俺、騎士やめさせられるってよ

 あらすじ


 俺、エトラヴァルト二等兵はある日唐突に『異界探索部隊』なる新設部隊の隊長に任命された。終わり。


 ふざけんじゃねえ。


「はぁー! 騎士になって一生安泰の筈だったんだけどなあーー!!」


 鎧はなく、適当に倉庫から引っ張り出されてきた籠手と胸当て、後は一応新品の旅服。

 どこからどう見ても騎士には見えない、完全な流浪者である。


 のどかな草原。関所まで向かう馬車の荷台の上で寝転がりながら、俺は頭上を飛ぶ小鳥に思い切り愚痴った。


 隣接する世界……アルダートへの道中。

 空は雲ひとつない晴天だというのに、俺の心には暗雲が立ち込めていた。


「なんで二等兵の俺なんかを……はぁ」


 配属予定の騎士が俺以外軒並み規則違反で懲罰期間中というとち狂ったこの部隊は、我らが弱小世界リステルの「ネームバリューを高める」ために各世界の“異界”を『冒険者』として攻略するのが目的である。


 異界を世界内に所有しないリステルが生き残る方法は二つ。

 一つは、他の異界持ちの世界を征服し“吸収”すること。

 もう一つは、異界持ちの大世界の傘下に入り、一定の地位を築くこと。


 まず、前者ははぼ無理だ。

 なにせ異界は資源の宝庫だ。穿孔度スケール4クラスを一つでも保有すれば、比喩抜きで戦力は倍加する。虎穴に入らずんばなんとやらだが、芋虫が最奥に入って帰還できるわけがない。


 そして後者。リステルが目指すのはこちらだ。

 俺の部隊で武功を挙げ、俺たちを中心に大世界へ「こんな戦力がいますよ」と世界ごと囲わせるのだ。

 要するに、のだ。



「……無理くせえなあ」


 俺のような弱小世界の二等兵如きにそんな大役務まるわけもない。


「よくもまあ、この魔境で今日まで生き残ってたよな」


 我らが世界ながら、悪運だけはずっと強いらしい。




◆◆◆




 この星には、千を超える世界がひしめき合っている。

 世界同士は互いに相手世界が所有する星のテクスチャーを奪うべく日々、覇を競い合っている。


 世界同士の戦いに負けた世界は、勝利した世界に文字通り“吸収”される。


 人も、文化も、歴史も、土地も。何もかもを奪われ、存在していたという記録すら残らない。

 敗北した世界に待っているのは、必然の滅びだ。



 この星にひしめく世界は、大きく分けて三つに分類される。


 一つ、七強世界。

 遍く世界にその名を轟かせる、今現在、最も頂点に近いとされる七つの世界。


 一つ、大世界。

 七強には及ばないものの、広大な土地と強壮な軍事力を有する世界たちの総称。


 一つ、小世界。

 最も滅びに近く、最も可能性に満ちた世界たちの総称。俺が現在目指しているアルダートはこの小世界に分類される。



 さて、ここで我らがリステルだが、真に残念なことに小世界にすら食い込めない。


 小世界と言えど、それらは長い時をかけて別の世界の吸収を繰り返してきた紛れもない戦勝世界であり、“異界”を所有しない世界など存在しない。


 ゆえに、リステルは小世界の更に下。『弱小世界』と揶揄されるのだ。


 そんな弱小世界がなぜ今日まで生存できたのか。

 答えは簡単。のだ。


 リステルは異界を持たず、有用な資源を持たない。

 他の世界からすれば吸収する旨味が全くない辺境の土地である。

 仮に、一つの世界が土地欲しさにリステルを攻め落とそうと多少の兵力を割いたとしよう。

 するとどうなるか。

 リステルは当然滅びるが、攻めてきた世界もまた、守りが多少手薄になったタイミングを突かれて滅びる可能性が高い。それは、あまりにも馬鹿馬鹿しい最期だ。


 要するに、リステルはリスクを呑んでまで吸収する旨みが全くないのである。



「悲しいなあ」


 しかし、弱すぎるが故にリステルは生き延びてきた。しかし、ここに来て探索省が壊滅。異界資源の入手が困難となり、財政難が加速した。


 元々、一年前に起きた戦争やら何やらで資金繰りが悪化していた我が世界だが、事態は俺が思っていたよりもずっと悪かったらしい。


「騎士やめるわけにもいかねえし……クソッタレの道化師め。足下見やがって」


 頭上を飛ぶ小鳥は、より大きい肉食の鳥に食われた。

 この世界は正しく弱肉強食。俺はもう一度、盛大にため息をついた。


「働きたくねえー!!」




◆◆◆




 関所を通り、世界同士を隔てる“膜”を超える。

 草原から一歩踏み出した先は、整備された山道。

 一瞬、全身が水に浸かるような淡い抵抗感の後、俺は小世界アルダートの大地を踏み締めた。


「懐かしいな〜、この感覚」


 最後に世界を超えたのは二年前。王立学園時代に異界遠征で一度だけ別世界へ踏み込んだ。


「あの時は一生、リステルに引き篭もるって決めてた筈なんだがなあ……畜生め」


 背後を振り向くと、そこには半透明の膜が降りてるだけで、先ほどののどかな草原の姿はどこにも見えない。

 世界は互いに連続し、しかし、断絶しているのだ。


「さてと、一生拝むことはないと思ってた冒険者ギルドとやらに行きますかね」


 愛剣で肩を叩き、俺は鼻歌混じりに山道を歩いた。

 眼下に広がる、リステルの首都アーデホルムを軽く凌駕する大都市に目眩を覚えながら。




◆◆◆




 冒険者とは、七強世界が一つ、『悠久世界エヴァーグリーン』に本部を置く『冒険者ギルド』に所属する者たちのことを指す総称である。


 冒険者ギルドは、エヴァーグリーンが各世界の異界探索を支援するために設立した組織だ。

 ギルドには、所属世界、人種、身分、性別、戸籍の有無を問わず、あらゆる者が冒険者として所属を許されている。



「えーと、銅三級から?」


「はい。そうなりますね」


 小世界アルダートの第二都市、リーエン。異界のお膝元であるここには当然、冒険者ギルドが設置されている。

 ので、俺は大佐から預かった“推薦状”を握りしめて門を叩いた。のだが……


「あの、確認なんですが。各世界からの推薦状があれば銅一級、或いは銀五級からの登録ができるって……」


 困惑する俺に、受付の女性は苦笑いを浮かべて説明する。


「そうですね。基本的にはそういうルールになっております。なの、ですが……」


 女性はチラ、と推薦状に押された判を一瞥した。


「大変申し上げにくいのですが……。異界を持たない世界からの推薦状は、受け取ることができない決まりになっておりまして……」


「ええ……」


「殆ど意味を持たない規約なので、認知度は低いのですが……」


 冒険者には階級制度が存在する。銅三級から始まり、金一級まで。全部で十三段階、実力と実績によって分けられる。


 余程の例外を除き、登録したての冒険者は全員“銅三級”として登録される。

 そして、例外の一つに“世界からの推薦状”というものがある。

 これがあれば、登録者には一定の実力・実績が事前に加算され、登録直後から銅一級、或いは銀五級……特例であればそれ以上の階級への昇格が可能となるのだ。


「まー、考えてみりゃ当然か」


 申し訳なさそうに曖昧な笑みを浮かべる受付の女性の前で、俺は一周回って納得してしまった。

 なにせ、俺はリステル所属の二等兵だ。『弱小世界からの推薦』なんぞ、仮に俺が受付を担当してたとしても「馬鹿言ってんじゃねえ」と跳ね除けるに決まってる。


「わかった。銅三級の登録を頼む」


「畏まりました。……こちら、返却させていただきますね」


「クソの役にも立たなかったな」


 荷物を嵩張らせ、受付の女性から憐れむような目で見られ、これから同業者になる者たちからの失笑を貰うことに一躍買っただけだ。呪いそのものである。


 返却された推薦状を細切れにして我が世界の弱さを嘆き、俺は“銅三級”を示すギルドカード……名ばかりの騎士となった今の俺の唯一の身分証を受け取った。


「それではお気をつけて。装備や各種物資が必要であれば、外に出て右手側の大通りがおすすめですよ」


 終始丁寧かつ優しかった女性のビジネススマイルに癒され、俺はギルドを後にする。


 登録は済ませた。

 やるべきことは、たった一つ。


「それじゃ、サクッと異界を踏破してきますか」

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