初、異界探索
異界の脅威度は“
が、心配することなかれ。
このアルダートにある異界は
「隣近所が小世界で良かったよほんと……」
異界は、出現した世界の規模によってその
そして、世界の成長に合わせて異界もある程度成長する傾向にある。確認されている最大の成長では、
つまり、仮にアルダートが想定以上に成長してたら、いきなり異界探索とは関係ない日雇いのその日暮らしが始まっていたわけだ。
「いやあ、豪運豪運……なわけねえだろ畜生」
渡された路銀は片道のみ。
シャルティア大佐め、めちゃくちゃ適当やってやがる。
上司の愚痴を垂れ流しながら受付の監視員に登録証を見せ、その足で異界に入場した。
「形態は……オーソドックスな洞窟型か。勘鈍ってるし助かるな」
先人たちが取り付けたランタンや松明、異界に群生するコケの仄かな灯りが周囲を照らす。
赤茶けた土を押し固め生み出された空洞に俺の足音だけが反響する。
遠くに広がる暗闇は、異界の底知れない脅威をまざまざと俺に見せつけてきた。
異界とは、その名の通り“異なる世界”だ。
既存の法則や秩序を無視した地形・生態系が広く、深く広がっている。
穴の奥に広がるのは、火山地帯、砂漠、海、樹海、或いは宇宙。
重力場の乱れなんて当たり前。空間の非連続性、時間軸の乱れすら、異界では簡単に起こり得る。
異界では、これまでに培われて来た常識がまるで通用しないのだ。
——常識を捨てろ。
冒険者は口を揃えてこう言う。
「確かここは全16階層だったか……
異界は広い。
異界が広いのか、リステルが狭いのかの議論は受け付けないものとする。
「この辺は同業者があまりいないな。もっと深く……いや、来たな」
背後から複数の足音。
音からして体重は30kgほど。体高は1Mないくらいだろう。
剣の柄を握り振り返った俺の正面から、石器ナイフを持った4匹の“コボルト”が徒党を組んで走ってきた。
コボルトは醜悪な犬の頭を付けた無毛の肢体を持つ魔物だ。個体の危険度は1だが、群れて集団で狩りをする特性により、5匹以上の徒党では危険度を2に引き上げられる。
『ギャギャギャギャ!』
耳障りな声で連携を取り、コボルトは四方に散らばり俺を取り囲むように展開する。
数の有利を活かそうとしているのだろう。しかし、
「囲んでくれた方が好都合だ!」
抜剣と同時に踏み込み。正面から飛びかかって来たコボルトの首を一刀で断ち切り、血糊のカーテンを避けて包囲の外に出る。
同族をやられたことにコボルトは驚き、連携の形を崩された彼らの足が鈍る。
「次!」
切り返し、踏み込み。2、3匹目をそれぞれ斬り上げと袈裟斬りで葬り、逃走を測る4匹目の後頭部に拾い上げた石器ナイフを投擲した。
『ギャッ!?』
うなじを穿たれたコボルトは全身を硬直させ転倒。一度大きく痙攣し、そのまま動かなくなった。
「いっちょ上がり! 案外体が覚えてるもんだな!」
二等兵として騎士団に入団してからというもの、実戦とは縁遠い日々を送っていたからやや不安だったが、腕はそんなに錆び付いてないらしい。
「……っとそうだ。魔石の回収しないと」
死んで間も無く、4匹のコボルトの肉体は拡散して灰になった。そして、死体のあった場所にはそれぞれ一つずつ、豆粒サイズの濁った宝石……“魔石”が転がっている。
「これが俺の収入源か……はあ、学生時代の藁布団が恋しいと思うようになる日が来るとはなあ」
魔石。
異界資源の中で「エーテル結晶体」の次に有名なもので、魔物の死体から採集が可能な物質である。
異界の浅層には碌な資源がないため、暫く……銀五級に上がるまでは、この魔石が俺の主な収入源となる。
豆粒を四つ拾い上げ、腰に下げた小袋に放り込む。殆ど変わらない重さに涙が出そうだ。
「こんな調子で成り上がれるのかねえ……」
◆◆◆
魔物とは、
魔物は、魔石を通して異界から魔力を供給され、「異界の中でのみ」活動する。
彼らの個体の強さは“危険度”によって表され、その数字が大きくなるほど強力に、悪辣になっていく。
そして、魔物から採れる魔石も危険度が高い個体ほど大きく、高純度になる。
危険度の低い魔物は異界のそこかしこで出現するが、当然、危険度の高い魔物は一部の例外を除き
要するに、しばらく俺の給料は二束三文だ。
「五十は斬ったか……流石に多少は重みを感じるが」
小袋の中でジャラジャラと魔石を鳴らし、俺は単身で黙々と異界を進む。
このアルダートの異界は通称“赤土の砦”と呼ばれている。
壁も天井も地面も全て赤茶けた土が表面を覆い、更に、魔物と冒険者の血によって色はより深まる。
咆哮と悲鳴の木霊する天井の低い洞窟タイプのこの異界は、等間隔で存在する天井を支える不恰好な赤土の柱が唯一の道標だ。
「この地形、方向音痴は泣きを見るだろうな……」
柱の影から奇襲してきた“ワスプ”を真っ二つにし、転がり落ちた魔石を蹴り上げ小袋の中にダイレクトイン。
小一時間似たような作業を繰り返せば流石に慣れてくる。
「もうちょい深めの階層行くか?」
元々今日は様子見のつもりだったが、想定外に魔物が弱い。稼ぎも多いに越したことはないし、何より俺は一刻も早く任務を達成してぬるま湯の騎士生活に戻りたい。
「体も温まって来たし、もう少し深めに……」
「——やめときな。その考えだと、アンタ死ぬぜ?」
「!?」
急に背後で気配が膨れ上がり、俺は反射的に剣を横薙ぎに振り抜いた。
「うおっと危ねえ!」
驚いたようで、しかし軽々と剣を避けたそれは、俺の視認が敵わない速度で俺の背後に回り込み、グッと肩を組んできた。
「俺が魔物だったら死んでたぜ?」
宵の口を思わせる暗い髪色に、闇の中でも輝くであろう真紅の瞳。男は、鋭い犬歯を覗かせてニヤリと笑った。
俺は警戒心を表に出し、そっと男の手を振り払う。
「……あんたは?」
「そう邪険にすんな。ただのお節介さ」
血の香り。
目の前から香る濃厚なそれに、俺は思わず顔を顰める。
そんな俺の態度を意に介さず、男はヘラヘラとした態度を崩さず柱にもたれ掛かり腕を組んだ。
「俺は
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