、エトくんはフォーラルってどんなとこか知ってる?」


「いや全く? イノリは?」


「私も知らなかったから、昨日エルマさんに聞いてみたの。そしたら………………」


 急に、イノリが魚のように口をパクパクとさせて無言になった。


「……どうした?」


「え、あ、や! ううん! なんでもない! えっとね、エルマさんが言うには、フォーラルは『湖畔世界』って言われてるらしいよ!」


 なんかやけにあわてているイノリの態度は気になったが、それ以上に世界の全容の方が気になった。


「湖畔世界か……どんな異界なんだろうな」


 場合によっては、“精霊の加護”が必要になってくるかもしれない。


「借金前提の異界じゃないことを祈るかあ」


「所持金、殆ど底ついてるからねー」


 馬車が進み始め、俺たちは荷物と共に揺られ始める。


「冗談抜きで宿代すら節約しなきゃならんのか……」


「エトくん、なんでそんなに嫌がるの?」


「逆になんでお前はそんなに無防備なんだよ……。いや、確実に同僚の馬鹿どもに下衆い勘繰りをされると思うとな」


「身内に敵がいる……」


 俺が何度、あいつらのせいでトラブルに巻き込まれたことか。


「イノリは頼むから、奇行とかしないでくれよ?」


「仲間に求める志が低すぎるよー」


 その後、商団は特に困難に直面することなく、『湖畔世界』フォーラルに到着した。

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