『英雄女児詩』 〜ダンジョンシーカー・オラトリオ〜

銀髪卿

第1章 期待の新星は切り札を切りたくない

問題児騎士、隊長になる

 小世界リステルが首都“アーデホルム”。


 リステルの守護の要である『メリディス国防騎士団』の本部の一室に、一人の男が呼び出された。


「要件はわかるか? エトラヴァルト二等兵」


 執務机に肘を突き口元で両手を組んだ真紅の長髪の女性、シャルティア・メリディス大佐の凛とした威厳のある声に、呼び出された銀髪の騎士、エトラヴァルトははっきりと言い切った。


「心当たりがありすぎて纏められません」


 エトラヴァルトの曇りなき灰色の眼に一切の気後れはなく、その明け透けな物言いにシャルティアは苦笑し「だろうな」とため息をついた。


「呼び出しに遅れたのも、大方、山菜採りにでも行っていたのだろう。……まあいい、貴様の問題行動は王立學園の頃からよく知っている。本題に入ろう」


 シャルティアの目配せを受けた茶髪の秘書から手渡された一枚の辞令を見て、エトラヴァルトはギギギと首を傾げた。


「なんすか、これ」


「なんだ貴様、野生に還りすぎてついに文字も読めなくなったのか」


「いや読めますよ。読めるから聞いてるんですわ」


 長々と文字が書き連ねられた辞令の内容を要約すれば、それは「エトラヴァルトを隊長に任命する」とのことだった。


「俺を? 隊長に? なんで?」


「いい加減、貴様は敬語を覚えろ。あと、理由は私も知らん」


「なんでアンタが知らねえんだよ。つか、この『異界探索部隊』ってなんすか? 異界探索は探索省のお抱えの奴らがするもんでしょ? まあうちの世界、異界ないけど」


 異界とは、世界に空いた縦穴。その内側に広がる、世界の摂理から逸脱した異空間のことを指す。


 異界に眠る資源は世界に莫大な恩恵を齎す。

 例えば「エーテル結晶体」。四人構成の一般家庭が使用するエネルギーを、純度の高いものであれば僅か1kgで五年分賄える。

 上述した平和的利用法以外にも、例えば兵器の動力にこれを使用すれば燃費や火力が飛躍的に上昇する。

 このようなとんでも資源が、異界にはゴロゴロ転がっている。


 数多の世界が乱立するこの時代、「異界の所有」は他世界との差をつけるための大きなアドバンテージである。


 そして、小世界リステルは異界を持たず、ゆえに近隣世界から『弱小世界』と揶揄されている。


「そう。我らがリステルは異界を持たない。ゆえに探索は近隣世界の異界にて行い、成果の八割を接収される極貧探索を余儀なくされてきた」


 八割はかなり良心的な提示である。そもそも探索を許可されない方が普通なのだから。


「それが、立ち行かなくなったと?」


「そうだ」


 なんとなく話の流れが掴めてきたエトラヴァルトは、スッと声のトーンを落とした。


「死んだのか」


 シャルティアは誤魔化さずに首を縦に振った。


「壊滅だ。上の圧力に負けて“穿孔度スケール6”に挑み、敗走した。一ヶ月前の話だ」


「“穿孔度スケール6”て、うちみたいな弱小の資金と人員で攻略できるわけないじゃないですか。なんでそんな無茶……ああ、財政難ですか」


「我が世界ながら、弱小だからな」


 二人揃ってため息をつき、部屋の中に陰鬱な空気が漂う。


 秘書の女がコホンと咳払いをし、続きを促されたシャルティアが少し頬を染めた。


「探索省が大打撃を受けたことによって、必然、リステルは窮地に立たされた。二割と言えど異界資源の恩恵は大きかったからな」


「つまり、俺には探索省に代わって異界探索をしろと?」


「概ね間違ってはいない。貴様の“”があれば可能だろう?」


「あれを使うくらいなら俺は問答無用で切腹しますよ」


「フフッ……まあそう言うな。いざとなれば貴様は使うさ」


「だから使わないっての!」


 心底嫌そうにそう言ったエトラヴァルトだったが、すぐにシャルティアの発言にあるに気づき首を傾げた。


「って、概ねってことは……なんか差異でもあるんですか?」


 シャルティアは「その通りだ」と頷いた。


「貴様には『冒険者』になってもらう」


「……はあ?」


 いよいよわけがわからなくなり、エトラヴァルトはポカンと大口を開けた。



 『冒険者』とは、異界を探索し、そこで得た資源を買い取ってもらう事で生計を立てる者たちのことを指す。

 一応正式な身分として認められてはいるが、収入が安定しないことで有名。なにより、冒険者は探索成果を、異界を所有する世界に提出する義務が発生する。


 つまり、探索省の仕事とは似て非なるものだ。



「珍しく察しが悪いな。この意図がわからないか?」


 シャルティアの挑発的な問いに、エトラヴァルトは少しムッとしたように口を閉じた。


「わからないも何も、探索省の仕事を引き継ぐんならやり方は変わらないはずでしょ。わざわざ冒険者になるなんて、接収される先が増えるだけで利点なんて……………あ」


 心当たりがあったと言わんばかりにエトラヴァルトが動きを止め、期待通りの反応にシャルティアは笑みを深めた。


「もしかして、持ち帰ってこなくてもいいんですか?」


「そうだ。貴様には冒険者として有名になってもらう」


 明らかになったあまりにも人任せすぎる作戦に、エトラヴァルトは目眩を起こして頭上を見上げた。

 普段寝泊まりしている兵舎では拝むことのできない立派な照明に目を細め、特大のため息をつく。


「発案者は?」


「フェレス卿だ」


「あんの道化師め……大方理解しました。で、他の人員は?」


 その質問を待っていた、とシャルティアは意地悪く笑った。


「全員懲罰期間中だ。後々合流する」


「オーケーわかっただな」


 即座に部下になる面子を悟ったエトラヴァルトは、「懐かしい顔ぶれじゃねえか畜生」と舌打ちした。


「では行け、エトラヴァルト二等兵……いや、エトラヴァルト隊長! 冒険者として異界を駆け抜け、リステルの名を全世界に轟かせるのだ!」


 シャルティアの楽しそうな号令に、エトラヴァルトは形だけの敬礼を返した。


「エトラヴァルト、謹んで拝命致します」


 背を向け、扉のノブを掴み……大事なことを忘れていた、とエトラヴァルトはシャルティアを振り返った。


「ちなみに、給料はどれくらい上がるので?」


「冒険者としての報酬、それが貴様の給料の全てだ。因みに貴様は当分リステルには帰ってこないだろうから、騎士団の基本給も特別手当も出ないぞ」


「殆どクビじゃねえか畜生!!!」



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